準職員としての新たな仕事
22.06.27修正しました。
物資輸送を終え、町に戻った僕はエルメラさんに報告に行った。
そこで報酬としてお金と今回使った馬車より一回り小さい、四つの車輪が付いた荷馬車を受け取る。
僕がロバの死体を探していることもエルメラさんの耳に届いていたようだ。ロバではないが魔物に襲われて死んだ二頭の馬の死体を追加報酬として受け取る。
馬の肉は食料になるが骨はゴミになることが多い、それを欲しがる僕は変わり者に映るんだろう。荷馬車を受け取った以上に骨を貰い喜ぶ僕を見て、エルメラさんは複雑な顔をしていた。
冒険者ギルドとしては、すぐに他の荷運びの仕事も頼みたかったようだが、ロバのスケルトンの骨の状態の確認が必要だという理由で断った。準職員は職員のように仕事を強制されることはなく、自分がやりたい仕事を自由に選ぶことができる。
それからの二ヶ月弱は準職員の仕事は受けず、ポルックやリュリュやミレーが受けた冒険者の仕事を程々に手伝い、スケルトンの製作と研究に没頭した。
それなりの数の依頼をこなしたことで、冒険者の位も見習い→初級に上がっていた。
冒険者ギルド――受付。
当たり前のように黒髪眼鏡の受付嬢サラサさんの列に並ぶ。(つつましく見える胸は、本人曰く貧乳ではなく美乳なんだそうだ)
「はぐれゴブリンの討伐お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
「そうだ!エルメラさんからカイルくん宛の手紙を預かっていますよ」
最近冒険者の仕事ばかりして、準職員として仕事をまったく引き受けていないことを思い出す。恐らくこれは催促の手紙だろう、その場では手紙を開かず家に戻って読むことにした。
手紙の内容はこうだ。
準職員として僕の力を借りたいと、あれから二ヶ月弱経ったいまも『風の丘の迷宮』の攻略は終わっていないという、攻略条件である『皇帝鷲』と呼ばれる魔物が倒せていないからだ。
『風の丘の迷宮』は迷宮の中でも滅多に口を開ける迷宮ではないため、その攻略法も確立されていない。
問題はどうやって『皇帝鷲』を地上に落とすかだ。『骨遣い』の僕じゃなく『魔物使い』や『竜騎士』といった空を飛ぶ魔物を使役する職技能持ちに話を持っていくべきだと思うのだが、どうしてこの仕事が僕に回ってくるのかが分からない。
結局手紙の内容だけでは理解出来ず、僕はエルメラさんと話をすることにした。
「カイルさん、手紙は読んでいただけましたか」
「はい読みました……読みました。けど、どうして僕が『風の丘の迷宮』の攻略に必要だなんて話になるんですか」
「それはですねカイルさんに運んでほしいものがあるからなんです。見てもらったほうが早そうですね」
そのままエルメラさんと、冒険者ギルドの備品庫へと向かう。
エルメラさんが僕に見せたのは、手に持って使うものではなく設置して使う大型のクロスボウだった。
本来は馬車に固定して使うものなのだが、大抵の馬は迷宮に入ることを拒む、そこで冒険者ギルドが目を付けたのが僕の動く骸骨たちだ。
僕の仕事は大型のクロスボウを馬車に乗せあらかじめロープが付いたボルトと呼ばれる専用の矢を『皇帝鷲』に撃ち込むために馬車を走らせる。
『皇帝鷲』――。ロック鳥属の次に巨大な猛禽類の魔物である。成鳥は頭の天辺から尾の先まで八メートル前後に成長する。風の魔法を自在に操り飛竜すら喰い殺す空の王者だ。
『皇帝鷲』に初級に上がりたての冒険者が挑むのは勇気を通り越して無謀な気がする。
それよりもロック鳥属は上位竜種に並ぶ伝説の化け物だから猛禽類とは別物なんだろうか……一瞬別のことに意識が移りかけた。
「エルメラさん、僕は初級冒険者なんですが……」
「知っていますよ!私は一応カイルさんの上司ですからね」
初耳である。冒険者ギルドの準職員である僕の所属はエルメラさんの部署なんだという、今回の討伐作戦には上級冒険者も複数参加するそうで『皇帝鷲』を地上に叩き落とすことが出来れば勝利は確実だそうだ。
それでも十分危険な気がするのだが。
僕は『皇帝鷲』の全身の骨が欲しいと、無茶な要求をしてみることにした。これに対してエルメラさんは難色を示す。『皇帝鷲』の爪は武器の素材としても優秀で、爪については今回の討伐に参加する冒険者限定のオークションで所持者を決めることが討伐前から決まっているそうだ。
それなら『皇帝鷲』を地上に落とすことが出来たら、爪以外の全身をくださいと新たな条件を提示。
『皇帝鷲』の嘴は硬く加工が難しいため冒険者は手を挙げないと思うのだが、エルメラさんは難しい顔をする。珍しい魔物には少なからずコレクターが存在する。買い手の目途もついているんだろう。
僕は〝爪は譲りますが嘴は譲れません〟と主張を貫く、結局エルメラさんが〝少し考えさせてください〟とこの話は物別れに終わった。
この二ヶ月弱のスケルトン研究で僕は新しい魔法を手に入れた『骸骨製作レベル一』、スケルトンの骨の一部を別の物を使い補う魔法だ。
例えば手の骨が足りないコボルトのスケルトンに、手の代わりに盾や槍の穂先を付けたり、回収した『王鷲』の骨も爪が無かったのだが、鍛冶屋に依頼して鉄の爪を作ってもらい、その爪を付けた。
『骸骨製作レベル一』はスケルトンの体を少しだけ作り変える『工作魔法』だ。
あくまで予感でしかないが、この魔法の熟練度が上がれば骨や骨格も自由自在に作り変えることが出来そうな気がするんだよね。四本腕のコボルトスケルトンなんかも作れそうだ。
朝の日課、スケルトン散歩も続いている。
嫌な臭いがしないからだろう、最近では子供たちも寄ってくるようになったし、町の人たちにも受け入れてもらった。
この町でも順調に『骸骨好き』が増えている気がする。人骨だとどうしても少し不気味に感じてしまうが、動物や魔物の骨は素材や薬にも使われることもあり、身近に感じている人が意外に多い。
そこにまた一人新たな『骸骨好き』がやって来た。
この人はお爺さんで、少し前から僕の散歩の時間に合わせて現れるようになった。
「おはようございます。今日はどんな質問があって来たんですか?」
このお爺さんは、服装からしてどこかの国のお貴族様なのだろうが、自分の正体については頑なに隠し続けている。僕としてもムリに聞こうとは思わない。
「今日は何を聞こうか……最近スケルトンの骨の色が変わったように見えるのだが、何をしたんだ」
「大したことじゃないんですよ。骨を頑丈にしたくて色々試しているうちにこんな色になりました」
お爺さんの国では、大切な儀式の際スケルトンの馬が牽いた馬車を使うそうだ。僕が連れている嫌な臭いのしないスケルトンを見るのは初めてだそうで、数週間前から散歩コースで僕を待ち伏せてはスケルトンの話やら日常のたわいのない話をするようになった。
「キミは研究熱心なんだな。もうひとつ聞きたいのだが、キミのようなスケルトンを作るのは難しいのだろうか」
「それほど難しくはないと思います。僕は冒険者になって不死の魔物の臭いを嫌う冒険者が多いことを知りました。そこで嫌な臭いがしない動く骸骨を作ることができれば、冒険者たちに仲間として認めてもらえるかもしれないとこのスケルトンを作ったんです。お爺さんの国がどんな国かは知りませんが、魔法使いや死霊術師の家や一門はどこもそれなりに大きかったり権力があるじゃないですか、もし国に複数の死霊術師の家があるなら競わせてみるのもいいかもしれませんよ、その儀式で馬のスケルトンを出しているのが毎年同じ家なら、努力をしなくてもどうせ仕事を頼まれるだろうとその家は慢心しちゃいますよね、競い合った方が魔法は成長すると思うんです」
「なるほど……慢心かキミの言う通りかもしれないな、そろそろ私も一度国に戻らねばならないのだが、この町に立ち寄ったらまた声をかけてもいいだろうか」
「はい、この町にいる時はこの時間にスケルトンを連れて散歩していますので、どうぞ気楽にお声かけてください」
カイルのこの一言が引き金となり、実家のエリクセン家は衰退という名の坂道を転がりはじめることになるのだが、カイル本人がそれに気付くことはなかった。