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魔界の姫と用心棒  作者: 松竹梅
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第十七話

 翌日、ケントたちは選手として登録するために闘技場に向かっていた。その間サーリャはケントをちらりと見ては顔を真っ赤にしてうつむくのを繰り返していたが、ケントはそれを楽しげに眺めていた。これから命懸けで戦うにも関わらずこれほど落ち着いているのは自信の表れかそれとも命のやり取り自体になれているからなのかはヴォルフには解らない。


 「おい、どうした?そんな怖い顔して。」


 ヴォルフはいつの間にか硬い表情になっていたらしい。それは今になって訪れた後悔による部分もあったが、なによりもケントが普段通りだということがある意味気味が悪く感じていたのだ。


 「なあ、ケント。この事態に君を追いやった僕が言えることじゃないけど、怖くは無いのかい?これから君は文字通りの真剣勝負をしに行くんだ。死ぬかもしれない。そのことに恐怖を感じないのか?」


 ケントはヴォルフが興味本位で聞いているわけではないことをその態度や声音から理解した。今更それを言うかとも思ったが、その質問の答えを先ほどからチラチラとこちらをうかがっているサーリャも耳を傾けているようだった。ならばそれについての答えも本心を語るべきだと判断した。


 「怖くないのか、と言われれば怖いさ。相手の実力、戦い方の癖…何もわからない。でもそんなことは何が相手でも当たり前のことだろ?だから得意な一対多じゃなくて一対一の戦いになったとしても別段怖くは無い。それにここで戦わなくても旅を続けて行けば確実にどこかで戦うことになる。それこそ命懸けの戦いになる可能性だって低くない。だからいちいち命を張ることでビビってられんよ。

 っと、そうだ。ルガール、お前はサーリャの影の中に潜っておいてくれ。お前の存在がばれて失格…ならまだしもお縄に掛かったりしたらかなわんからな。」


 ケントは羽織っている深緑色のマントを一度だけはためかせる。それに合わせてケントの影が広がり、後ろを歩いていたサーリャの影と一瞬ではあったが重なったのを確認する。その短い時間でルガールはサーリャの影の中に潜り込んでいた。


 「見るたびに思うんだけど、ルガールの移動速度は目を見張るものがあるね。」

 「え?私のもう足もとに…ってきゃあ!?」


 サーリャが突然奇声を上げたのは、何の前触れもなく下から風が吹きあがってスカートがめくりあがりそうになったからだ。影の中に潜んでいるルガールは街中で声を出すわけにはいかないと考え、そこで鼻の頭だけを出して鼻息を吐き出して自身の存在をアピールしたのだ。

 しかし、ルガールのとった方法はどう考えてもサーリャへの配慮に欠けている。これまで接してきた人間のほとんどが男だったことが災いしたのだろう。サーリャが怒り狂うことは無かったが、その代りに羞恥に頬を染めている。彼女に恥をかかせたことは叱らねばなるまい。


 「ルガール。後で説教だ。」

 「そうだね。君も男なのだから紳士の振る舞いと言うものを覚えてもらわなければ。」


 ルガールからの返答はなかったものの、サーリャはなんとなく自分の影の中から落ち込んだ者特有の負のオーラを感じた気がした。



 王都の闘技場はケントが想像していた以上に大きく、豪華絢爛な建物だった。精緻な彫刻が施された大理石製の闘技場は百余年の歴史があるにも関わらず、その壁には汚れや腐食は一切ない。まさに王城と対をなす王国の力の象徴と謳われる建造物にふさわしい威容を誇っていた。

 まだ開場前だというのに入り口前の広場にはすでに大勢の観客がたむろしていた。数百人以上と思われる客の中には一般人や貴族だけではなく、屈強な男たちの姿があった。それらの半数はケントと同じく試合に参加しようとする者たちだが、もう半分は試合で勝ち進んだ強者をスカウトしに来た者たちだ。ゴルドアードラー王国を含めて西大陸の国では毎日どこかの国同士で小競り合いが起きている。それに参加して日銭を稼いでいる傭兵たちは自分たちが生き残るため、そして自分たちの傭兵団に箔をつけるために強い仲間を探しており、遠路はるばる王都までやってきているのだ。

 開場後、選手登録はすぐに終わった。受付の話によると元々来る者を拒まないらしく、同意書にサインすれば酔っ払いだろう子供だろうと参加を認めるようだ。その手の選手は戦う段になって顔を真っ青にして棄権したがるのだが、同意書に明記された『棄権は認めない』という条項に従う他なく、結果死に物狂いで戦わねばならなくなるという。

 選手として参加するケントは係員に連れられて地下の控室に案内された。係員によると賭博の公平性を保つために、八百長をさせず、どの選手がどの順に出てくるのかは門が開くまでわからないようしする措置らしい。形式上は闘技場での戦いがすべて神に捧げられるという、聖白教における神前試合のしきたりに則った規則なのだが、信心の浅いケントは正直どうでもよかった。

 ケントは西大陸で育ち、教会で教育を受けたとはいっても元々は流浪の民だ。祖父は王国生まれだが、聖白教の信者ではなかった。ケントに明言したことは一度もないが、祖父が聖白教に対して激しい憎悪を抱いていたことをケントは知っている。理由は聞かなかったが、自分にとって唯一の肉親であり尊敬する師でもある男が嫌っているものをケントは信じることができなかったのだ。


 「地下だっつっても、地上の音は聞こえるんだな。さてと。俺の順番が回ってくるまでのんびりと待たせてもらいましょうかね。」


 ケントは腰かけていた椅子により深く座り込むと、頭の後ろで手を組んで眼を閉じた。そのリラックスした姿からはこれから命の奪い合いをしようという気概は全く感じられなかった。



 ケントが個室でくつろいでいる間、すでに観客席はかなりの盛り上がりを見せていた。最初の試合の組み合わせが発表されたからである。魔法によって闘技場の中央に映し出されたのは選手の名前にとどまらず、容姿・身長・体重・経歴・使用予定の武器など勝敗に関わると思われる要素はすべて含んでいた。

 第一試合の選手は双方ともに傭兵、出身地は片方が西大陸でもう一方が北大陸、体格は北大陸出身の男の方が若干良い。その他の情報も参考にするべき点はいくつかあるのだろうが、戦士ではないヴォルフとサーリャには正直よくわからなかった。


 「すごい熱気ですね。クラクラしてしまいそうです。」

 「そうだね。僕も来たのは初めてだけど、ここまで人が多いとは思わなかった。いつもこんなにいるのかな?」

 「普段はもっと少ないですよ、アーヴィングの若旦那。お隣は開いておりますかな?」


 了承を取ることなくヴォルフの隣に腰かけたのは他でもない船大工のゴードンだった。真昼間からこのようなところに来てもいいのだろうかという疑問を二人が質問する前にゴードンはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


 「ここには時々顔を出す程度なんだが、今日はあの兄ちゃんのおかげでボロ勝ちできそうなんでね。ついつい来ちまったんでさ。若旦那と御嬢さんは応援ですかい?」

 「ええ。僕が巻き込んだんですから見届けなければ。それで、せっかくですし今日の観客の多さについて教えてもらえますか?」

 「武者修行って奴ですかね?そういう連中は毎日一人は居るもんなんですが、今日はそんな命知らず達が何人も出場するって話なんですわ。予想し辛い選手が多いってことは今日の賭けは荒れる。それなら一攫千金を狙えるかも!って輩、国外の猛者の実力を一目見たいって連中、そして珍しいもの見たさに来た貴族様方。そんなこんなで今日は立ち見客が来るぐらい盛況なんですな。」

 「なるほど。つまり、生粋の強者同士の戦いを間近に見られる絶好の機会ということですか。」

 「はっはっは。いやいや、そうじゃないんですわ。」


 ゴードンは苦笑するが、ヴォルフはその理由がわからない。おそらくは自分の今の発言が見当違いだったからなのだろうが、どこが間違っているのかはわからなかった。


 「ではどうしてこんなに人が集まっているのですか?」

 「チャンピオンの戦いが見られるかもしれないからですよ、お嬢ちゃん。」


 サーリャはまだピンと来ないようだったが、ヴォルフはゴードンの言わんとすることが理解できた。そしてそれと同時に寒気を感じた。


 「闘技場のルールは単純な勝ち抜き方式で、三連戦を勝ち続けたら一応勝利扱いなんだけど、その先が用意されてて、三連勝した者は闘技場の主であるチャンピオンと戦える。そして、そのチャンピオンに勝つことが僕たちの…いや、ケントの目標だ。

 でも、ゴードンさんの言い方だとチャンピオンの敗北なんて誰も考えていない…。まさかとは思いますけど、それほどの強さなんですか?」

 「ええ、その通りですぜ。あれは強いって次元じゃねぇですぜ。本物の化け物だ。何も知らない奴が相手ならサシで負けることはありえないと言われとりますからな。

 だからこそ、俺はあの兄ちゃんに期待させてもらってるんですよ。あの化け物を倒してくれるってね。おーい!こっちに来てくれ!俺は北方人に20賭けるぞ!」


 ゴードンは大声で賭けに使われる券を売っている係員を呼び止めた。ヴォルフは初めて知ったのだが、勝ち抜き戦方式であるがゆえに券は一試合ごとに販売されるようだ。観客は連戦する選手の先の試合内容や怪我の度合い、疲労などを考慮するという楽しみが生まれる上に、運営側は試合間隔が延びることで試合数が減ることで選手不足に悩まされることもないらしい。

 しかし、ヴォルフにとって賭け事のことなどどうでもよかった。ひょっとすると、自分は親友を間接的に殺してしまうかもしれないのだ。闘技場についてきちんと調べることもなくケントに無理難題を押し付けてしまったかもしれない。ヴォルフは自己嫌悪と後悔で青ざめている一方で、サーリャは平然としていた。


 「ヴォルフさん。そんなに気にすることは無いと思いますよ。ケントさんは強い。それは私よりも親友であるあなたの方がよくご存じのはず。ならば勝利を信じることこそ、ケントさんの励みになるのではないでしょうか。」

 「…貴女は不安にならないのですか?全く?」

 「ええ。心配していません。」


 ヴォルフは絶句した。確かにケントは強い。自分の知る誰よりも強い。だがそれは彼よりも強い存在がいないことの証明にはならない。自分たちは運よく自分たち以上の強者に遭ったことが無いだけかもしれないのだから。にもかかわらず、サーリャはケントの勝利を信じて疑わない。その理由を知りたかった。


 「昨日、ケントさんが言いましたよね?『勝ったらデートほしい』って。私のお母様が昔仰ったんです。破廉恥なことを目的にした男性は決して挫けることは無い、と。だから私はケントさんを信じていますよ。…むしろその後のデートの方が心配です。何分殿方に誘われた経験がありませんので…。」

 (一般的にはそういった発言は悪い結果をもたらすと聞くけど…文化の違いだろうか?)


 サーリャの言ったことに何と返すべきかわからずに目をパチパチさせるヴォルフと、すでにケントが勝利した後のことを勝手に妄想して顔を赤らめるサーリャ。二人の会話を聞いていたルガールは心の中でため息をつきながら耳を澄ませて外で今まさに始まろうとしている第一試合の様子を伺っていた。

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