2-6 足並
午後の教室には、どこか気の抜けた空気が漂っていた。 黒板の前では、リキトが教科書を片手に歴史の授業を進めている。
「初代国王エルディン。エルディアを建国したとされる人物だ」
リキトは黒板に書かれた名前を指した。
「この時代の記録はあまり残っていないが、周辺諸国の資料によると、エルディンは多くの国と平和条約を結んだとされている」
そう言って、教科書を一枚めくる。
「詳しいことは分かっていないが、この時代を舞台にした話なら、お前らも小さい頃に読んだことがあるんじゃないか?」
リキトが開いたページには、茜色の髪をした女性の挿絵が描かれていた。
「アリアという女性が登場する童話だ。傷ついた人に手を差し伸べると、どんな怪我もたちまち治ってしまう。そんな話が昔から伝わっている」
リキトは挿絵を指しながら続けた。
「実在したかどうかは分からないが、童話の中では『奇跡の天使』と呼ばれている」
その言葉を聞いて、アルレアが自分の髪を一房つまんだ。 隣に座るニーアへ顔を寄せ、楽しそうに話しかける。
「ねえニーア、私も天使になれるかな?」
「こんなバカ天使がいてたまるか」
「ちょっと! 今バカって言った!? バカって言った方がバカだからね!」
横から割って入ったユエルに、アルレアが頬を膨らませる。隣ではニーアが小さく笑っていた。
「おーい、そこのバカ二人。授業中だぞ」
リキトの気の抜けた声に、周囲からも笑いが漏れる。
「はーい」
アルレアは返事をすると、何事もなかったように前を向いた。 その後も授業は続き、やがて終わりを告げる鐘が鳴った。
「よし、今日はここまで。次は実技だ。小隊ごとに準備して実技場に集合しろ」
リキトが教科書を閉じると、生徒たちは一斉に席を立った。
実技場には、一組と二組の生徒たちが集まっていた。 広い敷地にはいくつもの木製の壁や障害物が設置され、普段の実技とは少し違った光景が広がっている。
「なんだこれ?」
「かくれんぼとか?」
「お前の赤い髪じゃ、すぐに見つかるだろ」
「えー! ちゃんと隠れれば分かんないって!」
アルレアが自分の髪を押さえながら言い返す。 そこへ、リキトが生徒たちの前に出てきた。隣には二組の担任も立っている。
「さて、小隊を組んでもらったばかりで悪いが、今日は早速、実戦形式の模擬戦をやってもらう」
突然の発表に、生徒たちがざわついた。
「えっ、もう戦うの!?」
アルレアが驚きの声を上げる。
「そうだ。『実践あるのみ』と言いたいところだが、俺もその言葉は嫌いでな」
「えっ、じゃあ何でやるんですか?」
「口で説明するより、やらせた方が早いだろ」
あまりにもあっさりした返答に、アルレアが困ったように笑った。
「今回は一組と二組の合同訓練だ。小隊同士で戦ってもらう。ただし、普通に戦うだけでは面白くないからな。各小隊から一人、護衛対象を決めてもらう」
リキトが指を一本立てた。
「護衛対象が戦闘不能と判定されるか、小隊が全滅した時点で敗北だ。護衛対象自身も戦って構わないが、そいつがやられたら即終了だからな」
上空には、リキトの小型ドローンが何機も浮かんでいた。
「攻撃の判定はこいつらが行う。武器は訓練用、魔法も使用可能だ。ただし、相手に大怪我をさせるような真似はするなよ」
説明を終えると、リキトは手元の端末に目を落とした。
「それと、一組に六人の小隊があるが、今回はそのまま参加してもらう。実戦で相手と人数が揃うとは限らないからな」
生徒たちが対戦表を確認し始める。
「じゃあ、一組からはレインフォード小隊だ。準備しろ」
続いて、二組の担任が対戦相手を呼び上げる。
「二組からはオルセン小隊。両小隊、開始位置へ」
「えっ、私たちから!?」
アルレアが目を丸くする。
「いきなりかよ。面白ぇじゃねぇか」
ガルシアは嬉しそうに拳を鳴らした。
「まずは護衛対象を決めないとな」
ユエルが仲間たちへ振り返る。
「誰にする?」
アルレアが尋ねると、六人は互いの顔を見合わせた。
「ノノがいいんじゃないかな」
ソウタが口を開く。
「前で戦える人は、できるだけ自由に動けた方がいいと思うんだ」
「わ、私ですか……?」
ノノが不安そうに顔を上げる。
「無理に前に出なくていい。俺たちが守るから」
ユエルの言葉に、ノノは少し迷った後、小さく頷いた。
「わ、分かりました……!」
護衛対象が決まると、六人は開始位置へと向かった。
向かい側には、二組の五人が並んでいた。 相手の小隊は開始前から互いに言葉を交わし、それぞれの位置を確認している。 一方、ユエルたちはまだ具体的な作戦を決めていなかった。
「要は、相手を全員ぶっ倒せばいいんだろ?」
ガルシアが拳を鳴らす。
「いや、まずはノノをどう守るか――」
「やられる前に片付けりゃいいんだよ」
ユエルの言葉を遮ったところで、試合開始を告げる音が響いた。 ガルシアはそのまま勢いよく駆け出した。
「あっ、ガルシア!」
アルレアが声を上げる。しかし、ガルシアは振り返らず、一直線に相手の小隊へ向かっていく。
「もう! しょうがないなぁ!」
アルレアも二丁の拳銃を抜き、ガルシアの後を追った。
「おい、アルレアまで!」
ユエルが呼び止めるが、二人はすでに前方の障害物へと差しかかっていた。
「どうする、ユエル?」
ソウタが尋ねる。 ユエルは前方の二人と、後ろに残ったノノたちを見比べた。
「ニーア、ノノを頼む。ソウタも一緒にいてくれ」
「分かった」
「うん、こっちは任せて」
ユエルは二人に頷くと、先行したガルシアとアルレアを追いかけた。 残された三人の前で、ニーアが短剣を抜く。
「ノノ、私から離れないで」
「は、はい……!」
その頃、相手の小隊では一人の生徒が右手を掲げていた。 指先に生まれた赤い光が膨れ上がり、勢いよく炎を噴き上げる。
「おっ、派手にやってんじゃねぇか!」
ガルシアが笑いながら地面を蹴った。 相手の生徒が炎を放つ。ガルシアは横へ跳んでそれをかわすと、獣化した腕を振りかぶって一気に距離を詰めた。 しかし、相手は攻撃を受けるより早く後退する。
「逃げんじゃねぇよ!」
ガルシアがさらに前へ出た。 横から別の生徒が飛び込んでくる。手を地面へ向けると、土が盛り上がり、ガルシアの進路に壁が生まれた。
「そんなもんで止まるかよ!」
ガルシアは勢いを落とさず、その壁を跳び越える。
「ガルシア、右!」
背後からアルレアの銃声が響いた。側面から迫っていた生徒が慌てて身を引く。
「おい、俺に当てんじゃねぇぞ!」
「分かってるって!」
アルレアはそう言いながら、もう一方の拳銃を構えた。 その間に、炎を使う生徒はさらに奥へと下がっていく。 少し離れた場所では、別の生徒が指先を耳元に当て、何かを呟いていた。すると、後方に控えていた二人が顔を上げ、障害物の陰へと移動を始める。 正面では、ユエルも戦闘に加わっていた。土の壁の向こうに、仲間へ指示を伝えていた生徒の姿が見える。ユエルはその背後へ瞬間移動し、訓練用の剣を振るった。 短い判定音が響いた。
「二組、一名退場」
「やった! 一人倒した!」
アルレアが嬉しそうに声を上げた。 しかし、炎と土を操る二人はなおも後退を続けている。
(妙だな。あれだけ攻撃してくるのに、反撃が少ない)
ユエルは剣を構え直した。 その時、後方からニーアの声が響いた。
「ユエル!」
振り返ると、離れた場所で氷の壁が立ち上がっていた。 ノノたちのもとには、相手の二人が迫っている。一人が風を操って氷の壁の周囲に砂埃を巻き上げ、その隙にもう一人がノノへ近づいていた。
「しまった!」
ユエルはすぐさま後方へ戻ろうとした。 だが、障害物に遮られた先は見えず、一度の瞬間移動で戻ることはできない。
「ガルシア、アルレア! 戻るぞ!」
ユエルが振り返った、その瞬間。 目の前の通路に炎が噴き上がった。
「行かせると思うか!」
炎を操る生徒が、ユエルの進路を塞ぐように手をかざしていた。
「邪魔だ!」
ユエルは壁の上へ視線を向け、瞬間移動で炎を飛び越えた。 しかし、着地した先で地面が盛り上がり、新たな土壁が通路を塞ぐ。別の通路へ向かおうとしても、相手はその動きに合わせて魔法を放ってくる。
「くそっ!」
相手を倒すことも考えたが、今はノノのもとへ戻ることが先だった。
「アルレア、あいつらを頼む!」
「分かった!」
アルレアが拳銃を構え、炎を操る生徒へ訓練弾を放つ。 その隙にユエルは壁の上へ瞬間移動し、後方へ走り出した。だが、そこからノノの姿が見える位置までは、まだ距離があった。 その頃、ニーアたちも二人を相手に必死に応戦していた。
「ノノ、下がって!」
ニーアが地面に手を向ける。 うなじの魔法印が淡く光り、足元から氷が広がった。 氷の壁が一人の進路を塞ぐ。しかし、相手は風を操って砂埃を巻き上げ、ニーアの視界を遮った。
「ソウタ、そっちに一人!」
「分かった!」
ソウタは訓練用の剣を構え、ノノの前に立った。 相手の攻撃を受け止めようとするが、慣れない剣ではうまく対応できず、少しずつ押し込まれていく。
「ノノ、俺の後ろに!」
ソウタが声をかけた。 しかし、相手の生徒が足元に風を巻き起こした。砂埃がソウタの顔へ吹きつける。
「うわっ!」
思わず目を閉じた、その一瞬。 相手はソウタの横を抜け、ノノへと迫っていた。
「ノノ!」
ソウタの声に、ノノが訓練用の槍を構える。
「こ、来ないでください!」
ノノは必死に槍を突き出した。 しかし、相手は身体を横へずらして穂先をかわし、一気に間合いを詰める。
「あっ……!」
ノノが槍を引き戻そうとした時には、すでに相手の剣が目の前にあった。 訓練用の剣がノノの肩に触れ、終了を告げる音が響いた。
「そこまで。護衛対象が戦闘不能。オルセン小隊の勝ちだ」
リキトの声がドローンから聞こえてきた。
「えっ!? もう終わり!?」
駆け戻ってきたアルレアが、驚いたように足を止める。
「くそっ!」
ガルシアが悔しそうに地面を蹴った。 六対五。 人数では有利だったはずのユエル小隊は、相手の護衛対象を確認することすらできず、最初の模擬戦を終えた。
開始位置へ戻った六人の間には、何とも言えない空気が流れていた。
「ご、ごめんなさい……。私がやられちゃったから……」
ノノが申し訳なさそうに俯く。
「ノノのせいじゃないよ。俺も守りきれなかったし」
ソウタが穏やかに声をかける。
「くそっ、もう少しで全員倒せたのによ!」
ガルシアが悔しそうに頭をかいた。
「ガルシアが一人で行っちゃうからでしょ!」
アルレアが声を上げる。
「あぁ? お前だって勝手についてきたじゃねぇか。むしろ足引っ張ってたんじゃねぇのか?」
「何それ! 私が援護してあげたんでしょ!」
「二人とも、勝手に動かれたら困る」
ユエルの言葉に、二人が口を閉じた。
「俺も二人を追ったのはまずかった。ニーアとソウタの二人だけにノノを任せるべきじゃなかったな」
「相手は最初から私たちを誘い出すつもりだったんだと思う」
ニーアが静かに言う。
「炎を使ってた人、ずっと私たちから離れるように動いてたもんね」
アルレアが思い返すように呟く。 そこへ、試合の結果を確認していたリキトが口を挟んだ。
「相手には声を離れた仲間に届ける魔法の使い手がいた。お前らが前に出たことも、護衛対象が後ろに残ってることも、全部伝わってたってわけだ」
「そんな魔法まであったのかよ……」
ガルシアが眉をひそめる。
「相手は魔法も役割も上手く使ってた。それに比べて、お前らはただ好き勝手に動いてただけだな」
リキトは端末を閉じた。
「初めての小隊戦だ。次までに少しは考えとけ」
それだけ言うと、次の試合の準備へ向かっていった。
「次、一組からはハーヴェル小隊。準備しろ」
リキトが次の対戦表を確認する。 続いて、二組の担任が口を開いた。
「二組からはアークレイン小隊。両小隊、開始位置へ」
「あ、王子だ!」
アルレアが指を差す。 実技場の反対側では、アーサー、クロード、ダン、ミア、カイルの五人が並んでいた。
「あの坊主もいるじゃねぇか」
ガルシアが興味深そうに身を乗り出す。 その時、近くで観戦していた二組の生徒たちが、小声で話し始めた。
「あれ、次ってアーサー殿下の小隊か?」
「ああ、あの余りものの寄せ集めだろ」
「小隊決めの時、誰も殿下と組みたがらなかったもんな」
生徒の一人が声を潜める。
「そりゃ、あの噂を聞いたらな。それに、ほかの四人も全員魔法がないんだろ?」
「いくら殿下でも、あれじゃ厳しいんじゃないか?」
生徒たちは小さく笑った。 その会話が聞こえたアルレアは、不満そうに眉をひそめる。
「なんか、嫌な言い方……」
「少なくとも、クロードとダンは弱くないぞ」
ユエルが答える。
「そういえば、入学前の測定でも上位だったんだよね」
ソウタが言う。
「ああ。カイルも槍の成績がかなり良かったはずだ」
ユエルが頷いた。 その視線の先では、クロードが拳銃の具合を確認していた。隣ではミアが長いライフルを肩に担ぎ、静かに訓練場を見渡している。 ダンは拳を軽く打ち合わせ、カイルは槍を手にしていた。その槍は一般的なものとは違い、柄の途中にいくつもの金属部品が組み込まれていた。
「カイルの槍、ちょっと変わってるね」
アルレアが首を傾げる。
「入学前の測定では普通の槍を使ってたんだけどな」
ユエルも興味深そうに眺めた。 その一方で、対戦相手となる一組の小隊から、一人の女子生徒が前へ出てきた。 小柄で、どこかのんびりとした雰囲気の少女だった。周囲の生徒が慌ただしく準備する中、彼女だけは自分の靴紐をゆっくりと結び直している。
「あれ、あの子……」
アルレアが首を傾げる。
「前の実技で、すごく速かった子じゃない?」
ニーアが答えた。
「ミレイ・ハーヴェル。魔法は確か、疾走だったはず」
「そうそう! あの子、めちゃくちゃ速かったよね!」
アルレアの声に、ユエルも少女へ目を向けた。 ミレイは準備を終えると、仲間の方を振り返った。
「じゃあ、私が先に行くね」
ゆったりとした口調でそう告げると、仲間たちが頷いた。 反対側では、アーサーが小隊の四人を集めていた。
「それじゃあ、確認しておこう。護衛対象は僕が引き受けるよ」
その言葉に、ダンが首を傾げる。
「王子様じきじきに護衛対象か!」
「私なら自分の身も守れる。その分、君たちが自由に動けるだろう?」
アーサーは穏やかに答えた。
「それに……」
何かを思い出したように、アーサーの表情がほんの一瞬だけ変わった。
「護衛されるのには慣れているからね」
冗談めかして笑うアーサーに、ダンも豪快に笑って返した。
「そりゃそうだ! 王子様だもんな!」
アーサーは小さく笑うと、ほかの三人へ視線を移した。
「ダンは中央を頼めるかい?」
「おう!」
「クロードは近距離の援護を。ミアは後方から全体を見てほしい」
「分かった」
「了解」
「カイルは予定通り、相手の動きに合わせてくれ」
「任せてよ」
五人はそれぞれの持ち場へ向かった。 対戦する二つの小隊が開始位置に並ぶ。アーサーは護衛対象を示す腕章を巻き、後方で剣を構えていた。
「模擬戦、開始!」
合図が響いた、その瞬間だった。 ミレイの姿が、開始位置から消えた。
「えっ!?」
アルレアが声を上げる。 次に姿が見えた時、ミレイはすでに中央の障害物を通り抜け、二組の陣地へ踏み込んでいた。 一歩ごとの距離が、明らかにおかしい。地面を蹴るたびに砂埃が巻き上がり、少女の姿が次々と別の場所へ移っていく。
「速っ!」
ガルシアが思わず声を漏らす。
「瞬間移動みたいだね」
ソウタが驚いたように呟く。
「いや、あれはちゃんと走ってる」
ユエルはミレイの動きを目で追いながら答えた。 視界から消えているわけではない。ただ、あまりにも速すぎるのだ。 ミレイは障害物を軽々とかわし、一直線にアーサーのいる方向へ向かっていく。 その進路に、クロードが銃を構えた。 乾いた銃声が二度響く。 しかし、ミレイは発砲の直前に方向を変え、弾の飛んだ場所をすり抜けていた。
「当たらない!」
アルレアが目を丸くする。 ミレイは軽く身をひねり、壁の陰へ滑り込んだ。そこからすぐに別の通路へ飛び出そうとしたが、再び銃声が響く。 今度はミレイの足元ではなく、進もうとした先の壁が撃たれていた。 少女が足を止める。
「あれ?」
ミレイが顔を上げた先で、クロードはすでに次の通路へ銃口を向けていた。
「なるほど。そっちに行きたいんだね」
クロードが小さく呟く。 ミレイが方向を変える。だが、そこへ今度は遠くから一発の訓練弾が飛んできた。 ミアのライフルだった。 弾はミレイの進行方向に着弾し、少女は慌てて足を止める。
「ミア、右の通路を頼む」
「了解」
クロードの声に、ミアがライフルを構え直した。 遠くの通路にはミアのライフル。距離を詰めれば、クロードの拳銃が待ち構えている。 二人は互いの射程を補うように位置を取り、ミレイの進路を制限していた。
「すごい、あの速さについていってる!」
アルレアが感心したように呟く。
「いや、違う」
ユエルが答える。
「クロードはミレイを追ってない。あいつが進みそうな場所に撃ってるんだ」
ニーアも頷いた。
「速さで勝負するんじゃなくて、進める場所を減らしてる」
どれだけ速くても、通れる場所が限られていれば行き先は予測できる。二人はそれを利用していた。 しかし、ミレイも簡単には止まらなかった。
「だったら……!」
地面を強く蹴り、今まで以上の速度で飛び出す。 ミアの狙いが追いつくより早く射線を抜け、クロードが構えるより先に壁の陰へ滑り込んだ。
「おっと、これは厳しいね」
クロードが苦笑する。 その先には、アーサーが立っていた。
「君が速いのは分かった。だが、ここは通せないな」
アーサーが訓練用の剣を構える。 ミレイは一瞬だけ足を止めた。
「じゃあ、こっちから」
次の瞬間、一気に加速する。 アーサーの剣が動いた。しかし、剣先が届くより早く、ミレイは大きく弧を描いてその横へ回り込んでいた。 観戦していた生徒たちから歓声が上がる。 アーサーは無理に追いかけず、すぐに身体の向きを変えた。
「クロード、次の角だ」
「分かってるよ」
再び銃声が響く。 ミレイは攻撃を避けたものの、そのまま直進することはできず、再び壁の陰へ回り込んだ。
一方、中央では別の戦いが始まっていた。 ミレイがアーサーを狙っている間に、残る四人も動き出していた。
「ダン、正面から来るよ!」
カイルの声に、ダンが振り返る。 目の前では、一組の男子生徒が両手を地面へ向けていた。次の瞬間、土が勢いよく盛り上がり、いくつもの岩の塊となってダンへ飛んでくる。
「うおっ!?」
ダンは大きく横へ跳び、岩をかわした。 その隙を突いて、もう一人の生徒が腕を振るう。鋭い風が地面を走り、ダンの足元を襲った。
「危ねぇな!」
着地したダンが慌てて後退する。そこへ再び岩が飛んできた。
「ダン、無理に前へ出なくていい!」
アーサーの声が届く。
「おう!」
ダンはすぐさま距離を取り、障害物の陰へ飛び込んだ。 追いかけてきた相手の生徒が角を曲がった瞬間、横からカイルの槍が突き出される。
「悪いけど、こっちは通れないよ」
相手が慌てて防御する。しかし、カイルが手元の機構を操作すると、金属音とともに槍の柄が一気に伸びた。
「なっ!?」
予想外の間合いに相手が怯む。 カイルはすぐに槍を引き戻し、その反動に合わせて体勢を整えた。 相手が槍の動きに気を取られた瞬間、ダンが横から飛び込んだ。
「おらぁ!」
懐へ潜り込み、拳を相手の胸元へ叩き込む。 短い判定音が響いた。
「一組、一名退場」
「よし、一人!」
ダンが嬉しそうに拳を握る。 しかし、その背後では、先ほど岩を操っていた生徒が再び魔法を発動していた。 今度は大きな岩を一つ生み出し、カイルへ向かって勢いよく放つ。 カイルは倒した相手の位置を確認しており、背後から迫る岩に気づいていなかった。
「カイル!」
ダンは反射的に地面を蹴った。
「えっ?」
振り返ったカイルを突き飛ばし、その前へ飛び込む。 直後、岩がダンの身体を捉えた。
「ぐっ!」
ダンは後方へ倒れ込み、地面に尻もちをついた。 判定音が響く。
「二組、ダン・戦闘不能」
「わりぃ、やられちまった!」
ダンはその場に座り込んだまま、悔しそうに頭をかいた。 その様子を見たアーサーの表情が変わった。
「ダン! 今の動きは作戦になかったはずだ!」
いつもより強い声だった。
「悪かったって。カイルがやられそうだったからよ。体が勝手に動いちまったんだ」
ダンは少し困ったように頭をかいた。 アーサーは何かを言いかけたが、すぐには言葉が出なかった。一瞬だけ表情を曇らせ、それからカイルへ視線を向ける。
「カイル、怪我はないかい?」
「うん、大丈夫。ダンのおかげで助かったよ」
「そうか……」
アーサーは小さく息をついた。そして、すぐに剣を構え直す。
「クロード、中央の援護を頼む。カイルはそのまま右へ」
「了解」
「分かった!」
ダンを欠いた四人は、再びそれぞれの位置へ動き始めた。
「ったく、心配しすぎだろ」
退場となったダンは、アーサーの背中を眺めながら小さく呟いた。
中央では、残された一組の生徒が再び魔法を発動していた。 地面から岩が突き出し、カイルの進路を塞ぐ。さらに、後方から別の生徒が生み出した水の壁が、二組の射線を遮った。
「今度は水か」
クロードが壁の向こうを覗き込む。 水は厚い膜のように広がり、向こう側にいる生徒たちの姿を隠していた。その奥には、一組の護衛対象も控えている。
「ミア、右側は見える?」
「少しだけ。水の壁が邪魔」
「じゃあ、少し動いてもらおうか」
クロードは拳銃を構え、水の壁から出ていた相手の足元へ訓練弾を放った。 相手の生徒が慌てて防御を固める。水の壁がクロードの方へと移動し、その反対側にわずかな隙間が生まれた。
「カイル、右から行けるかい?」
アーサーの声が届く。
「うん、いけそうだよ」
「ミア、援護を頼む」
「了解」
ミアがライフルを構え直した。 一発の銃声が響く。水の壁から姿を出しかけた生徒が、再び身を隠した。 その隙に、カイルが障害物の陰を抜ける。 岩を操る生徒がカイルに気づき、再び地面へ手を向けた。しかし、魔法を発動するよりも早く、クロードの銃声が響いた。 弾が足元に着弾し、相手の集中が途切れる。
「悪いけど、こっちも見ててくれるかな」
クロードはそう言って、次の弾を構えた。 正面のクロードを警戒すれば、遠くからミアのライフルが狙う。ミアを防ごうとすれば、今度はカイルが距離を詰めてくる。 魔法による攻撃は一組の方が多彩だった。だが、二組の四人は互いの位置を把握し、相手が魔法を使うタイミングを見ながら動いていた。 そして、カイルはついに相手の護衛対象がいる場所へと回り込んだ。
その頃、ミレイはアーサーのすぐ近くまで迫っていた。 クロードとミアの援護が中央へ向いたことで、先ほどまで塞がれていた通路が開いていた。
「今度こそ……!」
ミレイが地面を蹴る。 その速度は、先ほどまでよりさらに速かった。 アーサーが剣を構える。だが、ミレイは正面から踏み込むと見せかけ、途中で急激に方向を変えた。 アーサーの剣が空を切る。
「速いな……!」
すぐに体勢を立て直すが、ミレイはすでにその懐へ踏み込んでいた。 少女の訓練用の短剣が、アーサーの肩をかすめるように通り過ぎる。
「惜しい……!」
ミレイが素早く踏み込み直す。 アーサーも剣を構え直したが、少女の動きはそれより速かった。 次の一撃が届こうとした、その時だった。 実技場に終了を告げる音が響いた。
「そこまで。二組、アークレイン小隊の勝ちだ」
リキトの声が聞こえる。
「え?」
ミレイが動きを止め、振り返った。 自分たちの陣地では、カイルが槍を引いていた。その先には、護衛対象だった生徒が立っている。 カイルの槍が相手の胸元に届き、戦闘不能の判定を受けていたのだ。
「こっちは終わったよ!」
カイルが片手を上げる。 ミレイはしばらくその光景を見つめていた。 それから、ようやく状況を理解したように肩を落とす。
「そっかぁ、負けちゃった」
結局、ミレイ自身は一度も攻撃を受けなかった。 それでも、試合に勝ったのはアーサーたちだった。
試合を終えた両小隊が、実技場の中央へ戻ってきた。
「いやぁ、危なかったね」
クロードが拳銃をしまいながら言う。
「もう少し遅かったら、アーサーがやられてたかもしれない」
「本当に助かったよ。みんな、ありがとう」
アーサーが四人へ礼を言う。
「おう! まあ、任せとけって!」
ダンが嬉しそうに笑う。
「君は途中でやられただろう?」
アーサーが呆れたように返す。
「うっせぇな! 一人は倒しただろ!」
ダンの言葉に、クロードとカイルが笑った。アーサーも小さく息をつき、ようやくいつもの穏やかな表情に戻った。 その様子を見ていたミレイが、アーサーへ歩み寄った。
「あの……」
「ん? どうかしたかい?」
ミレイは少し首を傾げる。
「私の動き、見えていたんですか?」
アーサーは少し考えてから答えた。
「いや、正直ほとんど見えなかったよ」
「そうなんですか?」
「ああ。君の速さには驚かされた。だからこそ、正面から追うのは諦めたんだ」
アーサーは穏やかに続ける。
「君が私を狙っているのは分かっていたからね。君を倒すより、仲間たちに任せた方がいいと思ったんだ」
ミレイは少し考えるように視線を落とした。
「なるほど、そっか」
それから、アーサーへ顔を向ける。
「次は、負けませんから」
「もちろん。次も楽しみにしているよ」
アーサーが穏やかに笑うと、ミレイも小さく頷いた。 その少し離れた場所では、試合前に噂話をしていた二組の生徒たちが、驚いた様子でアーサー小隊を眺めていた。
「なんだよ、あいつら……」
「魔法が使えないのに、あんなに動けるのかよ」
先ほどまでの笑い声は、もう聞こえなかった。
「いやぁ、すごかったね!」
試合を見終えたアルレアが、興奮した様子で声を上げた。
「あのミレイって子、ほんとに速かった! ユエルより速いんじゃない?」
「走る速さなら比べものにならないな」
ユエルが答える。
「でも、結局負けちまったんだよな」
ガルシアが腕を組む。
「それに、あの坊主もなかなかやるじゃねぇか。魔法もなしであそこまで動けるとはな」
「クロードとミアの援護もすごかった。お互いの届かない所を補ってた」
ニーアが言う。
「俺たちとは、少し動き方が違ったよね」
ソウタが口を開いた。
「どういうこと?」
アルレアが尋ねる。
「俺たちはそれぞれが自分で判断して動いて、ほかの仲間がそれをカバーしてた。でも、あっちは最初から小隊全体でどう動くか考えてたんじゃないかな」
ソウタはアーサーたちへ視線を向けた。
「仲間が動いたから自分も動くんじゃなくて、仲間がどう動くかを考えて、自分の動きを決めてる。だから、あんなに連携が取れてたんだと思う」
「なるほどねぇ」
アルレアは感心したように頷いた。 ユエルもアーサーたちの方へ目を向けた。 アーサーは仲間たちと何かを話し合っていた。クロードが身振りを交えて説明し、ダンが笑いながら応じる。ミアは静かに頷き、カイルも時折会話に加わっている。 その様子を見て、ユエルは自分たちの試合を思い返した。 相手を倒すことばかり考え、守るべき仲間のことを見ていなかった。 自分たちとアーサーたちでは、戦い方がまるで違っていた。
「よし! 今度はさ、もっと話し合おうよ!」
突然、アルレアが声を上げた。
「次までまだ時間あるし、みんなで作戦考えよ!」
「珍しくまともなこと言うじゃねぇか」
ガルシアが笑う。
「珍しくって何よ!」
「でも、俺も賛成だよ」
ソウタが穏やかに言った。
「そうだな。次は最初から全員で考えよう」
ユエルも頷く。
「じゃあ、まずはガルシアが勝手に走らないようにしないとね!」
アルレアが笑いながら言う。
「あぁ? お前もだろうが!」
二人のやり取りに、ニーアが小さく笑った。ノノもつられて笑みを浮かべる。 その時、実技場の反対側から声がかかった。
「ユエル!」
振り返ると、アーサーがこちらへ歩いてきていた。
「さっきの試合、見ていたよ」
「ああ。こっちもお前たちの試合を見てた」
ユエルが答えると、アーサーは小さく笑った。
「君たちの小隊には、面白い顔ぶれが揃っているね」
「負けたばかりだけどな」
「初めての小隊戦だろう? 私たちだって、まだまだだよ」
アーサーはそう言って、ユエルへ手を差し出した。
「君と戦うのは楽しみだ」
ユエルはその手を取り、軽く握り返した。
「お手柔らかに、殿下」
冗談めかしたユエルの返事に、アーサーは楽しそうに笑った。 二人のやり取りを見ていたアルレアが、勢いよく顔を上げる。
「えっ! じゃあ次はアーサーたちと戦えるの!?」
「おい、まだ決まってねぇだろ」
ガルシアが呆れたように言う。
「でも、面白そうじゃん!」
アルレアは楽しそうに笑った。 初めての小隊戦は、あっけない敗北に終わった。 一人ひとりの力だけでは、どうにもならないことがある。それを六人は身をもって知った。 まだ互いのことを十分に理解しているわけではない。 得意なことも、苦手なことも、それぞれ違う。 それでも、次はどう戦うかを考える時、もう誰も一人で勝とうとはしていなかった。




