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蒼碧のつかい  作者: ひよよ
上ノ編
22/65

参ノ五


「キッセ、体は平気?」

 ルーシが心配そうに言ったが、キッセは黙って棒で洗濯物を叩いた。

 

 上衣じょういを初めて着たキッセはもちろん、布を洗うのも初めてのことだった。こんなの簡単だと思ったが、これが意外にしんどい。ずっとしゃがんでいると腰が痛くなる。

 キッセは立ち上がって、ぐーっと腰を伸ばした。


「けっこうしんどいでしょ? 病み上がりなんだから、無理すると疲れるわよ」


 そう言いながらルーシは、洗濯物を足で踏み洗いしている。

 キッセも足を洗って、一緒に踏み洗いをした。


「これ…… いつも一人で洗っているのか?」キッセが訊くと

「まあ、洗濯は毎日では無いけど……洗うのは一人よ。スリクなんかに手伝ってもらうと、いくら経っても終わらないし、下手すると、また汚されちゃうし」


 確かに、あのおチビさんがウロウロしていれば、終わるものも終わらない。



「――お前さん。聞いたかい?」


 キッセたちの向かい側で、洗濯をしているカロックとガロのおばさんたちの話し声が聞こえてきた。


「なんだい、なんだい!」

横李おうりだよ。――とうとう、暴動が始まっちまったんだとさ」

「ひぇー ほんとかい?」 

「ほら…… 何て言ったかい? 青の……何だっけさ?」


 カロックのおばさんはしゃべりながら、次々と力いっぱい洗濯物を絞ると籠に放り込む。

あおかぜかい?」

「そうそう、そーよ! あおかぜ! その青の風って変なやからが集まって、暴動を起こしたんだとさ」


 それを聞いた腰が曲がったガロのおばあさんが嫌そうな顔をした。

「嫌だよ、青の文字なんて使って。おっかない、おっかない……」

 蒼国そうこくでは、青という文字は禁字きんじの一つになっているからだ。


「――でさ、その青のかぜのせいで、うちの隣の新入りさんは先月、横李おうりから逃げてきたんだよ。あそこは危ないって……」


 おばさんたちは、深刻そうに話し込んでいても、手だけは器用に働いている。


「やっぱり【ほし】のせいかしらねえ」

「まったく……、あおみかどは何をしていらっしゃるのか」

「ほんとだよ! ここんとこ、米や豆の値が上がる一方だし……」



 水明すいめい蒼国そうこくは水が豊富で、米や作物がよく採れたのだが、近年は水過すいかに見舞われることが多くなっていた。

 特に中部や北部といった山間部の災難が酷く、その影響は遠く離れたこの町にも身近に感じられてきた。

 年々、蒼国そうこくの民は、毎日を生きることに精一杯になっていた。


 長きの間、この国を統治とうちしていた先帝、あおみがど崩御ほうぎょくしてからというもの、新たなあおみかどは自国の民よりも、美しいきさきと愛らしい二人の皇子おうじを何よりも愛した。

 あおみかどまつりごとなど一切、おこなわずに、愛するきさきと幼い皇子おうじを連れ、御住おすまいの隴淵宮りょうえんきゅう禁奥きんおくにて、毎夜、絢爛豪華けんらんごうかうたげに明け暮れていると、蒼生そうせいの間ではもっぱらの噂だった。


「雲の上の御方おかたなんて、民草たみくさの慎ましい暮らしなど、頭の片隅にも考えた事すらないさ」

「こちとて、おまんま食べるだけで大変だって言うのに、お気楽なもんよ!」

「そりゃ、そーだ!」

 深刻な話をしていたと思えば、おばさんたちは何事もなかったように豪快にゲラゲラと大笑いしていた。

「それよりアンタ! 昨晩なんだけどね。隣の……」

 今度は全く違う話題で話は尽きそうにない。それでも手は休むことなく動いていた。


 そんなおばさんたちを横目に、キッセとルーシは洗い終わった洗濯物を二人でぎゅ―っと絞った。

 この石造りの共同水場アーロィの三段目と四段目のそうの側面には、厚い板が挟まっていた。

「何で、ここに板が挟まっているんだ?」キッセがルーシに訊いた。

「野菜を洗うと泥や砂がまるから、時々その板を外して泥や砂を外に流すの」


 四段目のすすぎのそうは四つに分かれていた。その一つに洗濯物を入れると、洗濯物がクルクルと水の中で回った。


「何で、洗濯物が回るんだ?」またもやキッセはルーシに訊く。

「さあ? 詳しくは知らないけど、四段目だけ回るように、水流を変えているのよ。この方が便利だし」


 水の中で踊るように回っている洗濯物が、なんだか不思議でキッセはしばらく眺めていた。

(何で、何でって、キッセってスリクみたい……)


 洗濯のすすぎが終わると、二人で洗濯物をよく絞って籠に入れた。


「今日はキッセがいてくれたから、早く済んだわ」


 洗濯物入れた籠をルーシが背負い、二人は家へと戻った。





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