第11話 再会(1)
未羽の言い付け通り、宗治郎は日が落ちるまで待ってから仮の塒へと戻った。もちろん、木の実の採取も終えている。
あの動く髪で、自由に獲物を捕らえて食っていたのだろう。未羽は、宗治郎が肉を捌いていても欲しがる様子を見せなかった。
「やっぱただの水じゃ落ちねぇな」
周りに気をつけながら川で未羽の服を擦る。やはり夏なのでムクロジの実は見つからなかった。集められるだけ集めた木の実を潰して試しても、油分が少なくて効いているのか不明だ。そもそも墨汁は水や油では落ちてくれない。
「やっぱり服破いてみようかなあ」
びしょ濡れの作務衣を見下ろしながら未羽が言った。宗治郎は木の実を消しゴムのように布に擦り付けながらうーんと唸る。
「破いたとしても、肌まで侵食してるんじゃ意味ないし……」
手を止めて未羽のお腹辺りの服を引っ張ってみるも、布は糊付けされたかのように微動だにしない。蛇のような黒い絵を通して、服と未羽が一体化してしまっている。
「ちょっとはマシになるかもしれないよ」
「更に食い込むなんてことないか?」
残った服がそのまま未羽の体へ入り込んで取れなくなるのではと思うと、宗治郎はぞっとした。しかし未羽は首を横に振る。
「たぶん大丈夫」
「なんでわかるんだ」
「わからないけど、たぶん。感覚的に」
難しい顔をした未羽が宗治郎に伝えようとしたとき、近くの木々が一斉に音を立てた。強い風に煽られ、葉っぱがザアッと揺れる。未羽が急に顔を上げて、恐怖の表情で一点を見つめた。
「宗ちゃん、アイツが来るよ」
宗治郎の心臓がまたドクンと跳ねた。
「まっすぐこっちに向かってくる」
「見えるのか」
「見えない。見えないくらいまだ遠いけど、こっちに来てるのわかる。お腹がぎゅってなる」
宗治郎が同じ方向を見ても、見えやしないし感じ取れもしない。未羽は服の黒い絵を強く握っている。「走ってる」と少し苦しそうに言う。
この絵が未羽にあの男の存在を教えているのだと、宗治郎は唐突に理解した。
「これ外せたら、アイツも未羽の居場所がわからなくなるんじゃないか」
未羽の言ったように、肌に密着していない部分の服を取り除けばなにか変わるかもしれない。
破くよりも切るほうが早いと考えて、宗治郎は包丁代わりにしていた石を急いで取りに行った。川の水を大量に含んだ服が重かった。
川縁に未羽を座らせ、石の鋭利な部分を服に押し当てながら動かしてみる。黒い絵の部分は肌から取れそうにないが、その周囲の布は徐々に繊維が切れていく。未羽の肌が見えてくる。
「急げ、急げ……」
焦りを誤魔化そうと自分に言い聞かせていると、未羽が突然悲鳴を上げた。宗治郎は驚いて顔を上げる。未羽が両手で頭を押さえていた。
「宗ちゃん、アイツ……アイツの思ってることが、頭に流れてくるよ!」
未羽は振り払おうとするように頭を振った。
「抵抗するなって言ってる。外すなって言ってる。逃げるならもっと苦しめるぞって、痛めつけるぞって言ってる……!」
未羽はまた小さな悲鳴を上げた。ああぁ、と低く呻いて、腹の黒い絵を抱えるようにして蹲る。背中側にある黒い絵が、服のシワで笑っているように見えた。
「ざけんなよ……」
怒りで呼吸を乱しながら、宗治郎は未羽の背中の服を切っていく。
なにが抵抗するなだ。なにが痛めつけるだ。未羽はなにもしていないのに、どうして執拗に苦しめようとする。
「ふざけんな。アイツの思い通りになってたまるか」
未羽の胸から下の服を可能な限り、切り裂いた。あられもない姿となった未羽に宗治郎は自分の作務衣を脱いで着せた。取り除きたかった黒い絵は、未羽の肌とくっついて外れる様子がない。
未羽の苦しみも、改善されたようには見えない。
「だまれ……だまれぇ……」
頭の中に流れてくるあの男の言葉を否定するたび、未羽は黒い絵に締め付けられ、苦しそうに涙を流して呻き声を上げた。
周りの服を切り取っても無意味なのだとわかる。未羽から自由を奪う黒が消えない限り、彼女はずっと、あの男の手のひらの上なのだろう。
「ごめん、未羽。俺……」
宗治郎は痛いほど拳を握りしめた。
昨日もそうだった。未羽が苦しんでいるとき、自分は見ていることしかできない。なにも力になってやれない。
宗治郎は蹲ったままの未羽をそっと抱きしめた。
「未羽、とにかく逃げよう」
未羽の様子を見るに、あの男はまだこちらに向かってきている。遠くにいてもこんなふうに未羽を追い詰めるのだから、見つかったらどんな扱いをされるかわからない。
動けない未羽を背負って走ろうと思った。しかし、未羽は青い顔で宗治郎を引き止めた。
「逃げるって、どこに?」
宗治郎はすぐに返事ができなかった。未羽が先に口を開く。
「どこに行っても、この黒いのがあったら見つかっちゃうんだよ。きっと遠くに行ってもこうやって私はぎゅーってされるんだよ。嫌だよ。痛いよ。外してよ、宗ちゃん」
未羽は宗治郎のシャツに掴みかかるようにして倒れてきた。大粒の涙が宗治郎のシャツを濡らす。未羽は何度もしゃくり上げて、いますぐ外してくれと頼んでくる。
宗治郎は目を固くつぶった。ザワザワとした葉擦れの音が、一層強くなった気がした。
なにもできずに打ちひしがれていると、未羽が涙声で言った。
「宗ちゃん、私に考えがあるの」
目を開けて未羽を見る。未羽は青白い顔で宗治郎を見上げていた。
「考えって?」
状況を変えられる気がしなくて、宗治郎はのろのろと聞き返した。未羽は宗治郎の手を取って、宗治郎が持っている鋭利な石を自分のほうへ引き寄せる。未羽の腹に、突起の先が当たった。
宗治郎は自分の顔が青くなったのがわかった。
「まさか、削ぎ落とすなんて言わないよな」
肌にくっついた黒い絵を、未羽の皮膚かそれ以上と一緒に切り落とそうとしている。黒い絵は未羽の腹から背中に広範囲で巻き付くように描かれている。全て取ろうとすれば、当然、大量出血だ。
「やめろ。そんなの絶対ダメだ」
説得しようとしても、未羽はもう覚悟を決めた顔だった。宗治郎は頭を振って否定する。未羽は強い口調で大丈夫だと言った。
【第11回 豆知識のカモメ】
サブタイトルが続くらしい
「………………」
(カモメがずっと無言でぶすくれとる。誰がなにして怒らしたんだ)
「………………」
「…………」
「……当主様」
「おう、どした」
「今回は、当主様との話はお休みらしいんです」
「お休み?」
「メタな話をしてほしいそうで。いつもみたいに当主様と中身のないお話をしていたら尺がどうのって」
「尺……。つうかお前さん、まさか私と話すなって言われたからムスッとしとったんか?」
「いけませんか」
「いいや? 素直でよろしい」
「えー、カンペを読み上げます。『一話に入り切ると思ったら、思いのほか長くなったので2話か3話に分かれます』……」
「あー、前回の次回予告で黒弧の話が出とったような」
「入らなかったんですね」
「また来週か」
「『来週も無理ならごめんなさい』ですって」
「とりあえず私は次の更新まで走っとけばいいんだよな」
「うまくサボってくださいね。ここに水分と塩分、糖分を置いていきますから」
「一緒に走るか?」
「勉強します」
「そういや期末テスト今日からだったな。頑張れよ」
「満点取ってきます。当主様も頑張ってください」
お読みいただきありがとうございました。
《次回 再会(2)》
黒弧があってもなくても(だと思います)。
どうぞよろしくお願いします。




