表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/192

2-7話 彷徨える災害

第ニ章:弱者を喰らう獣:



ようやくと湯浴みが可能に! まさか19話も必要になるとは…。

 ぽちゃんと水滴の落ちる音が、天井ドームにしっとりと響いた。本当にこの洞窟部屋は、湯浴みの音が(さま)になる。


 とりあえずの一番風呂を、少女に譲った大翔(ヒロト)だったが、至近距離からの生々しい入浴の気配に、激しく悶絶している真っ最中だった…。


 ざっとバスタブから、湯が(こぼ)れる音が響く。


「はぁわ…… お風呂に入れるなんて幸せ… ヒロトのおかげだね、ありがとう」


 甘くとろけるような愛らしい感謝が、水場の仕切りを越えて届いてくる。


「お、おぅ…」


 だ、駄目だ… 心を無に… 身体は深呼吸を… あぁ、石鹸かな? 花の良い香りが… ノー! どうしても俺の邪念が、ツキカの全裸を妄想してしまうっ!


 当の本人は、邪念と理性が絶賛格闘中のようで、水場を背にして落ち着き無くお茶を飲んでいる…。


「ちょっとヒロト… なんか息を荒げてない?」


「ごふっ! ごほ… な、ないです! 自分は無心であります!」


 口にしたハーブ茶に軽くむせながら、顔を赤く染めて弁解をした。


 ぴちゃと湯の中で姿勢を戻した月歌(ツキカ)は、綺麗な美脚をストレッチのように伸ばしてみた。実際に身体を沈めれば、かなり大きなサイズの湯船に、全身をリラックスさせても余裕がある。これなら前後に並べば、二人でも十分に湯に浸かれそうだった。


「結構、大きくて余裕のあるバスタブなのね。ふふっ、これならヒロトも一緒に入れるね」


 魔性の表情を浮かべると、濡れ髪の少女が妖しげに微笑んだ。


「だーかーらー そういうのやめろって! こ、この空間に、その… 二人で居るだけでヤバイんだからな!」


 月歌(ツキカ)は、にまっと満足そうに口元を緩めると、全身に浮く汗の(しずく)をそっと片手で撫でみる。


「後で背中流してあげるよ。ヒロトが頑張ってくれたんだもの」


「いえ、マジで結構です! というか勘弁してください…」


 そんな状況… 荒ぶる自身しか想像できん! そしてあの黒い破魔矢に射抜かれる未来が見える…。


 と、その時大翔(ヒロト)の危険感知が、チリっと何かを感じ取った。


 それは『探検家』のスキルからくる、勘のような早期警戒情報らしい… 入り口を見れば、ビーストドックの尖り耳がピクっと動いて、腹ばいのまま首をもたげた。


「ツキカ…… 何か感じないか? 嫌な気配が…」


 パーテーションに近づくと、声を潜めて小さく言う。足裏が僅かに、地響きのような微動を感じ取った。


「何かあるの? わたしは何も感じないよ…?」


「ちょっとまって… なんだこれ? えらい大きい物だぞ…」


 二人は黙り込み、意識をその気配へと集中させてみた。水場に立ち上る湿気の白色が、静寂の中でゆるやかに流れていく。再び突き上げる振動を、直下の地盤から感じ取った。


「距離はあるな… でも、これは危険(まずい)かも…」


「わんちゃん此方(こっち)においで… 静かにしていてね」


 小さく唸り声を上げ始めたビーストドックを、(たしな)めるように言い聞かせた。白狼は入り口から離れると、鼻先で水場の木戸を器用に開き、(あるじ)の足元で尻尾を丸めた。


「この子が恐れを感じるなんて…」


 湯船の中から手を伸ばして従魔の頭を撫でてやる。どんな戦闘でも勇猛果敢に挑んできた白狼が、まるで子犬のように怯えているのだ。


  ズン…………


 はっきりとした地響きを感じ取る。直後に一瞬、めまいのように地が揺れた。


「感じたか?」


「うん… 確かに今揺れたけど…」


 ズン………


 月歌(ツキカ)は、湯の表面に生まれる波紋で、次第に近づいてくる連続する振動を実感する。それはまるで、昔見た恐竜映画のワンシーンのようだった…。


 ズン……  ズン…


「俺の気配探知の範囲には、何も映らない… だけどこれって…」


「地震とか、火山活動とかじゃないのよね?」


 ズシン…… ズシン…  ドンッ!


 突然と振動の間隔が狭まると、岩山全体がグラグラと揺れ始め、それは想像したくはないが、とてつもなく大きな()()が、地を踏んで移動しているようにも感じられた。


 ドォーン!


「何よこれ! 怖い…」


 危険感知が最大級の警戒を表して、探検家職業(ジョブ)が、隠れたままで絶対に外に出るなと警告をする。


 ドォォーン!


 腹に響く地響きの直後に、洞窟全体が大地震のようにグラグラと揺れだした。


「嫌ぁ! 何かが来るのよ… ヒロト怖いよ!!」


 混乱気味の少女が、震える声で少年を呼んでいる。


「だって今はそっちに行けないだろ?」


 再びドオオン!と大地が揺れると、天井から小石がパラっと振ってきた。


「きゃっ! お願いヒロト… わたし…」


 彼は咄嗟に寝台からベットカバーを引き抜くと、両手でそれを大きく広げて、全裸の美少女を包み込む。


「ヒロ… ヒロト!」


 月歌(ツキカ)は自分を隠した薄い布地の上から、力強く抱きしめてられて声を漏らした…。 藍染色のカバーに湯が浸り、彼女の細身に張り付いてシルエットが顕になっていく。


「大丈夫だ… 二人で居れば平気だからさ」


 そう言って湯船の外から、震える少女の半身を抱きとめた。轟音が岩場全体を揺すり、月歌(ツキカ)は何度も悲鳴をあげると、より強くすがりついてくる。


 彼は倒れるように湯船に引き込まれると、そのまま互いを横抱きにした。


「ごめんね…… わたし… 貴方を巻き込んだの」


 まるで幼子のように身を震わせて、か細い声でそう漏らす。


「え? 何をだ… ? ツキカ… ?」


 それは明らかに普段の凛々しいイメージとは異なり、酷く怯えるその表情は、別の誰かのようだった。


 いや… オレはその少女(ひと)を知っている…?


「でも、あの吹雪の後の、真っ赤な朝焼けの窓辺に貴方を見つけたとき… 嬉しかったから… 本当にもう満足だと思えたの… だから」


 何故だろう…? 少女のその混濁するような言葉に重なり、大きな窓辺から自分を見下ろす、黒髮の少女の立ち姿が蘇ってくる…。 


 凍った大気が光を反して、キラキラと朝の情景を輝かせていた。お互いの視線が絡んだ直後に、少女は支えを失うように、その場で泣き崩れてしまうのだ。風は強烈に(こご)えていて、痛いほどに澄んでいて… 「約束したろ?」 たどり着いた窓辺に向かって少年が照れたように声を掛ける。


瑛太(えいた)でなくて悪いけど… 彩々楽(ささらぎ)さん」


「ううん… わたしも… 小夕(さゆ)じゃないけど… でも、ありがとう」


 開け放たれた二重のサシュから、白すぎる痩せた指が伸ばされると、彼は目を細めながら、その手を取ろうと植え込みから背を伸ばした…。


 な、なんで俺の前世の記憶に、彩々楽(ささらぎ) 月歌(つきか)が存在するんだ……?


 白日夢のように通り過ぎた、優しくて苦しい… 哀しい気配のある美しい一瞬だった。


 ドオオン!   ドオオン!


 地響きが樹海と川の向こう側へと、次第に位置をずらしていく。それでも世界は、この世の終わりのように揺れ続け、必死にすがる少女の濡れ髪を、胸に抱いて頬を当てた。彼女を包んだ藍染色の布が、湯の面を覆って平たく隠してしまう。


「頑張れ… 大丈夫だから」


 そう言い聞かせるように、月歌(ツキカ)の耳たぶに唇を押しつける。濡れ布を貼り付けた彼女の細身が、小刻みに震えるのが痛々しい。


 こんなヤバイ奴が、放浪してるのかよ…。


 内心、彼も吹き出る冷汗と緊張の中で、その片鱗を覗いて恐怖した…。




:気配探知:

 『彷徨える(ワンダリング) 百面顔鬼(ハンドレッドデビル)鋼鉄巨像(ブリアノレス) LV61』 (Unique)

 ーーー ー  ーー   ーーーーー  ーー  ー ー 

 ーーー   ーー  ーー  ー ー ーーーー ー




 こいつって移動する災害だろ? 通り道にならない事を祈るしかない…。


 たぶん名前からしても、目的もなくこの世界を徘徊する、ユニークモンスターの(たぐい)だろう。『鑑定』も試してみたが、あまりにレベル差があって、名前とレベル以外は完全に伏せ字状態になった。


「ずっと辛くて… 悲しくて… わたしがひとりで背負うべきなのに、貴方を巻き込んだのね… ごめんね、ごめんなさい」


 そう言って、幼女のように怯えた瞳で涙を浮かべる月歌(ツキカ)。細腕を精一杯引き締めて、彼から離れないように必死の表情で身を寄せていた… と、少女の表情から悲痛な印象がゆっくりと薄れていく。


「ま、まだ続くの……?」


 見上げる藍色の瞳は、潤んではいるが力の輝きが戻っているように見えた。


「ここに隠れていれば大丈夫だから。約束しただろ… ツキカを守るよ」


 うんうんと、素直に頷くと濡れた衣に絡まるように、二人は湯の中に深く沈んだ。


 そうしてゆっくりと巨大な足音は距離を離していくと、次第にただの地響きとなり、最後には危険探知による違和感も消えていった。


「ツキカ… もういっちゃったぞ?」


 いつの間にか黒髮に手を添えて、少女の頭を抱いていた。それでも彼女は、濡れねずみになっている甚平(じんべい)姿の大翔(ヒロト)から、身体を離そうとしなかった。


「もう少しだけ、君の(ふところ)は、こんなにも安心だから…」


 少女は怯え顔を見せまいとして、彼に頬を押し当てたままでいる。


「なぁツキカ… 俺たちって、前世で出逢ってたりするのかな?」


「……… わからないの… わたし今… 何かを思い出していたような… ごめん、なんだか全てが夢のようであやふやで…」


 その答えは少年の持つ印象にとてもよく似ている。たぶん先程の悲痛なやり取りを、彼女は覚えていないのだろう。でも確かに大翔(ヒロト)の記憶の何処(どこ)かに、この黒髮の少女は存在している…。


「いや… 何でもない… ベッドカバーが台無しだなぁ」


 彼の言葉に、少女が回した腕を引き上げると、大きな濡れ布が二人を絡めるように張り付いてしまう。


「寝具は良いよ… でもヒロトって… こんな状況なのに鈍感すぎる…」


 そう呟いた月歌(ツキカ)が、柔らかくはむように、彼の胸元に歯を当てた…。


 


 




湯浴みと、迫り来る恐怖と、前世の繋がりをほのめかす白日夢… それらを乗り越え、第ニ章はこの後に怒涛の急展開をしていきます… サバイバルを頑張れ二人!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ