オワタリ様
「通れない道があるんだって」
カオルは、駅で待ち合わせたヒロにそう言った。
「道、ですか?」
前回と同じように深く被ったキャップ帽で表情の視えないカオルを少し見上げて、ヒロは首を傾げた。
レディの依頼があると下校途中に捕まえられ、指定された駅で集合となった土曜日の今日。
「そこにあるのに、絶対に通れない。人によっては、そこに道があることを認識することもできない」
「それは、どういう……」
カオルは小さく笑って、歩き出した。
「行ってみよっか」
駅から15分ほど歩いた住宅街で、カオルは立ち止まった。
「今回みたいに、通れない、扉が開かないって場合は、主に二つの原因のどちらかであることが多いの。一つは、魔が物理的にその道を塞いでいたり、扉を圧迫していた場合。これは魔が視えない人からすればなぜなのかわからないけれど、視える者からすればすごくわかりやすい。ここが依頼のあった通れない道なんだけど、ヒロは何か視える?」
言われてじっとその道を見つめてみたが、ただの道であるかのようにヒロには視える。耳を澄ませてみても、以前の狼の子どもたちのように声が聞こえることもない。
「いえ、なにも……」
カオルはその道に歩いて近寄り、左腕を伸ばした。
するとパチリと左手が何かにはじかれ、そこから先へは進めないと感じさせた。
「もう一つは、何らかの術によって封じられている場合。道を認識できない人がいるという時点で、こちらの原因が有力だったんだけど、今のでそれが確定した。認識を阻害する術は便利だから使う者も多いの」
「術……」
カオルの触れた何もないはずの場所に、ヒロも手を伸ばしてみる。
パリン、と。
薄いガラスが割れたような音がして、慌ててヒロは手を引っ込めた。
「あー、結構もろい結界だったか。ヒロ、何か来るかも」
カオルが言う何かについて考える時間はなかった。
道の奥からサワサワと波のような気配が迫ってきているのを感じたからだ。
それはよくよく見ると何かの集合体のようで、黒、赤、青、緑、とそれぞれ色が違っている。
「な、なんですかあれは!」
集合体の正体のわかったカオルは、身構えていた体勢を元に戻し、塀へと身体を添わせた。
「害はない。ただ数が多すぎるから、避けた方がいい」
「避けるってどうすれば!?」
ヒロがカオルの真似をしようとしたときには遅く、ヒロの元までたどり着いたその集合体は自分たちの進行方向にいるヒロを避けることなく、そのまま身体の上を這っていく。
「ひぃぃい!」
身体の上を何かが這ってゆくという感触の気持ち悪さに、ヒロの口からは情けない悲鳴が上がる。
その感触はほんの数秒だったかもしれないが、ヒロには長く感じられた。
集合体が去った今も、その奇妙な感触が残っているような気がする。
「なんだったんですか、今の……。あれも魔なんですか?」
身体に残る気持ち悪さを払い落すかのように手を動かしながら、ヒロは尋ねた。
「オワタリ様って言うんだ。こういう人の多く住んでる街から街を渡りながら、人の感情を吸い取っていく。吸い取った感情によって体の色が決まるから、あんなふうにカラフルになる。吸い取ると言っても、人から直接じゃなくて人の身体から離れた感情の残滓みたいなものを吸い取っているんだ。だから家の空気を綺麗にしてくれるって、昔はありがたがられる存在だったとか。まぁ、RPGゲームでいうところの、スライムみたいなものだよ」
カオルはトテトテと歩いていた、集合体からはぐれたらしきオワタリ様を一つつまんで、ヒロに見せた。
それは薄水色の身体で、人の指の長さほどもないくらいの小ささだった。身体は丸く、ふわふわとした毛のようなものが全身に生えていて小さなぬいぐるみのようだ。大きな丸い目玉が一つついていて、それがパチパチと瞬いてなんともかわいらしい姿をしている。
「かわいいでしょ。群れる習性はあるけど、オワタリ様があそこまで集まることはまずない。きっと道に張られた結界は、オワタリ様を集める目的だったのかな?」
カオルがパッと手を離すと、オワタリ様はふわふわとゆっくり地面に落ちて、地面に身体がつくとまたトテトテとどこかへと歩いて行った。
「たくさん集めると、何かあるんですか?」
「さぁ?オワタリ様は無害でたいした力もない魔だからね。たくさん集めたところで、式にしても使い道があるとは思えない」
「あーあ。なーにしてくれちゃってるの」
背後から聞こえて来た声に驚いて、ヒロはバッとその声の方へとふり向いた。
「俺の仕事、なくなっちゃったじゃんか。せっかく割のいいバイトだったのにさ」
金髪の男性が、そこには立っていた。




