殺戮者には真実を、英雄には嘘を3
彼女が去った後、俺はなんとも言えない温かな余韻に浸って、しばらくぼんやりとして……。
「いで」
思いっきり頬をつねられて、びっくりしながら犯人を見る。ユミカがじとっと湿った目で俺を見ていた。
「な、なんでしょうか、ユミカさん」
「ごまかしても、無駄よ。バルナのスケベ」
「お前、俺がおっぱいのためだけに悦に入る変態だと思っているのか?」
「うん」
「即答かよ!」
仲間のすげない態度に軽くショックを受けたものの、気を取り直して前を見る。ユミカ、そして向こうで肉の取り合いをしているレオンとシャルロットに言う。
「俺たちが取り戻した運命に、共鳴してくれる人が現れた」
ユミカが目を大きく開ける。レオンとシャルロットの動きがぴたりと止まる。みんなの視線が、俺に集まる。自分の剣の柄を小突いて、俺は言った。
「誇っていいんじゃねぇの? ちっと、地味ではあるけれど」
みんなの前に、俺は右拳を突き出す。
「革命は、始まったんだぜ?」
みんな、俺の言葉に目を閉じてから、ゆっくりと頷いた。そうして、それぞれの手が俺の手に重なる。
「明日はジェーンを必ず見つけ出そう。メアリーもああ言っていたし、きっと生きてる。ジェーンを加えて、俺たちは剣を持って」
俺は仲間たちに力強く宣言した。
「この世界を正しい朝日のもとにさらそう」
そして、朝日が街を照らし出した頃。
俺たちは再び、ジェーンを探しに街へと向かった。
農民街、職人街は昨日調べつくした。残るは、娼婦街。必ず、ここにいるはずだ。
様々な工場が立ち並ぶ職人街を抜けると、そこには寝静まった街が広がっていた。カラフルに彩られた看板、破廉恥な絵が描かれている壁。この街に来ることはなかったから(大人たちは貴族に見つからないようにこっそりと抜け出して行っていたりするらしいが)、勝手が分からず、ごくりと唾を飲む。
「ってか、ほんと静かだな」
シャルロットが、あくびをしながら言う。
確かに。さっき通った職人街は、早朝にも関わらず、すでに何人かの職人のノーブレードたちが忙しそうに工場内の工具などのメンテナンスをしていたけれど、ここは逆だ。今さっき寝てしまったかのような。
「夜の街は、朝日と共に眠るもんだからねー」
さも知った口ぶりで、レオンが言う。お前も、来たことねーだろが。
「ユミカ」
俺が言うと、ユミカは自分の剣を持ち上げた。
「ダメね……。ジェーンの声は聞こえない。私たちに対して何か意識をしてくれていれば離れていてもある程度は聞こえるはずなのに……。何やっているのかしら……」
ユミカが、剣の柄を額に当てて、心配そうに言う。
「おい、何か向こうのほうが騒がしいぜ」
シャルロットが指を差す。その方角を目指して俺たちはいくつかの通りを過ぎて、一つの人だかりへと辿り着いた。
集まっている人々のほとんどが女性たちで、昨夜出会ったメアリーのように、露出度の高い服を着ていた。多分、娼婦たちだろう。
どうしのだろう、こんな朝っぱらから。何か見世物でもやっているのだろうか?
そう思って、近づこうとして、ふと、慣れ始めていたある臭いに気がついた。
「バルナ」
シャルロットも、気づいていた。
そうだ。これは……。
人だかりを押しのけて、何とか前に進む。押して押されてもみくちゃになりながら、俺は進んだ。なんだか、ひどく嫌な予感がしたんだ。
そうして、ようやく辿り着いた人だかりの真ん中。その中心を見る人々の顔は、誰もが恐怖に歪んでいた。
俺は足元に転がっているそれを見て、呆然とした。
彼女を、俺は知っていた。
「嘘だろ……」
呆然とした。そこには、メアリーが仰向けで倒れていた。昨日と同じ服装だった。たった一つ違うのは、彼女の喉元から、大量の血があふれていることだった。その顔は苦痛に歪められ、その手は喉を押さえていた。まるで、自分で首を絞めたかのように見えた。だが、違う。鋭利な切り口。分かる。間違いなく、誰かに切りつけられたんだ。
俺は頭が真っ白になって、それから力が抜けた。重力に引かれるがままに地面に崩れて、それからメアリーの死体の横に書かれている血の文字に気がついた。
『娼婦どもの口をふさげ。のどをかき切れ。豚どもは、理由もなく、汚れたわけではない』
最後に、その名が記されていた。
『我が剣名は殺戮者。汚れた言葉で満ちた街に、沈黙をもたらすもの』
最悪の一日の幕が上がる。
事件は、三ヶ月前から起きていた連続猟奇殺人事件と関連性があるとされ、犯人もそれらの事件と同様、ザ・サイレンスである可能性が高いというのが、周囲のノーブレードたちの間で流れたもっぱらの噂だった。死体は処理され、街は一応の落ち着きを取り戻した。元々、昼は何の活動もしていない街だ。真っ赤に染められた地面はそのまま青空の下にさらされ、黒い制服を来た憲兵団だけがあちこちで歩いていて、その他は誰一人として見かけなかった。
ノーブレードが住まう区画での殺人、というのは、そう珍しいことではなかった。といっても、ノーブレード同士ではなく、貴族が一方的にノーブレードを処刑する場合が全てだといっていい。そういう場合、憲兵団の仕事は死体の処理くらいのもので、貴族が罰せられることはない。だからこそ、この連続猟奇殺人事件がいつまでも続くのも、セオリー通りかもしれない。犯人が貴族である(犯人の素性は不明だが、剣名という言葉を使った以上、以前からの噂通り貴族であることは間違いないだろう)という理由から、捜査が全く進んでおらず、憲兵団に犯人を捕まえる気なんて全く無かった。しかし、それにしては、今回は憲兵団が街を巡回しており、妙に本腰を入れた捜査がされている。
そして、それは俺たちにとっては、不都合極まりない状況だった。ジェーンがいるであろうと思われる街で殺人が起き、その犯人を追って俺たちを目の仇にしているであろう憲兵団が巡回し、やつらから身を隠すために思うように動けなくなってしまったからだ。ジェーンの命の危険が一方的に高まるばかりだというのに、捜索の効率が極端に下がってしまう。
結局、憲兵団の様子を窺いながら、裏道を渡り歩いて、ジェーンを探すはめになった。
「見つからねぇ……」
もう日が暮れる。俺は大きく息を吐いて、建物に囲まれた細い道の真ん中でへたり込んだ。仰いだ空は、真っ赤に染まり、今朝のメアリーの死体を連想させ、不吉なものを予感させた。
「本当に、どこに行ったのかしら……」
ユミカもばて気味の声で手を膝について、俯く。
「あのうすのろジェーンが、この区画を超えていくとも考えづれぇから、絶対どこかにはいるはずなんだけどな……」
赤鬼シャルロットさんも、さすがに息が荒い。この、疲労とわずかな諦めと、それを覆そうともがく意志が混ざり合ったどろりとした空気を、レオンの一言が凍てつかせた。
「死んだんじゃない?」
一瞬、レオンが言っている意味が分からなかった。
呆然とおとぼけ野郎を見上げる。レオンは、涼しげな顔で俺を見下ろしながら、感慨なく吐き捨てた。
「殺されちゃったんじゃない? 区画から逃げようとしてさ。そうなら、死体は貴族の領地内で処理されてるかもしんないし。十分、有り得るでしょ?」
大きな脈動が俺の体を底から突き上げた。そのまま立ち上がり、レオンの胸ぐらをつかむ。
「わりぃ……。レオン、殴っていいか?」
「もう、十分探したじゃん」
レオンの声は相変わらず冷めていて、それが心の中で今一番爆発してしまいそうな危うい場所を逆なでしていく。
「レオン!」
俺は拳を握り締めた。骨が鳴る音が聞こえる。それ以上に、耳の裏で血が暴れる音が聞こえる。
「レオ……」
「もう、やめようよ」
突然、レオンの声が崩れた。はっとなって目を見開く。また、だ。また。
「レオン、お前……、どうして」
また、泣いているんだ?
その瞬間、空からは完全に赤が引ききって、息を吹き返したかのようにそこら中のネオンが光を放った。街中に華やかな音楽と、浮ついた女の声が広がって染みこんでいく。
街の変貌に言葉を失う俺たち。レオンを放してよろよろと路地裏から顔を出すと、そこは昼とは別世界だった。




