殺戮者には真実を、英雄には嘘を11
そして、太陽が天頂に至る頃。
どこかで、青白い水滴が水面に落ちる音が聞こえる。
ここに初めてきたのは三日半くらい前だというのに、とても懐かしい気がした。
剣連洞。
全ての剣が生まれる場所。そして、俺たちが運命を取り戻した場所。
ジェーンを処刑し、その後処理をしてから、俺は独りでここに来ていた。
天井に連なる幾つもの剣の列を仰ぎながら、一歩一歩、ゆっくりと奥へと進んでいく。青白い液体が固まってできた地面は、こつ、こつ、と足音を小気味よく響かせてくれる。
やがて、大きな門の前へとやってきた。それをくぐると、目の前には、洞窟の天井までそびえ、動くことのない巨大な剣聖母様が見えた。その体には、無数の剣が、ノーブレードの運命が、今もなお突き刺さっている。
その足元に、見覚えのある人影を二つ見つけた。
やっぱり、そんな気がしてたんだ。
そばまで歩み寄ってから、声をかける。
「よぉ、マリア」
白銀の髪の少女は、俺へと振り返った。その顔には、血のしぶきの跡があった。
マリアは、ゆっくりと、微笑んだ。
「ごきげんよう、バルナ」
お互いの間にある空気は、仲間との再会を喜ぶものとはかけ離れた、息苦しい緊迫感に満ちていた。
視線をマリアが持っている剣へと滑らせる。その刃は、血を浴びながらなお、彼女の髪と同じく白銀に輝いていた。
「マリア様、彼は今ここで」
マリアに影のように寄り添っていたシェスタ先生が、無表情のまま眼鏡を指で持ち上げてかけなおしてから、剣を抜こうとする。
マリアは首を横に振って、シェスタ先生の前に手をかざして制した。
「命令よ、シェスタ。手は出さないで」
静かだが語尾が強められたその声に、シェスタ先生は何も言わずに一歩後ろに下がった。
「風の噂で聞いたよ」
シェスタ先生から殺気が消えたのを確認してから、俺はマリアの隣に立ち、剣聖母様を見上げならが、言った。
「王が、病死したそうだな」
果たして、血で染まった剣を持ったマリアは、笑った。
「ええ、たくさん血を吐いて、死んだわ」
声に抑揚はなかった。俺は言葉を続ける。
「次の王は、若い、しかも女だそうだ」
「そうらしいわね」
王冠の装飾を施された剣へと視線を落としながら、マリアは淡々と言う。
「……おめでとう」
そう言っておくべきだろう。マリアは、その運命を、王という剣名を、名実ともに取り戻したのだから。
「しかし、随分と血の臭いがする王様だな」
苦笑してそう言うと、マリアはくすりと笑いながらこちらを見た。
「そういえば、私も風の噂で聞いたわ」
マリアは、俺の、血で染まった剣へと目を落とす。
「娼婦街で、ノーブレードの暴動が起きたようね。一連の連続猟奇殺人事件の犯人が捕らえられ処刑されたことをきっかけに」
「あれは、暴動じゃない」
俺は自分の剣の太陽の装飾を目に映しながら、言った。
「革命だ」
沈黙が降りた。並んで立っていた俺たちはゆっくりと向き合う。
真正面から見たマリアは、服も以前のようなぼろ布ではなく、豪奢なマントを羽織った立派なものになって、すっかり貴族、いや、王だった。対して、俺は変わらず、ぼろ布のまま。
俺たちは変わってしまった。共通する部分は、憎むべき相手の返り血の臭いがする、ということくらいだろう。
けど、俺は。
俺の血の臭いの中には、ジェーンの、仲間の返り血の臭いも混じっている。
「私が来ること、分かっていたのね?」
マリアはそんな俺の沈んだ気持ちを知ってか知らずか、変わらないクールな眼差しを俺に向けて尋ねる。
「ああ、お前は、大きなことを成し遂げたんだ。必ず、ここに来ると思っていた」
過去を懐かしむためか、過去と決別するためかは、分からないけれど。
「私も、今日ここに来れば、あなたと会えると思ってたわ。あなたはあなたの剣名に殉じた行いを成したのだから」
相変わらずの涼しげな物言い。少しの間、口をつぐんでから、マリアは何か考えるように右上を向き、もう一度俺へと顔を向けた。
「そういえば、ジェーンは元気?」
突然、心臓をつかまれたようだった。跳び上がりそうになるほどの痛みが、体中を走る。手が震え出したのを悟られないように、俺は剣を地面に突き刺した。
「優しいあの子のことだもの。バルナやシャルロットとかには、ついていけないんじゃない? 血なまぐさい景色なんて、あの子には似合わないと思うし。ユミカがフォローしてくれてるとは思うけれど、心配してたのよ」
その目、表情は透明で、真意が読み取れない。勘づいていてあえてそう聞いているのか、本当に何も知らないのか。
俺は数秒目を閉じて、小さく息を吸ってから、言った。
「ああ、元気だよ」
マリアはほんの少しだけ、目を大きくして、安堵したような、呆れたようなため息をついた。
「……そう、良かったわ」
「お前の言うとおり、ジェーンに血なまぐさい景色は似合わない。だから、ジェーンには俺たちから離れた場所で、俺たちを見守ってもらうことにしたんだ」
マリアはやや俯いた後、小さく頷いてから、顔を上げた。
「……それがいいと思うわ」
「だろ?」
「でも、血で濡れたあなたたちを見たら、泣き出しそうね」
「みんな、仲良くするです、ってな」
そこで、ようやく俺たちは笑い合った。
自分の汚さに、吐き気がする。
けれど、王となったマリアに、革命の原点の嘘をばらすわけにはいかない。マリアが勘づいていたとしても、俺の口から明言することだけは許されない。俺だけでも、俺がついた嘘に、物語に殉じる。
それに、それにだ。そんな夢を、ジェーンを殺さなくてすんだかもしれない未来を、語ってみたかった。
吐き気がするほど、脆弱な心だ。
「ねぇ、バルナ」
囁くような声に引かれて、再び前を見る。マリアが優しい笑顔を浮かべて、ゆっくりと剣を振り上げた。
「あなたって、馬鹿ね」
突然、体が動かなくなった。硬い鎖のようなもので体中をぐるぐる巻きにされたかのような痛み、拘束感。うめき声を漏らす。しかし、体には何もついていない。端から見たら、俺が勝手にうめいて動かないだけに見えるだろう。
息苦しさの中でマリアを見る。マリアは、相変わらず、優しい笑顔を浮かべたままだ。
「私の剣名は、王。誰も、私が剣を振り下ろすまでは、動くことを許されない」
剣連洞でマリアが剣を取り戻したとき、神官たちも今の俺と同様、体を動かすことができず、人形のように無抵抗のまま切り伏せられていた。
この能力を使えば、血とともに、万民をひれ伏せさせることができるだろう。
「さすがは……、絶対君主の能力だな」
声を掠れさせながら、マリアを見る。マリアは、ゆっくりと、剣を振り上げたまま、こちらへと歩いてくる。
「剣連洞付近の森のあちこちに、鎮圧者を配置していたのだけれど、バルナ以外の侵入者が入ってきたという報告を聞かない。あなた、本当に、ただ、私に会いに来ただけだったの? 私は王で、あなたは革命家なのよ?」
優しい笑顔が一転、侮蔑するようなものへと変わる。その声は、優位に立った安堵と優越感に満ちていているように見えた。
俺はそんな彼女を、ただ、真っ直ぐに見つめる。
その剣の切っ先が、俺の首筋へと触れる。
「命乞いも、恨み言も、何も言わないのね」
「俺には、そんなことを言う資格はない」
自分の理想をかなえるために、仲間をこの手で殺した。理想とはかけ離れた未来を歩き出した。血にまみれた汚い俺には、もうたった一つの生き方しか残っていない。
「俺は、自分の剣名に、殉じる」
その言葉は、自分自身に、そして暗に、マリアに対する問いかけでもあった。
王として、その剣名に殉じるならば、お前はその剣を誰に向ける?




