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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太


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血の契り

 先代の響家、経紋衆の頭領が、十年以上に及ぶ大戦(おおいくさ)で落命して間もなく。

 響家本家で久しぶりに姫が産まれた。

 従来のしきたりに従って、『御子姫(みこひめ)』、とだけ呼ばれることになった。


 御子姫は、産まれた時、髪は真っ白で、瞳は(あか)かった。


 白蛇のようでもあり、白兎のようでもあった。

 本来なら交わらぬはずの気配が、そこに同時にあった。


 だが、その誕生は、しばらくのあいだ伏せられた。


 大戦は、まだ終わってはいなかった。

 (ケガレ)との戦は続いていたが、その裏で、響家と奏家の力の均衡は、ゆっくりと形を変え始めていた。


 誰も口にはしなかったが、戦場で失われていくものの中には、敵だけではないものも混じっていた。



 白き髪に紅き眼。


 響家の古い記録には、これと同じ姿で産まれた姫が一度だけいる。


 もっと古い伝承では、神がこの地に降りた時の姿だとも言われていた。

 しかしその話を口にする者は、いまではほとんどいない。


 祖還(そがえり)と呼ばれたその姫は、乱世の只中で、短く燃え尽きたと伝えられている。


 吉兆であると同時に、家を揺るがす徴。

 だからこそ、御子姫の誕生は祝いであり、同時に秘すべきことでもあった。


 まして、(はら)いの力は百人力、千人力とも称されるが故。


 大事にされ奥座敷で限られた者のみの手によって、十重二十重(とえはたえ)もの扉の向こうで育つこととなる。


 唯一の例外は、異形の里で年の半分は過ごす約束。


 あれは、十二歳になる半月程前のこと。


 御子姫が初潮を迎えた。その日から縁起の良い丑の日を選び、三日三晩、赤飯や鯛など供され祝宴が開かれた。


 響家の姫にとって、初めての月のものは、ただ女になるしるしではない。


 それは経紋衆の頭領として、現世(うつしよ)常世(とこよ)の境に立つ資格を得た合図でもあった。


 血は穢れであり、同時に力の目覚めでもある。

 だから祝いは盛大で、掟はその日から一層重くのしかかった。


 もちろん、その祝宴には奏家一族も招かれた。殊に、ちょうど釣り合いの取れる力を持つ、新しい総代はよくよくもてなされた。


 その祝宴の締めくくりとして、経紋衆と輪紋衆の結びつきを固くする儀式が控えていた。


 もとは一つであった輪経紋は、長い時を経て二つに分かれた。それゆえ響と奏は、対であってはじめて完全な術を成す。

 血の契りは夫婦になるためのものではない。穢と戦うため、命を預け合うための誓いだった。


 御子姫は、十二歳を迎えて間もない。歳は関係ない。しきたりであり、動かせぬ掟でもあった。



 宴もたけなわ、奥座敷から御子姫が姿を現した。すでに裳着(もぎ)を終えた姫は、白の小袖に()(はかま)だった。

 髪の色も、瞳の色も黒く変わっていた。


 奏家総代、(かなで)奨弥(しょうや)はこの時、二十八歳であった。


 ──なんだ、まだ子供だろう!?


 (いにしえ)からのしきたりとはいえ、どうしたものか。

 しかも、自分の一挙手一投足、すべて両家より集まった者達に見定められている。奨弥はわかりきっていたこととはいえ、居心地は良くなかった。


 すると、御子姫は儀式の準備があるからと早々に席を立っていった。御子姫には表情がないのか、それとも緊張しているからなのか。

 奨弥には目もくれず去っていったことに、奨弥はやれやれと、余計に気が重くなった。


 奨弥の元には、儀式に臨むにあたり食さねばならないという、特別な膳が運ばれてきた。


 膳は、すべて赤い椀。

 少しずつだが、何が盛られているのかわからない。

 どうやら、全部食べ終わったら響家の者が案内するという手順のようだ。


 見計らったように、声をかけられる。

 奨弥が席を立つと、続いていた宴の賑わいが一瞬途切れた。


 なんとも言えない雰囲気が漂う中、宴は続けられていった。

 別室に通されると、奨弥はそこで白さらしの夜着に着替えさせられた。


 白木の廊下に、白木の格子戸、渡り廊下の向こうに、同じように白木で作られた離れがあった。

 離れには窓一つなく、引き戸があり、紐を引くと鈴が鳴った。


 中から戸が開けられる。

 白さらしの夜着の御子姫が出迎える。

 案内の者は下がっていった。


 部屋の広さは十二畳程か、部屋の隅に燭台(しょくだい)蝋燭(ろうそく)の灯り。

 引き戸は、奨弥が中に入ると御子姫が内側から鍵をかけた。


 初夜の床入(とこい)り、とは言え、奇妙な。

 敷き布団に白さらし、かけ布団などはない。


 ──そうか、儀式のためだけ、ということか。


 香が焚かれているようで、少し頭がクラクラしてきた。

 さすがに、布団を見た瞬間、奨弥は緊張してきた。それ以上に、十二にしては妖艶(ようえん)にさえ見える御子姫に、先ほどまでの心持ちなど消えてしまいそうだった。


 御子姫に手を引かれ、布団に招かれ仰向けになると、食した膳が効いているのだろう。

 

 御子姫は重々、儀式の手はずを仕込まれている様子だった。

 御子姫は、自分なりに頭ではわかってはいた。


 ──ああ、こういうことか、血の契りということは……。


 経験してみて初めて、事の重さを痛感する。

 まだ幼さの残る顔が、さすがに苦痛に(ゆが)む。

 その顔さえ、奨弥には、揺らぐ火の灯りに美しく思える。いくら食した膳や香の影響もあるとはいえ、この感覚はなんだろう。


「は、あぁ……」


 ため息ともなんとも言えぬ声を漏らすと、御子姫はキュッと唇を噛みしめた。その様子を見た瞬間、奨弥の理性は崩れていった。


 御子姫は声一つあげず、奨弥を見つめた。


 奨弥は驚いた。

 瞬間。

 真っ黒だったはずの髪は真っ白になり、瞳は真っ赤になる。


 そして、全身に経紋が煌煌(こうこう)と浮かび上がる。

 経紋衆の中でも経紋の出方には個人差があった。

 御子姫は、本当に鮮やかに、全身に細やかにビッシリと浮かび上がっていた。そのため、全身が光り輝いて見えた。


 見事、としか言いようがなかった。


 ──これが、噂の御子姫か。


 血の契りをしたことで、より一層、御子姫の力が伝わってくる。

 奨弥は背筋が凍るようだった。

 果たして、自分は釣り合うのか。


 御子姫は離れる前にもう一度、奨弥を上から見つめた。


 ──この男が、生涯の(つい)


 御子姫は、運命の相手を前にどうしてよいのかわからなかった。そこまでは、誰も教えてはくれなかった。

 ただ、大切にしなければいけない。そう漠然と思っていた。


 奨弥にしては、到底抗うことのできない力がのしかかる。


 すると、突然、御子姫は(ケガレ)を祓う(みそぎ)の儀を始めた。


 確かに、前々日、出航し(ケガレ)との戦となった。昨今、穢は数も多ければ、特殊な物も出没するようになっていた。

 それだけ、現世には、穢を招くものが多くなったということか。


 禊を始めると、御子姫の髪は宙を舞い、奨弥の 全身をなぞるように巡っていった。

 先程までの体の重さや(しび)れなど、穢から受けた些細な傷の痛みさえも、ことごとく消え去っていく。


 ──なんと、見事な! これほどとは……。


 御子姫の(つい)にと響家奏家両家で取り決められたのは十六の時だった。それから二年後に初戦(はついくさ)に出てからずっと、奨弥は戦に出た後の禊は己自身で行なっていた。

 戦に出れば、仮の(つい)となる相手は都度毎(つどごと)、選んでいた。


 対として『血の契り』を交わすということは、婚姻を結ぶのと同じであった。


 輪紋衆には経紋衆から受ける禊の儀こそが、最も効果的に穢によって受けた傷を癒すことができた。


 奨弥は、御子姫の力に気圧(けお)されてしまっていた。 それでも、やさしく禊を行う御子姫の髪の感触に、小さな手や細い指先から伝わってくる感覚に、次第に落ちていくのがわかった。


「ありがとう。これほど素晴らしいとは……御子姫殿は」


殿(どの)は要りません。契りを交わしたので」


「そうか、なんと呼ぼうな?」


 奨弥はやさしく御子姫に触れた。


 布団も夜着も白さらし。

 血の契りを成したことは、一目瞭然だった。


 御子姫が部屋の中から戸を開け鈴が鳴らされる。数名の響家の者達が儀式の成立を確認した。

 御子姫と奨弥は湯浴みの準備が整えられていた。

 奨弥は促されるまま、先に離れを後にした。


 奨弥を見送った御子姫は、渡り廊下の途中で最後にもう一度離れを振り返った。


 そして、下がっていった奨弥の背中へ向かい言葉をかけた。

 辺りにいる者にまで聞こえる程、凛とした声だった。


「明日から、よろしく頼みます。奨弥殿!」


 そう言うと、御子姫もまたお世話の者たちに連れられ去っていった。


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