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呪われた天才陰陽師は、月より落ちたかぐや姫を溺愛する  作者: 猫塚ルイ


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第6話

月城様の広大な屋敷での生活は、天上の楽園のように不自由なく満たされていた。


けれど、時折


春の夜風に乗って遠くから聞こえてくる祭の囃子の音や、人々のさざめきに


私はふと、幾重にも張り巡らされた結界の向こう側を眺めてしまうことがあった。


月の宮という孤独な檻から逃れてきた私にとって


地上の「賑わい」は、得も言われぬ憧憬の対象だったのだ。


その、ほんの小さな心の揺らぎを、この鋭敏な男が見逃してくれるはずもなかった。


「……輝夜。そんなに、あの騒がしい外が気になるのかい?」


背後から忍び寄る、低く艶やかな声。


振り返れば、月城様がいつの間にやら私のすぐ後ろに立ち、射抜くような眼差しを向けていた。


「あ、いえ。……少しだけ、楽しそうな音がしたので。でも、私はここで月城様と過ごせるだけで、十分に幸せですから」


慌てて首を振り、本心を隠そうとした私に


月城様はふっと、いたずらっぽく、それでいて酷く独占的な光を孕んだ瞳を細めた。


彼は私の震える手を取り、その柔らかな掌に、複雑な呪印を指先でなぞるように書き込んでいく。


「ならば、今夜だけは特別だ。……ただし、私の腕の中から一歩も出ないと、その身をすべて私に委ねると約束するなら、連れて行ってあげよう」


「いいんですか?!行きたいです……!」


「ふっ、仕方ないね」


それから───


彼が低唱するように呪文を唱えると


私たちの身体の輪郭が陽炎のようにゆらゆらと揺らぎ、周囲の景色に溶け込んでいった。


姿を隠す、最高位の隠蔽術──


本来なら命懸けの隠密任務や、帝の護衛で使うはずの秘術を


彼はただ私との「デート」のためだけに、惜しげもなく注ぎ込んだのだ。


夜の市は、私の想像を遥かに超える熱気に包まれていた。


色とりどりの提灯が夜闇を彩り、屋台からは香ばしい醤油や飴の匂いが漂ってくる。


初めて見る光景に、子供のように目を輝かせる私だったが


次の瞬間、月城様の強靭な腕がぐい、と背後から強く回された。


「ひゃっ……!?月城様…!近すぎません……っ?」


「言っただろう。離れないと約束しろ、と。……この人混みを見ろ。有象無象がひしめき合っている」


「君の清らかな肌に、汚れきった他人の肩が触れるなど……想像しただけで、この街ごと氷漬けにしてしまいそうだ」


「お、大袈裟です!」


冗談に聞こえない冷徹な響きを帯びながら


彼は私の腰をがっしりと抱き寄せ、ほとんど隙間がないほどに密着させた。


隠蔽の術で周囲からは私たちの姿は見えないはずなのに


彼から放たれる圧倒的な独占欲の熱量は


祭の喧騒さえも遠ざけてしまうほどに強烈で、私の肌をじりじりと焼く。


「……ほら、あそこに金魚すくいというものがある。やってみたいかい?」


「はい……! あ、でも、姿が見えないのにどうやって……」


「私の袖の中で、君の手を重ねればいい。……おいで、輝夜。私にすべてを預けるんだ」


月城様は私の背中にぴたりと張り付くように立ち、私の小さな手を、彼自身の大きな手で包み込んだ。


薄い衣越しに伝わる、彼の逞しい胸板の厚み。


耳元で聞こえる、驚くほど落ち着いた、けれど情熱を秘めた鼓動。


「君が欲しいものは、すべて私が与える。……この世界の美しさも、悦びも、一つ残らず私が君に教えてあげよう」


「……だから、君は私のことだけを頼りに、私だけを見つめていればいいんだよ」


囁かれる声には、献身的な慈しみと


そして逃れられない「甘い支配」が濃密に混じり合っていた。


いつもは「仕事の鬼」と恐れられている男が


姿も見えない人混みの中で、必死に私の歩幅に合わせ、私の些細な望みを叶えようと奔走している。


その献身が、何よりの抗えない甘い毒となって、私の胸の奥深くまで浸透していく。


「月城様……ずっと、こうしていてもいいですか? 本当に楽しくて…このまま、夜が終わらなければいいのに……」


「ずっと、どころか、一生だ。……君をこの腕から離すつもりなど、毛頭ないからね。例え天が君を迎えに来ようとも、私はこの術で、君を永遠に隠し通してみせるよ」


姿の見えない二人の、誰にも邪魔されない秘密の夜。


繋いだ手の指を、逃がさないと誓うように深く絡め直され


私は、このまま彼の一部になって


甘い檻の中で溶けてしまいたいと願わずにはいられなかった。

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