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Killing syndrome  作者: 兎鬼
2章 狼煙
9/26

始まりの始まり ②


教室に向かいながら、軽く深呼吸をして調子を整える。

手前の教室の前まで来て、鷹城に声をかけるタイミングを見計らう。残りもう数メートルというところだが、依然鷹城に気づく様子はない。

仕方ない。いきなり真後ろから話しかけて驚かれるのも嫌だし、こうなったら早めに声をかけないといけないな。


「おーい、たか……あ」


そこまで言ったところで、不可解な現象に静止させられる。

目の前でこちらに気づかず、さっきまでずっと教室を伺っていた鷹城が突然その場にしゃがみ込んだのだ。しかも加えて不可解なのはその妙な姿勢だ。左足は膝を立て、もう片方の膝は地面についている。そして両手はこれから土下座でもするかのような位置で地面に置かれている。


一体こいつは何をしているんだ?

体調が悪いわけでもなさそうだし。盗み聞きしていたことを反省してマリアがで出てき次第謝ろうとしてるのか?


いつのまにか歩くのも、他人を装うことも忘れ妙な姿勢をとる鷹城の方をじっと伺ってしまっていたが、見れば見るほど不可解。集中しすぎるあまり、廊下に入った時の注意はほぼ完全に解けてしまっていた。


そして私が注意を完全に解いた瞬間、不可解な状況は一気に解明された。

高城は地面についていた左膝を伸ばし腰をあげると前傾姿勢になった。そして、私にギリギリ聞こえるレベルで大きな2回ほど深呼吸をして呼吸を整えた。


まさか、クラウチングスタート……

でもなんでこんなタイミングで、クラウチングスタートだ?

……あ、こいつ逃げる気だ。


「ちょ、おまえ待てよ!」


気付いた時には手遅れ。私が逃げようとする鷹城を止めようと、声を発しようとした瞬間、窓より低い位置の態勢のまま鷹城は教室の横の階段に消えていった。


「誰かそこにいらっしゃるの?」


くそ、声を出したせいで真理亜にバレた。

……まさか鷹城のやつ最初からこの展開を読んでやがったのか。……いや私の考えが甘すぎたんだ。


よく考えたら盗み聞きしているやつに話しかけるなんて選択肢、はなから成立するわけがない。

こうなってしまったら後に待っているのは最悪の展開だけだ。


鷹城がいつから盗み聞きをしていたのかは知らないが、気付かれていないということは近づいた時には物音は聞かれていない。ということは、この廊下で足音をそして声を発したのは私だけ。

ということは真理亜からすれば、誰かが教室に近づいてきて、途中から教室に走って近づいてきたというところか。

鷹城のやつ、いいタイミングで来た私を利用して気付かれずに立ち去る手段を確保しやがった。


まだ私に気付いていない可能性も十分ある。だが、話していた内容が内容だけにここで逃げたら間違いなく真理亜は犯人探しをする。そうなれば間違いなく穏便には済まない。


「いるんでしょう?隠れてないで出てきなさい」


完全に積みだ。もうこうなったら真理亜を怒らせないうちに腹をくくって名乗り出る方がいいだろう。


「ん、真理亜か?私だよ、補習を受けに来たんだけど、鷹城のやつがどこに行ったか知らないか?」


ここに私がいるという状況を、真理亜がなるべく自然に受け入れやすいような言い訳をしつつ、教室の扉を開ける。


「あら……一橋さんだったの」


教室にいたのは、やはり真理亜といつもの取り巻き2人。

真理亜は名前通りの清楚で高飛車なお嬢様だ。髪の毛は背中まであるロングヘアーで、色も混じり気のない美しい黒色。髪型から服装まで今さっきスタイリストにセットしてもらったかのように完璧に決まっている。制服もスカートの隅までピシッと決まっており、汚れはおろか布のよれすら全くない。リボンなんてまるで下ろしたてのようだ。

他の2人は同じクラスで、よく見るのだが名前は知らない。真理亜が取り巻きにしているということは安倍大臣の下の議員か官僚なのだろうが、私が名前を見てピンとこなかったということはパパが意識していない小物の娘ということだ。

1人はよく見かける偉そうな女。真理亜と同じくらいの長さの髪は茶髪に染められ、軽くパーマをかけ毛先を遊ばせている。制服はきちんと着ているが、真理亜ほど整ってはいない。

もう1人は他の2人とは対照的でいつも同クラスの端で読書をしている地味な女だ。黒い髪の毛を短く整えているが、前髪の長さだけが極端に長い。大きめの丸眼鏡をかけていることと併せ、人との関わりを遮断しているかのような雰囲気を放っている。制服はマリアと同じくらいピシッと決まっているが、スカートはほとんどふくらはぎが見えないくらい不自然に長い。真理亜と偉そうな女とは性格が合わなそうだが、何故一緒にいるのだろう。


真理亜は私の問いかけに対しかろうじて返答をしたが、鷹城はどこかという質問に返答は返ってこなかった。他の2人を見ると、地味女は下を向いてスカートの上で手いじりをしながら視線を激しく右往左往させている。そして偉そうな女は真理亜と同じように堂々としようとしているようだが、顔が赤らんで、視線もこっちを見られていない。


さっき聞こえてきたとおり、私がここに来るということが可能性として低く見られていたのだろう。取り巻き2人は見るからに動揺しているし、返答をした真理亜でさえきちんとした答えが出てこなかったことから見ても、少しは動揺しているはずだ。


実は鷹城の居場所を真理亜に聞いたのは2つ意味があった。1つはどれくらい私がここに来ることを想定していたか測るためだったが、こっちはほぼ達成。さっきまで盗み聞きをされていた男の所在を真理亜が知るはずがない。そうなると答えは職員室ではないかとか、知らないわとかになるはずだ。平然と答えるようならば、準備が十分あったということだろうが、なかったということは予想外だっということだろう。


そして2つ目が、逃げの一手を打ちやすくするためだ。この質問から入れば、知っていたとしても知らなかったとしても、補習に行きたいという流れを作ることができる。

1つ目はともかく、2つ目がうまくいくなんてことは想定していなかった。だがこれだけ動揺してくれるならこんなに美味いことはない。

真理亜が動揺している、今この隙に畳み掛けて、とっととこの場を立ち去ってしまおう。


「鷹城のやつ一体どこにいるんだろうな。職員室でも行ってみるわ、じゃあな!」


帰ってこない問いかけに対し、相手が答える前に話を終わらせて立ち去るという力技。今ならまだ、真理亜サイドにも私と敵対する気は起きていないはずだし、何より真理亜にも私にもこの場で話を続けるメリットがない。


そそくさと後ろを振り返り、扉を持つ手に力を込め意識されないように、あまり激しい音を立てないギリギリの力を込め扉をしめる。

あと少し、あと少しでこの場を立ち去れる。

ここはそれで私の勝ちだ。真理亜が私から手を引こうと考えている以上、私の平穏な不良ライフが帰ってくるはずだ。


しかし、事はそんなにうまくは行かなかった。

あと数センチで扉が閉まろうというところで、後ろから声がかかる。


「……ちょっといいかしら、一橋さん」


真理亜だ。それも先ほどまでの動揺が一切感じられない、強気な声色に戻っている。

さっき聞こえた会話から推測して、確かにこの場には話していい話題はないはずだ。にもかかわらず真理亜から声がかかったという事は、自身の秘密を知られる危険を犯してでも確かめたいことがあるということ。もしくは、単純に気が変わったか。私は真理亜に嫌われているし、どっちもなくはない。

内容にもよるが、慎重に言葉を選ばなければまずいだろう。


「ん?どうした真理亜」


「聞き流していたけど、あなたに呼び捨てされる覚えはないわ。……それであなた、本当はここに何をしに来たの?」


「え?あ、あぁ……」


ド級のヘビーなパンチを顔に食らったような間抜けな顔をしていたに違いない。ハッとなってなんとか表情は元に戻したが頭は以前真っ白なまま。真理亜の真意が全くわからない。真理亜の問いは秘密を知られるリスクどころの話ではない。あえて秘密に触れる部分から攻めてきやがった。


補習を受けにきたんじゃないんでしょ?と言っているのは間違いない。だが勘違いとはいえ、さっき私に関わらないようにしようと言っていたはずだ。私が「お前の手下をシメてきたんだけど、うざいからやめてもらおうと思って相談しにきたんだー」などと言うことを望んでいるはずがない。

ならば何を言って欲しくて、何を聞きたくて、問いかけてきているんだ。

……ダメだわからない。


「お、お前だって私のこと一橋さんとかじゃなくて鏡花って呼べばいいじゃんか」


「何をしにきたのかって聞いているのよ。そんな些末なことはどうでもいいわ、鏡花ちゃん」


「き、鏡花ちゃんって幼稚園の時の呼び方なんかしなくても……」


ダメだ。どうでもいいと言いつつ、次の逃げに一手を打ってきている。加えて、敢えて小さいときに呼んでいた名前で呼んでいるのは、あなたよりもわたくしが上よと言っているのだろう。

これは完全にマウントを取られた。今までこいつと真っ向から勝負するのを避けてきたから忘れてたけど、こいつはこうなると譲らない奴だった。


幼稚園から今までずっと同じクラスで、ずっと嫌がらせをされてきた。友達というわけでは決してないが、中学の途中で私が非行に走るまで、勉強でもスポーツでも芸術でも常に1番を争ってきた。(負けたことはないけど)そんななかで、こいつが一番厄介なのが、ド級の負けず嫌いだというところだった。

どんな勝負でも順位が付くことで勝ちを譲ったことはないが、口喧嘩だけは別。こいつと真っ向からぶつかったが最後、よほどこちらに有利な状況がない限り真理亜が折れることはない。


ここで正直に話すことがいい選択肢には全く思えない。第一、ここで正直に話すにはあいつらとの約束を破らなければならない。

だがお茶を濁すにしても、補習を受けにきたというある種の本当の理由が通用しそうにない今、下手なことを言うのもかえってまずい。では、どうすればいい。


真理亜が座ったままで手下に対して手振りをすると、偉そうな女が私のところに来て私を席まで連行する。

私は自然な流れで荷物を奪われ、そのまま真理亜と向かい合う形で座らされてしまった。チラッとさっきいた方を見ると、地味女が教室の扉を閉めていた。そして2人は役目を全うすると、私の背後を固めるように両脇に立った。


完全に話さなくてはいけない雰囲気に持っていかれてしまった。しかし何を言っていいのか、真理亜が私に何を語って欲しいのかまるで見当がつかない。適当に世間話を振り何度も会話をそらそうとしたが、全く通用せず、遂には顔の前に手を出され世間話すら制止されてしまった。


「いいわ。状況がつかめていないようだから、わかりやすく説明してあげる」


「お、おう」


「わたくしはある理由であなたが目障りだったの。理由は……それは、そこまで教える義理はないわね。それにあなたが目障りなのは幼稚園の頃から変わらないことだしね」


真理亜はもったいぶるように、髪の毛をいじりながらやや下を向いたまま、話を脱線させる。


私がただ目障りだから私を目の敵にしているのかと思っていたが、違ったようだ。だとすると理由の方も気になるところだが、今はそれどころではない。

髪いじり、話している最中に下を向く。こんなことは普段の真理亜なら絶対にしない。それをあえて今していると言うことは、ここまでは前座でここからが本題なのだろう。


これで少し場面が進んで、一方的不利の状況が緩和してくれればいいが、とんでもないパンチが飛んでくるのは間違いない。

それに、真理亜が隠すことなく黒い本題を一部でも振りかざしてくるようなら私も本当のことを言わなければ勝負にならないだろうが、私が口を割るわけにはいかない。どう転んでもうまく行かなそうなこの状況に嫌気がさす。


今後の展開で不利にならないよう、出来るだけ不安を気取られないようにする。椅子に寄りかかり窓の方を見て平静を装い、興味がない雰囲気を醸し出すよう努力する。

小細工は正直真理亜には意味がないだろうが、せめて何を言われても動揺を表面に出さないよう意識を切り替える。


しかし真理亜が切り出した内容は、平静を全く保てないほどに、私の想像の遥か上空をいくものだった。


「それでね、仲良しの人たちにあなたを消すように頼んだんだけど…」


「真理亜さん?どこまで話すおつもりなんですか?」


「あなたは黙っていなさい。わたくしは今あなたとは話していないの。何も考えられないなら口を挟まないで」


真理亜が何も隠すことなく話し出すのを見て取り巻きが焦って止めに入るが、それすらも小蝿を扇で払うような態度で軽くあしらってしまった。


私が取り巻きでも恐らく止める。自分達が首謀者であることを敢えて餌にしようとするなんていくらなんでもリスクが高すぎる。こいつは一体何を考えているんだ。


「それで……あぁあなたを消してもらうように頼んだところまでだったかしら。それで貴方を消すように頼んだのはね、3つのグループで……詳しくは知らないけど、少なくとも20人は居たんじゃないかしら。それでね……」


真理亜はそこまで言うと一旦言葉を止める。そして髪の毛をいじっていた手を止め、どこを見つめるでもなく下の方に向いていた視線を私の目に戻す。


本題が来る。


「あんたを懲らしめてやろうと思って送った刺客と連絡が取れないから、てっきり踏ん反り返ってわたくしと話をつけにくると踏んでたら、あんたは何をしに来たって言ったのかしら」


「だから、補習を……」


「補習ですって!?わたくしが手配した手下が、あんたを狙わないでサボってるとでも言うつもりなの?」


さっきまでとは口調が全く違う。私が意識してタイムラグなく返した言葉も、上塗りされてしまった。

黒い腹の部分を見せ私の動揺を誘い、動揺したところに畳み掛けて雰囲気を変えて落とそうという作戦だろう。つまり、それだけの餌を撒いてでも私から聞き出したいことがあるということか。


だが、だとすればこの作戦は失敗ではないまろうか。本意はまだわからないが、おそらく私が1つグループを潰したことを聞き出したいわけではなさそうだ。しかし、そうすると私には真理亜に隠していることがない。


「失礼、少しはしたなかったわね。……それでね、あなたがわたくしの手駒を1人で懲らしめるなんて不可能でしょ?だからてっきり自分の手駒を使ってわたくしの手駒を返り討ちにしたんだと思ったのだけど」


「何のことだ。私はお前の邪魔なんかした覚えはないぞ。それに……」


「だまりなさい。だけどと言ったでしょう。早合点が過ぎるわよ」


やはりそうか。ここに来てようやく真理亜が私を引き止めた理由が見えてきた。真理亜は勘違いをしている。

おそらく真理亜はこの学園の中に目障りな動きをする何者かを感知した。それが何かは全くわからないが、昔から馬が合わない私がその何者かか、その協力者だと仮定したのだろう。そして、それがさっき教室から聞こえてきた会話の中身。


私を泳がせようとしていたにも関わらず、それを敢えてやめて引き止めたのは、私の言動から私がその邪魔者本人ではない可能性が高いと判断して、それを確かめるためと、首謀者の情報を聞き出すためか。

真理亜は頭のキレるやつと思っていたが、これ程までとは。頭が回りすぎて空まわり気味なのは玉に瑕だけど。真理亜はさっき襲ってきたやつらのことをよく知らないと言っていたが、もし真理亜が3チーム全てに直接指示を出していたらと思うと少しゾッとする。


「わたくしの手駒をこらしめたの貴方じゃないでしょ?だって貴方を待ちで見つけたと連絡が入ってから、ここにくるまでの時間でバラバラに配置させた刺客全員を始末できるはずないもの。それにもし仮に襲撃が全部バレていて、全部潰したんだとすれば、私が呼びかける前に教室に入ってきてからさっきの補習がどうのって話をして動揺を伺うはずだもの」


「あぁ、私にはお前の言ってることに微塵も心当たりがないよ」


「そうでしょうね。でもあなたを発見したグループとも連絡が取れない以上無関係ではないんでしょ?……だったら貴方は何でここにきたのかしら。わたくしが聞きたかったのはそれよ」


恐ろしい嗅覚だと思う。おそらく真理亜が私を犯人ではないと判断したのは、受け答えの中に何かを隠そうとする意思を感じ取ったからだろう。もし、あいつらを匿わずに私が真理亜と交渉をしにきたとしたら、会話は成立していなかったはずだ。

真理亜の交渉術は、私が真理亜の探す邪魔者の協力者だとしたら逃げ手を残さないやり口だし、このタイミングでやってきた私を協力者と断定して対話にあたる判断力も見事としか言いようがない。


しかし、そのやり口は全く関係のない私には通用しないまでか、私にこの対話を終わらせる材料まで与える結果になってしまった。これは真理亜のミスとも言えないくらい小さなほころびだが、真理亜は奇しくも私への脅しの中で、自分が私を襲撃した犯人ですと認めてしまった。


「その前に訂正いいか?」


「え?なにかしら?」


真理亜はまだ私が邪魔者の関係者だと思っている。そして今まで私はそれをただ認めないことしかできなかったが、真理亜が認めてくれたのならやっと話ができる。

匿うと約束してしまったアイツらの証言がなくても同じ攻め口で戦えるのだから。


というか何より私は自分が邪魔者でもその関係者でもないということを知っている。ならここからは、その勘違いを正してしまえばあとは生きて帰るだけ。これ以上に聞きたいことなど何もないし、あとは出たとこ勝負でいけるだろう。緊張が急に解けたことでへんな事を口走らないようにだけは注意しなければならない。


「お前がさっき言ってた、私を発見したグループってやつなぁ、潰したのは私だよ」


「え!?」


まず真理亜が知らない情報を口火に話を始める。ここでどれくらい動揺させ真理亜のペースを乱せるかが大切だが、これは上々なようだ。

私が話し終わった瞬間、3人とも驚いて一瞬固まってしまった。この様子ならば他を責めるより、この勘違いを使って様子を見てみよう。


「お前が教えてくれなかったら私を襲ってた奴らの正体はわかってなかったんだ。でも心当たりくらいはあったけど、まさか本当にお前だったんだな」


「な、な……」


「言わねえのか、さっきみたいに何しにきたのかって。それが聞きたかったんだろ」


真理亜は自分の犯したミスに、冷静さを失いあたふたしている。

そこに敢えて真理亜の動揺を誘うような煽りを入れた。実際、早まった判断だったとは言え、真理亜はあの状況で出来るベストを尽くしていたのだから、ちょっと罪悪感を感じる。


「あなた一体何を考えているの?あなた心当たりがないって言っておきながら刺客を始末してるじゃない。あなたが邪魔者?……でも同行が一致しないし」


「違うよ。チームを潰したのは私じゃないってところを否定したんだ。だから私はお前の探しているやつとは無関係だ。お前の刺客は、襲いかかってきたから始末しただけ」


「じゃあ本当に補習を受けにいらしたって言うの?……」


「それも事実だ。でもお前とも話をしようと思ってたけどな。私を襲わせるの邪魔だからやめてくれないかなって話」


自分が考えていたことが外れて、今度は真理亜の方が考えがまとまらず固まってしまっている。少し可愛そうな気もするが、私の平穏な生活のためにはきちんと話をするしかない。


「真理亜、お前が私に小さい頃からずっとしてる小さい嫌がらせなんか気にしたこともない。これからだって気にも留めない。だって私は負けないから」


「立場が違うとおっしゃりたいのね」


あえて遠回しな表現を使ったつもりだが、お見通しだったようだ。わかってくれているなら説明をしなくて済む。


「そうだ。立場が違うんだから勝ち負けなんてもう競えやしないんだ。こんなくだらないことは、お互いもうやめよう。安倍真理亜はそんなに器の小さい女じゃないだろ?」


「あなたは……いつも、いつもそうやって……」


真理亜は机の下で拳を握り、唇を噛み締めて必死に怒りをこらえている。全身が怒りに震え今にも爆発しそうだが、すんでのところで抑えているのか、怒鳴りだす気配はない。

それから10秒ほどして、真理亜はポケットから出したハンカチで目頭のあたりを拭き私の方を見上げた。そこにはもう怒りはなく、私をはじめに呼び止めた時の顔に戻っていた。


「いいわ。あなたのことなんてもう放っておいてあげる。2度と私の前に現れないでちょうだい。ろくでなしのあなたの居場所なんてもう此処にはないわ」


「あぁ、ありがとな」


席を立ち真理亜の手下から荷物を受け取り、教室を出る。

そこでふと考えてしまった。


そういえば、何故鷹城は逃げたのだろうか。


普段なら思い当たらなかったかも知れない。だが真理亜との対話が決着し良くも悪くも決着しホッとしてしまった為に考えてしまったのだろう。

もう真理亜と話す機会はないかも知れないし、思い当たったのに言わないで後悔したくない。真剣に考える体力は残されていないので、1番に思い当たった考えを何の確証もなく伝えることにする。


今しがた出たばかりの教室を振り返り、中の真理亜に向けて伝えるべきことだけを伝える。


「お前の探している邪魔者って鷹城じゃないか?ここに入る前、あいつ教室の前にいたぞ?」


返事は返ってこない。バカな事を言ったのはわかっている。今日学校に来ていなかった私ならまだしも、ずっと学校にいた鷹城が教室の前にいてそこまで不自然なはずはない。そう言う意味の沈黙だろう。


真理亜の表情を伺わず、今度は急いで教室を出る。そしてそのまま教室の脇の階段を降り学校を後にした。

伝えることは伝えたし、私がしたかった話はできたはずだ。それに私にとって真理亜は友達ではないし、やかましいやつだった。だけど何故かとても補習なんて気分ではない。


真理亜は最期の言葉に静かな怒りを据えていた。まるで直接「失望したわ」といわれたような気分だ。普段なら気にも留めないが、何故か今回は応えた。

私の煽りに、真理亜は激昂するだろうと思っていた。しかしあの時ぐっと堪えた感情は怒りではなかったように思う。


なんか今日1日で色々あったな。

失くしたものの大きさを噛み締め、得体の知れない気持ちが押し寄せてくるのを感じた。


考えながら歩いているうちに気づいたら玄関まで帰ってきていた。誰かに声をかける気にはなれず、自室に向かいベッドに倒れこんでそのまま意識をなくした。


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