第四十八話 二人の姫巫女
豊穣祭が始まった。
すでに収穫を終えた夏野菜の豊作の感謝と、これから秋にかけて取れる米等の豊作を神々にお願いをする神事だ。
皇王は前日の夕刻より一人で、本宮横に建つ潔斎殿にて禊を行い、早朝より神事は始まる。
まずは天照様に稲穂と白米、塩、昆布、御酒を供える為に本宮に入るのだ。
皇王を先頭に、大宮司ほか数名が廊下を進む。
本殿入り口前に用意された台に供え物を並べて、皇王以外はさがった。 ここからは誰も見る事ができない。
「不思議なものですね」
「と、仰るのは?」
「私達にも豊穣祭はありますが、セレノス神の大きな像の前にお供えをして、皆でお祈りして終了ですわ」
「なるほど」
「皇国は同じ豊作の祈りと感謝を丸一日かけて、準備も入れたら四日かけて行うのでしょう?」
「その通りです」
「ここまで違うとは…神に対する敬意が、私達は足らないのかもしれませんね」
「…」
早朝の神事が終わり、次は日が落ちてからとなる。
その間、皇王は蝋燭の灯りだけの本殿で祈り続ける。
皇王は、代々神の子孫として引き続がれてきた。
この世に初めて産まれた人の血を受け継いでいるとされるのだ。
続けて午後にも同じ行動が行われ、次は月の出る時間までまた皇王は一人籠る。
その間、セイラ達招待客は待合所で時間を潰す。
「セイラ様、時間がかなり空きますが、お暇ではないですか?」
「あら、蒼真。ずいぶんとお久しぶりですわ」
「なかなか手が空きませんで、アルスティアにも行けず」
「弟がやんちゃで大変でしょう?」
「セイラ様も…ではないてすか?」
『……』
二人は同時にため息をついて、悠真とメティラを見た。
「ヴォルテクス・レゾナと言う立派な名をいただきまして、兄として感謝します」
「いいえ、彼等には大変な役目を押し付けてしまった。少しでも行動が楽になるようにせめて軍としてしまえば…ですわ」
「我々皇国には、共和国のような技術がごさいません。故になにも手助けができす、頼りっぱなしですね」
「かまいませんよ、蒼真。悠真と春、功。この三人が力を貸してくれているだけで充分です」
時間がある時にしか話せない、たわいもない事を皆で語らい、時間は経っていく。
「…さてセイラ様。神楽殿へそろそろお移りに」
「わかりましたわ」
神事は満月の日に行われる。
太陽が隠れて丸く大きな月が輝きだした。
広大な敷地の石畳ぞいにだけ提灯の灯りがうかび、普段は神職しかいないこの時間も、今日だけは一般客の入場が許される。
そしてセイラ達も、一般客も神楽殿の前に集まっていた。
いつものように神楽の舞台には、蝋燭の灯りが灯されている。
祭壇には、奥宮で陽菜が祈りを捧げる【八咫の鏡】が置かれていた。
シャラーン シャラーン
神楽鈴の音と共に六名の巫女と皇王が舞台に進んだ。
鏡の前で深く礼をし、皇王が榊を供える。
再び礼をし、奥へ引き上げると同じくして、神楽囃子が奏でられた。 廊下の奥から先程とはちがう二人の巫女が、見事な刺繍の巫女服を纏い神楽鈴を響かせながら舞台へ進んできた。
八咫の鏡の前で二人は並んで座り、額が床に着くまで礼をする。
そして・・・
大きくなった神楽囃子にあわせ、鈴を手に静かに舞い始める。
神詠師が祈りの詞を詠み上げる。
奏詞官たちの笛、篳篥、龍笛、太鼓、鉦鼓による神楽囃子は以前聞いた厳かな物とは違い、熱く、激しく神への感謝を奏でた。
陽菜と春。
二人の姫巫女が並んで舞い始めた途端、そこは神楽の舞台ではなく、神々の世界へ迷い込んだかの様な空間となった。
寸分の狂いも無く、同じ動きで段々と激しく、それでいてしなやかに舞いつづける。
そこにいる皆が見惚れ、息を止め、吸い込まれる。
天照大神よ。
月詠ノ神よ。
幾年の時を越え、なお世に響き続ける御声よ。
大地の恵みをここに捧げ奉りまする
神々に与えられた大地にて
我々が育てた恵みを捧げ奉りまする
感謝の心を姫巫女の舞とし
祈りを捧げ
神々の御加護をここに願い奉る
御心を人の世に
御力を人の世に
これからも神々と共に
我々が歩み進めますよう
畏み、畏みも白す―――
足元の無数の蝋燭の灯りと、満月の光に浮かびあがる、朱と白と金色の巫女服は、見ている皆を翻弄していた。
神楽囃子の激しさと共に響きわたる陽菜と春の鈴の音は、神と繋がる道にも響いている事だろう。
豊穣祭の舞は豊作祝いと神への感謝を伝える舞だ。
激しく縦横無尽に舞う姫巫女が二人居る事にだれも違和感を感じていなかった。それほどに二人は共鳴していたのだ。
やがて神楽囃子は音を下げ、終わりをつげる。
陽菜と春は祭壇の前に静かに座し、祈りをはじめだ。
「――畏み、畏みも白す。」
シャラン。 再び神楽鈴を二人は鳴らした。
鈴の音以外の音が消えた。
風はやみ、蝋燭の炎は真っ直ぐ立った途端に全て消えた。
八咫の鏡に向かい深く礼をしたままの二人。
真っ暗になった舞台に、満月の光を受け輝く八咫の鏡。
それは夜の終わりを告げる太陽のように、暗闇を照らした。
顔を上げた二人の額に付く日輪の輪に光が映る―――
まるで夢を見ているようだった。
八咫の鏡と二人の日輪の輪。
その三種が光で繋がった一瞬。
誰もが、そこが人の世界ではなくなったことを悟った。
蝋燭がまた火を灯す。
誰も付けていないのに。
鏡は光を失い、姫巫女は立ち上がり振り返った。
二人の体には残響が揺らぎ纏われている。
不思議と誰にでもそれが見えた。
「これは―――」
「か、神様だ!」
「天照様がおいでなされたんだ―――」
「なんと―――」
一般客達はその場に跪き、涙を流す。
驚きのあまり気絶する者さえいた。
この光景をすぐ手前で見ていた皇王や国王、セイラに悠真達。神職でさえも驚きを隠せずにいた。
「初めて神を目にしたのぉ…セイラよ…」
「ええ。あれは春…ですわよね…」
「悠真……こんな事起こりうるのか?」
「メティ。初めてだよ、ここまで身近に神を感じたのは……」
ポピンとユズハは声もだせなかった。
コン達神獣はその光景をじっと見つめている。
やがて神楽殿はもとの姿にもどった。
一般客達は未だ夢の中にいる様な気分だった。
姫巫女二人はもう一度八咫の鏡に向かい直し一礼をした。
満月が見守る神陽大神宮における、伝説の舞として語り継がれる豊穣祭となった。
陽菜を先頭に奥へ消える二人。
その時、わずかながら満月に霧がかかった。
陽菜は足を止め月を見る。
「陽菜様どうされました?」
春の声にも反応せず呟く陽菜。
「まさか…」
陽菜が月から目を逸らし、観客の方を見つめる。
悠真は異変に気づき、陽菜の視線が行き着く先を見た。
そこにいたのは蒼真だった。
なぜ蒼真を見るのか?
陽菜を再び見るともう奥へ引き上げていた。
そして、その一瞬の内に蒼真も消えたのだった――
悠真はわからなくなった。
なにがあった?陽菜様はなぜ蒼真を見た?蒼真はどこへ?
「悠真殿」
呼ばれた方を見ると神職が立っていた。
「陽菜様が皆様をお呼びです」
「皆様?」
「本日は特別に国王様達も奥宮へご案内するようにと」
皆は奥宮で、陽菜と春の前に座った。
「しばらくお待ちくださいね」
陽菜がそう言ってすぐに、大宮司と数人の神職が八咫の鏡を運んできた。
元の位置に戻し大宮司達は下がり、陽菜と春は鏡に祈りを捧げた。
「改めまして国王様。陽菜と申します」
「姫巫女様、本当に素晴らしい舞でありました」
「ふふ、ありがとうございます。それから…」
陽菜は皇王を見た。
「お父様、お久しぶりでございます」
「あぁ、陽菜よ。一年振りじゃの」
「えぇ、早いものです」
「今日の舞を見る限り、元気そうじゃの」
「はい、この数ヶ月は特に楽しくしております」
「ならよいのじゃ…」
「そしてセイラ様も初めまして」
「ひ、陽菜様!大変素晴らしい舞を見せていただき、感謝いたします!」
珍しくセイラが緊張していた。
それを見たメティラが耳打ちしてきた。
「お姉様は、神秘的な力を持つお方には最大の敬意を払うから、陽菜様はお姉様にとって神様みたいな者だ」
悠真はうんうんと頷く。
「悠真」
「はいっ!」
「春、良かったでしょ?」
「はい!たいへんすばらしいまいでした!」
「なにそれ!」
突然ふられた悠真は棒読みのように返事をして、春に突っ込まれたのだった。
「四日間、春は本当に頑張ったのですよ?」
「はいっ!」
「それなのに、それが妻にかける言葉なら、指導した私が悲しいですわ」
「はい?」
「もう、陽菜様!まだ結婚してませんからっ!」
「あらそうでしたね!」
「お父様そう言う事ですから、二人の式には手助けしてあげてくださいね。姫巫女の式ですから、盛大に。国として」
「おぉ!そうか!悠真よ、いよいよ腹をくくったか!」
「な、何を仰っているので…」
パチパチパチパチ!
皆一斉に拍手をした。
春はいつものように顔を真っ赤にして手で覆っていた。
「それからお父様、私は結婚はしませんからね」
「そ、そうなのか?」
「はい、変わりに春をよろしくお願いします」
「わかった!盛大に行ってやるわいっ!」
「いや…あの」
「悠真、春が本気で頑張ったのはお解り?」
「それはもう!陽菜様と一心同体かと思うぐらい…」
「そう?では悠真、この四日間なにしてまして?」
「えっ…」
ポピン達は俯き首をふっていた。
焦る悠真は誤魔化し半分で言い放った。
「そ、それはもう!毎日春に負けぬ様、鍛錬を…」
「ほんと悠真!頑張ってたの?」
「あぁ!もちろん!」
「すごい!さすが悠真!」
誤魔化している悠真は全く気づいていないが、周りは完全に罠にハマりつつある悠真を哀れんでいた。いや、楽しんでいた。
「そうなのですか、ごめんなさいね悠真。サボってばかりならこの際ちゃんと春と婚約して貰おうかと思ったのです」
「そ、そんな事!ごさいませんよ!」
「やっぱり悠真は陰で頑張ってたんだね!」
「おおっ!」
「そう…でも悠真、もし今のが嘘なら春と婚約しなさいね」
「えっ?」
「残念だよね悠真!私も婚約したかったけど、頑張ったんだし…」
「そ、そうだな!残念だけど今回は俺も!頑張ったから!」
陽菜はチラッとセイラを見た。
セイラは尊敬する陽菜に今期待されていると悟った。
「残念、残念ですわ悠真。もしサボっていれば春と婚約しまして?」
「えぇ!こ、婚約!?してましたょお!残念です!」
「そうなの…私も春の恋を応援しておりましたから」
「す、すいませんねセイラ様!今回サボってないので婚約はできませんっ!あははは…」
皆。ニャーッと顔が緩んだ。
春は…よくやる胸の前で拳を握って言った。
「よしっ!」
『婚約おめでとう〜!』
「え?えっ?ええっ!?」
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
素晴らしい体験をした。
セレノス様の声もすごい事なのだが
今日の神楽殿には、たくさんの神様がいた気がする!
陽菜様も春もすごい!
あ、悠真って単純馬鹿だな!




