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ぼくと執事と守りたい街  作者: たかと
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 全国にある多くの商店街というのは最近元気がない、と聞いたことがある。


 大型のスーパーが各地に進出したことにより、客足が遠のいているということらしい。大型店というのは品揃えが豊富でしかも安くて、さらにたくさんのテナントが入っているから便利なのだという。大企業と個人商店では体力の差も大きくて、商店街の店はその影響でシャッター通りなんて呼ばれ方をするほど疲弊している、らしい。


 でも、ぼくの地元ではそういう心配はないようだ。バスに乗ってやってきた商店街は活気に溢れていた。様々な店がずらりと軒を連ね、あちこちから声が飛び交っている。お店を宣伝するのぼりも立ち並び、シャッター通りとは無縁の様相を呈していた。


 店の種類も豊富で、八百屋さんから魚屋さんなどの食べ物を扱うお店以外にも、靴屋さんや服屋さん、ペットショップからドラッグストアまでありとあらゆるジャンルの店舗が並んでいる。休日ということもあるのか行きかう人も多く、ぼくに向けられる視線も半端じゃない。


 ぼくはこれまで、自分がこの町でどのような存在であるのかを実感することはあまりなかった。通学以外では外出をほとんどしなかったので、お主人として町の人たちと関わりあうことはまったくといっていいほどなかった。学校では確かに周囲の対応が変わったり、報道部の人たちに興味をもたれたりしたけれど、はたしてそれがどの程度お主人である自分の価値を示すものなのかはわからなかった。だからこうして町に出て確認してみようと思った。


 商店街の人たちと接すると、ぼくは自分の立場が決して軽いものではないことを知った。りょうちゃんにつきそう形で買い物をするぼくに、商店街の人たちは気さくに声をかけてくれた。期待しているとか頑張れよとか、頼りにしているとか、そんなふうに励ましてくれた。仕事は大変だろうからと割引をしてくれ、注文以上の品物をくれた。


 当初は遠回りにこちらを眺めていた買い物客の人たちも次第に距離を縮めてきて、子供にはサインがほしいとねだられ、若い女の人には携帯電話で一緒に写真を撮ろうと言われた。次々に握手を求められ、中には抱きついてくる人までいて、一本に続く路地は一時大混乱になった。それはどこからか警察の人がくるまで続いた。有名な芸能人みたいだな、と人の渦の中でそう感じた。


 いままでぼくはこんなふうに誰かに頼られたことなんて一度もない。この町のみんながぼくのお主人としての働きに期待している。ぼくがお主人として居続けることを願っている。そう考えると気分はすごく高揚して、これまで感じたことのないお主人に対する責任感みたいなものが胸に湧き上がった。


 お主人でいたい、そんなふうに思った。たくさんの人の想いを受け止めたい。これまで一之瀬家から逃れるためだけの口実だったお主人がいま、意味のあるものに変わった気がする。自分の目標へと変わった。


 でも、決めるのは自分じゃない。執事だ。


 その執事に、ぼくはまだ龍館の退去を命じられていない。お主人として不採用を突きつけた彼とは、あの屋上でのやりとり以来、話をしていない。本当に龍館を出て行かなくてはならないのかも確認していないし、いつまで滞在していいのかも聞いていない。


 執事はぼくの両親を間接的に殺した、と言った。龍館の管理を怠り、その結果殺人者を生み出した。両親はその殺人者に殺され、ぼくはひとりになった。施設で生活したのも、一之瀬家で暮らすようになったのも、元はといえば執事の失態から始まっている。それは事実だ。でも執事に対して憎しみを感じているかといったら、それは自分でもよくわからない。


 執事が直接手を下したというなら、はっきりとした怒りを覚えたかもしれない。けど、そうじゃない。殺人者を生み出すきっかけをつくったというだけだ。龍館というものを完全に理解していないぼくにとっては、その事実もどこか他人事のように感じられる。屋上で執事を責め立てたのは混乱したからで、しばらくすると気分も落ち着いた。


「何か買い忘れたものがありますか?」


 一通りの買い物を終え、商店街を後にしている途中だった。出口に向かう足をとめ、商店街の中心部のほうを振り向くぼくに、りょうちゃんが声をかけた。


「ううん、違う」


 ぼくはりょうちゃんとの距離を駆け足で詰めた。


「それにしても、ずいぶんにぎやかだったよね。噂だと、商店街は寂れてるって聞いたことあるけど」


「たぶん龍館があるからだと思います」


 りょうちゃんが答える。その手にはお買い物袋が握られている。


「龍館のある地域には多くの補助金が出るんです。それで経済が活性化していることが一つ、次に地元の連帯感が強いことも上げられます。龍館のない地域に比べるとどうしても危険が多くなるわけですから、そのぶんお互いを支えあっていこうという意識が強いのだと思います」


 ほかに本社のある大きなスーパーよりも地元の人たちにお金を落とす、これは前に執事が言っていたことと同じで、今日、わざわざ巨大スーパーよりも遠い商店街に足を運んだのも、りょうちゃんが地元への貢献を主張したからだった。


「それって大切なことですよね」


「そうだね」


 ぼくは心の底から同意した。ぼくはこの町が守りたい、この町をもっと好きになりたい。


「本当にそう思うよ」


 にぎわいを遠くに見ながら、胸の中で誓うことがある。

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