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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
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価値観が変わるほどの一日

「こんなの……妨害でしょ?!こんな大事なことを今日言うなんて」

「んー……。うん、でもほら、こちらの精神性を鍛えるためと思えば、その……」

「でもそれにしても、こんな不公平はないよな!多分今日のテスト、クロダンの誰も身に入らなかったぞ」

「それは本当に、そう……」

 本日は卒業前の学力テスト。これは中等部でのクラス分けテストでもあるので、かなり大事なテストだ。それが無事終了した放課後。

 私、ベガ、リゲルの三人はいつまでも教室でダラダラと居残っていた。三人揃って予定がなかったので。あとリゲルが持ち込んだ駄菓子が美味しかったので。

 しかしもっぱらその話題は愚痴と不平不満である。なぜ本日言ったのか。なぜよりにもよって今日、大事な日の朝に告白したのか。

 もはや妨害、冒頭でベガが嘆いた通りである。しかし今日だったのは、団長であるカイが告白の日を定めるのをうっかり忘れていたからである。別に誰かの陰謀とかではない。団長の責は団員の責なので、あえて言うならば私たちのせいである。

 あ、ちなみにこの「告白」と言うのは、クロダン担当教諭のことだ。


ーーーーー


 クロダン、というか各団には、それぞれ担当教諭が存在する。

 各段それぞれの個性豊かな先生方いついては語ると長いが、それはそれとしてクロダンの担当はその中でも群を抜いて個性的、悪目立ちをしていた。

 なんてことはない、誰なのか分からないのだ。


 合法、違法と言う概念よりも先に脱法という言葉を叩き込まれる無法地帯。それがクロダンである。よって表立て教師が介入することができない。というかそんな教師がいたら、団員のやらかしにより社会的にも物理的にも儚くなりかねない。

 そういうわけで、クロダンの運営は九分九厘生徒によって行われる。教員の存在は花びらより薄く扱われ、情報は堅牢に守られる。情報の比較的漏れやすい初等部の時は教員が誰であるかすら、団長を除き、一般団員には通告されないほどである。

 そう、初等部の時は、である。中等部以上となるとそうは言っていられないので、普通に先生と関わりがある。それでも他団の生徒や外部には秘密なのだが。大体初等部卒業間近に通知され、墓まで持っていくよう念を押されるのだ。

 そしてそれが今日だったのである。


 その正体の衝撃たるや。

 これまで、その教員Xについての情報は特になかった。特別あげるとすると、毎年体育祭の時に団員で撮り合う写真を楽しみにいていたこと。あと去年、一昨年の代々の団長が正体を知ったときの反応。

 それを本日告白されたのだ。本日の朝。学力テストに身が入らなかったのは言うまでもないだろう。

 あんなに勉強したのに、来年クラス落ちたらどうしよう、いや手応え的には大丈夫だけど。あと正直家名が家名なので本当にやばくない限りは、多分当主様がなんとかする。

 まあそれはそれとして、置いて置けないのがやはり教員の正体。まさかまさか。


「アルドラ先生、だったとは……」

 ベガが苦々しくいった。

 彼とは担当の古代語の授業(二週間に一コマのみ)でしか関わりがないので、「まさか彼とは……」とか「そんな人に見えなかったですが……」みたいな関わりの薄すぎる隣人のお気持ち表明くらいしかできないけど。

 それでも彼とは思わなかった、と言うのが正直なところ。

 もっと権力があるか、性根の図太いか、はたまたクロダンの生徒によく見られる自由奔放な感じをイメージしていた。

 しかしそれがあんなにその……胃の弱そうな方だったとは。


「心配が止まらない」

「私たちが中等部卒業するまで生きていてくれるだろうか」

「私たちがあんな無茶そんな苦茶していた時、先生はどんな気持ちだったのかな」

「アルドラ先生なのを知っていた上であんなに暴れられた団長たちすごいな」

「……サイコパス入ってないと団長になれないのかな?」

 以上、ベガがリゲルのお菓子を十個摘むまでに溢れ出た言葉の数々である。

 我ら、圧倒的に加害者。


 しかしながらもう過ぎたことを取り戻すことは、あのシリウス先生にだってできないのだ。

 私はスッと自身の起こしてきた犯罪的な所業から目を背けると、リゲルのお菓子をもう一つ摘んだ。つまりは今考えても仕方がないと言うことだ。

 アルドラ先生、のちの胃痛先生との学生生活は、中等部編のお楽しみにさせていただこう。


ーーーーーー


「お主は、どう生きるつもりなのだ?」

「……そもそも貴方様はどういう生き物なのですか……?」

 衝撃的な早朝の告白、四月からの学生生活を決める大事な学力テストを乗り越えたその日。

 夜の帳が降りる頃、私はミニサイズの龍に自身の生き方を問いかけられていた。


 王立学園に入学して三年。苦しいことも楽しいことも、そして、まさかと思うことも。

 たくさんの驚きと、衝撃。自身のこれまでがまるでひっくり返されるような、恐怖さえ伴う体験。

 しかしその度に私や学友たちは成長し、新たな自分を掴んで一際強く輝いてきたことだろう。

(……しかし本日はその中でもいっとう、そうなのかもしれない)

 しかし正直もう疲れたし眠りたいのだが。現実逃避も含め、私は自身のベッドを占領する存在に遠い目をした。


 そう、その存在。それは両腕で抱えるくらいの大きさの龍だった。

 龍。光る瞳に不思議な光沢のある黒い鱗。否応なしに上位存在であると無理やり理解させてくるようなオーラ。

 私に先ほどかけた言葉は、まるで言葉のようで言葉ではなく、テレパシーと言われてしまえば納得できるような代物だった。音ではなく、意味自体が直接脳みそを殴るような何か。

 非常に壮大で、むしろ暴力的で、憧憬と畏怖が同居しているような感覚。

 神、と言うものがいるのなら、きっとこんな形をしているのかもしれない。なんとなくそう思った。孤児院出身としては不謹慎な言い方だが。

 そう、そんな気持ちを抱くべき存在だった。存在だったのだけど。


(……やっぱ、見た目って大事なんだな)

 私はいまいちその存在に信仰のような感情を抱けずにいた。いや、別に相手は神様ではないので抱かないのが正解なのだけど。

 それ以前の問題だ。それ以前になんというか、その、サイズ感からなんとなく……。

「我はまあ、なんでも良い。畏怖すべき伝説上の生き物でも、お主は只今連想している存在でもな」

 龍は私の問いに、そう答えた。「なんなら抱きしめて眠るかい?」とお茶目にウィンクまでして。

 私はどこか気まずく思う。どうやらこちらの考えていることは丸わかりらしい。私は連想した通り、つまりまるで「ぬいぐるみ」を扱うように、その冷ややかな体を撫でてみた。龍は面白そうに「おう!」と声を上げた。少なくとも不快ではないらしい。

 色々と言ってはみたが、そして龍自体もなんとなくすごい存在であるのは疑いようがないのだが、そのサイズ感がその全てを台無しにしている。

 龍。今でもなく伝説を生きる生き物で、百回生きたとてその尾さえ見られない存在である。

 そんな存在は只今私のベッドで私の手の中でその体をくねらせているのだが、人生というのはやはりよく分からない。


ーーーーーーー


 そんな特別な夜半過ぎ。特別な存在は改めて言った。

「それで結局、お主はどう生きるつもりなのだ?」

「……あぁ、それ最初に言ってたけど、どういうこと?」

 そうだ、龍は最初にそう言っていた。言葉以外の情報が強すぎて忘れていたのだけど。

 私がつい見た目に引っ張られて不遜に返すと、丸切り忘れ去っていたことも伝わったのだろう、龍は目を呆れたように細めて私の腕から抜け出した。あぁ、私のツルツルちゃんが……。

「どういうも何も、そのままの意味だ。『アジメク』でない君がここにいるのは、相応の理由があり、目的があるはずだ」

 その言葉に、私の息は止まった。咄嗟に辺りを見渡すが、こんな夜更けに誰かの訪問があるわけがない。隣の部屋に突き抜けるほどの声量でもなかった。

 それを改めて確認すると、私はふっと息を吐いた。心臓が飛び出してしまったかのようだった。そんな私を見て龍は軽く「おお、すまない」と謝ると、ひとっ飛びで私の胸に乗り上げた。

 重さはさほど感じなかった。乗り掛かられても倒れる先はベッドだったし、ひんやりとした体がどこか安心感をもたらし、その垣間見える牙は私を正しく不安にさせた。

「不用意に、お主の秘密を口にしてすまなかった。しかし改めて聞こう。それほどまでの重さのそれを抱えて、お主はここで何をしにきた。何をしたいのだ?」

「な、何って……」

 私は忍び寄る恐怖に戸惑う。少し前までペットのようだったのにと思うけど、口には出さない。

 そして龍の言葉についても考える。何をしにきた、何をしたい。そんなの考えたことがなかった。

 最初は生きるため、捨てられて処分されないために流されるしかなかった。流されるままにここにきて、仲間が友達ができて。

 今の自分の目標というとよく分からない。死にたくない、というだけなら無駄が多すぎるし、それこそ友人たちのように学生生活を謳歌したいというには将来の展望が見えなさすぎる。


 そもそも私は、将来なんてないのだ。その、はずだ。

 最初の前提である「十七まで生きれたら本物のアジメクと交代、その後は処分」というのは、今から考えると随分と現実味がない。

 改めて考えるとそれはどこか不自然で、警戒心がない。まるで平和ボケしている。

 生まれ変わる前のこの世界は今よりずっと物騒だったし、孤児院にいた頃もこんな風ではなかった。そのはずなのに。

 友人ができたからか、それとも信頼できる大人の存在か。それにしてもこの底なしの安心感はなんだろう。


 今の私はどこか不自然だ。あの娘に激甘の当主様が、あの日の言葉を違え、私を殺し損ねることはないと思う。だから自信が大人になった姿が想像できない。

 しかし一方、私は誰にも殺されないだろうという予感がある。まるで世界最強の大人に守って貰えるかのように。だからこそ呑気に学生生活を楽しんでいる。

 お生憎様、世界最強の名を冠している天使さまとは、殺し殺された過去はあれどそんなただの生徒と教師という関係でしかない。


「言い方を変えよう。もしくは少し、怖い思いをさせてやろう」

 考えに耽る私に、龍は地響きのように囁いた。

 なに、と聞き返す前に、空気が肺から一気になくなる感覚。なんてことはない、胸の上にいた龍が少し大きくなったのだ。

 少し、というと語弊があるか、最初は少しだった。少し、一回り、ベッドをはみ出て部屋の隅まで尾が届き、今もなお増大している。そしてその下にいる私は当然に下敷きだ。

「あっ、く……」

 まともに答えられない、というか息が吸えない。顔が熱くなる。痛いような気がするけど、その前に頭を占めるのは「怖い」という感情だった。


「……これ以上やると死んでしまうか」

 ーーヒュッ!カ、ハ……。ヒュー、ヒュー。

 龍の一言とともに、一気に呼吸が楽になる。痛みとともに酸素が帰ってきて、生理的な涙が溢れた。

「もう一度聞く、お主はどう生きる。なにが目的だ」

「ヒュっ、ふっ。ヒュー、ヒュー」

「……おい。我はそう、辛抱が得意なほど年老いてはないぞ」

「は、ヒュー、ふう、っはぁ!」

「答えろ。もう一度同じことをするか?しかしまずいな、我は手加減が苦手なようだ」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ」

「…………」

「ふぅ、ふっ、ふっ」

「…………おーー」

「わたし、は」

「お、話す気になったか。我も尋問の才があったようだな。顔が鬱血し出した時はどうしようかと……」

「わたしは、ほんとうは」


 おとなになりたいの。ししょうみたいな、すごいおとなに。


 意識の外から溢れでた言葉は、確かに龍の鼓膜を震わせた。その言葉に龍は眉を顰める。

「……は。そ、それだけか?そのくらいお主ならば……って、おい!」




 その日。学力テストの日。卒業式の前日。

 私の一日は結局、酸欠による失神で幕を閉じた。記憶の最後は龍の焦り顔というとんでも無く珍しいものであったけど、それ以上に自身の口から出た「ししょう」という言葉が頭をぐるぐると回る。

 自分で言っておきながら、心当たりのない言葉。しかし口に馴染む言葉。

 今世ではもちろん、わずか四歳で終えた前世においてもそんな存在いなかった。

 しかし咄嗟に出た言葉はきっと偽りでなく、自分のことながら不可解な出来事として、本日の衝撃的な出来事の数々に花を添えるように頭に残った。


 その日の夜、私は雪の降る森を夢に見た。



ーーーーーー



「首尾はどうだ?」

 少女にとっての怒号の一日が完全に終わり、朝日が差し込み出した頃。

 黒い龍は、部屋でゆっくり朝の支度をしているその少年に寄り添った。

「詳しくは後ほど話そう。しかし主よ、先に話さねばならないことがある」

「あぁ?なんだ?」

 龍は少年の腕に軽く巻きつき、甘えるように顔を寄せた。これは昨晩散々ぬいぐるみ扱いされた名残りかもしれないし、これから確実にある叱責を少しでも和らげるためかもしれない。龍は結構人間臭かった。

 そして龍は、ひどく軽い調子で言った。

「悪い、主よ。我は結構手加減が下手であった。その……殺しかけた」

「……はぁ?!」


 次の瞬間、少年は鳥たちが一斉に飛び立つほどの声を上げた。

「な、なんで?!なんで『可愛いシルエットで油断させて色々聞き出そう』作戦で相手が死にかけるんだよ!悩殺ってことか?!」

「どちらかと言うと圧死だな。もしくは窒息死」

「はぁ?!」


 再度、大声。朝から元気だな、我が主は。昨日はぐっすり眠れたのだろう。

 龍は現実から目を背けると、観念して彼の前に腰を落ち着かせた。主は早起きなので、登校時刻までは余裕がある。

 ましては今日は卒業式。いつもより集合時刻が遅いとのこと。これでも反省もしているのだ。

 主が彼女をとてもとても大事にするものだから少し意地悪をしてしまっただけ。あそこまで、悲しい顔をさせるつもりはなかったのだ。

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