5・結婚相手はこの上なく可愛らしい
その後。
チェチリアの義母と義妹は別々の修道院に送られた。二人とも全く反省も納得もしていなかったらしいが、公爵家に睨まれたタラブォーナ伯爵が、無理やり出家させたようだ。
タラブォーナ自身は、当初の予定通りに降格処分を受けて、ヒラ隊員となった。
また、僅か三年で伯爵家の財産を食い潰し、借金まで背負ったことから、当主としての正常な判断能力がないとみなされ、その権限は全て停止。チェチリアが後見人となり、その責務を代行するよう裁判所命令が下った。
更にタラブォーナは、借金返済のためより稼げる仕事をするからと退職し、国境警備隊へ入った。それは盗賊や密輸業者を取り締まることが主な任務で、常に犯罪グループと武力衝突をしている危険な仕事だ。
表向きは本人の意向としているようだけれど、実際は国王の強い勧告があったようだ。
伯爵は10歳の息子を連れて、任地へ赴いた。
最後までチェチリアに謝罪することはなかった。
ちなみに婚約破棄を企んだ公爵令息。父親が精神を鍛え直してこいと一喝して、彼を同じく国境警備隊に放り込んだ。
さてはて、無事に生きて帰ってくるだろうか。
そして、私。やはり両親とはひと悶着があった。だが国王と王妃が仲裁に入ってくれ、一応は解決。近いうちにチェチリアと婚約予定だ。
会社を潰すことが特技(レストランもやはり潰れた)の義弟が、次期当主になるため、正式に公爵家に入る……
と、私は思っていたのだが、そうはならなかった。
国王が『公爵家まで一年で潰されたら困る』と言ったそうだ。また『無能な当主はタラブォーナで懲りた』とも。
結局その時が来たら、私が一代限りで、公爵と伯爵の両方の位を持つ許可を下さるそうだ。その後は、私の子供たちが、爵位をひとつずつ持つ。
もっとも、それは恐らく何十年も先のこと。どうなるかは分からないし、我が子はパヴェーゼ家を継げない事情があるかもしれない。
そんな時、我が子の意見を尊重できる親に、私はなりたい。
チェチリアは、私もそうなりたいと同意してくれた。
さて。私の可愛いチェチリア。
彼女の親友である同期の女性衛兵から、大変に萌える話を教えてもらった。
私が彼女に恋する少し前のことのようだ。
チェチリアは親友に、私を好きになってしまったと相談したそうだ。
泣きながら!
なんて可愛らしいのだろう。凛々しい衛兵姿で泣きじゃくるチェチリア!抱き潰してしまいたいくらいの愛しさだ。
ぜひ私の胸の中で再現してほしいと頼んだら、真っ赤になって逃げてしまった。
とてもではないが、最優秀賞を獲った衛兵とは思えない。
そうそう。あの夜会で公爵が息子に見舞った素晴らしい蹴り。公爵は怒りに任せてのことで、どうしてあんなことが出来たのか、分からないらしい。だがこれが衛兵の間で大流行している。人間相手では危ないからと専用の受身人形まで作られた。
きれいな着地をするのが難しいらしく、それをいかに上手くやるかが、衛兵たちの心を捕らえているようだ。
あまりの熱の入りように、老大公主宰の競技会が開かれ、衛兵たちは技の美しさ・完璧さを競った。
そして栄えある第一回最優秀賞に、チェチリアが輝いたのだ。
チャンピオン・インタビューで、コツは?と尋ねられたチェチリアは、
「父だと思って攻撃すること!」
と答え、万雷の拍手喝采を浴びた。
◇◇
「チェチリア」
私は向かいでパンを食む彼女の名前を呼んだ。
週に一度の、あずまやでの昼食。この習慣はまだ続いている。
というか私としてはもっと頻繁にしたいのだけど、衛兵は日によって昼食時間が違うので、無理なのだ。淋しいけれど、仕方ない。
「なに?」
「そろそろ手を握らせてもらいたい」
途端に彼女の目が反らされた。私はまだ、彼女の素手を触らせてもらえていないのだ。キスは許可がおりたのに。何故だ。
「知らない」
そう言う声は可愛いくて、魅力的ではあるけれど。
「どうしてなんだ」
「そんなこと、わざわざしなくていいだろう!」
「させてくれないなら衛兵の鍛練場の中央で、君がいかに可愛いかの演説をする」
「バカな!」
「私は幸い、そのような羞恥心は持ち合わせていないから、大声で語れるぞ」
チェチリアはもう真っ赤だ。手を卓の下に隠し、ちょっとだけ唇を噛んでいるところが、また可愛い。
「令嬢の手ではないからと言っていたけれど、そのせいか?それは努力の証だろう?」
「もちろん。この手は私の衛兵としての誇りだ」
何故か彼女は目を反らしたままで、そう言う。
「それなら、どうして」
チェチリアはますます余所を見る。
「……だって。アントンと浮き名を流した方々はみな、立派な令嬢やご婦人じゃないか。きっと小さく柔らかい手だ」
段々と声が小さくなる。
「誇りの手ではあるけど、好きな人に幻滅されるのは嫌だ」
胸がきゅうん、と鳴った気がした。
「全く、君はなんて可愛らしいんだ!」
立ち上がると彼女の傍らに膝をついて、抱き締めた。
「アントン!」
「そんなことで幻滅なんかするものか。世界一愛しいひとの、世界一素晴らしい手だ」
「……アントンは少しばかり唇を縫い付けておけ!よくもそんな恥ずかしいことをぬけぬけと!」
「分かった、縫い付けるから、手を出してくれ」
チェチリアは短い逡巡のあと、そっと両手を見せた。それを私の両手で包み込む。
「ほら、いかに令嬢らしくなくても、私より小さい」
彼女は凛々しい衛兵だけれど小柄だし、逆に私は大柄だ。
チェチリアの伏せた目を縁取る睫毛が震えている。
「それに例え私より大きくても、愛する人の手であることには変わりない」
手を少しだけ開き、隙間から彼女の手に口づけた。
「私は衛兵の君も大好きだよ」
彼女の大きな瞳が私を見た。
「嬉しい」
そう言って大輪の花がほころぶように笑ったチェチリア。
「浮気したら蹴倒しちゃうぞ」
はにかみながら可愛らしく紡がれた言葉。
「そんな日は来ない。だけど君になら喜んで倒されるさ。ベッドにならば、なお嬉しい」
途端に彼女の表情が羞恥にゆがむ。
「っ!遊び人!そこに直れ!口を縫い付けてやる!」
全く。本当に私の結婚相手は可愛らしい。
お読み下さり、ありがとうございます。
老大公のイメージ。
三頭身くらいの、可愛いおじいちゃん。
でも若いときは八頭身の美男子で、歩くだけで黄色い声援が飛び交っていた。
だけど奥さん一筋の愛妻家。
◇◇
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