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Killing syndrome  作者: 兎鬼
2章 狼煙
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始まりの終わり


9月12日(木)13時30分


午前中でテストが終わり、お友達からの定時の連絡を待っている。しかし舞い込んだのは悪い報せ。


わたくしの仇敵一橋鏡花を消すために、派遣した3つのグループから連絡がないとのこと。

どのグループも裏でわたくしがお薬を横流ししているお友達の下請けだから裏切るはずはない。とするならば、消されたか。

何はともあれ、安心していられる状況ではないということだ。


少し前から、わたくしの仕切る取り引きが邪魔されたり、顧客リストが入ったPCをハッキングされたりと、わたくしを邪魔する動きが確認されている。


普段わたくしの取り引きのデータが入ったノートPCはオフラインになっていてインターネット回線には決して繋がない。そして外に持ち出すときには必ずカバンに入れ保管している。

まぁつまり、わたくしのPCに触れられるとしたら長年我が家系に支えてきた執事やメイドたちか、この学校の関係者ということになる。そうなれば可能性が高いのはもちろん学校関係者ということになるんでしょうけど、正直それもあり得ない気がしてならない。


というのも地域に貢献してクリーンでゴージャスなイメージのあるこの学園だが、その実、黒いヘドロを内に抱え込んでいるのだ。このゴージャスな経営が学費だけで賄えているかというと、それはノー。もちろん海外への修学旅行や、豊富な教材、体育館などの建て替えなどの所謂ふつうの学校業務だけなら、学費だけでまかなえる。ではどこにお金がかかっているかというと、学園内の調度品の度重なる買い替えと煌びやかで絢爛豪華な校舎の月一回の修繕だ。


昔は貿易業を兼業していた創始者が経営していたそうだが、学園だけの経営になっても学園長一族が当時の生活から抜け出せないでいる。まったく間抜けな話だと思うけど。


そこで学園はお父様多額の寄付と、わたくしのお仕事で得られる資金を基盤に存続する戦略をとったというわけだ。もちろんお薬の横流しなんてわたくしが考えて始めた仕事ではない。お父様の上からおりてきた仕事らしいが、それが余計に学園長ならびに学園関係者を縮み上がらせるようで今ではこの学園はわたくしの思い通りになってしまっている。

ちなみに学園の学生たちにも反発する動きはあったが、その方たちは資金と薬をうまく使ってわたくしの依存者にしてしまった。わたくしを告発しようとすれば、告発した自分も一緒に吊るし上げられてしまう仕組みというわけだ。これは学園長の発案だけど。


ボランティアなどのいい評判はあっても、資金もトップも汚濁されきっているのだからろくな学園ではない。仕切っているわたくしが言うのもなんだけど。


というわけでこの学園関係者がわたくしの邪魔をするということは可能性としてもあまり考えられないのだ。


「英玲奈さん、本当に連絡がないのね?もちろん、こちらからの連絡はもうしたのよね?」


「はい。真理亜さんに言われた通り、定時を30分過ぎたタイミングでメッセージを送りました。その後は先ほど1時間過ぎましたので電話もしておりますわ」


「そちらの対応は滞りないわけね。……文香さんも守衛に当たってくれたかしら?」


「は、はい。先ほど確認しましたら、校門の前のグループは、じ、12時前には引き上げていったそうです……」


「そちらも手がかりなしね」


1時間ほど前に、派遣したうちの1グループから一橋鏡花発見の報せが届いているのに、今何処とも連絡が取れない。予想外だけど、こうなってしまった以上、以前から疑っていた一橋が邪魔者という線が濃厚になってくるわね。判断するには少し早すぎるけれど。


それにしても同じクラスからお父様の息がかかった家柄の2人をねじ込んで、協力してもらっているけど、正直手足としては心もとない。わたくしの身元が割れることを避けるためのクッションとしての機能はそれなりにあるけれど、正直今確認したことくらい、頭を回して言われる前に当たって欲しい。この状況のまずさを理解しているのだろうか。

もし今疑っている線が外れていて、裏切るはずのないところから裏切り者が出てしまったら、わたくしが耕してきた畑を掘り返して裏切り者を当たらなくてはならなくなるというのに。


「真理亜さん、こうなれば一橋が裏切り者で間違いなさそうですわね」


この様子ではやはり英玲奈さんの方は、理解していないようね。英玲奈さんは行動力はあるし堂々としているけど、短慮で無駄に自信がありすぎる所が使えない。学園の不良が裏切り者の線が濃くなったなんて小学生にもわかることなのに、それを自分が今しがた閃いたように堂々と発言してくるなんて。

これなら考えすぎで発言していない文香さんの方がまだまし。まぁ文香さんは消極的すぎて行動が遅すぎることが目立つからどっちもどっちだけど。

面倒だけどわたくしが手を加えて確認するしかなさそうね。


「ええ、その可能性が濃厚でしょうね。ただ、それで決めるのは早計がすぎるわ。もしこの段階で一橋を邪魔者と決めつけて行動し始めてしまったら、そうでなかった時に対策が取れないでしょ?」


英玲奈さんは自分で発言した事を指摘された事に気付いたようで、赤くなって下を向いてしまった。

どうやら次の案は何も考えていないようね。


しかし、時間があるわけではない。2人とも何も思いつかないのであれば、わたくしが進めるだけだけど、それでは余りにも集まった意味がない。

文香さんの方に視線を送り、手のひらを文香さんに差し出し意見を促す。


「わ、わたしですか。……えっと、た、確かに、一橋が犯人と決めつけられる段階ではないかもしれないです。た、ただ、こ、この時点で、ひ、一橋さんが邪魔者という可能性が一番高いのは間違い無いので、まず、そ、そちらの対策すべきかと。……もし一橋さんが、その、邪魔者でこちらの用意したグループを、その、し、始末したとしたらこちらに向かっているでしょうし」


あら。これは予想外。2人とも何も考えていないと思っていたけれど、文香さんは違ったようね。

決めつけはできないが、まず一橋の対処をしてから次の策を講じるべきというのが、今考え得る最善策だろう。偏見かもしれないけど、文香さんは臆病な所があるから、きっと恐ろしくて最悪の状況を想定していたのかもしれないわね。


「あら、文香さん冴えてるわね。その通りよ。一橋が無事ならここに向かってくるでしょうから対処をしないといけないわね。そして、同時に来なかった場合も含めて学園内にほかの邪魔者がいた時の対処も始めた方がいいわ」


英玲奈さんの方を伺うと、ばつが悪そうにまだ下を向いていた。

いつも自分よりゆっくりな文香さんに、より優れた意見を出されれば形無しか。しかし、頭脳派と行動派では畑違いなのだから競っても仕方ない事なのだけど、コンプレックスでも抱えているのだろう。

さらに鼻を折る事になるかもしれないけど、英玲奈さんにも挽回のチャンスを与えておこう。


「下を向いている暇なんかないわよ、英玲奈さん。ここでまず私たちがしなければならない対策は何かしら」


「はい。一橋が裏切り者だったとしても、なんらかの戦力をこの学園内に持ち込むことはできませんわ。それを踏まえて私たちがやらなければならないのは、少し悔しいですがボロが出ないように口裏を合わせておくことですわ」


「エクセレント。2人とも素晴らしいわ。ふつうならそれで万事オーケーよ。でもね私は一橋が無傷でここに来る確率なんてほとんどないと思うのよ。そうでなければ割りに合わないしね」


一橋鏡花は幼稚園からずっと同じ学園内にいて1番を競う相手だった。だから目障りだったし、小さい嫌がらせをずっとしてきた。もはやライフワークみたいになってしまったから不良になった今でも嫌がらせはやめていないけど。

でも今回はいつもとは違う。気にも留めないような少し嫌な思いをする嫌がらせではなく、確実に一橋を消せる策を取った。少し残念だけど、わたくしの仕事を邪魔している可能性がある以上、大人しく舞台から降板してもらうしかない。

仲のいい方達には、生かして確保することとお願いしているから、命だけは助かるだろうけど。


「だから口裏合わせはなしにして今後の予定を立てましょう」


私の発言に、2人とも明らかに怪訝そうな顔をする。可能性が低いとはいえ、明らかにリスクがある問題を考慮しないと言ったのだからそのリアクションにも頷ける。

だがもちろん考えなしにこんな事を言ったのではない。


「真理亜さん。確率が低いということは存じておりますが、それではもしも本当に来てしまった時に取り返しがつかなくなりませんか?」


「ええそうね。口裏合わせはしないといったけれど、対策はもちろんするわ。英玲奈さん、もう少し楽にどっしりと構えなさい?言葉遊びじゃない」


「え、えぇ。ではどうされるのですか?」


ここから必要になるのは、一橋の相手にしても裏切り者探しにしても、ボロを出さず無駄のない動きを心がける事。つまり必要なのは適材適所。少し意地悪だけど、頭を使って自分で分かってもらわなければ先には進めない。


「英玲奈さん。あなた頭はついているの?それともあなたの分までわたくしに考えさせるおつもりなのかしら?」


「い、いえ、申し訳ございません」


「ま、真理亜さん。て、提案をしてもよろしいでしょうか」


「提案?何かしら」


「は、はいぃぃ」


文香さんの出方を伺っていたが、怒っているように雰囲気作りをしているせいか、発言できず固まってしまった。交渉の時に怒りを隠さないということは、敢えてなら意味のあることだけど、今回は少し失敗だったようね。


「別に怒っているわけではないのよ?言葉遊びが分かったのね?」


「は、はい……」


怒っていないと言われても信じられないだろうが、発言してもらわない事には先に進めない。

それに怒っているわたくしに話しかけるなんて普段の文香さんなら絶対にできない事だ。英玲奈さんを助けるために発言したのだろう。気持ちを汲む意味でも続けてもらわなくては。


「……真理亜さんが言ったのは、その、な、謎かけですね。口裏合わせはしないけれど、ボロが出ない方法は何でしょうかという事でしょうか」


「正解よ。それでどうすればいいと思うの?」


「……はい。こ、この中の誰かが、一橋さんと1人で話せば、口裏合わせをしなくても、ぼ、ボロは出ないかと」


やはりこの子には他人よりも考える力がある。わたくしが考えていたことと同じことを考えついた。正直ここで合格点をあげてもいいラインだ。

けど、まだ提案としては何も成立していない。中身のないこの提案ではまだ話していないの同じだ。

続きを促すため、文香さんにも目配せをして首をかしげる。


「ぐ、具体的には……た、たとえばですが、話す2人だけ机に向かい合わせで座って、ほ、ほかの2人は、に、逃げられないように後ろに立つとか……でしょうか」


「なるほど。文香さん、あなた一橋から対話を求められたら、わたくしに丸投げするつもりなのね?」


「そ、そ、そ、そ、そ、それは……お、おそ、おそそ、お、おそ……」


これはただの意地悪な質問。

文香さんの提案の通りにしようとすれば、文香さんがわたくしを立たせるはずがない。それに、対話に適任なのは昔から一橋をよく知るわたくし。

しかし、わたくしが考えたなら、わたくしが対話をするという考えは自然だが、文香さんがそれを言ってはただの押し付け。そこに理由がなくては、上を動かす理由にはならない。そこまで確認しなければ、促した意味がない。

まぁ、どうやら理由は持っていそうだけど。おそらく発言する勇気がないのね。


固まってしまった文香さんが話し出すのを待っていると、先程まで下を向いて落ち込んでいた英玲奈さんが、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。


「お、おそれながら!文香さんの提案がベストな選択だと思いわすわ!」


旧友の窮地に我慢できなくなったというわけかしら。

意気込みもよし、度胸もよし。英玲奈さんはこういうところで力を発揮するタイプなのだ。文香さんとは違う見所がある。自分では分かっていないようだけど。

文香さんの方から今度は英玲奈さんの方に視線を移し、質問を続ける。


「あらそう。でも、それはどうしてかしら?英玲奈さんもわたくしに押し付けようとしているのかしら」


「いえ、そうではございません。……お恥ずかしながら、対話に関して私たちでは役不足だからですわ。先程から醜態を晒しているように、はじめから私たちにボロを出さずに対話をすることは難しく思います。それに……申し上げにくいのですが、真理亜さんは一橋鏡花の幼馴染でよくご存じでしょうから、イレギュラーに対応しやすいかと」


「そうね」


2人合わせて合格点かな。これで少しは自分の得意分野を自覚してもらおう。

長々とやってきた問答だけど、実は意味はあまりない。コンプレックスを抱えて、焦って暴走して欲しくなかったから、頭の体操を兼ねてやっただけ。本当に言葉遊びなのだ。

2人にしてみてば必死だっただろうけど、必死にやってもらわなければ意味が半減してしまうというものだ。


しかし余りにも必死すぎて、少し笑えてきた。可哀想だし答え合わせをしようかしら。


「ふふ、ふふふ。ふふふふ。ごめんなさいね、本当に言葉遊びなの」


「え?どういうことですの?」


「英玲奈さん、あなた、文香さんより頭が回らない事をコンプレックスに思っているでしょう?」


「いえ……いいえ、確かにコンプレックスに感じていますわ」


「そんなに落ち込まなくていいのよ。わたくし英玲奈さんのこと、評価しているけれど、わたくしが評価しているのは思考能力ではないわ」


「は、はい」


行動力が優れているということは、しばしば頭の回転が速いことを上回るときがある。

例えば文香さんが考えている間に、英玲奈さんが行動を始めた為に、英玲奈さんの方が早く結果にたどり着くことだってある。

こんなことは考えればわかることだけど、コンプレックスを抱えている人間にとって、受け入れることは容易なことではない。

なら、これを口で説明するよりも、事実で分かってもらった方が早いだろう。


「文香さん。あなた、始めからわたくしのなぞなぞに気づいていたの?」


「い、いえ、英玲奈さんが真理亜さんと話している間に考えました」


「なら英玲奈さんではなくてあなたから質問されていたら分からなかったのね」


「はい。私はとろくって、英玲奈さんがいつも助けてくれるからなんとかなってるんです」


珍しく吃らないではっきりと発言した、自分を褒める言葉に、英玲奈さんの表情から沈みが消えた。そして次の言葉を待つように、視線を文香さんに向けている。


確かに手はかかるけど、ここでお互いの気持ちに正直になってもらった方がいい。英玲奈さんが言葉を求めていることに注意を向けないように、続きを促す。


「そう、昔から助けられてきたのね」


「は、はい。え、英玲奈さ……英玲奈ちゃんは昔から凄くて……すごいんです」


「ええ、どんなところが?」


文香さんは、わたくしと英玲奈さんを交互に2回キョロキョロと伺ってから、ややうつむき気味になった。それから手いじりをしていた手をやめ、太ももの上でぎゅうっと握るとゆっくり話し出した。


「英玲奈ちゃんは、私の方が頭がいいっていつも言ってくれます。けど、私はとろくて、いつも考えてるだけで、全然行動できないんです。でも英玲奈ちゃんは、私と違って先に立ってどんどんみんなを引っ張ってくれて、私のことも引っ張ってくれて……」


「そうなの。それで?」


言葉に詰まった文香さんがまた話しやすいようにフォローを入れる。英玲奈さんを伺うとさっきまでの暗い表情はもうすっかり消えていた。代わりに、意外なような、なんとも言えない表情で文香さんの方をじっと見ている。


「は、はい。私1人だったらきっとここにはいられなくて、きっとまだ家で1人で勉強してたと思います。英玲奈ちゃんのおかげで私は真理亜さんにも出会えたし、少しは勉強を役に立てることができるんです。英玲奈ちゃんが居なかったら私は何もできなかった。だから私はちっとも凄くないし、英玲奈ちゃんは凄いんです」


「だってよ英玲奈ちゃん?」


「え?あ……あ、はい!」


お互いに、互いのないものを持っていて、そしてそれを無意識に自覚している。けれどこんな風に赤裸々に語る機会はなかったのだろう。自分にコンプレックスを持っていたのは、お互いなのに。

これで、少しは自分のロールを理解してくれればありがたい。手間をいささかかけすぎた感は強いが、助けになりこそすれ、決して無駄ではないはずだ。


「お2人に比べれば付き合いの浅いわたくしが言うのも変だけれど、あなた達はお互いにないものを持ってるのよ。だからいがみ合いは無用よ。2人ともお互いの助けのおかげで、わたくしのなぞなぞを乗り越えられたんだから」


2人は話し始めた時よりも、ずっと優しい顔をしている。リラックスにはなったようだ。

だが、本来の目的は頭を切り替えて仕事に当たらせることで、落ち着いて休ませる為ではない。自分のできる仕事を少しでも理解した以上、切り替えて働いてもらわなくては。


「それぞれのロールは理解できたわね?わたくしは出来ないことをして欲しいとは思わないわ。お互いに助け合って、出来ることを効率良くやりなさい」


あえて冷たい顔を作り、英玲奈さん、文香さんの順番で視線を送る。

文香さんあたり、いつもなら萎縮するところだが普段よりも覇気を感じる。そう意味でも先ほどまでの問答に意味があったようだ。


「では切り替えて仕事の話にしましょう。まず一橋鏡花が来た場合だけど……」


そこからは事務的に流れを説明した。

教室中央に向かい合わせで席を設置し、わたくしが奥の席で一橋を待ち伏せる。そして、現れた場合相手の出方を伺い、対話の姿勢を見せれば手前側の席に誘導して後ろを固める。

より対人に慣れた英玲奈さんが一橋の荷物を預かり、文香さんは扉の開け閉めを行う。強行に出られた場合は対処できず逃してしまうことになるかも知れないが、強行に出てくれれば、後にこちらが有利になることは間違いないので、その場合は泳がせることにする。まぁ一橋鏡花がそんな愚かな手を取るはずがないけど。


「わかりました。手抜かりなく誘導してみせますわ」


「ええ。頼んだわよ英玲奈さん」


一橋鏡花への対策に費やした時間は、初めから合わせて約30分。こちらは時間こそかけ過ぎた感があるが、とりあえず手抜かりはない。残るはわたくしの対話力次第といったところだろう。

しかし、一橋が来るかどうかはわからない以上、そろそろ今後の対策を立て始めなければならない。

2人に指示を出そうと思っていたら、先に話し出したのは意外にも消極的な文香さんだった。


「あ、あの、よろしいでしょうか」


「なにかしら、文香さん」


「もし、ひ、一橋が、その、邪魔者ではなかった場合、私たちにあまり縁のない、下部から当たってみようかと思うのですが、も、もちろん、上から圧力をかけつつですが……」


「真理亜さん、圧力をかける相手を文香さんと相談して、行使する前にリストアップしてお渡しできるように致しますわ」


「ありがとう。そうしてくれると助かるわ」


わたくしに言われなくても考えて行動できるように成長している。短時間でこれだけの成果が出ると思っていなかったし、これは大きな進歩だ。2人合わせてようやくわたくしと同じ思考力なのは悲しいが、2人いる分わたくしより手数が多くなったと考えればそう悪くもない。


「文香さん。その言い方だと、当たるところに心当たりがありそうね」


「は、はい。一橋大臣と、ゆ、癒着のある官僚や企業の家柄の人間で、一橋鏡花さんに、その、ひ、否定的でない人間に何人か心当たりがあります」


なるほど。裏切り者の心当たりがなくとも、敵の敵でないものを当たろうという考え方ね。一橋が関係していなければ、一見関係のなさそうな話ではあるが、こちらに同調的でない人間に探りを入れるというのはあながち悪くないかもしれない。

そう考えれば、この相談に初めて私に有益な点が見えてきたわね。


「そうね、その辺の筋からリストアップしてくれると嬉しいわ。わたくしの知らない情報も……」


ピロリロリン ピロリロリン ピロリロリン


そこまでいったところで不意に、携帯の着信音が大音量で鳴り響く。音が鳴ったのは文香さんのカバンの中のようだ。

わたくしが定時の連絡に気付くように、マナーモードにはしないように伝えてあるので着信音が鳴ったこと自体は問題ではないが、問題なのは掛けてきた相手が誰なのかだ。


文香さんはカバンから慌てて携帯を取り出すと、わたくしの方に軽く会釈をしてから電話に出る。


「はい、野田です。……ええ、ええ、はい。……え?本当ですか?わかりました、報告ありがとうございます」


「どなたから?」


「守衛です。その、ひ、一橋さんが来たみたいです……」


「あら。本当に無事だったみたいね」


一橋鏡花が学園に無事に来ている。その事実を踏まえて改めて思案しなければならない。

わたくしが用意した仲の良い方達は20人ほど。それをいくら不良とはいえ、女子高生が1人で切り抜けられるはずがない。先入観は禁物だが、協力者がいることは間違いないのかもしれない。

見つけたと1グループから連絡があった以上、3グループとも一橋の位置を知っていたはず。にも関わらずどうして3グループとも音信不通で、あいつだけ無事に学園に来れているの?


「でもどうしてあいつが、無事なまま学園に来てるのかしら?配置した3チーム全てから連絡がありませんし…。考えたくないけど、やはりあいつが邪魔者と考えた方が良さそうね」


「ええ。一橋がそこまで強力だとすると、あちらも強い手駒を持っていると考えるべきですわね」


「ええ。邪魔者だという可能性も協力者がいる可能性もほぼ間違い無いくらい高いわね。でも、どうしてわたくしの仲の良い方達の動きが察知できたのかしら」


「も、もしかすると、もっと近くに、その……内通者がいんでしょうか」


3人の間に沈黙が走る。

内通者が邪魔者と繋がっている。考えなかったわけではないが、あいつが邪魔者の上にこちらにも裏切り者がいるとしたら、それが最も最悪の状況だ。

それならば、もはや対話は成り立たない。下手な情報を掴ませればこちらが圧倒的に不利になる。


「兎に角、このままこれ以上関わるのは危険ね。悔しいけど、この辺りで一旦手を引いた方が良さそうだわ。どうにかして今つぶしたかったけど、今はまだ様子を見ましょうか」


「はい。た、対話はリスクが高そうですね」


「そうね。でもいざとなった時にはわたくしが指示を出すわ。その時はさっきの手筈通りに」


こうなれば、あとはあいつの出方を伺うしかない。探ったり脅したりしてくるようなら間違いなく裏切り者のことを知っているということだ。リスクはこの上ないが探りだけでもわかることが多い以上、そこを避けることはできない。


「はい。私に今できることを精一杯やらせていただきますわ」


「ええ、頼んだわよ英玲奈さ……」


そこまで言ったところで廊下から聞こえた大きな物音に声が遮られてしまった。


たったったったったったっ……


「おい、ーーーーーーよ!」


走る靴音と、誰か女の人の叫び声。

教室に近づいてくる靴音には気がつかなかった。いつからいたの?注意を払っていたつもりだったけど、誰かがきていたことな気がつかなかったのだとしたら、どこまで聞かれたか分からない。このまま、みすみす逃すわけにはいかない。

そう思いとっさに廊下から聞こえた声の主人に呼びかける。


「そこに誰かいらっしゃるの?」


少し待ったが返事はない。

早急に行動しなければならない。もう一度呼びかけてそれでも返事がなければ意図的に隠れていると考えるほかない。

相手が答えない以上、優しく配慮なんてしている余裕はない。


「いるんでしょう?隠れてないで出てきなさい」


扉の方に向き直って、即座に確認ができる姿勢をとる。逃してなるものか。

しかし、その懸念は徒労に終わったようだ。

廊下から聞こえてきたのは意外な人物の声だった。


「ん、真理亜か?私だよ、補習を受けに来たんだけど、鷹城のやつがどこに行ったか知らないか?」


一橋鏡花。よりにもよってこいつか。ここに来てわたくしの力でひねり潰せない人物に盗み聞きされたかもしれないなんて。

どうするのが最善かしら。悔しいけどわからな……


いや、待てよ。

わたくしの采配を実力で乗り切ってここに来たのに、補習?盗み聞きがバレた言い訳にしてもあまりに拙い。あの一橋鏡花が言い訳にこんな苦しいものを使うだろうか。


「あら……一橋さんだったの」


もしかして、こいつ、仲良しの方をうまくかわして来て出くわしてないとか?いや、もしくは出くわしていても、わたくしの采配だと気付いていない?いや、可能性としては半々にもならないくらい低いわね。

勝負に出るには余りにリスクが高いけど、部外者かもしれないなら確かめておきたいし、邪魔者と繋がっていなければ、情報は引き出せるだけ引き出しておきたい。


「鷹城のやつ一体どこにいるんだろうな。職員室でも行ってみるわ、じゃあな!」


どうする?様子を見るか?

いや、まだ探りも入れていない。2人には悪いけれど勝負をしよう。こちらの虚を突かれてしまった以上、声をかけるならギリギリが良い。


あえて、扉を閉めきる直前を狙う。

一橋の様子をじっくり見定めると、扉を故意にゆっくり閉めようとしている。


逃げようとしているんだわ。

これで腹は決まったわ。何か隠したいことがあるのは確実ね。


「ちょっといいかしら、一橋さん」


叩き落としてやるわ。



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