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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太


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鬼か蛇か(一)

 戦から戻り(みそぎ)を済ませた奨弥は、御子姫の部屋でひざ枕でくつろいでいた。

 奨弥を見下ろす御子姫だが、奨弥と目が会うたびにほんのりと頬を赤く染めていた。

 奨弥が寝返って、顔が御子姫の方を向く。


「あ……っ」


 囁くような声が漏れる。

 見れば、奨弥が悪戯(いたずら)ぽく笑い、顔を埋めてくる。

 御子姫はよけいに頰を紅潮(こうちょう)させながらも、やさしくほころぶような笑顔を向けていた。


 幾度となく戦に出るたび、奨弥に禊を施すため奨弥を受け入れる。夫婦(めおと)となった(つい)の禊では、より良く、(ケガレ)に受けた傷などを癒し祓うため、互いに気を通わせることが当たり前だった。


 そうして、御子姫を可愛く想う心が芽生えた奨弥は、(まゆ)を抱くようにやさしく扱った。御子姫と寄り添う時間が、禊よりも何よりも癒しとなった。


 ──まだ幼さが残る少女が不思議な……。


 頭の先から爪先まで、すべてを包みこむように、安らぎを与えてくれる。

 顔を埋めながら、いったいどちらが子供かわからんなと、奨弥は思った。こうしてやさしく髪を撫でられているだけで。


「奨弥……」


 起き上がった奨弥は、御子姫の唇へそっと触れるように口づけた。


「あ……御簾(みす)……」


 奨弥は御簾を下ろすと、今一度、御子姫に言葉の代わりに静かに触れた。


 真っ黒な艶やかな黒髪に、切りそろえられた前髪から覗く黒い大きな瞳は、奨弥をうるうると見つめていた。奨弥の胸元にもたれかかり、かすかに開く口元は桃のように色づいていた。


 黒髪と、桃の香が芳しい。

 可愛らしい、鈴のような、小さな声がやわい唇から溢れてくる。


 今までの女達と比べることなど、もはや意味がない。

 年など、もう意味を成さなかった。


「姫、愛している」


 奨弥は初めて、執着心を抱いた。


「私も、誰にも盗られたくありません」


 その言葉は、願いなどではなく、すでに決まったことのように静かだった。

 それは、覆ることのない前提のように。


 御簾(みす)が降りている間は、誰も近づくことはできなかった。

 しばらくして、二人は身支度を整えると御簾を上げ、奨弥は自分の務めがあるので御子姫の元を後にした。


 それを待ち構えていたように、頭領代理が部屋へ入ってきた。

 御子姫はその表情を見ただけで、また何か面倒事が起きたと悟った。


「おまえがそういう顔をする時は、本当に嫌なことしか思い浮かばぬ」


 その時浮かんだのは、間違いなく洋巳(ひろみ)だった。

 御子姫は聞く前から眉をしかめた。


「申し訳ございません。洋巳ですが、月のものが来ないと言ってきました」


「そんなもの、あのようなことがあれば当然じゃ。私に報告せずとも、ホオズキで良かろう」


 ホオズキは根に毒があるが薬にもなった。子宮を収縮させる効果もあったため、昔はよく堕胎薬として用いられることがあった。


「ところが、腹の子は奨弥殿の子だと言って、言うことを聞きません」


 そう聞いた途端、御子姫は代理を凄い形相で(にら)みつけた。

 これ以上不快なことはない。本当に忌々しい。


「分家筋などを、仮初めでも奨弥殿の対になど据えるからこういうことになるのじゃ!」


 珍しく、御子姫が声を荒げた。


「連れてまいれ」


 御子姫は厳しい口調で言い放った。


「ホオズキも用意して持って来させよ」


 響家では、子が宿ることは喜びでもあり、同時に慎重に扱われる出来事でもある。とりわけ、戦人の血を引く子は。


 どのような力を持って生まれるか、それは誰にも分からない。

 響家の女が身ごもるということは、家に新しい命が加わるというだけではない。

 その子が祝われるものか、秘されるものかで、家の空気は大きく変わる。


 昔から、この一族には望まれず生まれた異形の子らには、ひそやかな扱いが決まっていた。

 御子姫は幼い頃から、その扱いを嫌というほど見せられてきた。


 洋巳は代理と数人の女達に囲まれるように連れてこられた。皆、奥を任される者達で、洋巳の件は知っていた。

 洋巳は御子姫の前に座らされると、後ろを囲まれた。


 洋巳は御子姫の方を向いていたが、御簾の方からかすかに奨弥の匂いがすると、一瞬にして顔つきが変わった。

 御子姫にこんな目つきをして顔を合わせる者などいなかった。


 御子姫は洋巳と目が合うと、逆ではないかと思った。

 他人(ひと)の夫に懸想(けそう)して。


 目の前の人の姿は己の鏡、そう教えられた。こういう時こそ、相手に引きずられぬよう平静を保たねば。


「洋巳、腹の子を産むことは許されぬ。奨弥殿の子だという妄言も認めぬ」


 洋巳は開き直って、不敵な笑みさえ浮かべた。


 堕胎などさせるものか、絶対に産んでみせる。洋巳にはもう現実と妄執の区別がつかなかった。


 その姿に、御子姫はゾッとした。


 御子姫には、洋巳に巻きつく大トグロの影が見えた。トグロはギョロギョロと御子姫を凝視しながら、裂けた口はニヤリと笑っていた。


 ──(ケガレ)に呑み込まれよって……!


「産まれてきたらわかります。奨弥様そっくりな子が生まれましょう!」


 何をどう尋ねても、洋巳は奨弥の子だと言って譲らなかった。


 それこそ本当にそうなのだと、あの夜の事を知らなければ信じこまされそうになるほどだった。

 頑なに、洋巳の口からは奨弥のことしか出てこなかった。

 御子姫の不快に歪む顔を、洋巳は嘲笑っているように見えた。


 ──まだまだ子供ね、私の勝ちよ!


「洋巳、満足か?」


 散々、洋巳の話を聞いてから、御子姫は蔑むように洋巳を見下ろした。


「おまえがそこまで愚かだったとは。おまえの心には、奨弥殿はおらぬ。おのれの欲のみじゃ」


「何を……!! 私ほど、奨弥様のことを大切に思っている者はおりません!!」


「まだ、わからぬか。おまえが腹の子を奨弥殿の子だと言い張るほど、おまえは奨弥殿を窮地に陥れておることを」


「そんな、奨弥様を盾にして、脅すようなことを言っても無駄よ。いい加減、認めなさいよ、私と奨弥様のこと!!」


 しばらく沈黙が続いた。

 御子姫が言い返してこないのを、洋巳はとうとう言い負かしたのだと確信した。

 洋巳はこの話し合いの裏側で何が起きているか、少し冷静になれば考へ及んだだろう。


「仕方あるまい。呼んで参れ」


 洋巳は、それを聞いて、奨弥が来ると思い込んだ。


 ──奨弥様!! やっと会える!!


 心優しい奨弥ならきっと、堕胎などせず産んでも良いと言ってくれるはずだ。

 洋巳は優位に事を運べていると、御子姫と自分を比べることしか頭になかった。


 洋巳は分家筋の生まれだった。

 幼い頃から同じような年頃の他者と競い合うことで、自他共に認める自分という像を作ってきた。

 純粋に自分は何者か、ではなく、大勢の中での自分とは、どうなのかと考えて育ってきた。


 特に、初潮を迎えてからは経紋も出て、戦に出ること前提に響家本家の屋敷で集団生活をすることとなった。

 (ケガレ)を倒すための存在。生まれた時から、それが自分自身の運命だった。


 皆、同じだった。

 しかし、その中でも家柄や力の差は歴然と、集まった者達を差別化する基準としてあった。


 洋巳も当たり前のように、それを受け止めていた。

 穢との戦で役に立ち、いつかは良い人と(つい)になり互いに支え合って戦をし。そう考えていた。

 それを覆す出会いが、洋巳を変えてしまったのだった。


 一方的な片想い。それが過酷な戦いの日々の中、洋巳の開けてはならない箱を開けてしまったのだろう。


 ただ、御子姫から見れば、すべて理屈が通らぬ、独りよがりの言い分に過ぎなかった。


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