2-7話 彷徨える災害
第ニ章:弱者を喰らう獣:
ようやくと湯浴みが可能に! まさか19話も必要になるとは…。
ぽちゃんと水滴の落ちる音が、天井ドームにしっとりと響いた。本当にこの洞窟部屋は、湯浴みの音が様になる。
とりあえずの一番風呂を、少女に譲った大翔だったが、至近距離からの生々しい入浴の気配に、激しく悶絶している真っ最中だった…。
ざっとバスタブから、湯が溢れる音が響く。
「はぁわ…… お風呂に入れるなんて幸せ… ヒロトのおかげだね、ありがとう」
甘くとろけるような愛らしい感謝が、水場の仕切りを越えて届いてくる。
「お、おぅ…」
だ、駄目だ… 心を無に… 身体は深呼吸を… あぁ、石鹸かな? 花の良い香りが… ノー! どうしても俺の邪念が、ツキカの全裸を妄想してしまうっ!
当の本人は、邪念と理性が絶賛格闘中のようで、水場を背にして落ち着き無くお茶を飲んでいる…。
「ちょっとヒロト… なんか息を荒げてない?」
「ごふっ! ごほ… な、ないです! 自分は無心であります!」
口にしたハーブ茶に軽くむせながら、顔を赤く染めて弁解をした。
ぴちゃと湯の中で姿勢を戻した月歌は、綺麗な美脚をストレッチのように伸ばしてみた。実際に身体を沈めれば、かなり大きなサイズの湯船に、全身をリラックスさせても余裕がある。これなら前後に並べば、二人でも十分に湯に浸かれそうだった。
「結構、大きくて余裕のあるバスタブなのね。ふふっ、これならヒロトも一緒に入れるね」
魔性の表情を浮かべると、濡れ髪の少女が妖しげに微笑んだ。
「だーかーらー そういうのやめろって! こ、この空間に、その… 二人で居るだけでヤバイんだからな!」
月歌は、にまっと満足そうに口元を緩めると、全身に浮く汗の雫をそっと片手で撫でみる。
「後で背中流してあげるよ。ヒロトが頑張ってくれたんだもの」
「いえ、マジで結構です! というか勘弁してください…」
そんな状況… 荒ぶる自身しか想像できん! そしてあの黒い破魔矢に射抜かれる未来が見える…。
と、その時大翔の危険感知が、チリっと何かを感じ取った。
それは『探検家』のスキルからくる、勘のような早期警戒情報らしい… 入り口を見れば、ビーストドックの尖り耳がピクっと動いて、腹ばいのまま首をもたげた。
「ツキカ…… 何か感じないか? 嫌な気配が…」
パーテーションに近づくと、声を潜めて小さく言う。足裏が僅かに、地響きのような微動を感じ取った。
「何かあるの? わたしは何も感じないよ…?」
「ちょっとまって… なんだこれ? えらい大きい物だぞ…」
二人は黙り込み、意識をその気配へと集中させてみた。水場に立ち上る湿気の白色が、静寂の中でゆるやかに流れていく。再び突き上げる振動を、直下の地盤から感じ取った。
「距離はあるな… でも、これは危険かも…」
「わんちゃん此方においで… 静かにしていてね」
小さく唸り声を上げ始めたビーストドックを、嗜めるように言い聞かせた。白狼は入り口から離れると、鼻先で水場の木戸を器用に開き、主の足元で尻尾を丸めた。
「この子が恐れを感じるなんて…」
湯船の中から手を伸ばして従魔の頭を撫でてやる。どんな戦闘でも勇猛果敢に挑んできた白狼が、まるで子犬のように怯えているのだ。
ズン…………
はっきりとした地響きを感じ取る。直後に一瞬、めまいのように地が揺れた。
「感じたか?」
「うん… 確かに今揺れたけど…」
ズン………
月歌は、湯の表面に生まれる波紋で、次第に近づいてくる連続する振動を実感する。それはまるで、昔見た恐竜映画のワンシーンのようだった…。
ズン…… ズン…
「俺の気配探知の範囲には、何も映らない… だけどこれって…」
「地震とか、火山活動とかじゃないのよね?」
ズシン…… ズシン… ドンッ!
突然と振動の間隔が狭まると、岩山全体がグラグラと揺れ始め、それは想像したくはないが、とてつもなく大きな何かが、地を踏んで移動しているようにも感じられた。
ドォーン!
「何よこれ! 怖い…」
危険感知が最大級の警戒を表して、探検家職業が、隠れたままで絶対に外に出るなと警告をする。
ドォォーン!
腹に響く地響きの直後に、洞窟全体が大地震のようにグラグラと揺れだした。
「嫌ぁ! 何かが来るのよ… ヒロト怖いよ!!」
混乱気味の少女が、震える声で少年を呼んでいる。
「だって今はそっちに行けないだろ?」
再びドオオン!と大地が揺れると、天井から小石がパラっと振ってきた。
「きゃっ! お願いヒロト… わたし…」
彼は咄嗟に寝台からベットカバーを引き抜くと、両手でそれを大きく広げて、全裸の美少女を包み込む。
「ヒロ… ヒロト!」
月歌は自分を隠した薄い布地の上から、力強く抱きしめてられて声を漏らした…。 藍染色のカバーに湯が浸り、彼女の細身に張り付いてシルエットが顕になっていく。
「大丈夫だ… 二人で居れば平気だからさ」
そう言って湯船の外から、震える少女の半身を抱きとめた。轟音が岩場全体を揺すり、月歌は何度も悲鳴をあげると、より強くすがりついてくる。
彼は倒れるように湯船に引き込まれると、そのまま互いを横抱きにした。
「ごめんね…… わたし… 貴方を巻き込んだの」
まるで幼子のように身を震わせて、か細い声でそう漏らす。
「え? 何をだ… ? ツキカ… ?」
それは明らかに普段の凛々しいイメージとは異なり、酷く怯えるその表情は、別の誰かのようだった。
いや… オレはその少女を知っている…?
「でも、あの吹雪の後の、真っ赤な朝焼けの窓辺に貴方を見つけたとき… 嬉しかったから… 本当にもう満足だと思えたの… だから」
何故だろう…? 少女のその混濁するような言葉に重なり、大きな窓辺から自分を見下ろす、黒髮の少女の立ち姿が蘇ってくる…。
凍った大気が光を反して、キラキラと朝の情景を輝かせていた。お互いの視線が絡んだ直後に、少女は支えを失うように、その場で泣き崩れてしまうのだ。風は強烈に凍えていて、痛いほどに澄んでいて… 「約束したろ?」 たどり着いた窓辺に向かって少年が照れたように声を掛ける。
「瑛太でなくて悪いけど… 彩々楽さん」
「ううん… わたしも… 小夕じゃないけど… でも、ありがとう」
開け放たれた二重のサシュから、白すぎる痩せた指が伸ばされると、彼は目を細めながら、その手を取ろうと植え込みから背を伸ばした…。
な、なんで俺の前世の記憶に、彩々楽 月歌が存在するんだ……?
白日夢のように通り過ぎた、優しくて苦しい… 哀しい気配のある美しい一瞬だった。
ドオオン! ドオオン!
地響きが樹海と川の向こう側へと、次第に位置をずらしていく。それでも世界は、この世の終わりのように揺れ続け、必死にすがる少女の濡れ髪を、胸に抱いて頬を当てた。彼女を包んだ藍染色の布が、湯の面を覆って平たく隠してしまう。
「頑張れ… 大丈夫だから」
そう言い聞かせるように、月歌の耳たぶに唇を押しつける。濡れ布を貼り付けた彼女の細身が、小刻みに震えるのが痛々しい。
こんなヤバイ奴が、放浪してるのかよ…。
内心、彼も吹き出る冷汗と緊張の中で、その片鱗を覗いて恐怖した…。
:気配探知:
『彷徨える 百面顔鬼の鋼鉄巨像 LV61』 (Unique)
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こいつって移動する災害だろ? 通り道にならない事を祈るしかない…。
たぶん名前からしても、目的もなくこの世界を徘徊する、ユニークモンスターの類だろう。『鑑定』も試してみたが、あまりにレベル差があって、名前とレベル以外は完全に伏せ字状態になった。
「ずっと辛くて… 悲しくて… わたしがひとりで背負うべきなのに、貴方を巻き込んだのね… ごめんね、ごめんなさい」
そう言って、幼女のように怯えた瞳で涙を浮かべる月歌。細腕を精一杯引き締めて、彼から離れないように必死の表情で身を寄せていた… と、少女の表情から悲痛な印象がゆっくりと薄れていく。
「ま、まだ続くの……?」
見上げる藍色の瞳は、潤んではいるが力の輝きが戻っているように見えた。
「ここに隠れていれば大丈夫だから。約束しただろ… ツキカを守るよ」
うんうんと、素直に頷くと濡れた衣に絡まるように、二人は湯の中に深く沈んだ。
そうしてゆっくりと巨大な足音は距離を離していくと、次第にただの地響きとなり、最後には危険探知による違和感も消えていった。
「ツキカ… もういっちゃったぞ?」
いつの間にか黒髮に手を添えて、少女の頭を抱いていた。それでも彼女は、濡れねずみになっている甚平姿の大翔から、身体を離そうとしなかった。
「もう少しだけ、君の懐は、こんなにも安心だから…」
少女は怯え顔を見せまいとして、彼に頬を押し当てたままでいる。
「なぁツキカ… 俺たちって、前世で出逢ってたりするのかな?」
「……… わからないの… わたし今… 何かを思い出していたような… ごめん、なんだか全てが夢のようであやふやで…」
その答えは少年の持つ印象にとてもよく似ている。たぶん先程の悲痛なやり取りを、彼女は覚えていないのだろう。でも確かに大翔の記憶の何処かに、この黒髮の少女は存在している…。
「いや… 何でもない… ベッドカバーが台無しだなぁ」
彼の言葉に、少女が回した腕を引き上げると、大きな濡れ布が二人を絡めるように張り付いてしまう。
「寝具は良いよ… でもヒロトって… こんな状況なのに鈍感すぎる…」
そう呟いた月歌が、柔らかくはむように、彼の胸元に歯を当てた…。
湯浴みと、迫り来る恐怖と、前世の繋がりをほのめかす白日夢… それらを乗り越え、第ニ章はこの後に怒涛の急展開をしていきます… サバイバルを頑張れ二人!




