こうして僕らは運命の名を知った9
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全身が総毛だった。はじめての生々しい殺人の感触。けれど、それに怯えて剣を下げるつもりはない。ようやく俺は。
俺の運命を取り戻したのだから。
神官は、苦しげに俺を見つめながら、
「最期に……、我が子に会いたかった……」
小さく言った。
「バルナ……、父を許してくれ……」
そのまま崩れ落ちた。
一瞬、周囲の音が消えた。地面に穴が開いて、そのまま体が無限の底へと落ちていくような錯覚を覚えた。
親を知らないノーブレードは、元々は、王族、貴族や神官の子供。だから、顔も知らない俺の親が神官だったとしても、何もおかしくはない。
俺は運命を取り戻し、これまでの過去と決別する意志をもって、その剣を振りきった。
そして、父を斬殺した。
どこかで、青白い水滴が水面に落ちる音が聞こえた。
ああ、そうだ。
俺たちの運命は、きっと血の臭いがするのだろう。
「し、神官長!!」
俺の前で倒れた父を見て、先生と剣を交えていた神官たちの何人かがそれに気づき、悲痛な叫び声を上げる。先生から距離をとり、それから一斉に俺へと襲いかかってくる。
「貴様ぁあああ!!」
俺は父を切り殺したショックを頭から振り払い、剣を構えなおして前を見る。
しかし、不思議なことが起こった。
俺の前に飛びかかってきた五人の神官は、見えない鎖で縛られたかのように動きを止めていた。
俺はもちろんのこと、不自然な格好で動きを止めている当の神官たちも何が起こっているのか理解できないようだった。
「私の剣名は、王」
凛とした声が聞こえた。この声の主は見なくても分かる。いつもクールな少女、マリア。
俺の大事な仲間。
振り返る。そこには、白銀の髪のマリアが、その髪と同じくらい眩しい白銀の剣を振り上げて、立っていた。柄には、王冠の装飾がある。
「マリア……」
王、王って……? でも、確かに、マリアはそう言った。
「正当な王たる私から運命を略奪した下賤の輩に、慈悲なき裁きを」
動きが止まった相手に、剣を振り上げた格好でマリアは悠然と歩いてくる。
マリアの接近に気づいて、神官たちが必死に動こうとするが、彼らの体は微動だにしない。
そして、
「懺悔なさい」
白銀が閃いて、マリアに剣で切られた神官たちの体から血が噴き出た。その途端に、ようやく彼らの体は解放されて動けるようになり、しかし、自らを立たせる力はないのか、そのまま地面へと崩れ落ちる。
あまりに、容赦がなかった。マリアの横顔は、変わらず涼しげだが、その瞳には隠し切れない怒りが宿っていた。
運命を取り戻したとき、その安堵とともに、これまで運命を奪われていた屈辱が溢れてきたようだった。
分かる。
俺は思った。
俺が最初に神官たちに飛びかかっていったときもそうだった。
自分の剣を、自分の運命を奪われていたと知ったときの怒り、ノーブレードという不当な扱いを受け続けた屈辱。
分かるけれど、マリア。
神官たちの死体を無慈悲な表情で見下ろしているマリア。その顔や体は血で染まっている。
その様子を見て、俺の胸の奥である感情が芽生えたんだ。
何だか、かつてのマリアにはもう戻らないようで。
俺は何だか、それが怖くて。
「お前……」
「何かしら?」
白銀の瞳と見つめ合う。何かを言おうとして、しかし、思いついた言葉は、絶叫にかき消された。
見ると、シェスタ先生の周りにいる神官たちが次々と血を噴き出して倒れていく。信じられないほどの速度で、斬撃を繰り返していく紅い風。ああ、そうだ。あれは……。
ほとんどの神官を目にも留まらぬ速さで切り伏せた赤髪の少女は、その髪を血でさらに赤黒く染め上げて、俺を見て、言った。その剣は、刃も柄も、真紅に輝いていた。
「あたしの剣名は、革命の加速者。これが、あたしの運命だ」
シャルロットは唇を歪める。その血にまみれた笑顔に、俺たちが取り戻した運命が途方もないほどに遠い場所へと俺たちを解き放ってしまったことを知った。
「た、助けてくれ……」
仲間を殺された残りの神官たちは、地面に腰を落として俺たちに懇願した。
「わ、悪かった……。悪かったよ」
「剣を持っていってかまわない。だから、我々は見逃してくれ」
口々に命乞いをする彼らの言葉をなぞるように、剣聖母様から剣を引き抜いてきたユミカは口を開いた。
「こいつらが帰った後、すぐに王直属の鎮圧部隊へと連絡して、こいつらを皆殺しにしてもらう」
神官たちの顔が引きつる。ユミカは、剣の柄を額に当てながら、笑った。
「私の剣名は、革命の理解者。総意のもとに革命をなすため、他者の心を読み取り理解することが私の運命であり能力。たとえ、それが嘘に隠されたものであっても。さっきのあなたたちの本心のようにね」
その瞬間、神官たちの首は真紅の剣によって切断されていた。
顔面にその血を浴びながら、ユミカは目を見開き、それから神官たちを殺したシャルロットを非難の目で見る。
「どうして……? 殺すことはなかったじゃない」
「ああ!? 何甘いこと言ってんだよ。最も迅速な口封じは、殺しだって言われたんだよ」
「……誰に?」
シャルロットは、ユミカの静かな問いに対して、犬歯を見せて歪んだ笑みを浮かべて答えた。
「あたしの、剣にだ」
どこか遠くで、青白い水滴が水面に落ちる音がした。
俺は、自分の剣を見た。剣は、血に濡れることを喜ぶかのように、血を滴らせ、ぬめった輝きを放っていた。
隠せない。さっき、神官長を、父を切り殺した瞬間、生々しい感触を受けた後、沸き起こった感情。
力を、奪われた力を取り戻した安堵と、これまで溜まっていた屈辱が転化した圧倒的な怒り。そして、それ以上に。
取り戻した力を行使できる喜び。
それは、奴隷であったときの屈辱が大きければ大きいほどに、きっと高揚感をもたらしてしまうのだろう。
少女たちは血に染まったお互いを見合って、静かに笑い合った。俺は目を閉じた。何か、恐ろしく急な坂道を転がり落ちていってしまいそうな予感がした。
それでも、やはり。
俺も、笑った。
俺たちは、もう元には戻れない。
無慈悲な表情のマリアを見てもそう思っていたし、今、大量の血に濡れたシャルロットを見ても、それからそのシャルロットと笑い合うユミカを見ても、そう思う。
もう戻れない。
そもそも、自分の剣を、自分の運命を取り戻さなければ俺たちには死が待っていたのだ。
死か、それとも元には戻れない未来か。
選択肢は、二つしかなかったじゃないか。
ただ、俺は、もう元には戻れない選択をするようにみんなを導いた俺は、それが今更になって怖くなってきて。
そして、それでも笑える俺自身も、もう自分を止められなくなってきたことを、自覚していた。
俺たちは、もう後戻りはできない。
不意に、冷たい声が響いた。
「余計な運命まで、取り戻してしまったようですね」
振り返ると、シェスタ先生は、剣を構えて俺たちのほうへと向かってきていた。
俺は、心からの感謝を述べた。
「先生、ありがとう。俺たち、先生のおかげで……」
「バルナ、先生はあなたを殺すつもりよ!」
ユミカが突然叫んだ。その声と同時に、先生が剣を突き出して踏み込んできた。咄嗟のことに、反応ができなかった。というより、意味が分からなかった。
どうして、俺、先生に殺されようとしてんの?
「っつ、あぶねぇ」
シャルロットがすんでのところで、先生の剣を自分の剣で受け止めてくれた。
「ユミカが言ってくれなきゃ、間に合わなかったぜ」
シャルロットは冷や汗を流しながら、先生へと言った。
「どういうつもりだよ、先生」
俺は呆然と目の前の先生を見た。先生は、血がついた眼鏡の奥から黄金の瞳を覗かせて、俺を見据えていた。
明らかな敵意を持って。
分からなかった。怒ることさえできなかった。
だって、先生は俺たちに生きる糧をくれた。知恵をくれた。希望をくれた。そして、運命を取り戻させてくれた。
恩人だろう?
どうして、この人に、こんな目で、見られなくちゃいけないんだよ。
俺たちは、先生の教え子だろう?
「私の剣名は、鎮圧者。王に仇なす者を抹殺するのが、私の運命」
先生は、後ろに跳んで、俺たちから距離を取る。
その剣先は、やはり俺へと向けたまま、先生はそれ以上何も言ってくれない。
「先生は、ノーブレードチルドレンの中から本物の王を探すことが目的だったんですね」
ユミカが剣の柄を額に当てて、そう言う。こいつ、革命の理解者って言っていたけれど、剣を持っているときは、人の心が読めんのか? 人の心を察することができるユミカらしい能力だ。
「厄介な能力ですね」
先生は疲れたようにため息をついて、剣を鞘に収めた。
「その通りです。私は鎮圧者として、本物の王に仕えることをずっと望んでいました。剣の改名制度が導入され、偽の王、貴族たちに溢れかえった上流社会を変えたかった。変えられる本物の王を探していた」
シェスタ先生は地面にひざをつき、頭を垂れた。
「ずっと探していました、王よ」
その眼差しは、王の剣を手にしたマリアへと向けられていた。
待て待て待て。
この流れだと、革命の剣名を持っている俺たちと王の剣名を持っているマリアは対立する関係になっちまうじゃん。
「マリア、行くなよ」
俺はマリアの肩をつかんだ。いつもクールなマリアは悲しそうに目を伏せてから、俺の右手にそっと左手を重ねて、それからゆっくりとその手を離した。
「マリア……」
「バルナ、取り戻した運命に殉じよう?」
もう、俺の頭は状況の変化についていけそうもない。
運命を取り戻した途端に、俺たちはよくない衝動にとらわれてしまっている。
力を使う歓喜。運命に殉じる歓喜。
欲しくて欲しくてたまらなかった剣が、どんどん俺たちを引き裂いていく。
止められない、止められないよな。
一番剣を欲していたのは、俺だから。
マリアが離れていき、そして先生のそばへと立つ。
「鎮圧者よ、よくぞ私を探し出してくれた」
その声は凜として威厳に満ちていて、マリアも剣から自分が何者であるかをちゃんと教えてもらったのだということが分かる。
「もったいなきお言葉」
先生は、頭を垂れたまま、そう答える。
「私を王城へと連れていってくれ。腐敗した政治を一刻も早く変えなければいけない」
先生は立ち上がり、小さく頷く。
「こやつらの始末は?」
マリアは小さく首を横に振った。
シェスタ先生はじっと何かを考える顔になってしばらく黙ってから、再び頷き、マリアを先導する形で歩き出した。
マリアは最後に俺たちのほうに振り返り、小さく笑った。
この空間が氷づけになって、それからひびが入って粉々になってしまいそうな気がした。
いつか、いつか、俺たちは粉々になったものを拾い集めることができるのだろうか。
俺たちはもう元には戻れない。
それが、ここまでの状況になってしまうだなんて。
大事な仲間であったマリアと俺たちが対立する関係になるだなんて。
それでも、マリアは取り戻した自分の運命に殉じようとしている。
それを止められない俺がいる。
きっと、粉々になったものを拾い集めることなんて、できやしない。
マリアも、俺も、自分の衝動を、運命に殉じようという思いを止められなくなってきている。
そうだ。
もう、俺たちは元には戻れないのだから。
それが怖いと思うときがこれから何度も訪れることを俺は予感していた。
それでも。
そんな予感がしながらも。
俺たちは俺たちの運命に導かれるしかないのだから。
そして。
導かれたいと強く願っているのだから。
先生と共に、マリアは俺たちの前から去っていった。
きっと剣連洞を出て、王城へと向かうのだろう。
そして、
「レオンとジェーンはどこに行ったんだ?」
今さらながら、あのおちゃらけた少年と気弱な少女の不在に気がつく俺とユミカとシャルロット。
まさか、神官たちに殺されて……。
ぞっとして周囲を見渡すけれど、二人の姿は見当たらない。