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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太


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異形衆の里

 里は戦人、経紋衆、輪紋衆、異形衆とに分かれていた。

 その中でも異形衆の里だけは、最初から別の空気をまとっていた。


 ここには、異形として生まれ落ちた者が集められていた。

 里を開いたのは、不死人(ふしと)と呼ばれた異形衆だと伝えられている。


 遥か昔、輪経紋衆が暮らしていた里では、異形として生まれた赤児を葦舟に乗せ、湖へ流す風習があった。それは湖から上がってくる、ケガレというバケモノを鎮めるための贄であった。


 そこへ、流したはずの葦舟に乗り真白神が対岸から渡ってきた。真白神は元々山に暮らしていた輪経紋衆にとっての神でもあった。


 真白神が現れ、湖へ贄を流すことは禁じられた。

 そして、真白神の命を受け、不死人は異形衆の里を開いた。



 異形衆の里──異形の里では、異形として生を受け、異形の力、異能を持った者たちが暮らしていた。

 それぞれに家を持ち、対を成した者たちは夫婦(めおと)として普通に生活していた。

 姿形が多少特異な者もいたが、概ね普通の人と変わらぬ様相であった。


 ただ、ひとつ違うといえば、幼子が見当たらないところくらいであろうか。


 異形の子は育ちにくかった。多くは幼くして生涯を閉じた。成人を迎える者は少なかったが、一度生きれば寿命は普通の人より長かった。


 御子姫にとって異形の里は、もう一つの奥座敷、隠れ家でもあった。

 御子姫が生まれた時、異形の里から長が呼ばれた。


 真白の姫──祖還(そがえり)を果たし、真白神と瓜二つの姿で生まれた姫御子


 その赤児は、はるかな昔に一度だけ生まれたことがあった。異形の里の長は、その姫を知るただ一人の生き証人だった。


 里長は、祖還の姫がふたたび生まれることを知っていた。


 御子姫が生まれた日、里長は呼ばれることをあらかじめ知っていたかのようにやってきた。


「この姫は、力の扱いを知らぬ。どうする、このままここで育てるか」


 生まれて間もなく、己が保身のため母を知らずに殺めてしまった赤児を、響家の頭領は異形の里の長に引き渡した。

 赤児は、御子姫と呼ばれることとなった。


 御子姫は、二歳の誕生日を迎えるまで異形の里で育てられた。その後は、半年ごとに響家本家で頭領の元と異形の里を行ったり来たりした。

 御子姫は、里の誰にとっても唯一無二の存在となった。


 ただ、育てるのは大変なことであった。

 異能の力の抑制ができない赤児は、厄介以外の何者でもなかった。


 里長は手慣れた様子で、赤児の癇癪をあしらっていた。

 御子姫の成長は、他の異形衆の子らとは違い、いつまでたっても手足を動かすことはなかった。代わりに髪を一気に伸ばし、感情の赴くままに周囲に向けていた。


 一歳を過ぎた頃あたりから、ゆっくりと手足を動かし始め、そこからは普通の赤児のように成長し始めた。それは、逆に言えば、御子姫が力の制御を身につけた証でもあった。


「本当に、よく似ておいでだ」


 響家の姫として、本家本筋の血の具現者として、御子姫は育てられた。その唯一の自分らしさを出せる場所が異形の里だった。

 里の皆は、御子姫に自慢の異能を披露して楽しませた。

 それは決して戦をするためのものではなく、ただ生まれつき備わっただけのものだった。


 御子姫は、異能を忌むべきものとしてではなく、慈しむべきものとして受け取って育っていく。


 それこそが、長の願いであり、狙いでもあった。



 ある日、里長は珍しく御子姫を座敷に呼んだ。


「今日はとっておきの昔語りを進ぜましょう」


 美味しいカステラとお茶を飲みながら、御子姫は里長の話を聞き入っていた。

 それは、己とよく似た姫の物語であった。


「その姫様は、私にそっくりだったのか! おもしろいこともあるのじゃな」


「そうですな、見た目は瓜二つでした」


「名はなんというのじゃ」


真代(ましよ)殿……白妙の姫」


白妙(しろたえ)の姫?」


「はい、白妙の姫と呼ばれておりました」


 真白の神によく似た姫は、名を真代と付けられた。

 その姫は異形衆の里で、ひそかに育てられた。


 歳を重ねるごとに、異能の使い方を覚え、髪も美しい濡羽色となった。伏目がちな目元は、まつ毛がひときわ美しかった。


「それは大層、美しゅうございました。御子姫殿のように」


 経紋衆頭領となった響家の姫は、輪紋衆総代となった奏家の若と妻わせられた。

 それもまた運命(さだめ)であった。


 そしてその後、白妙の姫と呼ばれるようになり、美しさは都にまで知れ渡っていく。


 だが、物語が進むにつれ御子姫は、時には憤り怒りの表情を見せ始めた。


 物語は、遠い昔、世は戦国時代末期のこと。

 輪経紋衆の力は、情報として、戦略として、何より目前の力への干渉として利用された。


 構造は今も昔も大差はない。

 姫は表の顔として差し出された。裏の顔は残った。

 響家は忘れてはいない。奏家の裏切りを。しかし、語り継がれることはなかった。


「そして、その白妙の姫はどうしたのじゃ。なぜ、逃げなんだのじゃ」


 里長は、すぐには答えなかった。

 指先で茶碗の縁をなぞりながら、わずかに目を伏せる。


「逃げれば……」


 まざまざと蘇る。


「真代殿!」


「不死人、もうよい……」


 炎の記憶と後悔と。


 里長は、ぽつりと、独り言のように言った。


「ですが、あの御方は」


 言いかけて、口を閉じた。

 しばしの沈黙ののち、かすかに笑う。


「そうですな。なぜでしょうな」


 里長は、はるか遠くを見ているようで、今しがた起きたことを見るような目をしていた。

 夏の陣で、炎の落城とともにやっと花開いた命を落とした。


「御子姫殿は、常世の大河がいつからあるのか、ご存知ですかな」


「いや、知らぬ。長殿は、知っておるのか?」


「そうですな。あれは、長きに渡る戦乱の世がやっと、本当に終わりを迎えた頃のことでした。気がつけば、大海(おおうみ)にぽっかり穴が開いたように現れたのです」


 常世の大河の出自を知る者はいない。ただ一人を除いては。

 なぜ、常世の大河が現れたのかはわからない。だが、現れた先は、輪経紋衆が暮らす里の近く、大海と呼ばれる湖の沖合だった。


 時の権力者である将軍は、輪経紋衆にその力でもって鎮めよと命じた。戦乱の世には、良くも悪しくも、輪経紋衆の力は目をつけられ、あらゆる方向で利用された。

 それが巡り巡って、常世の大河の(ケガレ)と対峙させられることとなった。


 それ以来、世の中がいくら変わろうとも、輪経紋衆にとって常世の大河は戦さ場であり続けた。


「御子姫殿、輪経紋衆が今の形に整ったのは、まだほんのこの百年ほどのことです。それさえも、まだ落ち着かぬ」


「うむ、その話は祖母(ばば)様から聞いておる」


「輪経紋衆は、穢れを招き、穢れを祓う者たちです。それは古からの時が示しております」


「そうか……長殿、今日はよい話を聞かせてもらった」


「御子姫殿の成人のお祝いにございます」


「気が早いのう」


 その数日後、御子姫に月のものが来た。それからは成人の儀が、しきたりに則り有無を言わせぬ段取りで進んでいった。

 御子姫は大人になった。ちょうど、白妙の姫のように。


 一族は祖還の姫を頭領に迎えた。新たな一族の歴史を刻む、門出の言祝(ことほ)ぎの儀を迎えていた。

 その頃、異形の里では里長が先見の眼を持つ者から話を聞いていた。


「そうか、今宵、種が蒔かれるか」


 呪言(ことほぎ)の日、異形の里は静かだった。


「異形衆の里は、いつでも御子姫殿をお待ちしております」


 御子姫が里を去る際に、里長はいつものようにそう言った。


 言祝ぎは、呪言に通じる。


 しきたりの果てに、運命(さだめ)だと言い残して消えた姫がいたという。


 それでも一族は、対を成し、穢を祓い続けるほかなかった。

 それが、逃れようのない形だった。


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