担任との会話
翌日の放課後、ぼくは担任の先生に職員室に呼び出された。詳しいことは何も言われなかったけれど、用件は決まっている。お主人の一件がばれてしまったのだ。
うちの高校はバイトを禁止していない。むしろ奨励しているくらいで、地元の事業所と協力してアルバイト先も紹介している。だから結構平気かな、と軽く考えていた。住み込みのバイトでも叱られたりしないだろうし、ぼくには友人が少ないのでしばらくは知られないだろうとも思っていた。
それが甘い考えだと気づかされたのは早朝からだった。どこから情報が漏れたのか、クラスのみんなはぼくが特殊なバイトを始めたことを知っていたのだ。クラス、というよりも校内といったほうが正しいかもしれない。廊下を歩いているときから奇異な視線を浴びせかけられ、教室の机に座ってからはあちこちからひそひそ声が耳に届いた。直接口で言われたわけではないし、そもそも誰一人としてぼくに話しかけてくることはなかったけれど、普段はほとんど無視をされている身としてはこのあからさまな注目度にはなにかしらの理由があるとしか考えられない。そしてその理由で思い当たる節といえばお主人の件以外ありえない。
事実、職員室ではそのことをまず確認された。こういう噂があるのだけれど、と担任の佐々木先生は切り出した。
「本当なの?」
はい、とぼくは返事をした。職員室にいる先生たちも遠目にぼくを眺めているのがわかる。
「相談はなかったわよね」
アルバイトが推奨されているからといって、無断で始めていいというわけではない。当然学校側の承認が必要で、その点に関してはぼくに非があることは明白だったので素直に謝ることにした。
「すいませんでした」
「理由は?」
佐々木先生は男女双方に人気のある女の先生だ。外見はすごくきれいだし、性格も明るくて気さくだ。いまだってぼくを責める口調ではなくて、逆に心配してくれているような感じもしたけれど、それでもぼくは素直になれなかった。
「話さないといけないんですか」
「書類に必要なの。別に細かくなくてもいいのよ。社会勉強、家計の手助け、時間の有効活用、なんでもかまわないの」
ぼくが答えないでいると、佐々木先生は勝手に続けた。
「さしずめあなたの場合は家庭の事情、といったところかしら」
もちろん佐々木先生も知っている。担任なのだからその辺の事情を知らないわけがない。
「それにしてもお主人を選ぶとはね」
どうやら佐々木先生はお主人というものを理解しているらしい。校内での反応を見ると、それが一般的なのかもしれない。
「まずいんですか?」
「担任として不安なのは事実よ。でも正直なところ、立派だと思うわ」
「立派?」
「ええ、ほかの先生方も最近の若い子にしては感心できるって褒めていたもの」
この反応は意外だった。今日一日の妙なものでも見るような視線を感じる限り「お主人」というのはてっきり何か汚らわしいものというか、あまり褒められるような職業ではないと思っていた。だからあんな好条件でも人が集まらないのだろうと。
「じゃあ、バイトをすること自体に問題はないんですね」
「ないわね」
「住み込みでもいいんですね」
「お主人になるのだから、そうでないと意味がないでしょう。ご家族が納得するかは別問題だけれど」
この決断をするとき、ぼくは誰にも相談しなかった。ただ雑誌の情報だけを頼りに、ひとりであの洋館へと向かった。お世話になっている家族へは一言も告げなかった。
そう、ぼくは何も言わずに家を出てしまったのだ。
「まあ、わたしとしてはあなたの決断を尊重するわ。地域への貢献と言う点ではほかにはないくらいに重要だもの。ただ家族への報告はちゃんとしておいたほうがいいわね」
はい、とぼくは心にもない返事をした。
「後悔はしないのね」
「まだ決まったわけではないんですけど」
昨日は結局、あの執事という男性からバイトの許可をもらえなかった。いくら頼んでもだめだ、の一点張りだった。すごすごと帰るわけにはいかないぼくはどうにかして粘り、必死になって説得を続けた。やがてその熱意が通じたのか、最初は聞く耳をもたなかった執事もそれならば、とある条件を出してきた。
「そうなの?」
「一応テスト期間らしいです」
とりあえず結論は先延ばしにし、しばらくはあの洋館に滞在することを許された。期間はとくに決められていない。その間の働き具合というかお主人ぶりによって採用するかどうかを決めるという。それは一種の試験で、いったい何をすれば合格なのかはいまだにわからない。
「そういえば、そんなものもあったかもしれないわね」
普通に考えても人手が足りないから求人広告を出すわけで、でもそうなるとやっぱりじゃあお主人ってなんなんだろうとぼくは思う。みんなに認識されていて、佐々木先生によれば社会的貢献が著しい職業で、しかも楽な上に時給がよくて、家に住むだけでいい。こんなこと、普通ありえるのだろうか。
そう考えると、
この判断が正しかったのか、
ぼくはちょっとだけ不安になった。




