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Killing syndrome  作者: 兎鬼
3章 加速
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14/26

決心


9月13日(金)15時30分


「だから、昨日、うちのパパの紹介で入院してる筈なんです!」


獅子の門病院の受付で、私は訳の分からない事態に襲われていた。


14時頃に家を出て、最寄駅の駅前商店街でケーキを購入した。そして2回乗り換えをし、約1時間ほど電車に揺られようやくやってきたのに。


「ですから昨日入院された方で、あなたが言っている名前の人は居ないんです。それどころか、4人同時に入院された患者さんも居ません」


「いない筈がないんです。父の、一橋幸之助の名前で紹介されている筈なんです」


「それなら余計にです。一橋様のご紹介でしたら、すぐにわかります。でも、ご紹介自体がないんです」


一体どういうことだ。昔から家族でかかっている病院で、それで、パパが仕事に利用している病院と言えばここ以外には無い。

間違いなくお願いもした筈だし、それに、パパの了解も得た。それなのに、何故、入院記録がない。待て、もし入院していないなら、あいつらは一体どこに行ってしまったんだ。


頭の中を悪い予感がぐるぐる回る。しかし、救急搬送された筈なのだ。断られたにしても、全くその記録がないなんてことがあり得るか?


「あら、一橋様のお嬢様ではないですか。あなた、本日はどういったご用事なの?」


「実は……」


私が考えている傍で、スーツ姿の秘書のような女が、受付から状況説明を受けている。

パパの紹介の情報が受付まで回っていないという事は、見舞いが来ることを予想すればまずあり得ない。でも、だからと言って次にどこに当たればいいかなんてさっぱりわからない。


「あなた!何故そんな大事な用事をわたくしに繋がないのですか!」


「も、申し訳ございません」


秘書の女が、受付の女を叱りつけている。

対応もあまり良くなかったし、受付が叱られようが私には関係ない。

とにかく今わかるのは、この病院にいても収穫はもう得られそうにないということだ。なら、効率は非常に悪いけど、雀荘龍から搬送が考えられそうな位置の病院を1つずつ潰していくしかないだろう。そうと決まれば、時間がない。


「悪いけど、時間がないから私はもういきます」


2人を無視して、その場を立ち去ろうとすると、秘書の女がすっと私の歩き出そうとする方向に移動し、行く手を遮った。

何がしたいんだ?VIP客を返さないつもりか?

私が訝しい目で秘書の女を伺っていると、彼女は嫌な顔でニヤッと笑いながら残念そうに言った。


「あら、それは残念。わたくし、秘書の森と申しますけど、わたくしなら搬送情報などお調べできると思いますのに」


こいつ、絶対残念に思ってないな。ただ、教えてもらえるなら絶対にその方がいい。


「調べてもらえるのか?」


「ええ、いいですよ」


個人情報秘匿義務のある病院が、自分から情報開示をするなんて事はあり得ない。とすると、おそらく何か条件を出してくる筈だ。この手の交渉なら間違いなく裏がある。さっきのはそういう類の笑いだった。


「警戒しないでくださいな。裏はありませんよ。まぁ、強いて言うなら、この病院はお父様から寄付をいただいてますけど……それで納得してもらえるかしら」


考えが読まれた?いや違うな。初めから疑われることを想定して発言しているんだ。


森さんか。改めて容姿を確認する。

身長はヒール込みで170cmほど。髪は茶髪に染められ、綺麗にお団子にロールアップされている。メガネをかけているが、普通のメガネが大きく見えるほど顔が小さい。そのうえ目鼻立ちもしっかりしていて、ややタレ目気味だけど、それも妖しさをより感じさせている。スタイルもモデル顔負けなほどにいい。

見た目からして、すでに知的な印象だけど、話してみると見た目の印象よりかなり頭が切れる。私が疑っていたことを、発言される前に念押しで潰してきた。私に疑念を持たせないようにしたのは、多分時間短縮のためだろう。待てよ、ということは、ここに来たことも偶然じゃないと考える方が自然だろう。

どこかから、私の姿を確認してここに来たんだ。だとしたら、知っていて受付を叱っていたのか。太客を怒らせないように、必要な指導だろうけど、それを考えても恐ろしい女だな。


とにかく、裏がありませんと言ってきたのは、裏はあるけど今はとりあえず納得してほしいといったところだろう。そんなことで疑念は晴れはしない。

ここで森さんに情報を開示してもらう事は正直博打ですらある。けれど、今が八方塞がりに近い状況にある以上すでに、話しておく以外に打てる手がない。


「納得していただけたようね。ではわたくしに付いてきてくださる?」


「……はい」


病院の中央にあるエスカレーターを登り、2階に到着。そしてエスカレーターを降りてすぐ前に見える扉に入り、そのまま入り組んだ通路を奥に奥に進む。てっきり応接室か、院長室あたりに通されるものだと思っていたが、奥に現れたのは工事関係者が使う事務所のようなところだった。

部屋の周りには、ボイラーのようなものや、配電盤などがある。途中から病院の関係者はおろか、人影さえ見えなくなってしまった。多分ここは、ここが作られる過程で休憩所か何かに使われていたものを、そのまま残してある部屋なのだろうな。


森さんは私を部屋の中に招くと、流れるような無駄のない動作で、私を部屋の中央に置かれた長机にに案内した。


「ここね、使われてない部屋なんだけど、わたくしの第2休憩室として院長先生にもらったのよ。ほら、周りに気を使わないといけない人がいると疲れるでしょ?」


部屋の中には、今私が座っている会議室にあるような簡単な長机のほかに、キッチン、冷蔵庫、エアコンといった生活に最低限必要なものが置かれている。外からうかがえる印象よりも多少豪華に感じる。設備の充実した給湯室のような感じだろうか。


森さんは、話しながらキッチンに向かい、コップを2つ用意すると、冷蔵庫から冷たいお茶を取り出して、コップに注いだ。

この手際の良さが森さんのポテンシャルなのか、秘書なら誰でもできることなのかは分からないが、彼女がデキる女なのは間違いないな。


「冷たいお茶でよかったかしら」


「え、ああ、冷たいので大丈夫です」


言い終わるより先に、私の前にすっとコップが置かれた。適当に話すだけだと思っていたし、詰所みたいなところだったから、接待のように、お茶を出されたことに少し驚いてしまった。

森さんは私の様子を気にすることなく、反対側に座り、ふぅとため息を1つついてから、お茶をひとくち口にした。


私はてっきりすぐにでも話が始まるものだと思って、ずっと構えていた。しかし、私の予想とは裏腹に、どれだけ待ってみても、森さんは完全にくつろいでしまっていて、話を始める様子はない。それに、調べてくれると言っていたのに、あの受付からここまで誰とも接触していないし、森さんは携帯をいじる様子すらない。このままでは、調べてくれるどころか何も進展しそうにない。私から切り出すのを待っているのだろうか。


「それで、問い合わせてくれたんですか?」


「え?してないわよ、そんなの」


そんなことはわかり切っているでしょう?とでも言いたそうな態度で、答えられてしまった。

はじめに、確実に約束していたことを確認したつもりだったというのに、一体どういうことだ?調べてくれもしないのだとしたら、私は何故ここに招かれたんだろう。兎に角、真意を確認していかなければならないな。


「調べてくれるって言ったじゃないですか」


「ええ、もちろん。必要ならね」


必要ならとはどういうことだ?私が知りたい情報は、あいつらが搬送された病院の場所だ。それを調べてくれるというから着いてきたのに。


「すみません、どういうことですか?」


「あら、謙虚なのね」


森さんは、終始余裕な様子をくずさず、手元のお茶を一口飲むと、こう続けた。


「わたくし、多分だけど、あなたの欲しい情報をすでに持っているのよ。そういう情報とかを集めるの趣味だから。そう、だから、足りないことがあれば調べてあげるわ」


やはり、博打だった。というより、何よりも話をする相手に選んだ人が悪すぎる。確かに今のところ裏はない。けどこの人、私をからかうのが目的だ。

それにこの調子じゃ何も教えてもらえない。だったら慎重に話をしても意味がない。ここは単刀直入に聞きたいことを聞いていかないと。


「じゃあ、その情報を教えてください」


「嫌よ、わたくしからはね」


「何も教えてくれる気がないということですか?」


「ちょっと急ぎすぎよ。落ち着いてお茶でも飲んで」


森さんはあからさまに残念な表情を浮かべ、私の苛立ちを制止した。そして、仕方ないわねと言うように、深いため息をつくと今度は森さんの方から話し出した。


「鏡花ちゃん、わたくしだって病院関係者よ?教える気はあるわ。けれど聞きたい情報じゃないことまでペラペラ話してあげることなんて出来ないわよ」


情報を教えるといったからここまで着いてきたんだぞと言いたい気持ちをぐっとこらえる。確かに当たり前のことだ。普段の頭で冷静に考えればわかることだ。

この人にとってこれが最大限の譲歩なんだ。答える意思がないわけではなく、聞きたいなら聞き出してごらんなさいと言うことか。この人を相手に交渉をしなければいけないということは、依然として情報を得られないという状況に、あまり変わりはない。

それに時間もない。これからずっとこの人に質問をして、はぐらかされ続けるのは時間の無駄だ。それを考えるとこの人と話すメリットがあるのだろうかとすら思ってしまうが……


「早く質問してもらえる?考えているだけじゃ進まないわよ」


森さんはしびれを切らしたのか、今度は逆に彼女の方から急かしてきた。

けれど、それでも私が考えている様子を見て、考え出してしまった。そして少しするとパッと笑顔になった。

嫌な予感しかしないのは確かだ。けれど女の私でも見惚れるほど、美しい笑顔に、少し動揺させられてしまった。


「そうだ、ルールを決めましょ。わたくし、実は休憩中なんだけど、あと15分しかないのよ。だから、質問は3つだけね?あとは、わたくしお化粧直しもしたいし、質問時間はあと5分にしましょうか。それなら鏡花ちゃんも考えている暇ないでしょ?」


時間制限か。無駄かどうか考えている時間なんかないと言うことか。5分以上に伸ばしてもらえる相手ではない。ならばもこれは私にとって逆にメリットだ。情報を聞き出せても、聞き出せなくても5分だけなら大きなロスにはならない。

ならば時間が勿体無い。


「では、手早く済ませます。4人の搬送先の病院はどこですか?」


まずは、核心をついた質問から攻める。これだけ分かってしまえば、あとは残りの2つの質問を何か有意義な情報を得るために使える。もし、はぐらかされたとしても、あと2つ質問が残っていれば手がかりくらいはつかめるだろう。


「知らないわ」


「え?知らないんですか?」


しかし、私の予想は全くもって的を外していただいた。1番知りたいことを知らないなんて、冗談じゃない。

今までのやりとりは一体なんだったんだ?時間を稼がれているのか?それとも本当にからかっているだけか?こんなことじゃ5分どころか、話をする時間が全部ムダじゃないか。


「それを知らないなら、話をする意味がないじゃないですか!」


「ええ、まったくその通りね。……ただ、あなたの知りたいことが本当にそれならね。これ、ヒントよ?わたくしったら珍しく優しいことしちゃったわ」


「え?」


森さんは手の甲を口の前に持ってきて、フフフと嫌な笑いを浮かべている。

私は間違いなく核心をついた。そしてその答えを彼女は知らないのだというのに、まだ余裕で笑っている。


多分、森さんは私の思考プロセスを読んでいる。その上で彼女はゴールを初めから設定してるんだ。この会話は最初から、私が答えにたどり着けるかどうかを試しすゲームなんだ。

でも、だとしたら余計にここで焦ってはいけない。これが彼女のゲームだと言うなら、答えがあるということだ。


いちど冷静さを取り戻すために、出されたお茶をひとくち飲んで、腕組みをする。

落ち着け、私。目を閉じて、頭の中で今までのことを振り返ってみる。


私は、あいつら4人を訪ねて見舞いに来たけど、この病院には搬送されていない。だからそれに焦って、どこの病院に居るのかを知りたかった。

じゃあ、これが私の知るべきことじゃないのか。でもだとしたら、知るべきことは一体何なんだ?それ以前に、そもそも私が焦っていた理由はなんだ?入院している場所が分からなくて見舞いに行けないことか?……いや、違う。


「どう?考えは纏まったかしら?あと3分よ?」


森さんの言葉にはっとなって、見上げると、彼女は私の方をニヤニヤしながら見ている。悩んでいる私をずっと観察していて、どんな考えにたどり着いたのか、手に取るようにわかるのだろう。素直に悔しい。

なんでこんな簡単なことがわからなかったんだろう。いや、分かっていたけど、認めたくなかったんだ。


私は意を決して、認めたくない事実を確認する。


「4人は生きて怪我人として搬送されたんですか?」


「ふふ、思ってた通り賢いわね、あなた」


そこまで言うと、長い脚を見せつけるような大きなモーションで足を組み、お茶をひとくち飲んだ。そして私の目をじっと見て続けた。


「でも、搬送されたかどうかも知らないわ」


このリアクションで、すでに森さんがどう思っているのかわかる。しかし、彼女が知らないと答えた以上、まだ質問のレベルが足りていないんだ。

私をじっと見つめる森さんは、私が次にどんな質問をするのかを期待して、興味と喜びに満ちた表情をしている。

ならば、あとは期待に応えるだけだ。


「どうする?もう5分経っちゃうわよ?」


「最後の質問は決めました。大丈夫です」


私は残っていたお茶を一気に飲み干し、今度は私から森さんの目を見つめ返す。視線に、絶対に押されないぞと言う覚悟を込める。

多分これは、答えてくれるレベルの質問だ。そしてきっと質問されることを望んでいるのもきっとこれだ。


「昨日発生した交通事故で、救急車が巻き込まれたにも関わらず、まだ報道されていないものはありますか?」


森さんは、口角を上げてにっこりと笑って立ち上がった。そして何も言わずに部屋の入り口まで向かうと、こちらをくるっと振り返った。


「残念、5分経ったわ。それに最後の質問だけど、わたくしからは情報開示できないわ」


ここまで質問をして分かったことだ。多分森さんは、私に情報を与えられる立場にないんだ。だから、私に質問をさせて、はぐらかしながらリアクションで情報を与えた。

この会話の裏は、多分今回の事件全てに関わっている裏だ。そして、私は初めの質問に1回分のチャンスを使ってしまったがために、1番するべき質問ができなかった。完全に仮説の域を出ない。けれど不思議とこの説には確信がある。

森さんは、この病院の人間の秘書じゃない。


あの4人が死んだ。

おそらく彼女は、私に何も語ってはいけない立状況の中で、自分は何も話さないと言う立場を保ったまま、私にこの情報を与えるために、ここに案内したんだ。

裏を匂わせるのも、質問しきれないように仕掛けを作るのも、彼女の術中だったのだろう。


森さんに案内されながら、さっき来た、従業員用の入り組んだ通路を戻る。

後ろ姿からは何かたくらんでいるような様子は全くうかがえない。この人は一体どこまで見透かしているんだろう。


「変にわたくしのこと、誤解しないでね」


エスパーかよ。相変わらず、後ろ姿のまま、ちょうど私が考えていたことに先手を打ってくる。やっぱり底が知れない人だ。


「院長の秘書は、いつごろからやってるんですか?今日が初対面ですよね?」


「なぁに?わたくしの年齢が知りたいの?……もちろん秘密よ?」


「いや、そんなつもりじゃ」


やはり答えない。きっとこれ以上、何か質問しても何も答えてくれないだろう。仕方がない。本来知り得なかった情報を教えてくれただけでも感謝するとしよう。


そうこうしているうちに、通路に出る扉の手前まで来た。森さんは扉に近づく前に足を止めると、振り返り、あちらから質問をしてきた。


「これから予定ある?」


「夜には。でもなんでですか?」


食事でも誘うつもりなのだろうか。そんなには時間もないし、どこかに連れて行くつもりなら正直無理だ。もしかして、伝えきれなかった情報を開示してくれるつもりなのだろうか。そうじゃなかったら……


「特に理由はないわ。ただ、時間があるなら予定までに気になることは片付けておきなさい。これはわたくしから貴方にできる唯一の忠告よ」


思ったよりも内容のない、ドライな言葉に、先を想像していた私は、きっと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたのだろう。森さんは私の方を見て、少しだけクスクスっと笑うと、扉の方に向き直り、今度は扉を開けてくれた。


「わたくし、休憩時間がもう終わりなの。ここからは1人で帰れるわね?」


「はい、大丈夫です。それより、ありがとうございました」


「何を言ってるの?」


森さんはさっきのような豊かな表情を消し、今日初めて会った時のようなドライな顔に戻っていた。これ以上に何か求めるのも申し訳ない。森さんに言われた通り、気になることもまだ残っている。ここは早く出て確認しに行くとしよう。

森さんに軽くお辞儀をして、下りエスカレーターに飛び乗る。


「わたくしと食事がしたいなら、もっといい女になりなさい。ふふっ」


後ろから森さんが何か言った気がしたが、よく聞こえなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


9月13日(金)17時


森さんとの会話の中で、用事を済ませなさいと言われなければ気がつかなかったかも知れない。それに、彼女と話していなければ、まだ私はあいつらが入院している病院を探している最中だったはずだ。

あの4人を匿ってやると約束しながら助けられなかった。その不甲斐なさが、時間を追うごとに強くなっていく。だが、それ以上に、今気になっていることが心の中でどんどん膨らんでくる感覚がある。


電車を飛び降りて、勢いそのままに改札を出る。そして南口から商店街に入り、外れまで一気に走る。


「はぁ……はぁ…………くそっ」


彼女に指摘されて気がついたのだから、当たり前かもしれないが、やはり悪い予感は的中してしまった。

私が昨日あの4人と出会い、そして昨日までお世話になった、あの気のいい夫婦に出会った雀荘龍が消し炭になっていた。


残念ながらこれは比喩ではない。文字通りの消し炭だ。


火の勢いはとてつもなかったのだろう。下の学習塾と、上の消費者金融も火が回ったのかすすが付いて焦げている様子がわかる。もしかしたら時間によっては子供の被害者も出たかも知れない。

けれど、雀荘龍はその比ではない。昨日まで雀荘龍があった3階には、今まであった窓も雀卓も、外から確認できる範囲には何もない。壁も、枠も、柱もなにもかもが衝撃でひしゃげ伺えるものの全てが炭のように黒く焦げている。

よく見ると1階から4階までのテナントの全てのガラスが割れ、地面に散乱している。


入り口の周囲にはキープアウトの文字が書かれた黄色いテープが貼られ、いまだ警察と消防が中の確認作業に当たっていた。


携帯を取り出し、ニュースを確認するが、なかなか信ぴょう性のある情報が出てこない。ツイッターの情報では、どうやら近隣には雀荘龍で起きたガス漏れによる事故として知らされているようだ。


でも、そんなことがあるか?

全く可能性がないということはないだろう。しかし、あんな風に監禁まがいのことをされた後に、通常営業をし、そこに加えて偶然漏れ出たガスに引火して爆発事故が起こるなんてことあり得るか?


あの4人が、救急車ごと事故にあって死んでいる以上。今回の事故だって仕組まれたと考える方が自然だ。だとしたら、おっちゃん夫婦だけじゃなく、常連さんも呼び出されたか、運び込まれて始末されたということになる。だとしたら、普段そこにいない人物がいたら、この一連の事件の関係者ということになる。兎に角、今は得られる情報を確保しないと。


人混みをかき分けて、階段を目指す。そして先頭に出て、階段の入り口に差し掛かったところで、案の定警察官に捕まった。

よく見ると、昨日の朝すれ違ったあの若い警官だった。


「君、待ちなさい。勝手に入らないで」


「通して!私、ここの生徒なんです!先生がまだいるかも知れない!」


もちろん警官に捕まること自体が私の狙いだ。中に入れるなんてこれっぽっちも思っていないし、情報が得られるなんて甘い幻想も抱いていない。

だが、可能性はゼロではない。それにこいつには申し訳ないが、こいつなら嘘をついて情報を引き出せそうな気もする。


「だめだ、危ないから通せないよ」


「先生は生きてるの?先生!」


「こら!塾の方は誰も亡くなってないから」


やはりこいつならいけそうだ。無理やり強行突破しようとしただけで、私を止めるためとはいえ、生存者の情報を教えてくれた。個人情報がダダ漏れなことだけは、かなり心配だ。だが、もう少し続けたら欲しい情報まで教えてくれるかもしれない。


「でも、ツイッターでは教師にも被害者が出たって書いてあった!中を確認させて!」


「君、いい加減に落ち着きなさい!塾の先生は亡くなってないよ!」


「じゃあ誰が亡くなったんだよ!」


「亡くなったのは雀荘にいた人だけだよ。身元もほとんど確認できてなくて、今確認できているのは、あぁ、ちょうど君が行っている学校の先生がいるってことだけだ。バッチをつけていたからわかっただけで、本当に誰が誰かもわからないんだ」


「そっか、ありがとう」


「ん?ああ。……ていうか君、ちょっと待ちなさい」


やはり雀荘龍に行ったことのない被害者が居た。

今まであそこに通っていて、うちの学校の先生なんて見たこともない。というより、先生を見かけないからあそこに通っていたんだ。誰がいたにせよ、これは明らかに不自然だ。


後ろから、さっきの警察官が私を呼ぶ声がする。だが、色々教えてもらったとはいえ、今はあいつに関わっている暇はない。

人混みをかき分けて、警察官の視界から外れる。そして、商店街から住宅街に抜けていく細い路地を入り、住宅街をどんどん進む。どこがそうかわからないが、兎に角まずは、落ち着ける場所を目指そう。


敢えて自分の家の方向から外れた方向にどんどん進む。駅の周りのマンションや、アパートが多かった街並みから、徐々に大きな一軒家が多くなってくる。この街で通ったことのない道はあまり無いはずなのだが、この辺りは流石に余り来たことがない。


「ふぅ」


見慣れない街並みおかげか、何故か少しずつ気持ちが落ち着いてきた。私に関係のある人物が死にすぎた。そのせいで知っている人が余りいないこの場所が落ち着くのだろうか。


改めて情報を整理してみる。

うちの学校の先生で殺されたのは誰だろう。少し考えてみたが、今ある情報だけでは想像もつかなかった。


確かな情報ではないが、私が把握しているだけでも、雀荘龍ではおっちゃんと奥さん、それに常連が全員来ていたとしたら3人。いや、あと先生を含めて4人か。そして、私が匿うと約束した4人も。これだけで少なくとも10人。この件にパパが関わっている可能性は極めて高い。けれど、昨日までの襲撃をパパに報告したせいで、私に関わった人を消しているとしても、うちの先生まで消される理由はなんだ?


余りに非現実的な事態に頭がついていかない。罪悪感や悲しさもあるが、それ以上に何が何だかわからない。


多分まだまだ被害者はいるのだろう。

確認できる範囲は確認すべきだろう。けれど怖い。逃げているのは間違いないが、パパと会うんだからそこで確認すればいいはずと思ってしまう自分がいる。


そこでふと、携帯に通知が来ているんじゃないかと思い立つ。

この火事は昨日のことだとあの警察官が言っていた。それに、あの4人の事故も昨日だ。ならば、わたしの知り合いが殺されているとしたら、連絡が来ていてもおかしくない。


おそるおそるポケットから携帯を出し、通知を確認する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


メッセージ 1件 9月12日 15時


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


誰かから留守番電話が入っている。時間は昨日わたしが学校を出て歩いている時だ。あの時間なら、ママは無事のはずだし、美鈴も剛も確認してないけど、ママとパパの様子からして大丈夫だろう。それに、あの4人にも連絡先は敢えて教えていない。だとしたら、いったい誰だろう。


恐る恐るメッセージを再生する。

どんな内容が流れるか怖い。けれど、確認をしなくてはならない。


「………………」


しかし、再生してみたが何も流れてこない。そのまま5秒ほど待っていると、突然何か音が流れ出した。


「……だ、だがじょう、に、…ぎぃ、ぎをづげなざい」


「なんだ!?」


バコン


びっくりして思わず携帯を落としてしまった。慌てて拾い上げるが、すでに音声は終わってしまっていた。


何だ今の音。人の声か?まさかそんなことはないだろう。ホラー作品のお化けのような声だった。イタズラか?


先ほどの留守電をもう一度表示する。すると、通知からではなく、ロックを解除してメッセージ画面で確認したため、さっきは表示されていなかった名前が表示される。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


メッセージ1件 9月12日 15時 マリアちゃん


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


マリアちゃん?マリア……真理亜か!

あの真理亜が私にメッセージでイタズラ?あんな風に喧嘩別れをした後に?

第一、あいつが私に電話をかけてくるはずがない。なんで急に電話なんて。


メッセージの通知を確認した時も、奇怪な声にびっくりした時も、歩みは止めていなかった。しかし、私の体は急に動かなくなってしまった。


あの真理亜が私に電話をしてきたということは、まさか……

悪い予感が浮かび、急いでメッセージを確認しようとしたが、依然として体は動かない。


体の中から感じたことのないほどの激しい感情がとめどなく溢れ出すのを感じる。まさか、真理亜が?いや、あいつに限ってそんなことはありえない。


そう思ってみても、手の震えがどんどん強くなっていく。なんとか手を動かす。左手で震える右手の手首を押さえ、ようやくメッセージを再生する。


「だ、だがじょう、に、…ぎぃ、ぎをづげなざい」


やはり、間違いない。これは真理亜の声だ。


鷹城に気をつけなさい。


死にかけたとしても、死んだとしてもあいつが私にメッセージを送ってくるなんてあり得ない。

このメッセージから、真理亜を殺したのは鷹城で間違いない。けれど、真理亜は気をつけなさいと言った。ということは鷹城のバックに黒幕がいると分かっているんだ。


あえてそれを、死ぬ前に私に伝えたと言うことは、鷹城とその黒幕に一矢報いたい想いを私に託したんだ。


さっきとは比べ物にならない程の感情が一気に溢れ出し、瞳から涙になって流れ出る。涙はとめどなく流れ落ち、シャツの襟を濡らした。


この感情を私は知らない。けれど絶対にこの感情は悲しみなんてちんけな感情なんかじゃない。

でも、だとしたら一体これは何だ?悲しみでも絶望でもない。喜びか?いや、違う。幼馴染を助けられなくて悔しいのか?それも違う。第一あいつは私が悲しむことも、悔しがることも、きっと望まない。じゃあ残っているのは……。


そこまで考えて、1つの答えにたどり着く。そして、たどり着いた途端に、今度は心地の良い感情が胸の奥から一気に湧き出て、全身に行き渡る。

そうだ。これは怒りだ。今まで感じたことのないほどの圧倒的な怒り。


あの女、私以外のやつに負けやがった。それに私に散々嫌がらせをしておいて、何の挨拶もなく死にやがった。


ムカつくムカつくムカつくムカつく……あぁムカつく!


今までの、私のせいで死んだ。約束したのに助けられなかった人たちへの悔しさも、全部あったのだろう。

それらが真理亜の死で一気に形を得た。


メッセージ再生を終了して、真理亜に電話をかける。しかし、案の定コールにはならずすぐに留守番電話につながってしまう。


ピー


「ふざけんじゃねぇ!引き分けたまま逝きやがって!お前をやったやつを私が殺してやる!もし殺れたら私の勝ちでいいな!私がお前より強いってところをちゃんと見て……」


ツーツーツー


「はぁはぁ」


相当な大声で叫んだのだと思う。

人がまばらで、閑散とした住宅街で、私の声が反響していた。


多分真理亜がこのメッセージを聞くことはない。けれど言わなくては治らなかった。いや、あれだけ怒鳴ってもまだ治っていない。


多分犯人はパパだ。薬が絡んでいるところを見ると、安倍も共犯かもしれないと思った。けれど、自分の娘を殺させるはずがない。

もし犯人がパパだったとしたら、自分の親を殺すと約束してしまったことになる。

しかし、真実はまだわからない。まずはパパの話を聞かなくては。


溢れた怒りは不快ではない。初めて得た私らしい感情のように感じた。これを失いたくない。


私はきた道を振り返り、急いで商店街の反対側にある料亭を目指して歩き出した。

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