第六話:忠誠の芽生え、そして王都の思惑
王都に戻ったディランは、レオナルド殿下への報告を終えた後、再び孤児院を訪れるようになった。彼の訪問は、もはや監視のためではなく、セレスティーナと子供たちを見守るためだった。特に、剣術を学ぶハンスの成長を間近で見ることが、彼の楽しみになっていた。
ディランは、ハンスに剣の構え方、足の運び方、そして力の使い方を丁寧に教え始めた。ハンスは、ディランの指導を熱心に吸収し、その腕前は日に日に上達していった。
「なぜ、僕に、剣を教えてくださるのですか?」
ある日、訓練の合間にハンスが尋ねる。
「君の力は、誰かを傷つけるためのものではない。君の守りたいものを、守るための力だ。セレスティーナ様も、そうおっしゃっただろう?」
ディランの言葉に、ハンスは深く頷いた。ディランは、ハンスにとって、剣の師であるだけでなく、心を許せる兄のような存在になっていた。そしてハンスの心には、ディランへの深い尊敬と、忠誠心が芽生え始めていた。
その頃、孤児院にはエルネストが頻繁に顔を出すようになっていた。彼は、リリィの商才をさらに伸ばすべく、様々な助言を与えていた。
「なぜ、わたくしたちを、そこまで気にかけてくださるのですか?」
セレスティーナが尋ねると、エルネストは静かに話し始めた。
「…私も、かつては貧しい孤児でした。飢えと寒さに苦しみ、明日をも知れぬ毎日を送っていたのです」
意外な告白に、セレスティーナは息をのむ。
「そんな時、一人の商人に助けられました。その商人のおかげで、私は今、こうして生きていられます。だから、私は、彼らのような子供たちを助けたいのです。利益のためだけではありません。これは、私が受けた恩を、次へと繋ぐためのものなのですよ」
エルネストの言葉には、商売を超えた、温かい真意が込められていた。
さらに数日後、孤児院に、白髪に白衣を纏った老人が訪れた。
彼の名は、ユリウス。伝説の医師として、その名は王国中に知れ渡っていた。
ユリウスは、孤児院の子供たちの健康状態を診察し、彼らが心身ともに健やかに成長していることに驚きを隠せない。
「…あなた様のおかげです」
セレスティーナは、そう言って微笑む。
ユリウスは、セレスティーナの温かい心と、子供たちへの深い愛情に触れ、深く感動した。
「あなたは、まさに聖女だ。この国の未来は、あなたのような人が導くべきだ」
そう言って、ユリウスはセレスティーナに一枚の古びた地図を託した。
「これは、私が、かつて見つけた奇跡の薬草、月光草の地図です。あなたのような心優しい方にこそ、託すべきものだと思いましてな」
セレスティーナは、受け取った地図を静かに見つめた。そこには、彼女の第二の人生を、大きく変えることになるであろう、新たな道が示されていた。
登場人物紹介(第六話時点)
セレスティーナ・フォン・エトワール
侯爵令嬢。子供たちへの愛と献身的な姿勢によって、伝説の医師ユリウスから「聖女」と称される。
ディラン
王国騎士団に所属する騎士。孤児院を頻繁に訪れるようになり、ハンスに剣術を教えることで、彼との間に忠誠心が芽生える。
エルネスト
大商人。かつて自身も貧しい孤児だったことを明かし、セレスティーナへの援助の真意を語る。
ユリウス
伝説の医師。孤児院を訪れ、セレスティーナに感銘を受け、月光草の地図を託す。
ハンス
元は暴力的だった少年。ディランから剣術を教わり、彼に深い忠誠心を抱き始める。