参ノ三
皆が出て行ったのを見計らったように、ビィビがそろそろっと部屋に入ってきた。
鍋から芋の粥をすくって器に盛ると席に座り、肩ひじをつきながら粥を匙でクルクルとかき混ぜた。その横でキッセは、皆が食べ終えた木の器と片づけ始めた。
「無理するなよ。まだ、体の具合悪いんだろ?」
すっかり冷めた粥を食べながら、ビィビが話してかけても、キッセは相手にしなかった。
「オイらはビィビ。あっちにいるのが……」
「ルーシとスリクだろ」
キッセが答えると、ビィビは目を丸くして驚いた。
「キミ、話せるんだな。一言も話さないから、オイらてっきり言葉が通じないかと思ったよ」
(――バカか、コイツ)
キッセはイラっとし、無視をしたが、ビィビは気にするそぶりもなくキッセに話しかけた。
「器はあそこの盥に入れて、表の流し場で洗うんだ」
ビィビは匙でひょいひょいと、隅に立てかけてあった盥を指した。
(腹の立つヤツだ!)
キッセはその盥を食台の上にバン! と置き、ビィビを睨みながら木の器を盥の中にぶち込んだが、ビィビは平然と粥を食べていた。
「ねえ、これなんかどう?」
奥の部屋からルーシが衣を手にしながら出てきた。
「ミシャが直してくれた上衣なんだけど、色も大きさもキッセに丁度いいと思うの」
ルーシは若草色の上衣を広げ、キッセの体に合わせようとすると
「こんなの着るかよ!」
キッセは上衣をルーシに押し返した。
キッセは今まで一度も衣など身にまとうことなど無かった。ガロの孤児だったキッセは食い物を探すこと精一杯で、衣など無縁の生活だった。
けれど、ここでは皆が衣を着ていた。
ルーシは丈が短い袖なしの上衣、ビィビも前にボタンが付いている半袖の上衣を着ていた。ペルたちも着ていたし、隅にいるスリクでさえ黄色の半袖の上衣を着ていた。
「でも……そのままだと外、歩けないよ」と、ルーシが言っても
「こんな衣、いらない!」
ぶっきら棒に言い放ち、キッセは器を入れた盥を持って表へと出た。
表の井戸へ向かおうとするキッセに、後ろからルーシがついてきた。
「今の時間だと、井戸の水は溜まってないから、外のアーロィを使うの」
「アーロィ?」
ルーシは「こっち」と、井戸でなく、表へ出る木の戸を開け、表の通りに面した石造りの共同水場を指さした。
水が豊かな蒼国では、いたる所に大小様々なアーロィと呼ばれる共同水場がある。
キッセは水を汲もうと共同水場へ行くと、先に共同水場で洗い物をしていたガロやカロックのおばさんたちが一斉にキッセを見るやいなや
「あらあら。どこの子だい?」
「上衣も着ないで、うろついて……」
「赤ん坊じゃあるまいし、そーんな、みそぼらしい格好で歩いているんじゃないよ! 早く家に帰ってなんか着ておいで!」
キッセは次々とおばさんたちに怒られた。
おばさんたちに圧倒されたキッセは、ムスっとした顔で戻ると、木の戸の横で見ていたルーシが片方の眉を上げた。
「ねっ、言ったでしょ」
キッセのバツの悪そうな顔を、ルーシは呆れた顔で見ていた。
♢♢♢
部屋に戻るとキッセはしぶしぶ、ルーシが選んでくれた若草色の上衣を身に付けた。
「キッセはまだ背中の毛が、まだらに生えているから長めの丈にしたの。色も寸法も合ってる」
丈がしっぽの上辺りの長さで、袖が無く、襟元にボタンが一つ点いている。ところどころ継ぎ接ぎだが、綺麗に繕ってある。
「キッセの毛色によく合うよ」
何故かビィビが嬉しそうに言った。
なんだが着慣れないせいか、衣が毛に触れてこそばゆい。
ルーシは無事にキッセに上衣を着させると
「よし! じゃあ、器洗いとスリクの面倒はビィビに任せて、私とキッセは洗濯よ!」
「えぇ」と、ビィビ。スリクは「ボクも洗濯する!」と言うが
「ビィビは皿洗い! スリクはお留守番!」
ルーシはピシャりと言い放つと、キッセに洗濯物入った籠を背負わせ、自分は洗濯道具と小さな水桶を持つと、さっきの共同水場へと部屋を出た。




