サボりのナル
そのあと、レディから次の依頼をもらって。
「来週の土曜日に今日の駅で集合」と、帰り際にカオルは言った。
それから少し黙って、小さな声で「どうして、」と言葉をこぼした。
ヒロは何も言わずに黙っていたけれど、先ほどのレディの話だろうと察した。
レディが実際に名持ちの条件を話したのは、退魔師くらいのものだ。
悪魔憑きや魔法使いはともかく、自身の管轄である魔女の条件も濁したのは気になってはいた。
「レディは、すごく素敵な人なの。強くて、優しくて、知識も豊富で。だけど、何かを隠している。わたしに決して話してくれない何かが、レディにはある。全部を知りたいわけじゃないの。でもね、魔女のことは、もっとわたしに話してくれてもいいじゃないって思うのよ」
独白のようなカオルの言葉に、ヒロはなんと言えばいいのかわからなかった。だから、あの美しい魔法使いについて話すことにした。
「ぼくのシショーは、隠すも何もほとんどしゃべらない人でしたよ。しゃべらなかったから、ぼくはシショーのことも魔法使いのことも全部わからずじまいです」
カオルはそれを聞いて、難儀な師匠だなと思った。
「何か、聞いたりしなかったの?」
「うーん、聞けば答えてはくれる人でしたけどね。ぼくは本が読めて、シショーのお綺麗な姿が見られればそれで満足でしたから、あんまり突っ込んだこと聞いたりはしたことないんです。そりゃ、気になることはたくさんありましたけど、その頃は魔法使いなんてのは自称してるだけで、その名前に意味があるとも思っていませんでしたし。だからぼくはレディのこと、よくしゃべってくださる人でわかりやすいなと思いますよ。シショーなんて口だけじゃなくて表情もほとんど動かない人ですからね」
カオルは表情の動かないしゃべらない師匠というものを想像して、失敗した。
師匠というものは、何かを教え導く者のはずだ。
その師匠がしゃべらないとなると、弟子はいったいどうやって学ぶんだろう。
背中を見て覚える、というやつだろうかと必死に想像力を働かせる。
「ぼくらは悪魔憑きと退魔師の後継者さんをそれぞれ知っているんですし、彼らに聞いてみる、というのもいいと思います。あとは……、そうだ!魔の方々にも聞けますよ」
カオルは瞬きをして、少し笑った。
「そうだね。魔は人より長生きだから、詳しく知っているかもしれないね」
金曜日、ヒロは学校へは行かず、私服姿で電車に乗っていた。
いつもより早い時間、制服姿で家を出て、そのまま最寄駅のトイレで私服に着替えて持っていたリュックに脱いだ制服を押し込みながら、指定カバンがないのはこういう時に便利だと、ヒロは思う。
通勤通学のラッシュでいっぱいの電車の中で人に押しつぶされかけながら、目的の駅にたどり着く。
家から少し距離があって、数えるほどしかヒロは来たことのない街。
けれど、ここに来ればなんでも揃うと、そう感じられるほどに多くの店とそれに見合った量の人が行きかう街。
開店前の時間で、人の姿はほとんどない。
なんだか物珍しいものを見るような心地で、一駅分ほどを歩いてみた。
動画や写真では道を埋め尽くすほどの人混みであふれかえってる有名な場所も、ガランと静かなものだ。今はどの店も開店前で、同じ場所でも時間帯によってこんなにも人の量が違うものなのだと少し驚きながら早朝の街を歩く。
魔というものを視るようになってから街を見渡すと、なるほど確かに、形ははっきりとはしない影のようなものが、そこかしこでうごめいている。
人の姿はないけれど、そういった魔という別の生き物の姿は決して少なくはない。
学校を休んだことに、深い理由なんてない。
朝起きて、用意を確認して、ご飯を食べて身支度をした。
教材を詰め込んだリュックを持ち上げて、「あ、今日は休もう」って思っただけだ。
リュックの中身を全部取り出して、代わりに私服と千円札の入った財布を入れた。
今日は購買の日だったから、昼食用にもらったお金も財布に入れた。
軍資金は多い方がいい。
電車の時間をスマホで調べて、いつも通りに家を出て、いつもと違う方向、駅に向かった。
そうしてやってきた街は、平日の朝だからか、魔の姿が視えるからか、記憶のものより違って見える。
きょろきょろと視線を動かして、そんな街を眺めて歩いていたヒロはその人影に気づかなかった。
「あれ、やっぱ見た顔じゃん」
肩に置かれた重みに驚いて振り向けば、金髪の青年と目が合った。
退魔師の後継だと、ヒロは思い出す。
「おはようございます」
数歩後ずさって、その青年、ナルと距離を取って挨拶をする。
「今日って平日でしょ?サボりかな」
「あなたもですか?」
「そうそう。俺はずっとサボり」
ヒロが半眼でナルを見れば、彼はへらりと笑って頷いた。
「で、魔法使いのことはなんと呼べばいいのかな」
魔法使いと呼ばれたことにムッとしながら、ヒロは答えた。
「ヒロ、です」
「ヒロね。呼びやすくていいや。それで、ヒロ。レディやカオルちゃんから聞かなかったのかな?こういう場所にはしばらく一人で近づかない方がいいって」
「こういう場所って、なんですか」
「人がたくさん集まって、いろんな想いが集まる場所」
「それのなにがダメなんですか」
「だってヒロ、目覚めたばかりでしょ。殻のついたヒヨコがピヨピヨ歩いてたら、危ないって言ってんの。アイツ等のいい標的だよ」
アイツ等、と言いながら青年は右足をタンッと踏みしめた。
そこから衝撃のようなものが広がり、周囲をうごめいていた形のない魔は姿を消した。
「な、なにを……」
「追い払っただけだよ。視界に入ってウザイから。ヒロのおいしそうな匂いにつられてやってきたのさ。この辺りは最近、ああいう手合いは減っていたのにあんなにうじゃうじゃ湧いちゃって。ま、バイトが増えるなら俺としてはありがたいけど」
「目覚めたばかりとか、おいしそうとか、意味がわかりません!」
説明しろとヒロは青年を睨みつけた。
「へぇ?」
青年は片眉を上げて興味深そうにヒロを観察した。
「いいよ。別に隠すようなことじゃないし、あんまりものを知らないのも憐れだ。それで死んじゃったら、教えなかった俺のせいみたいじゃん?」




