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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太
第一章 鬼が生まれし時

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鬼の子

 御子姫は赤児を代理に抱かせ、両手で赤児の口を開け、歯が生えているか確かめた。


 ──あっ、ぃつぅ……!


 赤児の歯で、御子姫は指を切った。赤児はその指先に吸いついた。


「おやめ、あとでのぅ……」


 赤児が生まれて真っ先に口にしたのは、御子姫の血であった。

 やさしく赤児の舌を撫でると、赤児は吸いつくのをやめ口を開けた。指を抜くと赤児は口を閉じ、泣き声を上げることはなかった。

 産婆は青ざめたまま、後産の始末をしていた。


「赤ちゃん……は?」


 赤児の泣き声が聞こえない。疲れ切ってかすれた声で洋巳が聞いた。

 産湯を使わすのを代理に任せ、御子姫は洋巳の元へ戻った。


「今、産湯できれいにしておるから、安心して待っておれ」


 そう聞くと、洋巳は意識を失った。長く苦しいお産だった。


 御子姫は、足早に去ろうとする産婆を呼び止めた。


「このこと、他言無用じゃ。決して誰にも言うでないぞ。もしも漏らしたら、容赦せぬ、よいな」


 ことさら厳しく、御子姫は産婆に口止めをした。


「姫様、これをご覧下さい」


 産湯できれいになった赤児の肌には、くっきりと輪紋が浮かび上がっていた。


「なんと、輪紋の力を授かっておるのか……」


 御子姫は、どうしたものかと思わずため息が漏れた。


 鬼の子に輪紋。

 それも見事な紋であった。


 男児の出産であれば、響家本家の敷地内では育てられない。やはり里へ引き渡すしかないか。御子姫は悩んでいた。


「姫様、しばしこちらへ……」


 御子姫は、気を失って眠っている洋巳の元へ駆けつけた。その、そっと着物をめくられた体を見て驚いた。

 経紋がきれいさっぱり消えていた。


「なんと……力を腹の子に吸い取られたか……」


 稀に、強大な力を持つ子が産まれると、母親から経紋が消えてしまうことがある。

 まだしも難産となることが多く、産後の肥立ちが悪く命を落とすこともある。


「洋巳はこのまま動かさず、こちらで様子を見る。目が覚めたら、薬湯を飲ませて、熱が出ぬよう気をつけよ」


 御子姫は赤児を抱いたまま対屋(たいのや)を出て、母屋へ向かった。

 そこには内々に剛拳が、輪紋総代として参った奨弥と共に待っていた。


 御子姫が赤児を抱いて連れてきたので、剛拳はホッとした表情を見せた。赤児の声がいつまで経っても聞こえてこないので、剛拳は気が気ではなかった。


「よかったな、無事、産まれたようだ」


「洋巳は、どうですか!?」


「難産だったゆえ、気を失っておるが、大丈夫じゃ」


 ところが、あまり喜ばしい雰囲気が感じられず、剛拳は御子姫の顔を見つめた。御子姫は、剛拳と奨弥に赤児を見せながら注意した。


「口元へは、指を持って行かぬよう気をつけて下され」


 そうして、御子姫は赤児の頭をよくよく見せた。


「コブのように見えますが、明らかに角、角が二本生えております。歯もしっかりと生えております」


 茫然とする剛拳へ、静かに御子姫は告げた。


「異形……それも鬼の子……に、ございます」


「それで……」


 剛拳は震える声で、赤児を見つめた。


「ご安心下さい。どうもしません」


 気持ちを察した御子姫は、やさしく笑いかけた。


「異形の隠れ里へ、預けることとなります。そこで、よろしければ剛拳殿の方から、洋巳に伝えてはもらえませぬか」


 そこへ、奥から使いが来た。うっすらと意識が戻ってきた洋巳が、赤児の声がしないことを不審に思い騒ぎ始めたという。

 剛拳は、御子姫に今すぐ洋巳に会わせてもらえるよう頼んだ。


「赤児のことも、私から話します」


 奥の対(たい)からは洋巳の声と、必死になだめる女達の声がした。

 出産を終え着替えさせられ、洋巳は布団に寝かされていた。


「静かにしんちゃい」


 剛拳がやってきたのに気がつくと、洋巳は赤ちゃん、赤ちゃん……と繰り返し泣いていた。


「赤ん坊はここじゃ」


 剛拳は御子姫から赤児を渡され、洋巳に見せてやった。そして、赤児の頭をさわらせた。


「角があるのがわかるか、鬼の子じゃ」


 洋巳が赤児を抱こうとすると、剛拳は引き離した。


「なんで!? 赤ちゃん!!」


「鬼じゃけぇ、歯が生えとる。乳はあげらりゃぁせん」


 泣きじゃくる洋巳を見つめながら、剛拳はもう一つ悲しいことを告げた。


「洋巳、あんたは経紋がなくなったけぇ、もう戦わのぉていい。ぼちぼち休みんさい」


 それを聞いた洋巳は一瞬呆然としたが、体を見るなり絶叫した。


 御子姫は哀れに思え、とても見ていられなかった。剛拳から赤児を渡されると、母屋へと去っていった。


 洋巳はいつまでも、剛拳に縋りつき泣いていた。

 御子姫の破格の計らいで、剛拳はしばらく洋巳と奥の対にいた。


 洋巳は産褥熱で動けずにいた。うなされながらもずっと、赤児を求めている姿には、さすがの御子姫も心が揺らぎ続けた。


 赤児は情が移ると離れがたくなる。洋巳が寝込んでいる間に、御子姫は赤児を隠れ里へ連れていった。



 長は、御子姫の腕の中の赤児へ目をやった。


「ほう……」


 それだけ言って、手を差し出した。御子姫は黙って赤児を預ける。

 長は角の生え際を確かめ、口を開かせ、歯を見る。包(くる)みをそっとめくり、浮かび上がった輪紋をじっと眺めた。


「鬼、ですな」


 短く言い、長はしばし黙った。

 その沈黙の中で、御子姫はこの子の行く末をいくつも思い描いていた。


「長殿……この子は」


「まだ赤子だ」


 言葉を切るように、長は言った。


「鬼か蛇か、人か獣か」


 長の口からそのような言葉が出るとは、御子姫は思ってもみなかった。

 いつもの、すべてを見透かすような遠い眼差しで、長は鬼の子を見つめていた。


「そんなものは後からついてくる。生まれたばかりのものに、先に名を押しつけるでない」


 いつになく厳しい長の物言いに、御子姫は静かに頷いた。

 鬼の子の運命は始まったばかりだ。


「奏家の鬼は、昔もおった」


「……生きましたか」


「生きたのもおる。すぐ死んだのもおる」


 長は赤児の額を、指で軽くなぞった。


「だが、これは生きる。気が満ちておる。心配なかろう」


 御子姫の肩から、わずかに力が抜けた。


「角は」


「落とす。早ければ早い方がいい」


 長は赤児を返した。


「養い親は、こちらで見繕いましょう。御子姫殿は、今まで通り里へ。鬼の子の成長は早い、心してください」


 赤児を抱き直しながら、御子姫はひとつだけ問うた。


「長殿。この子は、穢を招きますか」


 長は御子姫を見た。

 その目だけが、老人のものではなかった。


「招くかもしれん。祓うかもしれん。それは誰にも決められん。決めるのは、生きた後のこと」


 御子姫は、静かに頭を下げた。



 隠れ里のもっと奥、御子姫しか知らぬ場所に造られた隠れ家。そこで鬼の子は、異形の夫婦に預けられた。

 名は、豪鬼とつけられた。しばらく山羊の乳で育てられることになった。


「ちょくちょく、様子は見にくる。よろしく頼みます」


 鬼の子とはいえ、赤児はかわいかった。

 数日面倒を見ただけで、御子姫でさえ別れがたかった。


 母親ならば、もっと辛いだろう。洋巳のことを思うと、御子姫は気鬱で仕方がなかった。


 


 異形の里から戻ってくると、洋巳が鬼の子を産んだと噂が、そこら中に広まっているようだった。


「どういうことじゃ!」


 御子姫は、出産に関わった者を集めた。その詮議は厳しく、いつもの穏やかな御子姫は消え失せ、苛烈極まりなかった。


 結局、産婆から漏れたことが明らかになった。産婆は、地下牢へ入れられた。


「容赦はせぬと言ったはず、覚悟せい」


 御子姫は刑吏が到着すると地下へ降りた。

 罰を言い渡したのち、あとは刑吏に任せ、そのまま湯屋へ向かった。


 着物も帯もなにもかも、脱ぐなり燃やせと命じると、誰も取り次がぬよう風呂へ入っていった。


 ──ああ、穢れた


 湯船に入ると、御子姫は頭の先まで湯に浸かった。


 湯船に身を沈めると、ようやく息が整った。

 祓いの力を帯びた髪で全身をなぞるたび、こびりついていた不快さが少しずつ剥がれていくようだった。


 疲れ切っていたのだと、その時になってようやく思い知る。


 ──疲れた


 裁いたのは、私。正しかったのかどうかは、まだわからない。


 御子姫はしばらく、湯のゆらぎに身を預けた。


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