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とある騒動のよくある結末 ~花嫁たちのお茶会~  作者: 櫻井


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06.よくある騒動の結末

「元々、政事には疎いところがあると感じてはいましたが……。一層のこと、宮廷愛を歌う吟遊詩人にでも成られたほうが宜しいのではなくて? 」


ロマンティシズム溢れるリシャールにユーフィニアは心底呆れているようだった。


「あの。それでユーフィニア様は、このままアウーロに戻られるのですか? 」


ユーフォリア。と、アウーロ調でユーフィニアを呼んでいたイザラだが、今はすべらかに舌が動くケイデン調に直している。


イザラの質問にユーフィニアは少し考える仕草を見せた。


「そうなのよね。本来なら今宵は内廷の晩餐にご一緒して、明日リシャールと共にウルザリンに向けて出立する予定でしたの」

「そ、れは」


ユーフィニアが十八となり、成人したので夫婦として共に暮らせるとなった初日の出来事がこれである。


「殿下は、勘違いしたんだろうな」


やれやれとライアンは肩を竦めた。


「勘違いって? 」

「自分は未婚でユーフィニア様とウルザリン入りしてから婚姻するんだろうって」

「そんな……! 」


例え未婚で、婚約を白紙に戻したいとしても結婚直前に婚約破棄を突き付けるなど有り得ないとイザラは顔を青くする。エフィーは兄の仮説に同意なのか手にしていたカップをそっと皿の上に戻した。


「ふた月ほど前、ロシュウォールのジェラルド王太子がブルームバーゲンに入られた。ケイデンと国境を接するゼイブン公領のマルガリーテ様との婚姻のためだ」

「まさか、自分も同じだと……。ああ、そうね。王子の頭の中では、まだユーフィニア様とは結婚していないのですものね」

「イザラ」


呆れるイザラを隣に座るダリルが窘める。


「どちらにしても、もう過ぎたことですわ」


愉快と笑うユーフィニアは何処か怠惰な色香を纏う。


既に聖主座府に『不当の証』は持ち込まれてしまっている。婚姻している相手を婚約者と呼び、滞在していない相手が滞在しているかのように記された報告書の数々。自分の婚約者を陥れるために用意した不当の証は、自身の不実を示す証となった。


勘違いでそこまでやり遂げた情熱を他の方向に向けてくれていたら、ケイデンの発展も約束されたものだっただろうにと、ユーフィニアの笑い声を聞きながらライアンは視線を手元に下ろす。


彼には、別の懸念が生まれていた。


「名誉のための戦いを始められますか? 」


ライアンの言葉に、談話室に沈黙が落ちる。


「ふふ。殿方は面白いわね」


口角を上げ、一見穏やかにも見える微笑みを浮かべた女主人は、今にも永遠の安寧を与えそうな静かな光を瞳に宿していた。


「ストレイン陛下は、教養を高めると学校教育に熱心であられましたけれど」


事実、ケイデンの『実践のための学び』に重きをおいた指導は、他国からも関心が寄せられ知見を広げようと遊学してくる者もあとを絶たない。


「御自身の子育てには、冷淡でしたわね」


賢王とされる国王も親としては無能とユーフィニアはサックリと切り捨てる。


「リシャールは、ウルザリン公領と引き換えに真実の愛を掴んだ。……国土の半分近くを失っても貫いた愛、後世に語り継がれるでしょうね」


それは、恥としてだ。と、浮かんだ突っ込みは聞いていた全員が胸の中にしまいこむ。


「騒がしくなる前に、アウーロに向けて発ちますわ。ウルザリンに向かったところで呼び出されるでしょうし。まさかの出戻りでお母様が憤死しそうだけれど」


明日になれば、このフロスコーストのホールは傷心のユーフィニアへと贈られた花々で溢れかえることだろう。

簡単に想像ができ、且つ明日の朝にはそうなるであろう風景が、ユーフィニアにとっては非常に下らないものに思えた。


ユーフィニアは、ケイデンの行く末を案じたウィリスの遺言に従いウルザリン公領を与えられてユーグ家に嫁いできた現アウーロ国王モリス・アルバートⅡ世の四番目の子女である。


彼女との婚姻を解消するということは、ケイデン王国の国の形が変わることを意味する。


「やっぱり戦争が」


顔を青くするイザラをそんな未来はないとユーフィニアが笑った。


「アウーロに戻れば、きっとオリバー・オブ・マーティンとの縁談が纏まるでしょう」

「オリヴィエ王子ですか? 」


ライアンが驚きの声を上げる。

彼の余りの驚きように不思議な顔をするダリルの耳許でイザラがオリヴィエ・デュ・マルタンの事だと囁く。

今度はダリルが目を剥き、今にも叫びだしそうな顔でユーフィニアを見た。


マルタン辺境伯領はニューラヴェッティンとベルーシャと国境を接する伯領だ。今はアウーロに属する形となっているが独立領と捉えてもおかしくはない対等な関係である。そこにユーフィニアが嫁ぐとなるとパワーバランスが確実に崩れる未来が見えた。


「確か、わたくしとは十六だったかしら。歳は離れているけれど、気にするほどではないわ。愛人だったルーシー・メイが亡くなって六年。そろそろ妻を迎えてもいい頃よ」

「ユーフィニア様」


それまで黙っていたエフィーが、おずおずと口を開く。


「何かしら」

「物凄く、怒っていますね? 」


エフィーの言葉に一つ瞬けば、惨憺たる未来を引き寄せそうな光は消えて、ユーフィニアには淑女の微笑みだけが残る。


「子供の頃からのわたくしの憧れは、光華の花嫁ですのよ」




◆◆




人の口に戸は立てられない。

リシャール王子が起こした離婚騒動は、スズランの舞踏会に参加していた貴人から漏れ出て、国交のない国にまで風の噂として伝わるほどであった。


ジェラルド王太子の婚礼による饗宴の儀に参列するためロシュウォール王国でスズランの日を迎えたストレイン王は、帰路の途中で届いた早馬での報せにヴァローナではなく聖主座領の大聖堂へと向かった。

息子が起こした馬鹿げた婚姻取消しの申し立てに異議を唱えるためである。


しかし、既に婚姻取消しは聖主座府により決定されており、覆すことは出来なかった。

本来、離婚成立までには果てない時間がかかる。神の采配にて結ばれた婚姻が容易く解消されるなどあってはならない事だからだ。それが一晩で成立し、翌日には告示された。

聖主座府の力を殺ぐことに注力してきた王家に対する細やかな意趣返しであったのかもしれない。


ヴァローナの王宮に戻ったストレイン王は、婚約ではなく結婚していたなど覚え違いはあったかもしれないが聖主座府が認めたのだからこの婚姻は誤りであったのだと胸を張って語るリシャールに嘆息する。


果てに彼は、ユーフィニアを廃し公領主をすげ替えるべきだとも進言し、ストレイン王を老け込ませたのであった。


「リシャール、よくお聞き。汝の記憶の限りウルザリン公領はケイデンに属していたかもしれない。それは、ユーフィニア・ウルザリンと婚姻していたからだ。彼女と離婚した今、ウルザリンの地は我がケイデンから失われたのだよ」


死しても尚、ユーグ王家を庇護し続けたウィリスの威光は完全に失われたのであった。


ユーフィニア・ウルザリンは、彼女の予見どおりオリバー・オブ・マーティンと再婚する。


離婚後すぐアウーロに帰還した彼女の元には各地から求婚が相次いだが、それらをすべて断りわずか二ヶ月でオリバーの妻となった。この再婚に一番怒りを露にしたのは、リシャールではなくベルーシャ帝国である。


ケイデンの南東に位置するウルザリンの地は、南側を聖主座領に接していて聖主座領はベルーシャと国境を接していた。

聖主座領の守備はウルザリンが担い、また儀仗兵はアウーロ人が派遣されている。


聖主座領を接収したいベルーシャにとって、ウルザリン公領の女領主であるユーフィニア・ウルザリンは邪魔な存在であり、また聖主座領を手に入れるためには、ユーフィニア・ウルザリンを手中に収めることが早道だったのだ。


だが、帝国側に目もくれずユーフィニアはオリバーの手を取った。


そこに聖主座府の思惑が紛れていたかどうかは、今となっては判らない。


オリバーは生涯の殆どを海外遠征で過ごしたが、ユーフィニアとの間には二男、三女と子宝に恵まれ子供達を溺愛したという。


ユーフィニアと離婚した後のリシャールは、クリスティーナとは婚姻に至らず八歳年上のロシュウォール王国マキェルン公の妹と同盟関係強化の目的で結婚した。彼の目覚めた『真実の愛』とは、自らが愚かであるうちは、なんの力も持たなかったのである。


リシャールの妻となったコルネリアは、大層穏やかな性格の女性で常に夫を優しく見守り、時に厳しく諭して導いたという。

夫婦ではなく師弟のようであったと、老境に入り床に伏すことが多くなったリシャールは語っている。


ユーフィニアと間違われたエフィーは、少しばかり華やかな噂に飾られる日々を過ごすが、一年残していたアカデミー生の学びを無事修了するとルネスと婚姻に至った。


その後、夫婦共にユーフィニアに招かれエフィーはウルザリンで教鞭を執ることとなり、ルネスはユーフィニアの子供達の護衛騎士として生涯重用されることとなる。


エフィーより一足先に結婚したイザラとダリルは、イザラの生家があるニューラヴェッティンにダリルの一族共々居を移した。


本来、騎士とは誓願し大特権を与えられた者たちを表す言葉である。彼らは神に奉仕するため結婚は出来ない。

しかし、その高潔な生き方に憧れた貴族達が自分達も騎士を持ちたいと私兵を集め騎士団を私設した。これにより、元来の騎士たちは聖騎士と呼ばれ、貴人たちが擁する武力は騎士と呼び分けられるようになった。


ダリルやルネスは、騎士であるため結婚はできたし、仕える主人を替えれば、何処でだって生きていけた。


優秀な騎士は、引く手数多なのである。


イザラ夫妻がニューラヴェッティンに戻ると間もなくニューラヴェッティンの付庸国であるミルフィオリのイスマルⅣ世が逝去した。イスマルⅣ世は、ユーフィニアの夫オリバーの母方の外祖父である。


イスマルⅣ世の崩御により、オリバーはミルフィオリ王を継承しユーフィニアは夫と共に戴冠した。


王妃となるべく育てられたユーフィニアの歩む道は、やはり王妃の椅子へと繋がっていたのである。


新しい王を迎えたことで、ミルフィオリはニューラヴェッティンの付庸国から外れ、オリバーとユーフィニアが治める広大な所領と合わさり発展していく。


ニューラヴェッティンからマルタンにやって来た騎士たちのなかにパウエルの名があったとか無かったとか。

見た目と異なり内面がパワフルなイザラは、住む国が変わる度に『ここは私の第二の故郷』と異国文化を享受していたらしい。

流転する自分の運命の波を彼女は見事に乗りこなし、沈まず溺れず最期まで乗り切った知者である。





◇◇◇





「国務院に王族の立ち入りを禁ずる新法の制定を要求します! 」


ライアンの魂からの叫びに、ユーフィニアは手にしたカップを皿に戻した。


「わたくしもオリバーも国務院に出向く事はないし、アンはアウーロの王女だからマルタンやミルフィオリの法では縛れないと思うのだけれど」

「くっ」


薔薇が見頃と四阿でお茶を楽しんでいたユーフィニアの元に顔を出したライアンは、出会った日と変わらず、いや、彼が満足に眠れる日は、永遠に訪れることはないのではないかと思えるくらい目を落ち窪ませ青黒い隈をつくった状態でお茶会に姿を現していた。


遠いあの日、勘違いと人違いから結ばれた縁を離さなかったユーフィニアは、戦争で疲弊していたミルフィオリの内政を再建、安定させるためエフィーを頼りライアンをミルフィオリの国務院に引き抜いたのだ。


仕える国を変えても職場は以前と変わらないため、相変わらずライアンの心は休まる間がない。それどころか、王妃の覚えも目出度いという事で望まぬ出世もし放題の有り様だ。


上質な糸で織られ丁寧な刺繍を施された上着は、彼の地位を象徴する様に高価な物だが、着ている本人の背中が煤けているために魅力も半減している。


前途洋々たるはずの彼だが、このふた月で随分と草臥れてしまった。原因は仕事の多忙さだけではなく、その仕事の邪魔を目的としているかのようなアン王女の連日の襲撃……もとい訪問が関係している。


ユーフィニアの姪であるアン王女が、エフィーに師事しようとアウーロからマルタンにやって来たのがふた月ほど前。その時、開かれた午餐会で王女がライアンを見初めたのが全ての始まりだった。

アンの猛攻と固守するライアンは、なかなか見応えがあると国務院の中でも話題になっているようだが、案文の起草さえ遅れなければ問題ないと誰も助けてくれないらしい。


「ライアンは、幾つになったのかしら? 」

「私の年齢がどう」

「二十八ですわ。冬が来れば、二十九になります」


テーブルを囲んでいたエフィーがライアンの代わりに答えた。


「アンは、十一歳だから十八歳差ね」

「埒内だわ」

「埒内ですね」


目元を和らげるユーフィニアが見据えている未来が見えるのかエフィーもイザラも揚々と頷く。


スズランの日に結ばれた友情は、立場を変え、環境を変えても固く結ばれたまま今も出会ったときと同じようにテーブルを囲んで会話に花を咲かせる。


「ライアン。あの子はわたくしと違って光の乙女に憧れていますの。頑張って逃げ切らないと外堀から埋められますわよ」


ユーフィニアの助言に、弾かれたように顔をあげたライアンは急ぎ国務院に戻ると駆けていった。どんなに慌てていても辞する挨拶と礼を忘れないのは、ライアンがライアンたる所以だろう。


「どちらを応援すべきかしら? 」


薔薇の生け垣の向こうに背中が消えるのを見届けてからユーフィニアが優雅に笑う。


「私としては、アン王女ですね」


白い皿に慎ましく盛られたカリソンに手を伸ばしたイザラは、舟形のそれが形を崩さないようやさしく持ち上げ、自分の皿へと移しかえる。


「あら、どうして? 」

「だって、面白そうですもの」


キャッ。と、可愛く声をあげたイザラのブレない性格に、エフィーは脱力しながら「お兄様逃げて」と細く息を吐き、ユーフィニアは愉快と手で口許を隠して笑った。



天楽の園での花嫁たちのお茶会に、もう一人加わるのはもっとずっと先の話――――。





三日間、お付き合い頂き有り難うございました。


目にとめて頂いた皆様

最後までお付き合い下さった皆様に

心よりの感謝を。


作者、淡々としておりますが

心のなかではタンバリン振り回して

小躍りするくらいの勢いです。


有り難うございました。

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