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第九話

 市長は笑い声を上げながらザルに注がれる水のように酒を飲み干していたが、とうとう限界を超えたのか倒れてしまった。

 そこまで来てようやく騎士と魔道士は周囲の状況に気がついた。

 彼らの周りには十数本の空き瓶と数個の空樽が転がっている。

 市長が最初に持ってきた葡萄酒の樽ももちろんその中にある。

 彼ら自身も飲んではいるからこの全てが市長の中に注ぎ込まれたわけではないが、半分以上は彼が飲んでる事は間違いない。


 一応、呼吸は安定している。

 大事にならなそうなのは幸いだった。

 それを確認してから騎士が口を開いた。

「おい、ダリオン。お前の術で市長殿は介抱できないのか」

「あれはまだ自分自身にしか使う術がない」

「はあ、仕方ないな。しかし、このまま放っておくわけにはいかんな。どこか横にできるところを探すか」

 クレイヴァンは額に手を当てて溜息をついた。


「お前が最初に余計な酒を持ち込むからこうなったんだぞ」

 ダリオンが小声でぼやくと、クレイヴァンは眉間に皺を寄せて振り向く。

「何だと?お前こそ、術まで使って無理に酒を持ち込んだからこうなったんだろうが!いつもは疲れるだのなんだの言って結構渋るくせに盛大に乱用しやがって!」

「消費が激しいのは嘘じゃねえよ!だいたいはじめの頃はお前の言う通りによく使ってたが、これをアテにして物を忘れまくるお前が悪いだろう!」

「いいだろできるんだから!それよりも、その無駄に小賢しい魔法を使って市長を治せと言ってるんだ!」

「だからできないって言ってんだろ!」


 二人は次第に声を荒げ、とうとう互いに指を突きつけ合い始めた。


「そもそもお前は、竜退治だって僕が引き付けている間に楽してトドメを刺しただけだろう!」

「だけ?!だけだと?!お前、慣れたとはいえ空中からの自由落下は結構肝冷えるんだぞ!!」


 唾を飛ばしながら口論を続ける二人の足元では、市長が微かにうめき声をあげる。

 しかし、二人はそれに気づかず口喧嘩を継続する。

 もはや、馬鹿と阿呆としか言い合ってないが、それが故に終わる気配もなかった。


 しかし、それは唐突な怒号で中断させられた。


「じゃかあしいわドアホぅ!!!!!!!」


 それは二人が言い争う下から聞こえてきた。

 その声はつい先ほどまでよく話していた人物の声だった。


 そう、この暴言を発したのは、今まさに赤ら顔でテーブルに突っ伏すシークズの市長その人だったのである。


「さきから聞いてりゃ、きいきいかんかんのうのうだくだく!うるさいったら、ありゃせんわ!!」


 先ほどまでの小心な姿はどこへやら。

 あまりにもな豹変っぷりに、それこそ「マグ=ケノス」に怯む事なく正面から立ち向かったこの二人すら虚をつかれて固まってしまった。

 というか口調から全くの別物になっている。


 市長はゆっくりとその体を起こし、そして空っぽの杯を二人に突き出した。

「ん」

「ええと、市長、どの?」

「これは、一体?」

 二人が困惑しつつ質問する。


「酒飲みがグラスを突き出したら、それは「注げ」っちゅう意味に決まっとるやろが!!早う注げ!!」

「はっ、はい直ちに!」

 クレイヴァンが慌てて手近なボトルを引っ掴み市長のグラスに注ぐ。


「まだ上が少し空いとる」

「は?」

「中途半端なんが一番困りまっしゃがな!こういうのはな、上の淵のギリギリからチョット盛り上がるぐらいまでビシッと注いでもろて、それをチュチュチュッと吸う。それが宴の席の酒ちゅうもんでっしゃろ?!」

「でっしゃろと申されましても」

「ええから注ぐ!」

「は、はあ…」

 その勢いに彼女も従うしかなかった。


 たまらずダリオンが間に入る。

「し、市長殿。とりあえずその辺りにされませんと。一度お倒れにもなられてますし」

「それや」

「は?」

「市長市長市長市長!ワシはな、別に生まれた時から市長というわけでもなく、市長のまま死ぬというわけでもない!ちゃあんとな、ワシにもな、キューロっちゅう、親父から継いだ名がありまんねんで!」

「は、はいキューロ殿」

「ええか魔道士はん」

「それで言うなら私にもユーゴという姓が」

「え!え!か!?」

「はい」

 酔っ払いに理屈は通用しないのである。

「とりあえずそこに座りなはれ」

「はい」

「騎士はんもや。そこへ」

「はい」

 有無を言わせぬ雰囲気に、まさかの英雄二人が地面に膝をついて座らせられる事態となった。

「お二人にはな、本当に、本当に心の底からの感謝しかありまへんねん。これは事実です。街を守ってくれて、竜を倒してくれて、多分この街の名所になるもんまで残してくれた」

 キューロ市長は自分で自分の盃を満たしてこれをまた飲み干す。

「ただな、あんたらもええ歳のはずや。立場もある偉いお人のはずや。それがなんじゃい。どっちが上や下やで喧々囂々、侃々諤々。ややこの喧嘩でもしとりますんかいな!えぇ?!」

 言い返そうと思えば容易かったが、この手の状況において反論は愚策である。黙り込んで嵐が過ぎ去るのを待つが如く、耐えて、聞くしか術はなかった。

「しかも中身を聞いてりゃ、互いの実力を認めつつ、互いに信頼もしながらのそれでっしゃろ?犬もよう食わんわこんなもん。付き合わされるこっちの身にもなってみなはれ!終いにゃ馬に蹴られて去んでまうわ!あぁ?!」

「「き、急に妙な事を!」」

「それでや!!」

「「はい」」

「今回の件、事の発端はワシが作ろおもてた石碑にあると聞いてます。そこに刻む名前、これのどっちが上になるか一番になるかで争ってる。これはおうてまんな?」

「「その通りです」」

「そこでや、ワシに一つ考えがある。まず、お二人は縦書きっちゅうもんは知ってまっか?」

「ええ、一応は」

「東方の書式であるとは」

「なら話は早い、まずこれで碑の一番上にお二人の名前を縦に書く。これでどっちが上にも下にもならしまへん」

「はあ…」

「なるほど…」

「それでや、それでも結局右から見るか左から見るかで、どっちかが先でどっちかがドベにあるように見えてしまう。そこでワシの名前も刻まさせて貰おうかと思いますねん」

「えっ?」

「キューロ市長の名も?」

「なんぞ不都合のあるって言うんですかいな。あぁ?あの場にはワシも居たんですから、ワシの名前かてあってもええやないですかい!えぇ?!ともあれ!それで三つの名前が並んでおれば、上から見たら全員横並び、ワシらの慣れた順番で左から読んだらワシ騎士どの魔道士どの。縦書きの様式に則って右から読んだら魔道士どの騎士どのワシ。正面から見たら騎士どのが中央で一番目立つ。これで全部均せばええ感じになりますやろ?そうやこれや、これでいい。ハッハァ!こォれで、決まりやァ!!」

と言い放ち、腿をスパァンと叩くと、二人の返答を聞く間もなく市長は走り去ってしまった。


 後に残されたのはポツンと地べたに座る男女二人である。

 両者共に呆気に取られて口をきけずにいたが、暫くしてクレイヴァンが口を開いた。

「…ダリオン。とりあえず、一つだけ聞いてもいいか?」

「いいぞ」

「私は…、あそこまでになった事は、あるか?」

「今のところはないはずだ」

「そうか…」

 そして暫く押し黙って、

「それは良かったが、とりあえず暫く酒は控えるよ…」

「そうしてくれ…」

 ここに来てようやく二人とも力を抜いてゆっくりと息を吐き出し、体の緊張をほぐす事ができたのだった。


 そしてふとダリオンが気がついたかのように、相棒に尋ねた。

「そういえば、市長殿の姓はキューロだったが、名前はなんだったか」

「ええとちょっと待て、思い出す」

 クレイヴァンが頭に手をやり記憶を掘り起こす。


「確か…、ランドルフだったような」


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