2-1話 レッドキャップの群れ
第ニ章:弱者を喰らう獣:
木扉の向こうから、キィキィと甲高い声が聞こえている。耳に不快な魔物たちの言語らしい。大翔が少女の手を取って、同時にMAPを開いて見せた。手繋ぎのままMAPを開くと、互いの情報が重なるように共有されている。
『赤帽子LV5』 『赤帽子LV5』 『赤帽子LV6』
MAP表示では、壁を挟んだすぐ向こうに三点の赤い敵影が表示されていた。
赤帽子は、最弱モンスターとして有名な小鬼の上位亜種で、赤い帽子や衣を好み、簡素だが武装をする凶暴な人形魔物だ。背は低く、知能は子供並と言われているが、基本的に群れで襲って来るため、危険度が高いらしい… by 学者スキル
「ツキカ… これ渡すの忘れてたよ。ちゃんと刃を付けた薙刀だ。黒鋼製のはもうちょい待っていてくれ」
大翔が『倉庫』から、新しい得物を引き出した。初代のものより、一層とフォルムがシャープになり、逆に刀身は幅が広がり両刃になった。日本のものより、中国武具のように無骨な印象を与えている。
「あ、ありがとう…」
すっかりと装備を身に着けた少女は、手の得物を収納して、新しい薙刀と持ち替えた。
:鑑定:
鋼鉄の大翔薙刀 (Magic) LV6
攻撃命中時20%の確率で『混乱』させる マジック装備
月歌がその得物に注視すると、鑑定窓がポップする。どうやら『学者』の職業がレベルアップして、本格的に鑑定スキルが発現したらしい。
「凄い! この薙刀って魔法武器じゃない! しかもヒロトの銘が入ってる」
「高品質の生産物から、銘が入れられるんです… すいません若気の至りです」
「ふふっ、ありがたく使わせてもらいます」
握り手を確かめるように、何度かぎゅっと力を入れてみる。彼女の小さい掌にも馴染む良い得物だった。
「フルに強化を掛けたあと、封鎖してる岩をどかして、オレが潜伏からの暗襲を仕掛けてみる。君は敵が混乱したら扉の影から支援を頼む。音の出ない遠距離スキルが最良かな。夜間戦闘だけど、小鬼系は夜眼が効くから、お互いに丸見えの通常戦闘だと思ってくれ」
少女は、黒髮を結んで束ねると、彼の眼を見て静かに頷いた。大翔が木扉を押さえていた、巨石を『倉庫』の中に収納した。
石積みの小屋の前を、三匹の小鬼が低い姿勢で、飛び跳ねるように移動している。一匹は石積みの小屋を覗き込み、もう一匹は岩場の上から周囲の廃墟を見回していた。少し身体の大きい一匹は、相変わらず甲高い声で「ギャギャッ」と喚き散らしている。
汚れた緑色の醜い顔に、やけに目立つ揃いの真赤な衣を身に着けていた。一説には倒した獲物の返り血による、汚れた深紅色とも言われている。そんな醜悪で凶暴な、森の嫌われ者どもだ。
大柄な一匹が、血で汚れた鎌形包丁を片手に、洞窟部屋の扉をゆっくりと押し開いた…。
ザンッ! 鈍い肉切り音が鳴り、赤帽子の喉と胸を、二刀の短剣が刺し貫いていた。一瞬だけ垣間見えた大翔の姿が、闇に霞むように消えてしまうと、首と心臓に致命傷を受けた小鬼が、突然仲間の一匹を目掛けて後ろ向きに駆け出した。
「グゥキキィ?」
そいつは自分に向かって後ろ走りしてくる、滑稽な仲間の姿に声を上げて騒ぎ立てる。その刹那、背後から銀色に月光を反した、鏡のような切っ先が突き出されていた。
ー 暗襲 ー
二刀使いの少年の剣が、同時に奴の喉元を突き破ると、部位は一瞬で破裂して醜い頭が岩陰まで飛んでいた。
うおっ威力高すぎかよ… スキル使うとオーバーキルだろこれ?
そう思った瞬間に、小屋から出てきた最後の一匹の胸が、グシャっと破裂して大穴を晒してしまう。洞窟小屋の影から放たれた、月歌の闇影破魔矢によって瞬殺されたのだ。
さすがLV8の狼人間を追い詰めた魔法だけに、あちらも相当な過剰火力に見えた。
二人は無言で、赤帽子の死体を『倉庫』の中に放り込むと、小屋の下へと続く岩陰に身を潜める。とりあえずは後方の群れに気づかれずに済んだようだ。チャリンチャリンとドロップアイテムが『倉庫』の中に追加されていく。
しかしまだ月の位置は高く、朝まではまだ間がありそうだ。そう… 赤帽子は、完全なる夜行性なのだ。
「さすがに、フル強化からのスキル攻撃は、過剰すぎたかもな。ツキカのコンボで、小鬼の上半身が消し飛んでたぞ?」
「そうね… このモブ程度なら、影針投擲で十分かも」
肩が触れ合う距離で屈みこみ、大岩の隙間から廃墟の方を伺ってみる。夜眼のおかげで、視界は昼間と変わらず鮮明に見えていた。
「なんだかすっかり、グロ耐性がついてしまったわ… あの肉団子が酷すぎたものね… それで入り口付近の敵はどう?」
再び大翔が、少女の手を握って気配探知を共有すると、二人のMAP上に同時に結果が反映された。廃墟に入り込む赤マーカーが16匹。それとは別に、岩壁の外側に50匹を超える大きな群れが集結している。
「すごい数… 一匹は弱いけど、数で押されると危険じゃない?」
「オレらって広範囲攻撃が岩盤落としだけだからなぁ… でもこいつらまるで、此方の存在が分かってて、探しに来てる気がしないか? それが事実なら例の場所に誘い込もうか?」
話している合間にも、再び斥候らしい3匹が、二手に別れて廃墟の奥へと移動を始めた。
「とりあえず、小出しで来る合間に数を減らそう。そこの一段高い台場の藪から、ツキカは狙撃を頼む。俺は直下の崩れた廃屋で、撃ち漏らしを片付ける。ワンコを自分の護衛につけとけよ?」
そう言って黒髪の少女の手を引いて立ち上がらせた。
「それね… ごほん、今晩の護衛はワンちゃんではないのです」
まるで登場を促すように、月歌が此方に手招きすると、洞窟小屋から少し猫背の大男が這い出てきた。薄い黄色の毛並みに、黒ぶちの模様が荒々しい、豹の頭部を持った魔獣だった。
:ワーキャット LV7:
豪腕LV5 三段飛翔LV5 ホールスクラッチLV6 疾走LV6 咆哮LV5
「凄っ… わんこより更に強いぞ…」
「わたしのガードは、この子に交代よ」
ついっと伸ばした細腕が、召喚獣の喉元をもふもふと撫ぜている。戯れ付きながらも、二人と一匹は所定の位置取りに身を潜めた。
すぐに先頭の斥候が、くんくんと鼻を鳴らしながら、大翔の隠れる廃屋に向かって進んでくる。
あぁ… もしかして、こいつら鼻まで効くのかな?
そう思った瞬間、一番背後の赤帽子が、眼球から脳髄へと闇針で貫通されて崩れ落ちた。ビクビクと断末魔の痙攣のために、地面で跳ね回る小鬼の醜態。
驚いて背後を振り向いた二匹も、潜伏からの、二刀の切り流しで、見事に首を切断されしまった。忍者のように低く構える大翔の背で、血の噴水となった赤帽子が、手放した人形のように、傾斜のある地面を転がっていった。
すぐに予備の潜伏で姿を隠し、そのまま死体と装備を回収して回る。その間僅かに1分も掛かっていなかった。まさに暗殺者と黒魔道士の、闇ペアらしい戦いぶりだ。
そこへ次組みの3匹が、葦の群生から跳ねるように抜け出してくる。やはり鼻を鳴らして周囲を探ると、大量の血溜まりを見つけて「ギャギャァ!」と騒がしく吠え始めた。
その背後に忍び寄る、認知できない少年の二本の剣。叫ぶように声を上げる一匹が、脳天の半分を三日月型に失った。
滝のように血を流す斥候が、錆だらけの短剣を、硬直した手から放してしまう。キンッ! カン! と高い金属音を響かせて、剣が岩肌に弾けながら落ちていく… 残った二匹が醜悪な顔を見合わすと、突然に左右に別れて跳ね退いていた。
ピィーーーーーーーーーーーーー!
大きな二枚貝を加工した警笛は、想像以上の綺麗な高音で闇空へと響き渡った。
まずい!!!
ー 魔力弾 ー
ー 破魔矢 ー
焦った二人が、ほぼ同時に攻撃スキルを詠唱して、二匹の頭部を肉片へと吹き飛ばした。肉塊が飛沫を上げて爆散すると、葦原の中に残った身体が倒れ込む。大翔の『魔力弾』さえ、いつの間にかこの威力だ…。
森を震わせていた笛の音が、息絶えたように唐突と途切れると、張り詰めた嫌な静寂が廃墟を支配した。と… 気づけば集落の入り口から、多数の魔物が喚き出し、すぐに外遊びをする園児のように騒々しくなった。
「ツキカ! 総力戦になるぞ。群れが寄ってきたら例の作戦でいこう。」
「ええ! 分かったわ。備えあれば憂いなしってね」
少女の言葉に、護衛であるワーキャットが、前衛を張るために台場から飛び降りる。彼等は昨日決めておいた作戦通りに、一区画向こうにある、岩山を背にする小さな広場へと走り出した。
「結構な数が居るな…」
少年のMAPには、一斉に動きだした残りの10匹と、岩場の入り口から殺到してくる、50以上の大群の赤マーカーが映されていた。
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