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Killing syndrome  作者: 兎鬼
エピローグ
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26/26

舞台裏


9月14日(土)20時


「やぁ、遅くなったね。わざわざ呼び出しておいて、本当にすまないと思っているよ」


「うるせぇ。何のためにオレを呼び出しやがった」


ホテルの一室の扉を開け、男が入ってくるのを見計らい剣を構えた。


オレの得物は、1.5メートルの大剣だ。しかし、オレが待たされていた部屋は、剣を思い切り振るっても、どの壁にもかすりもしない。それほどにこの部屋は広い。

それもそのはずだろう。この部屋は54階建てのホテルの最上階をワンフロアまるまるぶちぬいた、巨大なスイートクラスの部屋なのだから。オレは泊まったことがないので分からないが、まともに泊まれば一晩で100万くらいは軽く飛んでいくのではないだろうか。


相手が相手だ。俺はいつでも相手を殺せるよう姿勢を落とし、剣を背中に担ぐ。そして、柄を両手で握りどんな角度にも剣を振るえるように注意を払う。


「まぁ、待て待て」


オレのリアクションを見て、相手の男は困ったような顔を浮かべた。そして左手の掌をオレの方に向け、言葉と同じアクションをとった。


けれど予想通り、残った右の手は言葉とは反対に男の持っている大きな鞄の中に入っていく。


オレは手が出てくる前に、前傾姿勢になり思いきり後ろの足に力を込める。そして前に跳び、今度は右の肩に意識を集中し剣を振るった。


ブォン


ドガァァァン ガラガラガラガラ


そして、オレの剣の動きに合わせて周囲の高級そうな家具が音を立てて崩れていった。けれど、剣はやはり男を捉えることはできなかった。


だが、始めから当たるとも思っていない。牽制をしつつ、動きやすい場所を作ることが目的なのだからとりあえずこれでいい。


「まったく、あぶないなぁ」


男は後ろに軽く跳び、オレの剣を回避しつつカバンから目的の得物を取り出した。そして、着地するより早く照準をオレに合わせ、着地した瞬間、攻撃を開始した。


カチャ


構えられた得物は、部屋の中で使うにはあまりにも小回りの効かない、隠密性のかけらもないもの。所謂小銃、ハチキューだった。


ドドドドドドドドドドドドドドドッ


男は正確にオレの体のある位置を狙って弾を打ち込んでくる。オレなら弾が無くなるまで避け続けることもできる。だがもしも、オレがかわすつもりで横に走り出しでもすれば、いくら窓が防弾加工になっていようともオレの体の先にある窓や壁は端から形を奪われ、この部屋の機密性は無くなってしまうだろう。


つまり、オレは弾を避けられない。そこまで分かった上でオレの体を狙って銃撃をしてくる。この人はそういう人だ。


銃撃を止めるため、野球のスイングの要領で剣を振るい始めの一撃を男の頭を目掛けて打ち返した。けれど、予想した通り男はそれを首を逸らして軽々回避してしまった。


オレは体制もそのままに、右の手に力を集中し振った剣を体の前で止める。そして残りの弾を剣に当てひとつひとつ丁寧に軌道を調節していく。


ガキン ガシャーン パァン パン パン


部屋の中の、いくらするのか分からない金ピカの調度品が端から音を立てて崩れていく。けれど努力のおかげで、幸い壁にはめり込むものの、弾は突き抜けず壁に突き刺さっている。


ドドドドドドドドドドドドドドドッ


けれどいくら工夫したところで、このまま撃ち込まれ続ければ壁が崩れるのも時間の問題だ。オレは弾を逸らしながら、足元に転がった木片を、銃を目掛けて思い切り蹴飛ばした。


ドドドドッ ガキン ヒュゥゥゥン


しかしオレが蹴り上げたときにはすでに男は引き金から指を引いていた。そして破片の命中とほぼ同時に、男はオレに向けて銃を放り投げた。


表情を伺うと、部屋に入ってきたときの優しい笑顔そのままに口元だけがつり上がっている。


くそ、読まれた。不意を突いたつもりが、不意を突かれた形になってしまった。オレは意識を集中し全身の筋肉に力を込める。そして飛んできた銃を両断し、そこから加速。そして、距離を詰められることを予想して、振り上げた剣を、思い切り振り下ろす。


ビィィィィイン


パラパラ ガタン


男とオレの本気の一撃が放たれた瞬間、凄まじい衝撃に壁の一部が剥がれ床に落ちた。


「腕は落ちていないようだね、No.3。いや、今はボスと呼ばれているんだったかな」


「いいや。お互い衰えたよ、No.7。いや、今は一橋大臣だったか?」


結局どちらの攻撃も、お互いの体にダメージを与えることはできなかった。最後に振るったオレの剣が、飛び込んできたNo.7の頭をかち割るその瞬間、オレの喉元には彼のサバイバルナイフが当てられていた。


オレ達は同時に動きを止め、お互いに牽制し合う。そしてNo.7がナイフを懐にしまうのを確認してから、オレは後ろに距離を取り、生き残っていた半分だけのソファに腰掛けた。そして彼の方を確認すると、彼は彼で化粧台の椅子に腰掛けていた。


「まったく耳の痛い話だねぇ」


椅子に座りながら、No.7は冗談まじりに笑って見せた。けれど、この人の本心は表情からは決して伺えない。さっきの件でわかるだろうが、この人は笑って冗談を言いながらでも人を殺せる人だし、世間話のレベルで戦いができる人なのだから。


この人とは20年以上前からの付き合いになる。このナンバーズとしての呼び方も、当時の名残だ。

確かにお互いが全盛期なら、この部屋は無事では済まないだろうし、それにオレもあんなことで苦戦などしなかっただろう。


「そうだな。だが、そんなことはいい。あんたも世間話をしに来たわけじゃないだろう」


「ああ、それは間違い無いね」


すっかり怒りの腰を折られてしまったが、オレは今この人のせいで対応に悩まされているのだ。このアポイントのおかげで、その悩みは解消される可能性が高いが、それでもこれからこの人が取ろうとしている選択がオレ達に被害が大きいものなのは変わらないのだろうから。


オレの言葉を受け、No.7はふざけた顔をやめた。そして、普段は笑みで隠れている大きな目を見開き、真顔で真っ直ぐオレの目を見つめてきた。


このタイミングで呼び出されたことを考えれば当然だが、あの顔は間違いなく何かヤバいことを俺にさせようとしている顔だ。オレは昔からあの顔が苦手で、そして、この人がこの顔をした後、オレが無事で済んだことはない。


「なら率直に言わせてもらう。わたしがここに来たのは、君に頼み事をするためだ」


「こっちはあんたのせいで、崩壊寸前なんだ。オレがこの状況で、あんたの頼み事を受けるとでも思ってるのか?」


「ああ」


No.7はオレの問いに答えると、真顔のままにっと口角を釣り上げた。


こいつ、楽しんでやがる。

人に見せる顔ではなく、真顔で口角を釣り上げた。それは間違いなく自分が楽しむための顔で、同時にオレの地獄行きが確定したということだ。


「それは、何故?」


「まぁ、焦らないでくれたまえ」


No.7はさっき剣を構えたオレにしたように左手を前に出し、話の流れを遮った。前に出したあの手はまずは聞けという姿勢を示しているのだろうが、さっきと同じなら、まず間違いなく本題が構えているのだろう。オレはNo.7の口から恐ろしい言葉が出てくると確信し、そして身構える。


「明日、記者会見が決まってね。君たちの組織には犯罪者になってもらう」


「あぁ?」


しかし、彼の口から飛び出したのはあまりにも予想外な事だった。

オレ達に虐殺の罪を擦りつける。正直それは予想していたことだった。けれど、だからこそ予想通り過ぎる。

言葉の裏の真意がわからない。オレ達は見捨てられ、政府の尻拭いをさせられるというのは政府側の決定なのだろうから、そんなことをわざわざオレに言っても仕方がない。まさか……あり得ないとは思うが、オレ達に捕まれとでも言いにきたのか?


「じゃああんたは、オレたちの組織に所属するメンバー全員にお縄につけとでも言いに来たのか?」


「そうとも、そうでないとも言えるね」


オレの言葉にNo.7は曖昧な返事を返し、試すように笑った。しかし、オレには彼の言葉の意味がまったく分からなかった。

すでにこの展開は予想して、仲間には遠方に避難するように指示を出してある。けれど、そうでないとはどういう意味なのだろうか。


「まさか、オレがお縄につけば部下には減刑をしてくれるとでも言いたいのか?」


「そう焦らないでくれ。わたしが、かつての仲間を売ろうとするはずがないじゃないか」


オレの不安そうな様子を見とったのか、No.7は真顔をやめ、にっこり笑うとオレの目を覗き込み、言葉を続けた。


「わたしは君たちの"組織"に犯罪者になってもらうと言ったんだよ」


「まさか!」


オレ達の組織に、か。だとしたら、そんなのふざけているとしか言いようがない。

かつての仲間を売ろうとするはずがない、だと?こいつの言ってるのはそれよりもっと酷いことじゃないか。


「あんたの頼みは組織の解散なのか?」


「理解が早くて助かるよ」


かつてオレたちが集った組織を。あの人が作った組織を解体しろだなんて。オレに思い出と一緒に、部下を、仲間を捨てろと言っているのか。


突きつけられたあまりにも酷い現状に目眩がする。今にもふざけるなと、胸ぐらを掴んで殴り倒してやりたい。死を覚悟するなら、それも不可能ではないだろう。

しかし、たとえオレが差し違えてこの人を殺したところで現状は変わらない。それどころか組織は解散できないまま頭を失い、一橋大臣殺害の罪まで背負うことになってしまう。


走馬灯のように、若い頃の思い出が頭をよぎる。そして同時に、あの人の最後の言葉を思い出す。


『誰も恨むな。残された仲間を守ってやってくれ』


「これが最善の策なんです。あなたにも分かるでしょう」


そうすれば多くの部下が助かる。そして、だからこそオレは、この頼みに黙って頷くしかない。そんなことは分かっている。

けれど、そんなことをすれば、あの人との優しい思い出まで踏みにじることになる。

確かにこの人とオレは、かつて同じ時間を過ごしたはずだ。けれど今、オレ達2人の間では何か重大なものが違ってしまっている。

オレは仲間を守るための組織を引き継ぎ、そして守ることに必死になってきた。一体この人は何を見てきたのだろうか。


きっとNo.7にも、仲間にかける優しさがあっての決断に違いない。先に進むため自分にそう強く言い聞かせ、No.7の顔を覗き込む。しかし、彼の顔には、ひとかけらの感情さえも浮かんではいなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


9月14日(土)12時45分


「よぉ、零二。元気にしてたか?」


「ええ。あんたの方は随分と、なんじゃ……死にかけのようじゃな」


私は一体何を言っているのだろうか。確かに私は、学園の屋上で地底人と戦っていたはずだ。それなのに、今は何故かどこかの林の中のような場所にいる。


動くたびに身体中に走る痛みが、これは夢ではないと言っている。


話している相手は初老の男のようだ。白いフレームに赤いレンズの、水泳のゴーグルに色をつけたような特徴的なサングラスをかけている。身長は私より少し低いくらいで、中肉中背。見た目は70代手前といった感じだが、声の感じは若い気がする。


顔の筋肉が勝手に緊張する。そして、それに続くように勝手に口が動き出す。逆らってみようとしたが、止められない。どうやら体の自由はないようだ。


「わりぃ。これ治るか?」


「ふん、死なせやしないさ。それより、なんであんたが生きてんだ?」


「俺にもわからねぇ。だが生き返ったわけじゃない。多分バグみたいなもんなんだろうよ」


今度は頭が勝手に動き、体の方へ視線が移る。その瞬間、私は思わずゾッとしてしまった。

体からはどうして生きていられるのか分からないほどの夥しい量の血が流れ出て、白いワイシャツが隙間なく赤く染まっている。そして、抉れた腹部からは内臓がはみ出し、腕の断面からは骨と血管、そして筋肉の断面が覗いている。


死ぬ覚悟で戦った。けれど振り返ってみれば、余りにも残酷な決意をしたものだ。零二と呼ばれた男は、私に死なせないと言い切った。しかし、これでは生き残ったところで残酷な現実しか待ち受けていないのではないだろうか。


「強くしていいか?」


けれど私とは対照的に、男は私の体が治ると確信しているようだった。


「ああ、頼む。この娘がどうするかは分からない。だが少しでも望めば、確実に人の前に立つ人間になる。未来を守ってやってくれ」


「任せな。もとより立派な体にしてやるさ」


男の言葉を聞き、心の中に優しさが広がっていくのを感じる。きっと私の体を動かしているのは、あの夢の中の人に違いない。なんの確信もない。それに口をついて出る言葉も、何をいっているのか理解できない。しかし、私は何故かそう確信していた。


男は後ろを振り返り、何やら指示を出す。すると、男の後ろからもう一人、人影が現れた。


現れたのは、ブロンドをお団子にアップしたメイド服の女の子だった。表情がないからだろうか、その見た目からなんとなく無機質な印象を受ける。


彼女は躊躇いなく私に近づくと、ポケットから何かを取り出した。そして、その手にした何かを私の首に突き刺した。


ああ、注射器だ。

そう気がついた頃には、中身の注入は完了し、私は急激な眠気に襲われる。そして同時に体が熱を失い、急激な寒気とともに激しい睡魔に襲われる。


「安心しろ、ワシが直してやる」


治してやる、か。私はほのかな未来への期待と、すべてを終えた大きな安心感の中、深い眠りに落ちていった。


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