第67話 シレーナ=アストラル
「それで?懐かしい魔力ってのも気になりますけれど…なぜ私の名前を知ってるんですか?」
馬車に乗せられて着いた領主館の応接間で彼女…シレーナに問いかけた。
彼女の事を一言で表すならば落ち着いた雰囲気の美女…髪は銀髪に近い白髪でエルフの特徴であるピンと伸びた耳、整った顔とこちらを見つめる綺麗な碧眼は相手の奥底を見透かすようだった…そしてその顔、雰囲気はどことなく覚えがあるような……でも私にはエルフに知り合いなんて居ないし、何よりもこの世界に来たばかりなのだから。
「…リンさんのお名前を知っているのは当然ですよ?この街の防衛に協力してもらったのですから。何度か使いの者を派遣したのですがタイミングが悪くお会い出来なかったみたいです」
あー。最近は忙しくて家に帰るのも遅かったし、そもそも家に居ない事が多かったわね。
「最近は忙しくて家に居ない事が多かったので…申し訳ありません」
私が頭を下げるとシレーナは
「いえ、謝らないでください…報告は上がってますから大体の事情は分かってますし…なによりもこちらが感謝する側ですからね?」
暫くお互いに譲り合いをしていると先ほどの執事…アルフォンスさんがお茶を乗せたトレイを持って入ってくる
目の前で優雅な動作で紅茶を淹れてくれるアルフォンスさんを眺めていると不意にアルフォンスさんと目があった。
「…やはり貴女様は似ていらっしゃる。その雰囲気や仕草…うっすらと身に纏う魔力はまさに…」
真剣な表情でこちらを見つめるアルフォンスさんの言葉にどうすればいいか分からず困っていると
「アルフォンス、リンさんが困っていますよ…今からその話をするところだったのです。一先ずは控えなさい」
シレーナの言葉にアルフォンスは敬しく礼をしてシレーナの後方に下がった。
「…では本題に入りましょう。リンさんが持っているその魔道具…もし宜しければお見せして頂けませんか?リンさん自身からもうっすらと感じるのですが一際その魔道具から強い魔力を感じるので…私の祖父…ジャック=アストラルの魔力を」
そういって指差したのはホルスターに納めていたデザートイーグルだった
「…分かりました。少し待ってください」
ホルスターからデザートイーグルを引き抜いてマガジンを取りだしてチャンバーに残った弾丸をスライドを引いて排筴してからシレーナへと手渡す。
「やはり……!リンさん、これは一体どこで手に入れたものでしょうか…?この魔道具には私の祖父…ジャックの魔術が込められているのです」
今にも私に飛び付いて来そうなシレーナに少し引きながらも考える
これは私の家族が私の為に作ってくれた銃だ。この世界の人に関係があるとは……まてよ?そう言えば私の種族って確かクォーターエルフになってたような……つまりお祖父ちゃんが……?
「…そう考えると確かにお祖父ちゃんの名前もジャックだし…」
もしかしてお祖父ちゃんって元々こっちの世界の人なんじゃ……。
「シレーナさん、確認してもらいたい物があるんだけれど…」
私はアイテムボックスからある物を取り出す。
それはこの世界において全く意味が無く使えそうに無かったから仕舞ったままにしていた…
「それはなんです?見たところギルドカードよりやや大きいですね…しかも見たことが無い材質で出来ているみたいですが…」
私が取り出したのは向こうの世界で使っていたスマホで、そのスマホを操作してある画像を表示する…それは家族で写った写真だった。
「その…これが私のお祖父ちゃんなんですけど…」
スマホの画面が写真を表示した時にシレーナが驚いたのだがあえて今は触れずに答えを待つ。
暫く黙って画面を眺めていたシレーナの目から大粒の涙が溢れてその白い頬を伝っていく
「お祖父様……?!やっぱり生きていた…!……良かった………」
アルフォンスさんもシレーナの後ろで涙を流している。
数分後、落ち着いたシレーナに私の素性等を説明した
「これは間違いなく私の祖父であるジャック=アストラルです。祖父は前の戦争で行方が分からなくなっていたのですが…まさか別の世界に飛ばされていたとは…」
前の戦争ってカリム達が戦ったあれか…その時にお祖父ちゃんは向こうに飛んだって訳ね……。
「私もお祖父ちゃんがこっちの世界の住人だとは思ってなかったので驚きました。ギルドカードにクォーターエルフと表示されたときは他に気になった事があって流してしまってましたけど」
「…とにかく祖父が生きている事が分かっただけでも…」
シレーナがそう言った時、私は重要な事を伝えていなかった事に気付いた
「ちなみにお祖父ちゃんは私の両親と一緒にこの世界に来てるみたいなんですよね…私もつい最近と言うかまさに今日知ったのですけど」
そう告げた瞬間、シレーナはアルフォンスさんへと振り向いて
「アルフォンス!今すぐ動ける者を動員して各地を探してください!些細な情報なども報告するようにお願いします」
シレーナの指示を聞いてアルフォンスが礼をして部屋を後にする。
アルフォンスさんは色々な意味で優秀な執事みたいね…部屋を出た途端私には気配が追えなくなったし…
「…ところでリンさん、貴女とは血が繋がっている事が分かりました…もし宜しければ私の事は家族として扱ってもらえると嬉しいのですが…どうでしょうか?」
見覚えがあるようなっていうのはお祖父ちゃんの面影があったからだったわけで…私としても拒否する理由はない。
「それなら…宜しくお願いします…えーと」
どう呼んでいいか分からずに詰まっていると
「シレーナで良いですよ、もしくは私の方が歳は上でしょうからお姉ちゃん…いえ、忘れてください。リンさんが呼びやすいように呼んで下されば…」
その後は結局シレーナの望みを考慮して(すごく呼んで欲しそうだったし)他者の目がないときに限って呼ぶことになった。(ただしさすがにお姉ちゃん呼びはこの歳になると恥ずかしいので姉さん呼びだけどね!)
それからも暫くはジャックの話を聞かせたり聞かされたりしていたのだが、ふとシレーナが
「祖父の件で忘れる所でしたが…リンが討伐したワイバーンのお礼がまだでしたね?なにか希望があれば言って貰えると助かるのですが…」
うーん、別に欲しい物ってないのよねぇ…お金はあるし、家も手に入れたからなぁ…あ!そう言えば…
「シレーナ姉さん、それについてはお願いがあるのだけれど…私が欲しいのは『欠け月の大曲刀』って剣なの」
そう言った瞬間、シレーナの顔が少しだけ険しいものになった
「あれは……人に譲る訳にはいかないの。祖父の親友で、私自身もお世話になった人の形見だから」
この答えは予想していた。
普通なら遺族に渡すだろうにそれを大事に保管しているのだ、おいそれとは渡さないだろうし…
「でしょうね、だけど…それでもあえてお願いするわ…それを返してあげて欲しい人がいるのよ」
私の言葉にシレーナは
「返して欲しい人が?それは一体…」
「色々と説明が難しいのよね…あ、ではひとまず見せてもらうだけでもお願いしたいのだけど?」
シレーナは暫しの間考え込んだ後、少し待っててと言って部屋を出て行った。
しばらくしてシレーナは大切そうに一振りの剣を持って戻ってくる。
「…これがそうよ。元は双月の牙副団長で『欠け月』のカリム=ハルファウスが愛剣…あの戦以来この剣は眠ったままではあるのですけれどね…」
手渡された剣を眺めてみる…
鞘は簡素な造りだが縁には鉄ではない何かの金属で補強が施されその重量は中々の物だ…鞘自体も盾なり武器なりとして使用していたのか至るところに傷が入っている…その内の何ヵ所かは深く傷が入っていて補強の金属ごと斬られた形跡があり、持ち主が如何に激戦を繰り返して来たのかを物語っているようだった……。
「……抜いてみても?」
私の問いにシレーナは頷いて肯定の意志を伝える。
柄を握りしめ力を込めるとその重量に反して涼やかな音を奏でながら鞘からスルリと引き抜けた。
その刀身は曲刀の名の通りに反り返り、刀身の背の方には何らかの文字がうっすらと浮かび上がって淡い光を放っていた…刃の方は戦闘によって欠けたと思われる傷が見受けられるが一番私の目を引いたのはやはり刀身の先端部分にある三日月の形をした凹みだ。剣としては耐久性に問題があるのでは?と思われるような凹みだが…その周辺には傷らしき物も見つからなかった。
「眠ったままと言う割りには文字らしき物が淡く光ってるけれど?」
「初めて見る人は大体そういう反応を示すの。だけどこれの本当の姿を知っている人はやはり眠っているとしか思わないでしょうね」
ひとしきり眺めた後、鞘へ戻してシレーナへと欠け月の大曲刀を返す。
…どちらにしろ本人を連れて来た方が良さそうね。私が説明するよりも本人が直接喋った方が遥かにスムーズに事は運ぶでしょうし…
「シレーナ姉さん、明日また時間はありますか?私が説明するより本人を連れて来た方が間違いないから」
その後シレーナ姉さんと予定の調整をして夕刻頃にまた来る事になった。
帰り際にアルフォンスさんから
「…リン様、もし大旦那様の情報を掴みましたらご連絡を致しますので」
そう言って深々と頭を下げるアルフォンスさんにこっちも頭を下げて帰路へとついたのだった。
《簡易人物紹介》
シレーナ=アストラル
《年齢》 166才
《身長》 165㎝
《使用武器》 グレイブ『ナイトメア』
《特徴》
言わずと知れたカルドナの領主。今でこそ落ち着いた雰囲気の美女であるが、昔は自身の愛用武器であるナイトメアを振り回し相当暴れまわっていた模様。
当時の2つ名は"最軽量移動式災害"や"トルネード"など。




