第十六話
自分の気に入った相手のためにしか船を造りたくないゴードンと高名な船大工の手がけた船をどうしても所有したい男爵の間に入ったヴォルフはまず二人の言い分を聞くことにした。
ゴードン曰く、自分は貴族のために船を造りたくないそうだ。十数年前に国王の船を造るという大役を務め、それから王室御用達の船大工となった彼のもとには様々な依頼が舞い込んだ。だが、貴族たちはいざ船を所有するとそれで満足してしまった。王国一の船大工が造り上げた船は素晴らしい走波性と安定性を全く生かされることなく格家の港に停泊し続け、それでまともな航海をした者は一切いなかったのだ。だからこそ、ゴードンは自分の船を存分に使ってくれる相手にこそ作りたいのだ。
男爵はといえば、元は商人であったが財を成した後、領地を購入して爵位を得た新興貴族なのだという。所謂『成金貴族』である男爵のような者はいくら着飾ったとしても歴史ある大貴族からは蔑まれ、歴史はあっても金のない貴族からは妬まれる。だからこそ、貴族になったことを誇示したいがためにどれほどの財を擲ってでもゴードンの船を入手したいのだった。だが、貴族嫌いであるゴードンが男爵に提示した金額は相場の十倍以上の金額だ。手に入れたい事情があるとしてもそこまでの金額を用意することは不可能に近い。これが二人が激しく口論するに至った経緯だった。
そこでヴォルフは事情があって他の大陸へ赴かなければならないこと、そしてそのための船を造ってくれる相手を探していることを二人に説明した。その上で、ヴォルフは一つの提案を出したのだ。それが同行者であるケントを王国の闘技場で戦わせることだ。若く、実績もない無名の戦士であるケントが闘技場に出場すれば、当然のことながら期待されないので賭博における倍率は非常に高くなる。男爵はケントに賭け、それで儲けた金でゴードンの船を受注する。そのかわりヴォルフ達のための船を造る費用は男爵に出資してもらう、というものだ。
当然、男爵は最初はそれを一蹴した。投資というものが常に一種の博打であることは確かだが、正真正銘の博打を頼るほど元商人である男爵は愚かではない。博打に絶対は無く、特に闘技場の真剣勝負は前評判がひっくり返ることなど日常茶飯事だからだ。だが、ケントが正面から戦えば王国最強の魔術師であるヴォルフに匹敵する戦士であるという話を聞くとすぐに断ることはできなかった。本当にそれほどの強さであるならば勝利は確実と言えるからだ。ヴォルフと同等の強さという一言は利に聡く損に敏感な商人が即座に考えを改めるほどの価値があるのだ。
結局、ゴードンと男爵は実際にケントを見てから判断することにした。ヴォルフが嘘をつく意味が無いと解っていてもこの目で見ないことには納得できなかったからだ。
「ってことは何か?お前は俺に殺し合いをする見世物になれってのか?」
二人が帰った後、ヴォルフがどういうことなのかを説明し終えると同時に放ったケントの第一声がこれだった。苛立ちや不快感を隠そうともしていない。かなり頭に来ていることは明白だった。
「勝手にやったことは謝るし、君の怒りも理解できるよ。でもさ、これが一番手っ取り早いし、メリットも多いと思うんだ。」
「メリットとはなんでしょうか?」
サーリャはヴォルフの提案を最後までケントに聞かせるために、ケントが何かを言う前に合いの手を入れる。彼女の意図を汲んだヴォルフはもったいぶらずにその利点を強調する。
「一つ目のメリットは、船主をケントにすることが容易なこと。闘技場の優勝者であれば、多額のファイトマネーが得られるんだ。それを使って船を買ったとしても誰も怪しまれない。それは第二のメリットである、僕の身分を隠しやすくなることにもつながるんだ。さっきエルンスト殿下に拝謁していたんだけど、殿下は僕の同行は認めるけど目立つ行為は決してとるなと仰った。だからケントを前面に押し出すことが僕にとっての隠れ蓑になるわけだね。
そして第三のメリット。これはケントにとっての利益なんだけど、それは戦闘の経験が積めること。前に御爺さんを除けば個人として強い戦士と戦った経験が少ないって言ってたよね?闘技場は世界各地から選りすぐりの猛者が集まる場所。君でも苦戦する相手が必ずいるはずだ。どうだい?少しは魅力的に感じてくれたかな?」
ケントは考える。彼は自分の戦いを不特定多数の人間に見せたくはない。単に見世物になることに抵抗があるだけではない。戦闘技術を他者に見せてしまうことは、万が一その相手と戦うことになった際に不利に働く。一流の戦士ならば一度見た技ならば必ず対策を講じられるからだ。
戦士ではないヴォルフとサーリャはその点に気付いていないようだが、ケントはあえて指摘しなかった。それ以上に強者との戦いというものにメリットを感じていたのだ。尊敬する祖父によって鍛えられ、その技をすべて受け継いだという自負がある。誰にも負けない自信がある。だがそれを証明する機会がこれまで訪れることは無かった。修行の一環として多くのならず者を屠ってきたが、それはあくまで一体多数の戦い。烏合の衆を殲滅することと真っ向勝負で自分に匹敵する敵に勝利することは全く異なる。強者との一対一の闘いを経験する千載一遇の機会が巡ってきたように感じたのだ。
「ヴォルフ。闘技場には本当に強い奴が集まるんだよな?」
「そのはずだよ。特に、現チャンピオンは化け物みたいに強いらしい。南大陸の戦闘部族出身で、あの辺にいる亜人を素手で殴り殺せるって聞いたことがある。眉唾だけどね。」
「亜人を素手は盛りすぎだろう。それは俺でも無理だ。」
「それができるからこそチャンピオンなんじゃないかな?それよりこれで納得してもらえたかな?ケントにとっても悪い話じゃないと思うんだけど。」
「闘技場に出るってことは命を懸けることになるんだが…いいだろう。これが最も手っ取り早く船を手に入れる方法なんだろうからな。」
「納得してくれたみたいでなによりだよ。」
「待ってください!」
そこで待ったをかけたのは他でもないサーリャだった。彼女はケントが話を聞くように気を遣ったのだが、三人の中でこの方法を最も避けたがっていた。
「それはケントさんがすべてのリスクを背負うことになります!」
「おいおい、俺の実力を疑ってんのか?」
「違います!私が言っているのは危険はなるべく避けて欲しいということです!」
「今のところそれが一番早いんだ。急ぎの旅だろ?だったら少しは危ない橋を渡らにゃならんだろ。」
「確かにできるだけ早く故郷へ帰らねばなりません。ですが、他に方法が無いわけでもないのに命を懸ける手段を採ることは無いでしょう?」
サーリャの言い分は尤もだし、優しい彼女らしい意見でもある。しかし、この機を逃せば情報工作が面倒になるだけではなく船を手に入れること自体も大幅に遅れてしまう。造船は楽な仕事でもなければ一日二日で完成するようなものでもない。ゴードンはケントが勝利すれば彼らが使う船を最優先に造ると約束してくれたものの、それでも最低二週間はかかるという。資材の運搬などの力仕事を魔法やゴーレムを用いて最適化してこれだ。これ以上発注が遅れれば王都を出発するまでに一ヶ月以上かかってしまうかもしれない。
サーリャがそのことを理解していないとは思えない。ケントの身を案じてのことであるのは疑いようのない事実だ。ケントはサーリャをどう説得するか悩んだが、ふとひらめいたことをそのまま口にした。
「要するに、サーリャは俺一人が死ぬリスクを負うことになるのが気に食わないんだよな?だったら俺が命を張ってもいいと思える頼みを聞いてくれるか?」
「え?」
「そうだな…例えば…俺が勝ったら今度俺とデートしよう。」
あまりに突拍子もない提案にサーリャは目を白黒させながら顔を真っ赤にした。出会って数分で腹の虫が鳴いたあの時よりも慌てふためいている。
なんとなくだが前々からサーリャがこの手の話に疎く、免疫が無いことを察していた。初心な箱入り娘が突然男性に誘われれば混乱するのは当然だろう。ケントはここぞとばかりに攻め立てる。
「え!?いや、あの…!え?えええ!?」
「異論が無いなら決まりだ。俺は戦う。サーリャは俺を癒す。完璧だな!…っとこれじゃあヴォルフがリスクを背負ってないな。」
「なら、嗜好品以外の物資を購入するときはそれを全額負担するというのはどうかな?もちろん、戦闘になったらケントをサポートするけど、矢面に立つのは君だしね。そのくらいはやらせてもらうよ。」
サーリャに口を挟ませないように即答したヴォルフが提案し終わるや否や、ケントは立ち上がる。これで話は終わりだというように。
「よし!決定だな!なら明日は早いだろうし、俺はさっさと寝させてもらおう。晩飯は起きてから食べるから俺の部屋に運ぶようにしてくれ。」
「わかった。お休み。じゃあ僕もやらなきゃならないことがあるから部屋に戻るよ。」
サーリャが何も言えないほど混乱している間に、男二人はそそくさと部屋から出て行ってしまった。一人取り残されたサーリャが混乱から醒めて訳が分からない約束をさせられたことに憤慨するのはそれからしばらくしてからのことだった。




