表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/54

54)魅了の魔法と宝石刑

~前回までのあらすじ~


 悪役令嬢フォルトゥーナ・ジャックベリーの兄として生まれ変わったラングリース。

 乙女ゲームに酷似した異世界で、破滅の運命を回避すべく、色々頑張る彼。

 ゲームの世界の中心となるウィンディリア王立学園に入学できたラングリースは、トラブルに巻き込まれつつも二学年に。

 一学年には可愛い妹、フォルトゥーナも入学してきた。

 だがしかし!

 フォルトゥーナは同じ公爵令嬢のベルモットから入学早々嫌がらせを受けずぶ濡れに。

 とばっちりでダーミリア・ワンガ男爵令嬢もずぶ濡れに。

 どうしたものかと物思いに耽っていたラングリースは、厳しい魔法教師、ベネディットの授業で失態を。

 放課後、魔導準備室に呼び出される羽目に。

 ラングリースを待ち受けているのは、はたして……。



 ベネディット先生の呼び出しは、一体なんだろう。

 思わず背筋が丸まりそうなぐらい、気が重い。

 前屈みになりそうなのを、ぐっとお腹に力を入れて、一歩一歩廊下を進む。

 どうしても、足取りは重いけれどね。

 余所見をしていたのはばれているのだし、罰を受けるしかない。

 出来れば、虫系じゃなければいいな。

 

 そんな事を考えながら歩いていると、魔導準備室はもう目と鼻の先だ。

 ……ん?

 話し声か。


 魔導準備室のなかから、話し声というか、正直、言い争っているかのような声が聞こえる。

 あぁ、言い争っている、は正しくないな。

 ヒステリック気味に騒いでいるのは女の子で、ベネディット先生は冷静に感じる。


「……もうっ、わたくしは公爵令嬢ですのよ! どうして出来ないんですのっ」

「そのような魔法は教えるものではない。いい加減にしたまえ」

 

 あぁ、これ、ベルモットか。

 何を切れているんだろう、あの我侭お嬢様。

 これ、入り辛いな。

 ベネディット先生に呼ばれたんだから、入ってもいいんだろうけれど、躊躇うよね。

 

 俺が魔導準備室の前で迷っていると、ベルモットが一際高く怒鳴った。 


「もういいわっ、あんたなんか、お父様に言いつけてクビにしてやるんだから!!!!」


 バンッと思いっきり外側にドアが開き、俺は咄嗟に身体を引く。

 その俺の鼻先すれすれをドアが横切り、ベルモットが飛び出してくる。


「邪魔よっ!」

「うぉっ?!」


 キッと、親の敵でも見るような目で俺を睨み、走り去っていくベルモット。

 いや俺、思いっきり横に避けてたよね。

 なんで睨まれなきゃいけないんだか。

 彼女は本当に公爵令嬢なのかといいたくなる。

 十二歳の女の子としてだけ見ても、ちょっと幼いっていうか、感情をあらわにし過ぎるというか。

 思い込みも激しいし、正直、対応に困る。


「ラングリース、そんな所に立っていないで中に入りたまえ」

「はい、先生。申し訳ありません」


 あぁ、ベルモットのせいで、ベネディット先生の機嫌がより一層悪くなったんじゃないか?

 眉間にくっきりしわが刻まれているよ。


 席を促されて、部屋の中央に置かれたソファーに腰掛ける。

 魔導準備室は、多くの魔導書と魔導具、天球儀に魔鉱石といった魔導関係の物で溢れている。

 俺の背よりも遥かに高く、天井までぎっしりと詰まった本棚は、正直少し圧迫感がある。

 あぁ、狭苦しいのは俺の横幅のせいもあるけれどね。


 ベネディット先生が、すいっと左手を空に滑らすと、ティーポットとカップとソーサーがどこかから浮いてきた。

 滑らかに空を滑るティーセットは、俺の前で止まり、紅茶を注ぐ。


 ……紅茶だって分かっているけれど、場所が場所だからちょっと飲むのを躊躇うよね。

 ほら、ここって、ベネディット先生が実験とかしていそうだから。

 香り的にも見た目的にも何も問題はないし、ティーセットも清潔で、お洒落なデザインなんだけれどね。

 ベネディット先生が好むとは思えない、といったら怒られるだろうか。


「このティーセットは姉の好みだ」

「とても、お洒落ですね」


 俺が何も言っていないのに、ベネディット先生から答えが返ってくる。

 ほんと俺、顔に出やすいんだな。


「さて、ラングリース。早速だが、我輩が呼び出した理由を説明させてもらおう」

「は、はい……」


 眉間に刻んだ皺をそのままに、ベネディット先生は軽く溜息をつく。

 それだけで、俺の胃がきゅぅっと竦む。


「話しというのは他でもない。フォルトゥーナの事だ」

「えっ、フォルトゥーナですか?」


 竦んでいた胃が一気に復活した。

 背筋もすっと伸びる。

 フォルトゥーナに一体なにが?

 魔法教師のベネディット先生が俺を呼び出すぐらいなのだから、魔法関係なのか?

 まさか、暴走……?


「あぁ、魔力の暴走などではない。その点についてはまったく心配ないだろう。彼女は十分に魔力の扱いが出来ているのだから。

 問題はそこではない」

「魔力や魔法についてではないのでしたら、フォルトゥーナに何の問題があるというのですか。

 少なくとも、私が呼び出されるような問題を起こす子ではないはずです」


 学力は入学式で代表を務めた事からもわかるように、優秀な成績のはず。

 俺と違って遅刻しかける事もなければ、授業中にぼんやりする事も無いだろう。

 フォルトゥーナが問題を起こす事はまずありえない。

 あ、もしかしてあれか。

 俺にもフォルトゥーナを見習ってもっときちんとしろという事かな。

 それなら呼び出されるのも納得なんだけれど。


「彼女自身が問題を起こしているわけではない。起こしてるのはベルモットだ」

「ベルモット!? 彼女がなにをしているのですか。フォルトゥーナとはクラスが違うでしょう。話す機会もほぼないと思いますが」

「そうだな。だが、ベルモットは公爵家の令嬢だ。この意味が分かるかね?」


 ベネディット先生の言葉に、俺は首を傾げる。

 ベルモットはたしかに公爵令嬢だ。

 でもフォルトゥーナだってそれは同じ。

 しかも王家に逆らう事すらできる権力を持ちえたジャックベリー公爵家の愛娘だ。


「ふむ、わからないようだな。ではこう言えばいいか? ベルモットに従う下級貴族は大勢いるのだと」

「あっ…………」


 取り巻きども!

 ベネディット先生の言葉に、ベルモットの周囲にくっついていた令嬢達を思い出す。

 公爵令嬢のフォルトゥーナに直接文句を言えるような身分の子はいない。

 けれどここは学園で、表面上は平等を謳っていて、尚且つ、フォルトゥーナはベルモットと違って何をされても怒るような子じゃない。

 親に言いつけるようなことも無い。

 今日の朝も、普段どおりの柔らかな笑顔だった。 


「……嫌がらせを、受けているのですか……?」

 

 俺の言葉をベネディット先生は否定しない。

 クラスが違うからって安心していた。

 廊下ですれ違う程度なら、大したことも無いだろうと。

 大有りだったよ俺の馬鹿やろう!


 すぐさま席を立ち、ドアに向かおうとする俺の手首を、ベネディット先生が掴んだ。


「待ちたまえ、どこへ行く気かね?」

「ベルモットのところですよ、決まっているでしょう!」


 さっき走っていってから、さほど時間は経っていない。

 なら、追いかければ間に合うんじゃないか?

 

「彼女のところへ行ってどうする」

「当然、一言いってやるんですよ。いい加減にしろと」


 アンディが好きなら、アンディにだけ思いをぶつければいいんだ。

 八つ当たりで、無関係なフォルトゥーナを巻き込むなと。


「なるほど。だがしかし、ラングリースの言葉をはたして彼女は素直に聞くのかね?

 むしろ、火に油を注ぐのではないかね?」

「そ、それは…………」


 ベネディット先生の言う事はもっともだ。

 あの我侭ベルモットが、デブで邪魔な俺の言う事なんて、まともに聞くはずが無かった。

 むしろより一層、フォルトゥーナへの嫌がらせが増しそうだ。

『卑怯者は、兄に告げ口したのね!』と。

 

 ……そういえばさっき、この部屋に入る前にベルモットが何か叫んでいたよな。

 

『……もうっ、わたくしは公爵令嬢ですのよ! どうして出来ないんですのっ』


 そう、たしかこんな風にいっていたっけ。

 何をしようとしてたんだ?


「ベネディット先生。さっきこの部屋で、ベルモットとは何を話していらしたのですか」


 先生とベルモットが何を話していたかなんて、本来なら俺が聞くべき事じゃないけれど。

 フォルトゥーナにかかわりのあることかもしれないし、知っておきたい。

 公爵令嬢の地位を使って、フォルトゥーナへの嫌がらせをしているのだし。


「あぁ、あれは、この件とは無関係だ。個人への嫌がらせ行為は慎むようにと、何度か注意はしたがね。

 あの子は、魅了の魔法を教えろとそればかりだ。魔法の才能は高いとはいえ、使い道を誤れば破滅しかないという事を理解していない。

 先が思いやられる」

「魅了の魔法は使えないのですか?」

 

 これだけ魔法が溢れている世界だ。

 魅了の魔法ぐらいありふれていそうだけれど。


「ラングリース、言葉を慎みたまえ。魅了の魔法とは、魔力で相手の心を捻じ曲げ惹き付け、思い通りにする魔法だ。

 そんなものを、そうやすやすと使えると思うのかね」

「いえ……」


 いわれてみれば、そうか。

 魅了って言うと何だか恋心だけみたいに感じるけれど、ようは、人の心を魔法で無理やり操るわけで。

 そんなもの、ほいほい使われたら困るよね。

 物語や前世のゲームなんかだと敵がよく使ってくるから、ありふれた魔法のように感じてしまったよ。


「さらに言うなら、魅了はウィンディリア王国では禁呪とされている。

 学園で教えることは無いが、お前は公爵子息だ。上位の禁じられた魔導書をみる機会もあるかもしれん。

 だが興味本位で使おうなどとは決して思わぬように。

 見つかれば学園を退学はもちろんの事、最悪、宝石の刑に処される事もあるのだから」

「宝石の刑?!」


 俺は、ひゅっと息を飲む。

 喉がからからに乾いていく。


 宝石の刑。

 それは、『宝石のように煌いて』のゲーム内で、フォルトゥーナが受けた罰じゃないか。

 フォルトゥーナが、瞳の色と同じピンクトルマリンに変えられて、粉々に砕け散って……。


「うむ。人の心をむやみに操る魔法の行使には、重い刑が科せられている。

 様々な条件をクリアしなければ決して成功することは無いが、使おうとするだけでも罪になる。

 くれぐれも、注意するように。

 ……ラングリース?」


 パキン、パキンと。

 以前見た悪夢が再現される。

 父上も母上も、兄達もエルドールも。

 みんな、宝石に変わって砕け散って……。


「ラングリース、どうした? しっかりしたまえ。ほら、冷たい水だ。飲みたまえ」


 ベネディット先生が魔法で入れてくれた水を、一気に飲み干す。

 指先がかすかに震える。


 前世を思い出してから、ずっと疑問だった。

 ジャックベリー公爵令嬢であるフォルトゥーナが、なぜ、伯爵令嬢のヒロインを虐めたぐらいで宝石刑に処されるのか。

 ゲーム独特のご都合主義なのかと。


 でも。

 ゲーム内のフォルトゥーナは『漆黒の魔女』という異名がつけられるぐらい、魔力の扱いに長けていた。

 そして公爵令嬢の彼女なら、禁じられた魔導書をどこかから入手する事も可能だったんじゃないのか?

 俺が見る機会があるかもしれないなら、彼女だって見れるはず。

 そしてゲーム内のフォルトゥーナなら、迷う事無く魅了の魔法を使うんじゃないだろうか。

 たとえば、ヒロインに奪われたハドル王子の心を奪い返す為に。

 そして、失敗して、事が明るみに出て、宝石刑に処された。


「落ち着いたかね?」


 ベネディット先生が、俺の背をさすりながら、水をもういっぱい、注いでくれた。

 さすられた背中がほんのり温かいのは、ベネディット先生が治癒魔法を使ってくれているのだろう。

 指先の震えが止まって、強張っていた身体から余分な力が抜けていく。


「先生、もう、大丈夫です。ありがとうございます」


 顔を上げると、ベネディット先生がほっと息をつく。

 俺、そんなに真っ青だったのかな。

 先生かなり慌ててたし。


「脅すような事を言ってすまなかった。少々苛立っていたらしい。

 話が逸れてしまったが、フォルトゥーナの様子をよくよく見ておきたまえ。

 我輩も、ベルモットの動向には注意しておこう。話は以上だ」


 先生に促されて、俺は魔導準備室をあとにする。

 宝石刑回避もだけれど、まずは、フォルトゥーナといっぱい話そう。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


『悪役令嬢の兄になりまして』一迅社アイリスNeo様書籍情報
2018/5/2発売。

html>
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ