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ぼくと執事と守りたい街  作者: たかと
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帰り道

 

 ところで帰り道。一つの問題が持ち上がった。


 商店街まではバスでやってきた。だから帰りもバスを使うのだろうと思っていた。アーケードの入り口付近に設置されたバス停には、ちょうどバスが停まっていたから、ぼくは無意識にそちらのほうに歩いていった。


 ところがりょうちゃんは「それでは」と言ってひとりで歩いていった。買い物袋を持った背中がずんずん遠ざかる。ぼくは慌ててその後を追って事情を確かめた。


「ねえ、りょうちゃん、バス停はあっちだよ」


「はい。知っています」


「乗らないの?」


「お買い物をした後、バスに乗ってはいけないんです」


「え、そうなの」


「はい。今日は生ものもありますから、そういったにおいが座席に移ると大変迷惑です。かさばった荷物はほかの乗客の方に不便な思いをさせることにもなりますし」


「じゃあ、いつも歩いて帰ってるの?」


「はい。このお仕事は体力も重要ですので、いい運動だと思います」


 商店街から龍館まではかなりある。徒歩で帰ったらどれくらい時間がかかるのだろう。二時間くらいはかかる気がする。しかもりょうちゃんは荷物を抱えてるわけで、体力という要素を加えるとさらに時間がかかるのでは。


 結局、ぼくも一緒に歩いて帰ることにした。自分のために買い物をして料理までつくってくれるりょうちゃんを見捨てるようなまねはできない。ぼくも歩いて帰る、と伝えると、りょうちゃんは気にしないでくださいと言い、それでもぼくが意思を曲げないと、それ以上は何も言わなかった。


「荷物はぼくが持つよ」


「平気ですよ」


「いいから、いいから」


 新鮮な食材で料理をつくることを心がけているりょうちゃんは、毎日買い物に出かけている。そのため、布製の買い物袋もそんなに膨らんでいない。これくらいならぼくが持っても平気だと思った。


 確かに重さはそれほどじゃなかった。片手で持てるくらいで、それが特別に負担になったわけじゃなかった。


 ただ、距離が長すぎた。軽い荷物もわずらわしくなるくらい、龍館までの距離は果てしなかった。商店街から歩き始め、およそ二時間が過ぎてもたどりつけていなかった。それだけの時間歩いているとただ足を動かすだけでもつらくて、呼吸の荒さもおさえることができなくなっていた。もともとぼくは体力のあるほうじゃない。


「少し休みましょう」


 町の郊外、龍館の建っている森の手前まできたところでりょうちゃんがそう言った。意地になって休息を取ろうとしていなかったぼくも、さすがに体力の限界だった。そこは野原に続く一本道で、周囲には人影はない。


「この距離、本当に毎日歩いてるの」


 呼吸を整えた後、ぼくはそう聞いた。りょうちゃんの息は乱れていなくて、むしろ平然とした顔をしている。汗一つかいていないように見えた。


「はい」


「すごいね。尊敬するよ」


「修行をしました」


 とりょうちゃんは言った。


 修行という言葉をりょうちゃんはこれまでに何度か使っている。お手伝いさんには不釣合いな単語だとぼくは思う。お手伝いさんの修行ってなんなんだろう。


「修行って、どんなことするの」


「いろいろなことです」


 りょうちゃんは遠くを見るようにして言った。この話題には触れてほしくないのかな、そう思ったぼくは、それ以上追求はしなかった。


「いつもは、どれくらいかかるの?」


「一時間もあれば充分です」


「かなり早足だね」


「普通ですよ」


 一時間? ぼくだったらランニングくらいのペースになりそうだ。ということは、ぼくは単なる足手まといだったのかもしれない。とてもじゃないけど一時間なんて不可能な話だ。これからは買い物に同行しないほうがいいかもしれない。


「あの、一つ聞いてもよろしいですか?」


 ほとんど汚れていないアスファルトに座って休んでいると、立ったままのりょうちゃんがぽつりと言った。


 ぼくは立ち上がった。


「いいよ。何?」


「……ジン様が龍館を出て行かれるって本当ですか?」


「え」


「すいません。お手伝いさんの分際でおこがましい発言ではあると思いますけれど、どうしても気になったもので」


 ぼくはりょうちゃんから視線を外し、違うほうを眺めた。辺りはすでに薄暗くなっていて、真っ青だった空もだんだんと濃くなっている。ここは本当に野原という感じのするところで、辺りには人家も見当たらない。


「りょうちゃんはどこまで聞いたの?」


「適性検査の結果、ジン様はお主人として認められない可能性が高いと執事さんに言われました」


「そっか。りょうちゃんの仕事に関わることだもんね」


「それで、どうなのでしょうか」


「正直なところ、わからないんだ。決めるのは執事だから」


「ジン様のお気持ちはどうなんですか?」


「ぼくは残りたいよ。お主人になりたいと思っている。さっきの町の人たちの表情を見たら、ますますその思いが強くなったんだ」


「はい」


「これまではなんとなくだったんだよね。前の家にいたくないからという理由ばかりが強かった。でも今は違う。ぼくを頼ってくれるみんなのためにお主人でありたいと、そう思うんだ」


「では大丈夫です。その気持ちを正直に伝えれば執事さんもわかってくれます」


「そうかな」


「はい」


 笑顔でうなずくりょうちゃんを見ると、なんだか元気になれるから不思議だ。


「よかったです。やめたいと言われたらどうしようかと思っていました」


「りょうちゃんも仕事がなくなったら困るもんね」


「はい。それに、ジン様と離れるのはさびしいですから」


「え」


 ふたたび無邪気な笑顔を向けられ、ぼくの心臓が一気に高鳴った。べつに深い意味はない。あくまでお主人に向けられた感情であって、ぼく個人に対してではない。あまり深く考えてはいけない。冷静になろう。


「そ、そういえばりょうちゃんは同い年だよね。学校には行ってないの」


 それでも動揺を抑えられないぼくは、話題を変えることにした。というか、これは以前から気になっていたことでもある。


「義務教育は終了しています」


「中学を卒業してすぐにお手伝いさんになったってこと? 高校には行こうとは思わなかったの?」


「お手伝いさんは需要が非常に高いんです。メイドや執事は龍館にひとりと決まっていますけど、お手伝いさんの場合は複数が雇えるからです。ですから働く場所に事欠きませんし、若くても活躍できるんです」


「じゃあ、ぼくがお主人をやめても、ほんとに困らないんだ」


「やめられないんですよね」


「うん。ただ」


 執事とのやりとりの具体的な内容を、ぼくはりょうちゃんに話した。


「そうですか」


 りょうちゃんの眉が曇った。


「知りませんでした。あの事件とジン様のご両親が関係していたなんて」


「りょうちゃんも知ってるの?」


「はい。ご主人が町中で暴走するという非常に珍しいパターンでしたから」


「どうして封印が弱くなったか、りょうちゃんは聞いたことある?」


「そこまでは……」


「そっか」


「そのことでジン様は執事さんに対する恨みを持っているんですか?」


「ない、とは思う。でも正直、いろいろなことが起こりすぎて混乱しているのかもしれない」


「それではもう一度執事さんとお話になってみてはどうでしょう。お二人の間にあるのはちょっとした誤解かもしれませんから」


「大丈夫かな」


「はい。執事さんは決してジン様のこと嫌ってないと思います」


「普段の態度は好意的とは言い難いんだけど」


「かならずしも表面的に見えることがすべてとは限りませんよ」


「そうかな」


 そう疑わしそうに言うぼくに、りょうちゃんは突然に手を差し出してきた。ぼくは自分の手を見た。すでに買い物袋はりょうちゃんが持っている。この手はいったいどういう意味だろう。不思議に思っているぼくにりょうちゃんは「手を繋ぎましょう」といって手を握ったきた。


「たくさんの言葉を並べるより、こうして人のぬくもりを感じるほうが相手とより理解しあえる場合があります。人は急には変われないけど、変われることに気づくことはできる、修行の大変さに落ち込むわたしに、お姉ちゃんはそう言ってよく励ましてくれました。そういうときは決まって手をとってくれて、その温かさにわたしは何度も勇気付けられました。どんなに性格が違っていても、体温に大差はありません。誰もが同じ温かさを持ち、その上相手の温かさを感じることができる。そのことに気づくだけでも、きっとお二人の関係は変わると思います」


 執事と握手する場面を思い浮かべた。なんだかおかしな光景だ。ぶすっとしたまま手を差し出す執事を想像して、ぼくはつい吹き出した。


「それでは行きましょう」


 りょうちゃんは安心したように微笑むと、ぼくの手をとったまま歩き出した。

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