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こうして僕らは運命の名を知った10

「バルナ、あそこ!」


 ユミカが、指を差す。俺たちの遥か高み、剣聖母様の頭部近くまで、レオンは登っていた。


「おい、何罰当たりなことやってんだ。下りてこい!」


 俺はそう言うが、レオンは大きな声でこう返す。


「ここに、ここに、僕の剣があるんだ」


 剣の柄を踏み台にして一歩、一歩、上がっていく。踏み外しやしないかはらはらしながら俺たちが見守る中、剣聖母様の頭頂までたどり着いたやつは、そこに突き刺さっている一本の剣に手をかけた。


「これが、これが、僕の運命だ!」


 興奮しながらそれを引き抜いたレオンの動きが、ぴたりと止まった。そのまま、剣を手にして、ゆっくりと上体が崩れ……。


「嘘だろ……」


 落下した。俺は慌てて駆け寄って、落ちてくるレオンを何とか受け止める。

 腕に激痛を感じながら、腕の中にいるレオンに怒鳴り散らす。


「馬鹿野郎!! お前、もっとしっかり……」


 言葉が出なくなった。

 レオン=フィリップス。

 いつもおちゃらけて場違いな、ピエロみたいなやつ。

 そいつが、今。

 泣いていた。


「そんなはず……、でも、もし、そうだとすれば……」


 視線を、俺ではない、もっと遠くのほうへと結んで、レオンは無表情のまま、涙をこぼした。


「僕らは……、どうして……」


 それから。

 俺たちには、分からないことが二つ残った。

 一つ目は、ジェーンの居場所。

 あの大人しい青髪の少女を、俺たちはまる一日かけて探した。けれど、剣連洞にも、周辺の森の中にも、どこにも見当たらなかった。

 凄惨な殺しの光景に耐えられなくて、一人で農民街へと戻ってしまったのではないかという結論に達した。だとすれば、危険だ。捕らえられて死罪になることは必至なのだから。

 そう思った俺たちは、街に戻ることにした。

 森の中を歩きながら、俺は隣にいるレオンへと話しかけた。

 二つ目の分からないこと。

 どうして、レオンはあのとき、泣いていたのか。


「レオン……、結局、お前の剣名は何だったんだ?」


 レオンはその腰にぶら下がった俺と同じ太陽の装飾がされている剣の柄へと触れる。装飾の形は同じだが、俺の剣の装飾は白く、レオンは黒い。同じ形だからこそ、色が真逆なところに対極な何かしらの意図を感じてしまう。


「僕は……、ピエロだよ」


 レオンは、力なく笑った。


「いや、お前、ピエロってさすがにそりゃあ」


 レオンは何も言わない。


「ユミカ先生、お願いします!」


 人の心を読めるユミカの剣の能力で、こいつの本当の剣名を。


「……ダメね。レオンの心の声を聞こうとしても、ノイズがひどくて……。こんなこともあるのね」


 ユミカは困ったように肩をすくめる。


「もったいぶってんなよぉ、レオン。お前だけだぞ、自分の運命を、剣名を言っていないのは」


 シャルロットは不満そうに唇を尖らせる。ちなみに、シャルロットの剣の能力は、最も短時間かつ高効率で敵を殲滅する能力だそうだ。ほぼほぼスピードに特化した能力だと思っていいだろう。革命の加速者っていうのにふさわしい能力で、過激な性格の赤鬼シャルロットにぴったりだった。

 剣には、その名に応じた能力が宿っているようだ。

 沈黙を守るレオンの頭に俺は右手を置く。


「まぁ、今は無理すんなよ、レオン。いつかは話してくれるんだろ?」


 レオンは、俺を潤んだ瞳で見つめる。


「なんて、優しいんだ、バルナ。好きになってしまいそうだよ」

「きもっ」


 俺は吐き気を覚えて舌を出す。

 レオンは冗談だよと言って笑い、ようやく俺たちはいつもの空気を取り戻しつつあった。それでも、俺たちの体から漂う血の臭いが、もうかつての俺たちではないことを嫌というほど思い知らせてくれた。

 そうして、朝日が昇る頃に、俺たちは俺たちがいた農民街へと戻ってきた。

 広大な農地、そばにある汚い俺たちの宿舎。さらに背後に広がる工場が立ち並ぶ職人街、そしてそのさらに奥にけばけばしい色で飾り立てられた娼婦街。その周りを囲むように建てられた貴族たちの豪邸。

 その景色の中を、俺たちは身を縮こませながら、顔を伏せて歩くことはもうない。

 怯える理由はどこにもない。俺たちは、俺たち自身のことをもう知っている。

 

 俺たちは、剣をもってして生まれてきたのだから。


 この時間、街のどこにもノーブレードはいない。そう、礼拝と称して、巨大な礼拝堂へと集められ、いつも神官から罵詈雑言を浴びせられているからだ。

 俺は妙案が思い浮かんだ。

 振り返って、みんなの顔を見る。

 ユミカも、シャルロットも、レオンも、俺が何を考えているか分かったみたいだ。


「ダメよ、バルナ……」


 ユミカが制止しようと声を出したが、俺はもう走り出していた。

 俺の目は朝日のように爛々と輝いているだろう。

 俺たちがもう元に戻れないことを俺は知っている。

 それに対して何度後悔するかことか。

 それも予感している。

 それでも、止められない俺がいるんだ。

 そうだ。

 全てを壊してやる。

 そして。

 もう一度、正しき朝日のもとに、全てを創りなおそう。

 俺は礼拝堂へと向かって走り出していた。



「我らは剣をもってして生まれ、剣とともに生き、剣とともに死ぬ」


 厳かな声が響き、群集は跪く。広い礼拝堂にはステンドガラスから眩い光が差し、そびえ立つ剣聖母像を背後に、神官が目の前に参列する人々を見下ろす。

「剣とは何か? それは高貴な運命である。我らが母、剣聖母様より賜りし、我らの存在意義そのもの。剣を持たぬ者、ノーブレードとは何か? それは運命を持たぬ者、低俗な存在」

 引っこ抜きたくなるようなほどに長いあごひげをたくわえた神官が、歪な笑みを浮かべた。


「それが、お前たちである」


 周囲の人々は、何も言わない。ただ、黙って俯いて、この時間が過ぎることを待っている。

 歯がゆくて、俺は拳を握り締める。

 なんてことはもうしない。

 礼拝堂に忍び込んで、参拝者の列に混じっていた俺はゆっくりと立ち上がって言った。


「我らは剣をもってして生まれ、剣とともに生き、剣とともに死ぬ」


 俺の声が響き、群集は一斉に顔を上げる。

 神官の表情が歪む。

 俺は一歩、一歩、神官のもとへと歩いていく。


「剣とは何か? それは高貴な運命である。我らが母、剣聖母様より賜りし、我らの存在意義そのもの。剣を持たぬ者、ノーブレードとは何か? それは……」


 俺は剣を抜いた。


「運命を奪われた者、そして、誰よりも高貴な運命を取り戻す者」


 神官に剣を突きつける。


「それが、俺たちだ」

「貴様、死にたいのか」


 神官が慌てて剣を抜くがその瞬間に、その剣は俺の斬撃によって粉々に砕けていた。

 剣を失って呆然とする神官に、皮肉な言葉を告げる。


「よぉ、ノーブレード」


 俺の剣の能力。あらゆる運命を砕き、破壊する剣破壊の剣。

 誰にも汚せない、壊せない、鋼の運命。

 革命の開幕者。

 脳がぶっ飛んじまいそうな高揚感。

 俺たちは、もう元には戻れない。

 その恐怖を上回るその高揚感に、俺は支配されそうになっていた。

 言葉を失った群衆を前に、俺は声を高らかに宣言した。その中には、ユミカ、シャルロット、レオンの顔が見える。みんな、呆れながらもどこかわくわくした表情を浮かべて、俺を見ていた。

 始めようぜ。


「しょぼくれた表情は捨てろ! 顔を上げろ! 光を浴びろ!」


 剣を突き上げる。光が、さっきよりもなお眩しく、俺たちを照らした。


「運命を取り戻すぞ!」

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