3-9 協力
「今日は救助・搬送訓練だ」
リキトがそう告げると、生徒たちの視線が実技場の一角へ集まった。
そこには、見慣れない建物が用意されていた。
木材や石材が積み重なり、壁はところどころ崩れ、屋根の一部も傾いている。
遠目には、今にも倒れそうな廃屋に見えた。
「中に取り残された人間を助け出してもらう。今回は敵はいない。戦う必要もないからな」
リキトは背後の建物を指さした。
「中には要救助者役の生徒が一人いる。足を怪我して動けない設定だ。そいつを安全に外まで運び出せば成功」
「崩れたりするんですか?」
ソウタが尋ねる。
「仕掛けで建物が崩れることはない。ただし、瓦礫を適当に動かせば、ほかの場所が崩れるかもしれない。そういう想定で作ってある」
リキトが端末を操作すると、建物の周囲に数機の小型ドローンが浮かび上がった。
「重い資材も使ってるから、無茶はするな。時間も記録するが、安全に運び出すことが最優先だ」
生徒たちが建物を見上げる。
入り口は狭く、奥の様子は外からではほとんど分からなかった。
「今回は二つの小隊で協力してもらう。人数が多ければ、それだけできることも増えるだろ」
リキトは端末に目を落とした。
「次、レインフォード小隊とアークレイン小隊」
ユエルは顔を上げた。
少し離れた場所では、アーサーもこちらを見ていた。
「お前らと一緒か」
「不満か?」
「別に。足引っ張るなよ」
「その言葉はそのまま返そう」
二人の間に、早くも張り合うような空気が流れる。
「また始まった」
アルレアが呆れたように笑った。
隣でソウタも苦笑する。
「仲がいいんだね」
「どこがだ」
ソウタの言葉に、ユエルが即座に返す。
アーサーは小さく笑い、建物へと視線を戻した。
二つの小隊が集まり、訓練の準備を始める。
ユエルたち六人に、アーサーたち五人。合わせて十一人の大所帯だった。
「まずは中の状況を確認したいね」
アーサーが建物の入り口へ目を向ける。
「俺が見てくる。何かあっても、すぐ戻れるからな」
ユエルが答える。
「そうだね。ただ、瓦礫で視界が遮られている。君の魔法でも、見えない場所へは移動できないだろう?」
「分かってる。だから近くまで行って確認する」
ユエルは入り口を指さした。
「お前はみんなをまとめててくれ」
「分かった。気をつけて」
ユエルが建物へ向かう。
その背中を見送りながら、アーサーは残った仲間たちへ目を向けた。
「中の状況が分かるまでは、動けるように準備しておこう。ソウタ、君にも手伝ってもらえるかい?」
「うん。俺も全体を見ておくよ」
二人が役割を確認している間に、ユエルは建物の中へ足を踏み入れた。
内部には、外から見た以上に多くの瓦礫が積み重なっていた。
倒れた柱や木材が通路を塞ぎ、奥へ進める場所は限られている。
ユエルは隙間から見える場所へ瞬間移動し、さらに先を確認した。
しかし、奥へ続く通路は大きな木材で塞がれていた。
その向こうは見えない。
「ここから先は無理か」
ユエルは木材の周囲を調べた。
横には人が一人、しゃがめば通れそうな隙間がある。
だが、その先の床には細かな瓦礫が散乱しており、無理に進めば足を取られそうだった。
「ユエル、どう?」
入り口の方からアルレアの声が聞こえる。
「奥は見えない。狭い隙間ならあるけど、俺じゃ通りにくそうだ」
ユエルが戻って状況を伝えると、アーサーは少し考えた。
「まずはその隙間を確認しよう。ニーア、周囲の瓦礫を支えることはできるかい?」
「見てみる」
ニーアが建物へ入っていく。
傾いた柱と積み重なった木材を確認すると、地面へ片手を向けた。
足元から氷が広がり、柱の根元を包み込む。
さらに木材の間へ氷がせり上がり、傾いた部分を支えた。
「これで少しは安定する」
「すげぇな。そんなこともできんのか」
ダンが感心したように声を上げる。
「動かすなら、先に言って」
ニーアが短く答えた。
アーサーは頷き、狭い隙間へ視線を向けた。
「問題は、この先へ誰が入るかだね」
全員が隙間を確認する。
ガルシアやダンでは、肩を通すだけでも苦労しそうだった。
ユエルも少し身を屈めてみたが、剣を持ったままでは動きにくい。
その時、後ろから小さな声が上がった。
「あ、あの……」
ノノだった。
手にした槍を胸元へ寄せながら、遠慮がちに一歩前へ出る。
「私なら、通れるかもしれません」
ユエルが振り返る。
「ノノ、行けそうか?」
「は、はい。多分……」
ノノは隙間を覗き込んだ。
狭くて暗い通路だった。奥へ進めば、外の様子もほとんど見えなくなるだろう。
「怖かったら無理しなくていいからね」
ソウタが声をかける。
「だ、大丈夫です。やってみます!」
そう答えたものの、ノノが槍を預ける指先はわずかに震えていた。
もう一度隙間を覗き込み、ぎゅっと手を握る。
それから小さく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
ノノは地面に膝をつき、慎重に身体を滑り込ませた。
ニーアが氷で支えた柱の横を抜け、地面に手をつきながら進んでいく。
瓦礫に服が引っかかるたび、ノノは動きを止めて周囲を確かめた。
奥で何かが小さく軋んだ。
「ひっ……!」
思わず肩をすくめる。
だが、しばらく待っても何も起こらなかった。
ノノはもう一度息を整え、先へ進んだ。
「向こう側、見えるか?」
ユエルが呼びかける。
「は、はい! もう少し先まで行けそうです!」
返事が聞こえ、ユエルはほっと息を吐いた。
その間、ほかの生徒たちは入り口付近で待機していた。
ニーアは氷で柱を支えたまま、周囲の状態を確かめている。
カイルは手にした機械仕掛けの槍を調整しながら、隣にいたクロードへ顔を向けた。
「そういえばさ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「握手のことかい?」
「初対面で断られたから気になってさ」
「知っていたとしても、僕から話すことじゃないよ」
「そっか。……お前、王女様と随分仲いいんだな」
「図書館で何度か会っただけさ」
「へえ、何度もね」
カイルは少し笑って、槍の留め具を確かめた。
クロードはそれ以上何も言わず、建物の奥へ視線を向ける。
その時だった。
「み、見つけました!」
奥からノノの声が響いた。
「人がいます! 足が瓦礫の下に……!」
全員の表情が変わる。
「ノノ、無理に動かさなくていい。様子を教えてくれ」
ソウタが呼びかけた。
「は、はい! 足の上に板が乗ってます。でも、意識はあります!」
ユエルは隙間から奥を覗き込んだ。
ノノの姿はかろうじて見えるが、その先の要救助者までは確認できない。
「くそ、ここからじゃ見えないな」
ユエルが身を乗り出そうとしたところで、アーサーが肩に手を置いた。
「焦っても仕方ない。ノノが中にいるんだ。彼女に任せよう」
ユエルは少しだけ考え、頷いた。
「そうだな」
奥では、ノノが要救助者役の生徒に声をかけていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん。足が挟まってる設定だから、動けないんだ」
「わ、分かりました。今、助けますね!」
ノノは足元を確認した。
脚の上には軽い板が置かれ、その周囲に瓦礫が積まれている。
一人で動かせそうな板だったが、周囲の木材に引っかかっていた。
「板を外せば、足が動かせそうです!」
ノノの報告を聞いて、アーサーが周囲へ視線を向ける。
「何か道具を渡せればいいんだが」
「それなら、俺の槍が使えるかも」
カイルが一歩前へ出た。
「柄が伸びるから、普通の棒じゃ届かないところにも届くんだ」
カイルは訓練用の穂先を確認すると、近くに用意されていたロープをその先に結びつけた。
「ノノ、こっちからロープを渡すよ。受け取れそう?」
「は、はい!」
カイルが槍を隙間へ差し込む。
手元の機構を操作すると、金属音とともに柄が伸びた。
狭い通路の奥へ、ロープの結ばれた穂先が進んでいく。
「もう少し右です!」
「こっちかな?」
「は、はい! 届きました!」
ノノがロープを受け取った。
カイルは槍を引き戻し、仲間たちへ振り返る。
「これで奥まで道具を渡せるね」
ソウタが頷いた。
「じゃあ、板を動かす前に周りを確認しよう。ほかの瓦礫が崩れないようにしないと」
ノノは周囲の様子を伝えながら、ロープを板へ結びつけた。
外側ではガルシアとダンがロープを持ち、ノノの合図を待つ。
「準備できました!」
ノノの声が響く。
「よし、ゆっくり引くぞ」
「おう!」
二人が慎重に力を込める。
板が少しずつ持ち上がり、周囲の瓦礫から外れていった。
「は、外れました!」
ノノが嬉しそうに声を上げる。
要救助者の足元から板が取り除かれ、ようやく身体を動かせる状態になった。
「よし、あとは運び出すだけだな!」
ダンが笑った。
しかし、ユエルは奥へ続く通路を見つめたまま、眉をひそめていた。
「いや、まだ問題がある」
ユエルが指さしたのは、通路を横切るように倒れた大きな梁だった。
「ノノは通れても、担架は無理だ」
アーサーも梁へ視線を向けた。
太い木材が、通路のほとんどを塞いでいる。
「ほかに出口は?」
「反対側も瓦礫で塞がってる。こっちから出すしかなさそうだ」
ソウタが答える。
「だったら、俺たちでどかせばいいんじゃねぇか?」
ガルシアが腕を鳴らした。
隣でダンも頷く。
「二人で持ち上げりゃ何とかなるだろ!」
だが、ニーアが首を振った。
「そのまま持ち上げると、横の木材に当たる」
梁の周囲には、別の瓦礫が複雑に積み重なっていた。
無理に動かせば、せっかく安定させた通路が再び塞がってしまうかもしれない。
「なるほどね。力任せには動かせないか」
ソウタが考え込む。
ユエルも梁を見つめた。
「俺の魔法で運べれば早いんだけどな」
「君の魔法では、あれを運ぶことはできないだろう?」
アーサーが尋ねる。
「ああ。俺一人なら行ける。あんな大物は無理だ」
ユエルは梁を軽く叩いた。
「邪魔だな、これ」
その言葉を聞いたアーサーが、ふと手元へ視線を落とした。
「邪魔、か」
何かを考えるように、もう一度梁を見つめる。
「アーサー?」
ユエルが声をかけると、アーサーは顔を上げた。
「少し試してみたいことがある」
アーサーは梁の前へ歩み寄った。
一度自分の手に目を落とし、梁へ向かって片手を伸ばす。
「何するつもりだ?」
「ちょっと離れていてくれるかい?」
ユエルが一歩下がる。
アーサーは梁へ手を触れた。
次の瞬間、大きな木材が跡形もなく消えた。
「は?」
ユエルが思わず声を漏らす。
そこには、先ほどまで通路を塞いでいた梁の姿がなかった。
だが、その直後。
ミシッ、と木材の軋む音が響いた。
梁に寄りかかっていた別の木材が、支えを失ってわずかに傾く。
その重みが、ニーアの作った氷の支えへかかった。
「っ!」
ニーアがすぐに地面へ手を向ける。
氷が柱の周囲へ広がり、傾いた木材の下から新たな支えがせり上がった。
小さな破片が床へ落ちる。
だが、それ以上木材が動くことはなかった。
「危なっ!」
ユエルが思わず声を上げる。
アーサーも驚いたように周囲を見回した。
「すまない。支えにはなっていないと思ったんだが」
ニーアは氷の状態を確かめてから、アーサーへ顔を向けた。
「先に言ってと言ったはず」
「……そうだったね。すまない」
アーサーが素直に頭を下げる。
ニーアはそれ以上何も言わず、再び柱へ視線を戻した。
「今は大丈夫。通れる」
その言葉に、ユエルが開けた通路を覗き込んだ。
「お前、それ……」
「ああ。私の魔法だ」
アーサーが静かに答える。
「空間保存、だったか?」
「そうだね」
ユエルは開けた通路とアーサーの手元を交互に見た。
「そんな使い方もできるのか」
アーサー自身も、しばらく何もなくなった場所を見つめていた。
「できることは分かっていたんだ。ただ、こういう使い方はあまりしてこなかったからね」
アーサーは自分の手を見下ろした。
そこにはもう、梁の重みも感触も残っていない。
「おーい! 通れるようになったんなら、早く助けに行こうぜ!」
ダンの声が響く。
アーサーは顔を上げ、仲間たちへ振り返った。
「ああ。そうしよう」
通路が開いたことで、ようやく全員が奥へ進めるようになった。
アルレアとクロードが入り口から担架を運び込み、ガルシアとダンが要救助者のそばへ向かう。
「ノノ、よく頑張ったね!」
アルレアが声をかけた。
「は、はい!」
ノノはほっとしたように笑った。
「カイルもありがとね!」
「いやいや、ノノが頑張ってくれたからだよ」
カイルが笑って答える。
要救助者を担架へ移すと、アーサーとソウタが周囲の状況を確認した。
「出口まではまっすぐだね」
「うん。ただ、足元に瓦礫が残ってる。俺たちで先に片付けよう」
ソウタの言葉に、ユエルが頷く。
「じゃあ、俺は前を見てくる」
ユエルは視界に入る通路の先へ瞬間移動した。
残った小さな瓦礫を脇へ寄せ、搬送できる道を確保していく。
その間にニーアが氷の支えを確認し、アルレアとミアが通路の両側を調べた。
「こっちは大丈夫!」
アルレアが声を上げる。
「右側も問題ないわ」
ミアが答えた。
「よし、運ぶぞ!」
ダンとガルシアが担架を持ち上げる。
二人は普段のように競い合うこともなく、歩調を合わせて進み始めた。
「もうちょいそっち持て」
「分かってるって。お前こそ急ぐなよ」
「急いでねぇだろ」
言い合いながらも、担架が揺れることはなかった。
その後ろをノノとカイルがついていく。
ニーアは最後まで氷の支えを確認し、安全を確かめてから建物を出た。
そして、担架が指定された場所へ運び込まれる。
短い電子音が響いた。
「そこまで。搬送完了だ」
リキトの声に、全員が足を止めた。
「やったー!」
アルレアが両手を上げる。
「無事に終わったね」
ソウタも嬉しそうに笑った。
リキトは端末に表示された記録を確認している。
「まあ、悪くない。少し時間はかかったが、全員で役割を分担して運び出せたな」
リキトは顔を上げた。
「梁をどかした判断も悪くない。ただ、周囲の確認はもう少し慎重にやれ。実際の現場で崩れたら洒落にならないからな」
アーサーが小さく頷く。
「はい。次からは気をつけます」
リキトは端末を閉じた。
「次の組が待ってる。片付けはこっちでやるから、お前らは休んでろ」
そう言って建物へ戻ろうとしたリキトに、アーサーが声をかけた。
「先生、しまった梁を戻しても構いませんか?」
「ああ。元の場所に出しておいてくれ。設営はこっちでやる」
アーサーは頷き、建物へ戻った。
通路には、ニーアが作った氷の支えがまだ残っている。
「ニーア、梁を戻すよ」
アーサーが声をかける。
「分かった」
ニーアは周囲を確かめ、一歩下がった。
アーサーが手を伸ばすと、先ほど消えた梁が元の場所に現れた。
倒れないよう床へ横たえ、リキトに声をかける。
「これで大丈夫ですか?」
「ああ。あとはこっちでやる」
アーサーは礼を言い、建物を後にした。
生徒たちがそれぞれ休憩に向かう中、ユエルはアーサーの隣へ歩み寄った。
「なあ、アーサー」
「何だい?」
「さっきの魔法、便利だな」
「そうかな」
「ああ。あれなら助けにも使える」
アーサーはその言葉に、わずかに目を見開いた。
「……助ける、か」
自分の手のひらへ視線を落とす。
「ただ、邪魔な物をしまっただけだよ」
「それで道が開いただろ」
「そうだね」
アーサーは小さく笑った。
「君たちのおかげでもあるよ」
「俺は見に行っただけだ」
「それでも、助かったよ」
「そうか」
二人は並んで歩き始めた。
「そういえば、ユエル」
「ん?」
「君の瞬間移動も、救助ではずいぶん役に立ちそうだね」
「まあな」
「次はもっと上手く使えるかもしれない」
「お前の魔法もな」
アーサーは少し驚いたようにユエルを見た。
ユエルは前を向いたまま歩いている。
「そうだね。私も頑張らないと」
アーサーが笑うと、ユエルもわずかに口元を緩めた。
その様子を少し離れた場所から眺めていたアルレアが、ソウタへ顔を向けた。
「ねえ、あの二人ってさ」
「うん?」
「なんか、似てない?」
ソウタは少しだけ考え、笑みを浮かべた。
「そうかもしれないね」
アルレアは楽しそうに笑い、ニーアとともに二人の後を追いかけた。




