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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第九章 再び、贄となり

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魂の祓い

「うっ、うわあああぁぁっっ!!」


 奏司は叫びながら起きた。冷や汗が止まらない。

 そして、吐き気が襲ってきた。奏司は飛び起きると、洗面台へ走っていった。

 空の胃からは胃液しか上がってこない。腹の底から、もうこれ以上吐くものなどないのに、こみ上げる吐き気と胃がひっくり返るほどの嗚咽が続く。


 悪夢だった。

 まるで、自分と御子姫が絡み合い、離れられなくなるような激しい行為を、目に焼きつけろと言わんばかりに延々と見せつけられた気がした。

 本当に夢なのだろうか。

 父、奨弥の魂は奨弥の体へと戻されたはずだ。それがまだ残っているとでもいうのか。


「おいで、奏司……」


 夢の中で聞こえた声がよみがえる。


「うっ……!!」


 吐き気がまた襲ってくる。

 おぞましい、しかし、美しい。抗いようのない、圧倒的な何かだった。

 洗面所に座り込んでいる奏司は、目の焦点も合わず、肩で激しく息をしていた。


「大丈夫ですか」


 いつもの発作のようだった。心的外傷と言えば聞こえはいいが、長い間、(ケガレ)(もどき)に全身巣喰われ続けたせいかもしれない。

 それとも少なからず奨弥とつながっていた間に、魂をも(ケガレ)そのものの影響を受けてしまったのだろうか。


 もし、もしも祓いができるとしたら、祓いの力が最も強いのは御子姫だ。その御子姫に異常なまでに拒絶を示すのは、御子姫の力に対してだとしたら。


 本当に奏司を救い、この状況をなんとかできるのは、御子姫以外には考えられない。

 今はこの程度で済んでいるが、このまま常世(とこよ)へ穢を祓いに行っていたら、いずれ魂の蝕が本格的に進み始めるに違いない。そうしたらもう手遅れだ。


 魂の蝕が始まっているのだ。でなければ、これだけの力を持つ者が、短期間にここまで悪化するわけがない。


 眴は奏司には内緒で、御子姫に会うことにした。


「眴が来たと? 珍しいこともあるものじゃ。応接に通しておけ。着替えてすぐ行く」


 御子姫は毎度、豪鬼への異形であるが故の、気に取り込まれてしまう穢を祓うので、戦に出た後は休んでいることが多かった。


「何用じゃ」


 応接に入るなり、御子姫は眴に用件を尋ねた。


「お疲れのご様子のところ、申し訳ありません。至急のご相談がありまして」


「奏司のことじゃろう」


「はい、魂の蝕が起きているのではと思いまして」


「魂か……」


 御子姫は、眴から今までの一部始終を聞いた。大体のことは奏司と里長から聞かされていた。奏司は、一度だけだが奨弥の魂と魂とで対峙したことがある、眴はその時のことを御子姫に話した。


「奨弥の魂と己の魂とで対峙しやりあったというのか」


「はい、御子姫殿のことで、手を出したら始末すると」


 眴が考えるには、その時すでに穢となりかけていた、奨弥の魂に触れ穢をもらってしまったのではないかというものだった。


「よりによって、魂か……」


「御子姫殿の(みそぎ)場で、深く眠らせて、唱詞で祓えませんか」


「あの詞はとても強い。人に向けて発するものではない」


「奏司殿が使い物にならなければ、この先の戦は困難になります」


「じゃがのう……」


「奏司殿がどれほど深く御子姫殿に結ばれているか、ご存じないから」


「奏司の心が、今どこへ向いておるかくらいはわかっておる」


「そんな上部(うわべ)のことはどうでもいいのです。

あの方は生まれた時から御子姫殿のものです。そういう運命(さだめ)の元にお生まれになったことはよくご承知のはず。それだからこそ、やらなければ、やってもらわねばなりません」


 眴は御子姫に詰め寄って、きっぱりと言い切った。


「このままでは、御子姫殿はまた(つい)を失われることになりますよ。それも大変優秀な」


 御子姫は眴を睨みつけたが、眴は引こうとしなかった。


「嫌な言い方をするな。祓うにはどうしたらよいか、長殿に聞いてみるゆえ、待て」


 御子姫はそう言ったきり、席を外して小一時間が経った。眴は側についていながら、こんなことになってしまったことで自分を責めていた。


 しかし、(モドキ)をすべて取り除いたあの日、奏司に(ケガレ)の影は一片たりとも見当たらなかった。奨弥と対峙したのはその前のことだ。

 それからずっと気づけなかったほど、小さかったものが常世に踏み入れたことで一気に蝕が進んだのだとしたら。


「待たせたの。やってはみる。じゃが、できるかどうかは五分(ごぶ)じゃ」


「はい。それでも、御子姫殿にお預けするしか」


 御子姫は、顔色ひとつ変えず淡々と話を進めていく、眴の様子に興味が沸いた。


「どうしてそうまで奏司のことに必死になる」


「輪響紋衆すべての未来のためです。御子姫殿と奏司殿には必ず子を授かっていただかねばなりません」


「おもしろいことを言う。先見が走ったか」


「時を見計らえと申しつかっております」


 御子姫は思うところはあったが、まだ奏司を失うわけにはいかなかった。何より、御子姫自身にも外からはうかがい知れぬ深い情が残っていた。


 御子姫は、眴の相談を引き受けることにした。三日後全員精進潔斎してくるように言った。最後に御子姫は眴を呼び止めると、しんがり船を追うアカメについてどういう見解を持つか聞いた。


「確実に船を沈める機会を狙っているのでしょう。それもアカメではなく別の穢によって。しんがり船だけを狙っていると考えるのは危険です」


 御子姫の顔が険しくなった。


「それは新たな(ケガレ)が現れるとでもいうのか」


「それはわかりませんが、澱の中で何かが起きていることだけは確かです」


 御子姫は頷いた。御子姫もまた肌で感じていた。その得体の知れない不気味さを。




 約束の日時、御子姫のところへ、眴が奏司を連れて訪れた。そこには、豪鬼を連れた剛拳と洋巳が待っていた。


「皆、水垢離(みずごり)は終わっとろうな」


 全員がそれぞれに白晒しの浴衣に着替えると、御子姫から離れへと入っていった。十二畳ほどの広さの(みそぎ)の部屋が狭く感じられる。


 神棚の前の布団に、奏司は仰向けに寝かされた。眴が奏司の浴衣をはだけさせる。

 奏司が眴を見つめる。祓いの手順は前以て打ち合わせされていた。

 眴は奏司と嫌というほど話し合った。奏司はこれ以上避けては通れぬ、試練の祓いだった。眴が奏司に薬を飲ませる。


「大丈夫ですから。これは祓いのためです」


 眴は奏司の眼を見つめながら、強い薬によって眠りに(いざな)っていく。御子姫は浴衣を脱ぎ捨てると、奏司の物を内に入れた。


「豪鬼、輪紋を二つ、大きく斜めに、奏司を囲うように」


 御子姫は響紋を繰り出していく。人に向けて輪響紋の術など使ったこともなければ唱詞もない。


 御子姫は祓詞をゆっくりと唱えつつ、魂の行方を追っていた。


 穢に触れてしまったかのような、奏司の魂。


 ……禊祓(みそぎはら)(たま)ふ時に 生坐(あれま)せる 祓戸(はらへど)大神等(おほかみたち)


 諸々の禍事罪穢(まがことつみけがれ)を (はら)(たま)ひ (きよ)(たま)ふと 


 (まを)(こと)(よし)を……


 天津神(あまつかみ) 地津神(くにつかみ) 八百万神等共(やおよろずのかみたちとも)


 ()こし()せと (かしこ)(かしこ)みも(まを)す……



はらえたまえ、きよめたまえ、かむながら守りたまえ、さきわえたまえ」


 ──白い、どこまでも白い、空間に一箇所だけ常世の闇のような、ケガレか


「どうか、私に、奏司をお返し下され、常世の神よ」


吐普加美依身多女(トホカミエミタメ)


 御子姫は唱詞を発した。


「それじゃ、祓えないよ」


 小さな子供が御子姫に近づき、そっと手を添えた。

 小さな輪紋と響紋が、その指先から繰り出される。

 輪紋に吸い込まれた響紋が輪紋から出てくると二つは溶け合うように絡み合って一つになった。


「いくよ、一緒にやる?」


 そう言うと子供は、御子姫と一緒に術を放った。


 輪紋と響紋が一つになった光が闇を祓い、ただ白いだけの空間となる。


 ──誰じゃ


「……さん、を……」


 声が遠ざかり聞こえなくなってしまった。 


 現れた子供には輪紋と響紋と二つが刻み込まれていた。

 

 御子姫は意識を失った。


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