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殺戮者には真実を、英雄には嘘を12

 マリアは、その美しい白銀の瞳をじっと俺へと据えた。俺の中に入ってくるような、それでいてこちらが吸い込まれてしまいそうな、不思議な瞳だった。


「バルナ、知ってる? 剣聖母様がどうして自らを石像へと変えてしまったのか?」


 マリアは、振り返って、そびえ立つ剣聖母様を見上げる。


「大昔、王歴が始まる前、この世界には二つの民族がいたそうよ。一つは剣聖母様が率いる我々剣の民、もう一つは盾聖神が率いる盾の民。両者は長きにわたって争いを繰り広げ、世界は血で染まり続けた。しかし、長い戦いに疲れた剣聖母様と盾聖神は、互いに休戦を申し出た。つかの間の平穏。そのとき、剣と盾を向かい合わせるだけだった剣聖母様と盾聖神は初めて対話をし、そして、盾聖神は剣聖母様に恋をした」


 マリアの凜とした声が、剣連洞に響く。俺は剣の切っ先を喉元に突きつけられたまま、その声に耳を澄ましていた。神話の中の神々の恋。なんだか、現実感がない話で、ぴんと来ない。けれど、マリアはこの物語を通して、俺に伝えたいことがあるのだろう。


「盾聖神は、剣聖母様に愛を告げたが、剣聖母様はそれを受け入れることができなかった。相手を剣で貫くことしか考えたことがなかった剣聖母様には、盾聖神の気持ちが分からず、いや、怖かったの。盾聖神は、剣聖母様の心を開かせるために、剣聖母様の前で自らの盾を捨てたのよ。そして……、それからどうなったと思う?」


 悲しそうな表情を浮かべるマリアを見ながら、俺は首を動かせる範囲で小さく横に振った。


「剣聖母様は、最後まで、盾聖神の愛を恐れた。そして、盾を捨てた彼の胸に、自らの剣を突き刺したそうよ」


 二人して、剣聖母様を見上げる。体にたくさんの剣を突き刺されたその姿は、まるで、自らを罰しているかのようにも見えた。


「神を失った盾の民は、一気に態勢を崩し、剣の民によって一人残らず殺された。自分の罪に絶望した剣聖母様は、自らを石に変えて、世界から目を遠ざけてしまった。かろうじて、剣名を人々に与えることで、世界を間接的に動かそうとはしているけれど」


 マリアは俺へと向き直る。剣を俺の喉元から離して高く振り上げ、剣を持っていないほうの手で俺の頬に触れて、そして顔を近づけてきた。

 柔らかなマリアの髪が俺の額に触れ、それからこつんとマリアの額が当たった。唇同士が触れてしまいそうなほどの距離で、マリアは囁いた。


「私たち剣の民は、今度こそ、大事な人の胸を自らの剣で貫かずに、平穏を得ることができるかしら?」


 もう遅い。俺の手は、すでに、仲間の血で染まった。俺の言葉は、嘘で汚れている。

 でも、それが再び繰り返されることだけは、してはならない。させない。

 だから、マリア。


「俺とお前なら、できるさ。俺が真の革命家で、お前が真の王ならば」


 俺たちの運命は、きっと血の臭いがする。それは、現実のものとなった。今、仲間の返り血で汚れて、その残酷さを知った俺にだからこそ、できることがあるはずだ。


「お前も、それを確認するために、ここに来たんだろう?」


 俺は真っすぐにマリアを見据えた。

 ジェーンをこの手で殺した。

 その罪を背負っていく。

 絶対に、罪に負けて崩れ落ちたりしない。

 革命を成し遂げるその日までは。

 その思いを込めて。

 マリアはそんな俺を見てからその目を閉じて、それから離れたところで剣をゆっくりと下ろした。その瞬間に、俺の拘束は解かれる。思わず体がよろけて倒れそうになるのを、マリアが抱き止めた。

 血の臭いの中に、甘い香りがした。


「バルナ、悲しいほどに強くなったのね」


 その言葉は皮肉ではなく、ただ、事実を述べていると俺は感じた。

 マリアは、俺を軽く抱きしめて、ささやいた。


「覚えていて。私たちの想いは一つだってこと。今のバルナになら、そう言える」


 耳元での声がくすぐったい。


「ああ、分かってる」


 俺も耳元で返す。


「私は、全ての民が歩いていける道をつくり」

「俺は、その道を照らす光となろう」


 今度こそ、仲間を誰も焼き尽くさないように。


「ジェーンも、きっとそれを望んでいるわ」


 ゆっくりと、マリアは俺から離れた。

 さっきの緊迫感は、もうどこかに行ってしまった。俺とマリアの間は、透明な、そして強いつながりで満ちていた。

 俺は言った。


「みんな仲良くです、だな」

「ええ」


 マリアが応え、そうして、俺たちは笑い合い、お互いにゆっくりと剣を収めた。


「明日にでも、この剣連洞に全てのノーブレードを引き連れてこようかと思っていたのだが。剣を手に入れて暴走するやつもいるかもしれないから、もちろん俺たちがしっかりと見守る」

「あら、残念。私は今日にでも、ノーブレードに対する剣の解放を宣言しようと思っていたところよ。社会の脅威になるような剣もあるらしいから、もちろん、私や神官立会いのもとでだけど」


 かつてのように、俺をからかって笑うマリア。俺も、ちぇっと舌を鳴らして苦笑しながら、これからのことに思いを馳せる。

 剣を持って生まれ、剣に導かれて動き出した俺たちは、仲間同士で剣を交えずに世界を変えていけるだろうか。

 すでに剣を仲間の血で染めた俺は、それをぬぐって無かったことにせずに、罪を背負って革命へと加速していかなければいけない。その剣を、再び仲間の血で染め上げることなく。

 何一つ断定はできないけれど、そう願うし、そう誓う。

 世界は、きっと思い通りにはならないのだろうけれど。

 

 それでも俺は、馬鹿な夢を見続けるよ。

 

 俺はマリアに背を向けて手を振る。


「じゃあな、マリア。良い治世を」

「さよなら、バルナ。良い革命を」


 視界の隅に映った剣聖母様に、そっと祈った。


 どうか、再び俺たちが剣を交えずに笑い合えることを。

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