第五十七話 多忙な第四王姫様
アルスティアに戻った悠真と春は家でくつろいでいた。
ポピンは地下研究所、ユズハは薬局、メティラは公務でそれぞれの役目をこなしている。
功は自分の家で寝ているのだろうか。
結局は皆、新婚さんの邪魔をしないでおこうとしているのだ。
「悠真、お昼何食べたい?」
「もけもけ鳥の丸焼き」
「却下」
「なんだよ」
「もうちょっとなんかあるでしょ!?新妻の手料理だよ?」
「魚の塩焼き…」
「鶏肉とキノコの卵包みでいいわね?」
「はい…」
侍女頭まで勤め上げた春は当然ながら、家事全般は完璧である。
家の中にいい香りが漂い始める。
悠真は手際よく料理を作る春を見ている時間が好きだった。
「ぼーっと見てないで手伝ってよぉ!」
「え、何を?」
「瓶の蓋開けるとか、横で鍋かき混ぜたりとかさぁ!」
「そ、そうなのか?」
瑞璃皇国では貴族の立場で、身の回りの事は全て従者、侍女がやってくれた。
悠真はそれが当たり前で、料理を手伝うなど頭の隅にもない。
それどころか、台所に入って邪魔するなと怒られた方だ。
言われるがまま春の横に立ち、鍋を混ぜてみる。
春は悠真に体を預け、キノコをむしっていた。
「そうそう、こうやって夫婦で仲良くお料理お料理!」
「でも、俺何もできないぞ?」
「できなくてもいいの!」
「いつアルスティア城に行くんだ?公務があるって言ってたろ?」
「うん、明後日の昼前から行ってくる。寂しい?」
今までの悠真なら、そんなわけないだろ!と返していただろう。
少しは成長した悠真は本音を言えるようになっていた。
「…さみ…しぃ」
「あらっ!」
春は本音を照れくさそうに言った悠真に驚き、嬉しかった。
顔を赤らめ、悠真を軽く体で押した。
「私もよ…でもすぐに帰ってくるから…」
「あぁ、待ってる」
「悠真…」
春の腰に手を回した悠真は、力強く引き寄せた。
春はされるがまま、悠真の体に包まれる。
いつもより強く抱きしめられた春は覚悟を決める。
「だ、だめだよ悠真。こんなところで…鍋に火もついてるんだし…」
「春…」
しかし、悠真の手にはクナイが持たれていた。
クナイは春の首の後ろに回された。
悠真の体に顔を埋めたままの春は気付く事はない。
「ちょ!悠真何するにょ!!!!!」
叫び声と共にポピンが慌てて飛び込んで悠真の手を取った。
クナイを握りしめたままの悠真は鋭い目つきでポピンをみる。
「悠真!春をどうするつもりにょ!」
「えっ!?」
春は慌てて悠真を突いてポピンの方へ離れた。
未だ何も言葉を発する事なく、クナイを握る悠真。
二人は悠真から逃れる事はできないのはわかっているので、一歩ずつ後ろへ下がる事しかできなかった。
悠真の手がためらう事なく振りかざされる。
チイィィーン・・・
その場に崩れ落ちる春とポピン。
悠真は不適な笑みをこぼした。
「春、蜘蛛が嫌いだからさ」
「…蜘蛛?」
悠真の手から離れたクナイは手のひらほどの大きな蜘蛛を、壁に張り付けにしていた。
クナイを伝って、緑色の体液が滴る…
『ぎゃーっ!!!』
「で、いつから居たの?」
「にょ?」
「いつから台所にいたの?」
「えーっとぉ…」
両頬に手を当て、ニヤニヤするポピン。
「だ、だめだよ悠真。こんなところで…鍋に火もついてるんだし…ぐらいからにょ」
「真似までしなくていいのっ!」
「だって…いい雰囲気だったから入りにくかったにょ」
「人のお家に勝手に入っちゃいけませんっ!」
「えーっ…別に自分家みたいなもんにょ」
「だめ!せめて呼び鈴を鳴らすでしょ!」
「大丈夫にょ!流石に何してるか分からない寝室には勝手に入らないにょ!」
「そう言う事じゃないの!」
「怒らないにょ…でもびっくりしたにょ。悠真が春を仕留めるかと思ったにょ」
「蜘蛛見たら発狂してえらい事になるからな。あんな大きさのを春が見たら俺の命がない」
「ありがと、悠真」
「当然の事だ」
「はいはい、昼間っからご馳走様にょ」
「で、何か用事?」
「あ、お腹すいたから来ただけにょ!」
『……』
「うまいにょ!さすが春!」
「ポピンもお城行くの?」
「いく!一応今回の主役にょ!」
「え、そうなの?」
「聞いてないにょ?」
「何にも。明後日の朝にはお城に来てってセイラ様に言われただけ」
「悠真も功も出席にょ?」
「俺?俺は何も言われてないぞ?」
「どうせ暇なんだからくるにょ。ご馳走様にょ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
雲ひとつない青空の下、エルディア号が留まる巨大な駐機場に舞台が組まれていた。
よく見る各国の首脳と多くの技術者たちが集まっている。
ラッパの音と共に、騎士に守られた国王達が登場した。
もちろん、第四王姫もそこにいる。
「皆、本日はよくぞ参られた!ここに【エルディア級】二番艦の完成記念式を行う!」
「前にポピンが言ってた神翔船のことか?」
「そうだな、完成したんだな」
音楽隊の演奏に合わせ、真新しい機体が格納庫から姿を現した。
数ヶ月前、突如姿を現した神翔船【エルディア号】と同じ機体。
普段から乗っている悠真達は感動があまりなかった。
「では!新たな時代を切り拓いた我らが天機師【ポピン・オスリア】に最大の敬意を!」
舞台の中央に誘導されたポピンはヴォルテクス・レゾナではなく、天機師としての衣装で登壇した。
いつものふざけたポピンと違い、偉大な研究者の姿がそこにはあった。
「皆様、本日ようやく二番艦の完成を迎えることができました」
観客は静まり、ポピンの話に聞き入る。
悠真達も同じだった。
「偶然から生まれたレゾナイト、全てはそこから始まりました」
「国と国の移動が楽になり、貿易、文化の交流がさらに進み治安維持においても迅速に対応する事も可能となりました」
ポピンは悠真を壇上から見た。
「そして何より…この海の向こうには何があるのだろう。この疑問が解決できました」
「共和国の皆様のお力添え、国王様の寛大なるお考えで私は―――」
話を続けるポピンを目に焼き付けながら、悠真は思い出していた。
初めて見たエルディア号を。
この子…ポピンがいなければ、俺は海の向こうを知るこはなかったんだと。
「功、普段は変態でも…やっぱりポピンは偉大だな」
「あぁ、それは認める」
「それでは、第四王姫【瑞璃 春・アルスティ】が新たなる船の命名を行う!」
「おっ、奥さんの出番だぞ。ちゃんとアルスティって名前で呼ばれるんだな」
「ははは…」
美しいドレスを身に纏った春が壇上へ上がり、ポピンは跪く。
春はポピンの肩に手を乗せて、礼を解かせた。
「ここにエルディア級二番艦【オスリア】を命名いたします」
それだけの事だった。
しかし、そこにいた誰もが新たな王姫に吸い込まれた。
美しい所作、姿勢、声…
悠真にしてみれば、本気になった侍女頭の春の服装が変わっただけだが。
音楽隊の演奏が再び始まり、機体にかけられていた幕がとられ艦名が現れた。
拍手と音楽に包まれ、駐機場の興奮は最高潮だった。
「ありがとう、春」
「ううん、最後よ。頑張って!」
「うん」
壇上の中央に戻ったポピンが再び話し出した。
「私の名を艦名としていただき、光栄です」
「これで、エルディア号級の二艦体制が整いました。来週より、皇国との交流は今の週一回程度から二日に一回へと増便されます!」
「今まで行けなかった一般の方々も乗船可能となり、さらには三番艦の建造が始まります!」
「この船は争いの為の船ではありません。人と人を繋ぐ為にあるのです」
「我々アルスティア共和国と瑞穂皇国の交流もさらに深まるでしょう。皆様、どうぞご期待ください!ありがとうございました」
盛大な拍手と笑顔で命名式は終了した。
ポピンは悠真達に壇上から手を振っていた。
「さぁ、春!家に戻ろう!」
「うん、そうねメティ。晩御飯作らなきゃ」
「ラティス。春」
「はい、セイラ様!」
「帰るですって?」
「はい!私も薬局のお手伝いをしますの!」
「春はともかく、あなたの家はここでしょうに」
「あはははは」
「どっちにせよ、まだ帰れませんわよ」
『ええっ?』
春が手を伸ばし、悠真に助けを求めているのが見えるが、どうにも出来ない。
悠真は苦笑いをしながら、メティラと共にセイラに引っ張られていく春に手を振った。
「ははは、新婚さんが早速離れ離れだな」
「お前も早く見つけろ」
「…言うな」
その夜、春は帰ってこなった。
仕方なく、下の酒場でひとり夕食をとる悠真。
「なぁ、第四王姫様綺麗だったな!」
「あぁ、向こうの大陸のお姫様なんだろ?」
「らしいな、あんな綺麗で可憐でお淑やかそうな姫様が向こうにはいるのかな?」
「なら民もきっと美人ばかりじゃないのか?」
「行ってみたいな!」
「今日の天機師様の話じゃ近いうちに行けるようになるんだろ?」
「乗船料はいくらだろうな?」
「絶対行こうぜ!」
いい広告にはなったようだ。
しかし、皇国の姫で綺麗で可憐でお淑やか…
―綺麗…可愛いだな。可憐…所作は綺麗だ。お淑やか…無いな―
「あぁ、そういやまた穢人出たらしいな」
「聞いたよ、騎士団がすぐ片付けたらしいが」
「今週に入って俺が聞いただけでも四件だぞ」
「多くなったよな」
「ちょっとすまない…」
「ん?どうしたんだい?」
「今の穢人の話…すまん、聞こえちまって。どの辺りで出たか知ってるか?」
「あぁ、なんでも街の西側で立て続けに出たらしいぞ」
「立て続けに…」
「怖いなぁ」
「そのあたりに祠や、なんか神様を祀っているものとかはあるかい?」
「…知ってるか?」
「いやぁ、神様ってより、あの辺りは墓地が近くにあるぐらいじゃないか?」
「墓地…」
「詳しくは分からねぇよ」
「そか、ありがとう」
「ん、あんたシーカーズのマスタークラスの人じゃないのか?」
「あ!そうだ!」
「あははは、礼に一杯奢るよ」
「さすが上位クラスは太っ腹だぜ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『ただいまー』
「おかえり、二人共お疲れだな」
「うん、あれからお偉い人との晩餐会に同席して、いっぱい挨拶されて…」
「ははは、それは面倒臭いやつだ」
「そう。それからセイラ様のお勉強会が始まって、寝たの夜中の二時だよ!」
「お姉様の勉強会は長いのだ…」
「お疲れ様」
「悠真は?ちゃんとご飯食べた?」
「ああ、下の酒場で」
「ごめんね。お昼ご飯すぐ作るから」
「いいよ、ゆっくりしろよ」
「でもお腹空いてるでしょ?」
「大丈夫だ」
「そ?じゃサボるね、ありがと」
「そうだ悠真。これがこの先一ヶ月の公務の予定表だ」
「明後日が貴族の謁見の日で、次の日が議会の見学で次が治癒院の研究発表会?その四日後から各国の視察で三日間の出張?」
「この時期は色々重なって忙しいのだ」
「今までと変わらないって騙された!ちゃんと家の事もしないといけないのに!」
「ははは!私は家事をしなくていいからな!でも悠真と結婚できたではないか」
「まぁそうだけど。悠真のそばにずっといるのが私の仕事なのに!」
「多忙な第四王姫様なことで…」
「悠真も暇ならシーカーズの依頼でも受けてみてはどうだ?そんな時間もないだろうが」
「…それもそうだな」
「あんまり無茶しないでよ!あんまり時間ないだろうけど」
「…なぁ、この予定表の丸に悠って書いてるのなんだ?」
「あ、それは悠真も出席って事だって」
「なぜ?」
「なぜって、悠真も王子ではないか」
「ええぇ、時間がないってそう言う事?」
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
オスリア号の完成はめでたい事だ!
ポピンもよく頑張ってくれた。
春も公務が始まって、少しは私も楽になったりするのかな?
いや、いっそ公務は春に任せて私は冒険に
絶対許してくれないよな。




