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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第八章 隠主(おに)、覚醒(めざめ)し時

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初戦(はついくさ)

 薄い闇に包まれ始める。間もなく、戦へ出陣する時刻となる。


 奏司と豪鬼は異形衆の船に乗ると、御子姫の傍に立った。

 戦に出る時は、その規模に関わらず大祓詞を奉納する。御子姫の声が朗々と響き渡る。


「出陣じゃ!」


 篝火が焚かれ、船が順番に常世へと繰り出していく。


 最初から御子姫は誰よりも高く跳び、後方より采配を振るう。

 一掃したはずのカマもイタチも見渡せば、どことなく大きくなって水面を跳ねている。大カマも大イタチも御子姫の指示で副船が片付けていく。


「ひめ!」


 最初に豪鬼が見つけた。(よど)の中にいくつもの赤い目がひしめいているのを。


大砲(おおづつ)準備!」


 異形衆の半数が準備をする。


「奏司、豪鬼、二つじゃ」


 訓練通り、二つの輪紋を繰り出して斜めに構える。

 奏司も豪鬼も闇の中で繰り出した輪紋が光り輝く。


 そこへ御子姫が響紋を撃ち込んでくる。

 光り輝く響の帯が輪紋に吸い込まれ、力を増幅させ二つ目の輪紋へ吸い込まれると、輪紋への圧がかかり手応えがずんと重くなる。

 御子姫の両の手には渦巻く響紋の光の束が出来上がる。


「一撃め、続け!」


 御子姫がアカメの巣窟と思しき箇所へ撃ち込む、続いて異形衆の大砲が後を追う。水面が割れ澱が見えると、もう一撃を御子姫が続けて撃ち込み、異形衆のが続く。

 四連弾でアカメのいた澱はアカメごと消し飛んだ。


「よし、祓えた。この調子じゃ」


 唱と言葉には、その都度、副船の者たちへ指示を出させる。


「御子姫、あの波!」


 遠くで水面が盛り上がる。


「大きいのう」


「船団、止まれ!」


「奏司、豪鬼、二つ。一つは大きく」


 輪紋を繰り出すと、先程より威力のある大砲を準備する。御子姫は異形衆に、後について一斉に撃つよう指示した。

 御子姫が間髪入れず二連弾を撃ち込む。そこへ異形衆の大砲が集中砲撃を重ね、水底に届く勢いで澱ごと大きなアカメを確実に祓った。


 船団の周囲では大カマがバシャンバシャンと跳ね上がる。

 それは今まで以上に確実に大きい。唱と言葉はそれぞれに副船へも大きな(ケガレ)に注意を呼びかける。


「一旦、引け!」


 あるはずのない風が吹いているようだ。


 一度休んで、船の周りの穢を祓っていく。

 そうして、再度アカメの巣となっている澱を確認すると、同じように御子姫の連弾を皮切りに、四弾から六弾続けて撃ち込み、澱ごと祓ってしまう。


「どうじゃ」


「あと一回くらいは」


「そうか、よし、帰るぞ!」


 その声とともに、大きな穢を集中的に祓いながら帰路につく。

 二、三時間でどうだろう、十回ほどはアカメの潜む澱を祓えている。

 ただ、これは相当きつい。連日の出陣は難しいだろう。


 それでも奏司は、豪鬼とともに無事初戦(はついくさ)を果たせたことに安堵していた。


「ひめ!」


 突然、豪鬼がしんがりを務める大船の後方を指差した。

 大きなアカメが船を追って来ていた。


「手出し無用じゃ。早う引け!」


 豪鬼が輪紋を繰り出そうとするので、奏司が慌てて止めた。


「豪鬼、おしまい」


「おしまい」


「そうそう、また今度」


 アカメは様子を伺うようについてきたが、気がつくと澱の中に消えていった。


「以前にも似たような動きがあったはずじゃ。あれはなんじゃろうな」


 御子姫は呟いた。奏司はそれが自分へ向けられた問いのように感じた。




 戦が終わって船から降りると、そこには剛拳が豪鬼を迎えに来ていた。


「剛拳、豪鬼の(みそぎ)を頼む」


 奏司も帰ろうとすると御子姫に呼び止められ、響家へと引っ張られていった。


「禊じゃ」


「俺も帰って、自分でできるよ」


「大丈夫じゃ、黙ってついて参れ」


 奏司は沐浴場へ連れてこられ、戦装束を全部脱ぎ、水垢離(みずごり)するよう言われた。

 白晒(しろさら)しの浴衣に着替えると、御子姫は禊をする離れへと奏司を連れてきた。


「御子姫、俺……」


「大丈夫じゃと言ったろう。そこへ脱いだら仰向けで寝てごらん」


 御子姫は奏司の足元に座ると、祓詞を唱えながら髪がふわっと宙に浮きやさしく奏司を包みこんだ。

 御子姫の紅い瞳が、じっと奏司の体を見つめ穢を感じ取ろうとしていた。


「あの、俺、寝てるだけでいいの?」


「そうじゃ。それで問題ない。奏司の身についた常世の穢を祓うだけじゃ。(つい)じゃからのう」


 奏司は祝言の日のことを思い出していた。


「今日はよう守ってくれた。私が跳ぶ高さまでついてこれる者はそうはおらぬ。大船とはいえ、跳べば嫌でも下の大河の穢が見える。足がすくむのが普通じゃ」


「そんなこと言ったら豪鬼もだよ」


「豪鬼はそなたについて来ておるのじゃ。そなたが私を守るのを見て真似をしとる」


 やさしく微笑む御子姫を、奏司は起き上がって抱きしめた。奏司が何かを言いかけたのを御子姫の言葉が遮った。


「私が悪いのじゃ。そなたはずっと、私をこれ以上傷つけぬよう守ってくれておった。だから余計に許せぬのじゃろう、己自身を」


「傷つけないって、ここで約束した。それなのに……」


「それはもうよい。私も何もかも悪い方へ考えて、そなたのことを少しも考えてやれなんだ」


 頭領と総代として契った以上、この関係をこれ以上壊すわけにはいかなかった。


「さあ、もう一度、初めからやり直そう」


「けど、俺……」


「対として、仲良うして、戦で守ってくれたら、それだけで十分じゃ。奏司は総代として申し分ない仕事をしてくれておる」


 奏司はそれ以上何も言えなかった。御子姫のことは変わらず大好きだった。

 ただ、その想いとは別の場所に、もう別の誰かがいた。


「俺、御子姫を前にすると何かがおかしいんだ。もうどうしたらいいのか」


「できぬことを無理せずともよい。今まで私がしたこと、気が立っておったとはいえ、本当にすまなんだ」


 互いに言いたいことはもっとある。

 そのどれもが、形になって漏れることはなかった。


 奏司は禊が終わると、御子姫に初戦のお祝いがあることを話した。一緒にどうかと誘ってみたが、疲れたので休みたいと返ってきた。

 奏司はちょうどよい和解の機会だと思ったが、御子姫は互いに気疲れするのが億劫だと言った。




 奏司は戦装束を持って、スウェット姿で明け方、奏家本家へ戻ってきた。

 御子姫のところで禊を済ませ、戦のことを少し話していればこれくらいの時間になる。


 まだ対を組む前の若い戦人が、ちょうど禊を済ませ寮へ引き上げていた。部屋に戻ると眴が起きていた。


「お疲れ様。泊まってくると思ってました」


「禊を済ませて、今後のことを少し話してた」


「そうですか。御子姫殿はなんと?」


「対として、役目を果たしてくれればいいって」


「そうですか。賢明ですね。それで心的外傷のことは話されましたか」


「うん、その答えが、無理して交わろうとしなくていいって」


 奏司は持ち帰った戦装束を沐浴場に置いてくると、ベッドに倒れこんだ。御子姫との戦での対は過重労働だった。


「俺、あらためて思ったよ。御子姫のこと、大好きだ。大切に思ってる」


 奏司は眴に向かって両腕を伸ばした。


「けどさ、もっと特別なんだ。眴は」


「お疲れでしょう。ここにいますから、少し眠って下さい」


「思い出した、アカメのこと。御子姫が、アカメの大きいのが戦を終えると、しんがりの船についてきたって。まるで様子を伺ってるようだって」


 詳細を聞こうと奏司の方を見ると、もうすでに眠りに落ちていた。

 初戦でよほど疲れたのだろう、奏司は昼前まで眠って起きなかった。


 奏司は目を覚ますと、隣に眴がいてくれたことが嬉しかった。

 御子姫と最初からやり直す。奏司には何をどうしたらいいのか、想像がつかなかった。


「今、何時かな」


「お祝いは夕方ですので、まだゆっくりお休みいただけますよ」


「そう、疲れたよ。御子姫、力、ハンパねえし。それに、アカメ。少しデカいだけでも澱にいるから、まるで結界張ってるようでめっちゃムズイ」


「あとで詳しく聞かせて下さい」


 眴は奏司に口づけながら、御子姫の禊の力に感心していた。しかし、何か違和感が拭えない。


「ねえ、穢と(モドキ)はどう違うの」


「そうですねえ。擬は体に巣食った(よど)のようなもので、穢そのものではないのですが気を枯らしていきます」


「気枯れが起きると、どうなるの。眴は前に言ったよね、乗っ取られるって」


「そうですね。擬が気枯れを起こさせ、穢となり魂を食い荒らします。そして最後には、人そのものを穢にします」


「もしも、実際に食われたら?」


「触れたところから気が枯れて腐っていきます。祓い清めて気を送り込めば、気枯れを止められますが、腐った部分は元には戻りません」


 奏司は眴の首元に手を伸ばすとキスをせがんだ。


「眴の気を分けて、戦で疲れた俺に」


「嫌です、全部吸い取られそうで」


 ふざけながら抱き合っていると、あっという間に時は過ぎていった。


 その間、眴は穢と擬の話をしながらふと思い至った考えを、自分の中で打ち消そうとしていた。

 まさか奏司の魂に穢の蝕が残っていたら。奏司の中には擬も穢も巣食っている気配はなかった。


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