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殺戮者には真実を、英雄には嘘を1

「運命を取り戻すぞ!」


 その俺の声とともに、群集は一斉に立ち上がり、礼拝堂は爆発的な熱気に包まれた。


「革命万歳! 革命万歳!」


 呪文のようにみんなはその言葉を口走り、俺たちは運命へと突き進む大いなる矢のように一つの隊列を組んで剣連洞へと向かったのであった。

 運命を取り戻すぞと俺が言ったところまでは事実だが、その後は俺の妄想である。


「ってなわけにいかないんだよなぁ」


 椅子にまたがって、俺は盛大なため息をつく。


「うるせぇよ、変態バルナ」


 隣の椅子に座っているシャルロットから容赦のない突っ込みが入る。しかし、その突っ込みにも、いつものキレはなく、声もどこかぼんやりとしていた。


「バルナ、お腹空いたー」


 机の上で寝そべっているレオンは、気の抜けた声で呟く。


「だぁああああ、もう!」


 心も体も腐っていきそうで、たまらずに立ち上がる。


「ぜんっぜんっ。革命なんて、ぜんっぜんっ起こらねぇじゃなねぇか!」


 シェスタ先生のいないノーブレードチルドレンの学び舎に、俺の絶叫が響く。

 俺はため息をつきながら、髪をかき回す。

 そんな俺の様子を、ここにいるユミカ、シャルロット、レオンが見ている。

 あの後、礼拝堂にて。

 俺は剣を失い呆然とする神官を前に、自らの剣をかざし、みんなに剣連洞で俺たちが見たことを大きな声で伝えた。

 そして、返ってきた反応は。

 無、だった。

 誰もが、目の前で起きたこと、今聞こえたことに呆然とするだけで、喜びも何も映さない顔になった。むしろ、あるのはそれとは正反対の恐怖、そして疑念だった。

 誰もが黙り、ゆっくりと後ずさり、礼拝堂を後にした。

 俺は呆気に取られながらも、


「俺たちは森の中の小屋にいるから、話を聞きたいやつは絶対来いよ!」


 と呼びかけたが、誰からも返事はなかった。それから、街でジェーンをずっと探していたが、その間も、俺たちの姿を見かけた人々は、まるで悪魔でも見ているかのように俺たちから離れていく。ジェーンの捜索に関しては、ジェーンがもし迷子なら俺たちを無意識にでも心の中で呼んでいる可能性があったから、心の声が聞こえるというユミカの剣の力を使ったがジェーンの声は聞こえず(ユミカ曰く、集中すればかなり遠くからの声でも聞こえるとのこと)、結局見つからぬまま、朝、昼が過ぎて、深夜になって、この学び舎に戻ってきた。

 今日は農民街、職人街を徹底的に探したから、ジェーンの捜索は、娼婦街を残すところとなった。明日早朝に再開する予定だ。睡眠時間はほとんど取れないが、仕方が無い。

 娼婦街にジェーンがいる可能性が高いというのは、俺たちにとって、最も恐れていた事態だからだ。娼婦街では、ザ・サイレンスと呼ばれる貴族の殺人鬼が潜んでおり、ノーブレードの娼婦を無差別に殺し続けているという事件が、今も未解決だ。お願いだから、無事でいてほしい。ここにいる全員が、そう願っている。

 ジェーンのことに思いを馳せた後、再び脳裏に今朝の街のみんなの表情が浮かんで、ため息が出た。いたぶられ、貶められ、それでもなお、貴族や神官に頭を垂れる。


「奴隷根性極まれり、だな。全く」


 俺は、木でできた天井を見上げる。


「仕方がないよ、バルナ」


 後ろの椅子に座っていたユミカが、言う。


「誰もが、大きな変化と向き合えるわけないんだよ。それが希望であっても、考えちゃうんだよ。今よりも、悪い未来になりはしないかって」


 ユミカにそう言われて、俺はこれまでのノーブレードとしての苦しみ抜いた生活を思い出す。

 いつ死んでもおかしくない栄養失調状態が慢性的に続く中での重労働。

 そして、実際にそれが原因で死んでしまった他のノーブレードたち。

 それに見向きもしない上流階級のやつら。

 今より悪い未来なんてあるのかっていうんだよ、ったく。

 俺は自分の剣の柄を小突いでぼやく。


「みんながその気になってくれれば、革命を開幕させるに相応しい場面だと思ったのになぁ。みんなが味方になればジェーンの捜索も大人数でできるはずだし。しかし、最高に、きまってたろ? あんときの俺」

「きもっ」


 シャルロットがうんざりと吐き捨てる。いやいや、剣の柄に手をかけるのはやめましょうよ、シャルロットさん。血を見るよ、血を。


「そんなことより、ご飯ー」


 レオンが足をばたばたさせて、打ち上げられた魚のように体を脈動させる。


「それだけ動けるなら、まだ大丈夫だろう」


 俺はそんなレオンを横目に見ながら言う。


「じゃあ、いつになったらご飯くれるの?」

「んん、そうだな、動かなくなったとき」

「それ、間に合ってなくない?」

「待って」


 ユミカが、人差し指を立てる。


「来たよ」

「みんなが!?」


 なんだよ、待たせやがって!

 鼻息を荒くして、俺はユミカに詰め寄る。ユミカは、首を横に振る。


「ううん」


 そして、ユミカは暗い表情で言った。


「運命を否定する人たちが、だよ」



 俺たちが小屋の外に出ると、眼前を埋め尽くす松明の灯火が見えた。

 その一つ一つに、黒い制服をまとった憲兵の顔が浮かんでいた。無表情だが、その目には明らかな意思を宿していた。

 嫌悪と殺意。

 一番前にいた隊長格と思わしき男が口を開いた。


「人は、剣の前でのみ、平等である」

「その通りだ、な」


 俺は後ろの仲間たちより一歩前に出て、応える。


「だから、俺もあんたも、平等な立場だろ? あんたは憲兵で、俺は」


 俺は自分の剣を抜いて、その柄を両手で握り締める。


「革命の開幕者だ」


 男は悪寒が走ったかのように身震いし、ゆっくりとその剣を抜いた。

 俺は、言った。


「やめろ」


 男は黙って、そのまま剣を振り上げる。


「運命を失うぞ」


 男は止まらない。

 そして。

 一つの与えられた運命が、終わりを告げる。

 男が俺へと繰り出した剣を俺は自分の剣で受け止める。一度、弾いてから、今度は俺から剣を男の脳天めがけて叩き下ろす。男は、それを受け止めようと剣を前にかざし、そしてそれが最期の行動になった。

 男の剣が砕け、そのまま脳天へと俺の剣が食い込む。大量の血が吹き出る中、ゆっくりと地面に崩れ落ちた男の後ろには、顔面蒼白の憲兵たちが残った。


「俺の運命は、鋼だ」


 高揚感が、体を巡る。いつかは、この感覚に蝕まれて壊れてしまいそうな予感すらするのに、止められない。


「どんな運命をも、砕く」


 俺の言葉に弾かれたように、前にいる何人かの憲兵たちが剣を抜いて踏み込んでくる。そこに、紅い風が舞う。

 シャルロット=マラー。運命を取り戻した彼女は、目にも留まらぬ速さで彼らの喉元をその剣でかっさばいていく。速い上に無駄がない。神業的に効率の良い動きだった。

 また、血が流れた。

 喉から命を撒き散らした男たちは倒れ、静寂が落ちた。

 ユミカが剣の柄を額に当てて、言う。


「あなたたち、分かってるんでしょう? 勝ち目がないってこと」


 ユミカは優しく微笑みかける。


「私たちのこと、王城へと報告しないのなら、許してあげるわ」


 憲兵たちは、お互いの顔を見合わせる。どうしようか、悩んでいるのだろう。

 隣のシャルロットが、動きかけているのを見て、俺は制止する。


「やめとけ」

「でもよぉ」


 運命を、力を行使したくて、体がうずくんだろうか。小刻みに震えているシャルロットの肩を、俺は抱き寄せた。

 顔を真っ赤にするシャルロットは、俺に変態などと、罵声を浴びせる。だって、しょうがないだろう。お前、そうでもしないとすぐに動き出しそうなんだもん。


「お前は俺の隣にいろ」


 俺が小さな声でシャルロットにささやくと、髪よりも顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせる。こんなときに面白い反応してんじゃねぇよ。

 俺はユミカを見る。


「あいつが、この場を収めてくれるさ」


 ざっと百人はいる。この暗い森の中で、俺たちだけで全員を抜け漏れなく倒すことは厳しいだろう。だから、ここは交渉で相手を操作したほうが得策だ。


「今、口約束だけして、逃げてから通報しようと考えたでしょ?」


 相変わらず、微笑みを崩さないユミカ。逆に、その穏やかさとは裏腹の本心を見透かす鋭利な言葉に肝を抜かれたのか、憲兵たちの表情に怯えが走ったのが見えた。


「ダメよ、私の能力は、あなたたちの心の声を聞き届ける。どこに逃げてもね。いい? あなたたちは、どこにいても、私に本心を見抜かれている。そして、どこにいても、見えない刃があなたたちを追うわ。その能力を持っている、この……」


 ユミカは、後ろで鼻くそをほじっていたレオンを指差す。


「この、レオン=フィリップスがね」

「ほえ?」


 レオンは間の抜けた声を上げる。お前、気が抜けすぎて死ねよもう。

 しかし、俺に隊長を殺され、シャルロットに圧倒的な戦闘能力を見せつけられ、戦意を喪失しかけていた彼らにとっては、ユミカの言葉が真実だと聞こえたのだろう。ユミカの的確かつ、穏やかな声は、それがはったりだとしても、真実に聞こえさせてしまうような力が宿っている。

 果たして、彼らはこの場を去った。残ったのは、炎を失いかけた松明と、そばで転がる死体と、それを浸す赤黒い血液だった。


「ごくろう」


 そう言ってどや顔するレオンに蹴りを入れながら、俺はそれを見下ろす。

 俺の剣は、相変わらず、喜んでいるかのように血を滴らせる。

 俺たちの運命は、きっと血の臭いがするのだろう。

 頭に浮かんだ自分の言葉に、ゆっくりと首を横に振って、俺たちは小屋へと戻った。

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