意外な同行者
22.06.27修正しました。
『風の丘の迷宮』の件は進展がない。
迷宮に入ることを拒まない訓練された軍馬が迷宮島に持ち込まれたという話が数日前から噂になっていた。
『皇帝鷲』の嘴を含めた爪以外の全身の骨を僕に渡す許可が出なかったんだろうとカイルは考えた。少し残念な気もするが、それ以上に中級冒険者以上が入場条件の迷宮に挑まずに済んだことにホッとした。
スケルトン研究に使う骨も十分在庫があるので、ここ一月ほどは毎日のように通っていた冒険者ギルドにも週に一、二回顔を出す程度だ。
そんなどこか気の抜けた午後、準職員試験でお世話になったギルド職員のロレンツォさんが訪ねてきた。
「カイルくんお久しぶり。最近冒険者ギルドに顔を出す回数が減ったってエルメラさんが嘆いていたよ」
「あっ……ロレンツォさん、冒険者ギルドに顔を出さなくなったのはスケルトン製作の素材に余裕ができたからですよ、しかも最近町の近くにもはぐれゴブリンが出るので散歩感覚で素材が手に入るようになったんですよね」
はぐれゴブリン――。迷宮外、島内に湧く魔物で、本来群れを作るはずのゴブリンが単体で武器を持たずに湧くモノのことだ。比較的倒しやすくスケルトンの素材としても扱いやすい。
「キミらしい理由だな、でも今日は無理にでもキミを冒険者ギルドに連れて来てほしいとエルメラさんに頼まれているんだ。一緒に来てもらうよ」
「新しい荷運びの仕事ですかね、軍馬が島に入ってきた噂は聞いています『風の丘の迷宮』の攻略は終わったはずですよね」
そんな僕の反応にロレンツォさんは大きなため息をつく。嫌な予感……面倒ごとの気配が頭を過ぎる。
「軍馬は安くはないからな噂が広がるのも早いか、失敗したんだ……高い金を払った軍馬が全部パーだよ」
〝僕やっぱり帰ります〟そう言い反転するも、逃がすものか!と言わんばかりにロレンツォさんが僕の体をがっちり押さえつける。
「カイルくん話だけでも聞いてくれないか、同じ班のよしみじゃないか」
「中級冒険者が乗る軍馬が牽く馬車を使っても失敗したんですよね、生きている馬に比べてスケルトンの馬は遅いんです。初級冒険者の僕にどうこうできるわけないじゃないですか」
そう言いながら逃げ出そうともがくがロレンツォさんも逃がす気はないらしい、結局僕は強引に引きずられながら冒険者ギルドの個室に押し込まれてしまった。
そこには笑顔満面のエルメラさんが座っていた。思わず視線を逸らす。
「エルメラさん……どうも」
「カイルさん挨拶しながら目を逸らすのは女性に対して失礼だと思うのですが」
「すみません町の占い師からキレイな女性と目を合わせると、良くないことが起こると言われてしまったもので」
「それはデートの誘い文句と受け取ってもよろしいのでしょうか?」
そう言いながら不敵な笑みを浮かべるエルメラさんに僕は早々に白旗を上げた。
エルメラさんの話を聞きながら僕は耳を塞ぎながら〝聞こえない聞こえない聞こえない〟と連呼しながら叫びたくなった……もちろんエルメラさんが怖いので叫ぶのは妄想の中だけにする。
「あの……軍馬は全滅したんですか?」
「知っていましたか、あんなものを島外から買い入れれば噂くらい立ちますよね、私はあんな物に金を投入するなら最初からカイルさんに任せた方が良いって忠告したんですけどね、副ギルドマスターが首を縦に振らなかったんです――」
エルメラさんは『風の丘の迷宮』で起きたことを話してくれた、副ギルドマスターは四頭の軍馬を島外から取り寄せ一頭引きの二輪馬車にそれぞれ大型のクロスボウを乗せて迷宮攻略に投入した。
馬車に乗るのは元冒険者の御者一名と射手として大型のクロスボウにボルトを装填する中級冒険者が一名の計二名。軍馬は恐れることなく無事迷宮の中に入った。
そして『皇帝鷲』を発見して追いかけるように走り出す。
誰もがこの作戦は上手くいくそう思ったそうだ。次の瞬間『皇帝鷲』の鳴き声に軍馬は暴れ出し四台の馬車すべてが横転した。興奮した馬たちは普段以上の速さで走り、八人は体を地面に激しく打ち付ける。
そこに狼の魔物の群れが襲い掛かり全員死亡、馬も馬車もクロスボウもすべてを失った。そこで撤退となったそうだ。
冒険者ギルドにとっても大きな損失だろう。
「成功報酬として要望にあった『皇帝鷲』の嘴含む爪以外の全身の骨をお渡しする許可もギルドマスターからいただいております。カイルさんが成功したら副ギルドマスターは立場がないでしょうけど自業自得ですね」
そんな怖い台詞を笑顔で言いのけるエルメラさん。成功しても副ギルドマスターから僕は恨まれるんじゃないだろうか。馬車は四輪の荷馬車を選択する。大型のクロスボウも明日の朝までは馬車に設置できるそうだ。
次に僕と一緒に馬車に同乗する協力者を紹介された。
「ポルック、リュリュ、ミレー、それにロレンツォさんもですか」
思わず声が出る。『風の丘の迷宮』への入場は中級冒険者以上と決まっていたはずである。それなのになぜポルックたち三人とギルド職員であるロレンツォさんがいるんだろう、そんな疑問を見抜き僕が質問する前にエルメラさんが説明してくれた。
『風の丘の迷宮』の攻略が停滞したことで中級冒険者に多くの死傷者と負傷者が出ているんだという、そこで冒険者ギルドが許可を出した者にかぎり初級冒険者の参加も認めたそうだ。
僕的には出来れば戦いを避けたい相手なのだが、ポルックたち三人は気合十分むしろ張り切っているようにさえ見える。
冒険者というものはやはり強者との戦いを求めているのかもしれない。
三人は今回も僕の家に泊まることになった。
そこで三人がやたら張り切っている理由も分かった。いつもより報酬がいいのは当然なのだが、今回の活躍次第では中級への昇格もあると言われたそうだ。
中級冒険者といえば一流冒険者の証でもある。中級になれば依頼の種類も、挑戦できる迷宮も増える。
三人が張り切るのは無理もないだろう。