『魔』というもの
次の週の土曜日。
昼を少し過ぎた時間に、ヒロは指定された駅へやってきていた。
ヒロの最寄り駅から一度乗り換えて20分ほどの場所だ。
改札を出てすぐ、先週魔女のところまで案内してくれた彼女が見つかる。
「魔法使い」
彼女の言葉に、ヒロはびくりと肩を揺らした。
「いえ。ぼくは魔法使いではありません。名乗っていませんでしたね。ぼくは、」
「黙って」
鋭く切り込まれ、ヒロは思わず口をつぐんだ。
「わたしたちは、互いに名を明かさないことがルールなの。普段友だちに呼ばれている呼び名とか、呼んでほしい名前とか、何でもいい。あなたの本名でなければ、何でも。それを名乗って」
「あ、えぇっと……」
ぐるぐるとヒロの頭の中で何と名乗るべきか、考えがまとまらず結局思い浮かんだのは、シュウやコテツにいつも呼ばれている名前。
「ヒロ、です」
「そう。ではヒロ、最初の依頼よ。迷子を3人見つけるの。ひとつ、目星がついている場所があるから、まずはそこに向かうわ」
歩き出す彼女へ、ヒロは声をかけた。
「あの!」
ふり向いた彼女が無言で続きを促す。
「あなたのことは、何と呼べば……」
「カオル」
「カオルさん、」
「敬称はいらない。呼び捨てで。わたしたちは対等な立場であるべきで、優劣があってはいけないから」
「対等、ですか?」
「わたしはレディ、つまりは魔女の弟子なの。ヒロは魔法使いの弟子でしょう?名持ち同士は互いに優劣なく、敵対をしないことが絶対のルール」
「ルール、多いんですか。あんまり多いとぼく、覚えられないかも……」
「自らを明かさないこと。名持ちと敵対しないこと。人を殺さないこと。この三つを守ればいい。あぁ、それから」
カオルは胸元の服を右手できゅっと握った。
「視えないふりをすること。視えず、聞こえず、知らぬふりをするの。簡単でしょ」
ヒロは困惑した。
「見えないって、何を見ないんですか」
「川で視たでしょ。ああいう彼らのことよ」
首を傾げて、カオルはヒロの様子を伺った。
「もしかして、知らない?草木の影、水の中、電柱の後ろ、塀の上。彼らはどこにでもいて、多くは隠れるばかりで人へ干渉することは稀。基本的に人の目では、その姿を捉えることはできず、それゆえ存在を知る者は少ない。わたしたちが『魔』と呼ぶ彼らのこと、魔法使いから聞いていないの?」
「……はじめて、聞きました」
カオルは少し考える仕草をして、きょろきょろと周囲を見渡してとある一か所を指さした。
「あそこ、視える?」
カオルが指さしたのは、とある一本の街路樹の根のあたり。
うにゃうにゃと黒い影のようなものがうごめいているようにヒロには見えた。
「動く影、ですか?」
カオルはきゅっと唇を噛みしめ、それからふっと表情をやわらげた。
「そう。彼らが魔という存在」
「あんなの、今まで見たことなかったですよ」
「いるとわかったヒロには、視えるようになったの。きっかけはきっと、川のヌシかな。もともと視える素養があって、あのヌシの強い気に当てられたのだと思う。魔は昔から人の生活の中に溶け込んでいる。いままでヒロは、それに気づかなかっただけ。さぁ、迷子を捜しに行くよ。『魔』を視ることに慣れないと」




