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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
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ホンモノ様との旅③

「僕はアジメクを妻にする気はない」

 夜の帳も降り、息が詰まるほどの暗闇に、シルマとアルは集っていた。暗闇、しかも酔狂なことにわざわざミンタカ領主の屋敷の庭に。

 アルの発案だったが、そもそも庭の花々は暗闇の中見られる想定はしていない。木の葉が月をも覆い隠し、お互いの顔すら見えない状況だった。この場所を選んだ真意を測れないこともないが、きっとこの先輩様は誰かに測られることすら嫌だろう。

 そこまで想定して、想定できるくらい彼を知れたことに戸惑う。一国の王子とここまで仲良くなれるなんて、入学時は思いもしなかった。

 だって入学した時は、彼がこんなに普通の男の子であるとは思わなかったから。


 しかしながら、そのただの男の子であるはずの彼から出たのは冒頭の言葉である。初等部、つまりは十二歳の男の子の発言として結婚だの妻だのというのは些か重たい気もするが、それはそれとして。

 というかそれ以上に、好きな少女にわざわざ結婚しないと宣言すること、これは全くシルマには考えられない、普通とはかけ離れたものだった。まあ、シルマとて貧乏であろうと貴族令息の一人である。思い通りに結婚できるものでもない事は理解しているが、二人は想い合う男女。しかも片方は敬愛する姉さんである。その幸せを祈るのも当たり前だろう。

「うちの姉さんの何がダメなんですか?」

 だから、返す言葉が若干ぶっきらぼうで、彼を責める空気を含んでいたのも自然だろう。実際アルは苦笑し「お前アジメクとそれ以外で結構態度変わるよな」なんて言うだけだった。余計なお世話だ、他に振りまく愛想があったらクロダンの先輩に追加しておく。

「話、逸らさないで下さい」

 そして不満を全面に出し、彼を見つめる。先輩はそんな俺に観念したように肩をすくめた。

「……王宮なんてろくなところじゃない。アジメクの幸せはあそこにはないだろ」

「…………」

 その言葉はある種、予想通りのものだった。第一王子の母親のこととか、これまでの歴史とかから考えれば十分に。

「入学前の、お互いを全然知らない頃ならよかったけど。とっくにあいつのことを知っちゃった。幸せになって欲しいって思ってしまった」

「……幸せになって欲しい、じゃなくて幸せにしたい、でしょ」

 俺は力なく言った。

「手段はどうでもいい。結果が全てだ」

「綺麗事だ」

「綺麗事上等」

 アルは自分の考えを曲げる気配もなく、俺は力なく立ち上がった。そろそろ寝ないと、明日に響く。

「だからってもう一人の方に求婚する必要はなかったと思いますけどね。いくら姉さんへの好意を拗らせてたって、あんたの思春期に姉さんを振り回したら怒りますよ」

 とりあえず、言いたいことだけ言った。中庭からのドアを開けて振り返る。室内の明かりでアルの顔がよく見えた。

 アルの、戸惑いと疑問ととぼけたような顔がよく見えて、俺は少し嫌な予感がする。

 彼は俺に言った。

「は?何を言ってるんだ?僕は別にアジメクを恋愛的な意味で好きなわけじゃないぞ」

 妹のように思って、だの続ける彼に思った。

(めんどくせぇ…………)



 運命の出会い。物語の一ページ目。彼らの出会いはそう形容してもいいほどのものだったと、スピカは思う。

 第二子であろうと、正真正銘王子様のアルと、未婚の令嬢がいる家の中で一番家格の高いガクルックスの一人娘、つまりお姫様に一番近い立場にいるアジメク。しかも本物のアジメクだ。

 別に、私が物語の主役になるなんてカケラも思っていなかったけど、その出会いはまるで出来すぎていた。お互いがお互いのことなんて一片も知らず、それなのに惹かれ合う。まるで手垢のついた絵本のようだ。

 まあ、それでも私にシナリオにケチをつける権利はないのだけど。

「私、結婚とかそういうこと、ずっと先のことだと思ってたの」

 その日の夜。ベッドに体を横たえた彼女は、まるで寝言のように言った。もしくはまるで、夢のように。彼女にとって、アルとの結婚は夢のようだと形容するに値する出来事であるみたいだった。それほどまでに、彼女は恋をしているみたいだった。


 今回のアジメクとシルマくんを引き合わすための旅は、結局目的を変えて継続することとなった。目的というか、対象の人間をシルマくんからアルに変えて。ちなみに私には、アジメクが恋した少年の正体をアジメクに話すことなく、彼女たちが仲を深めているのか、結婚の申し出を受け入れるに値するのかを探ってくるよう当主から言われている。知らねーよと投げ出してしまいたい気持ちはあるが、私を高値で買い取った当主様の命令は絶対である。

 つまりは、というと。


「クー!こっち!早く行きましょう?」

「待ってルル!」

 浜辺では二人の男女が戯れている。そしてそれを遠目で見る私、という図だ。こういうことを言いたくないが、人の恋路ほどどうでもいいものはない。正直二人の監視なんて無粋なものをやめて、パラソルの下で一休みしたいところである。昨晩はアジメクの寝かしつけだの当主からの連絡だので、睡眠時間がいつもよりも短いのだ。あまり夢見も良くなかったし。

(…………)

 夢、というかあの雨の日の再現であるので、ただの現実を丁寧に思い出させてくれただけであるけど。アルの拒絶を丁寧に、思い出させてくれただけ。

「飲み物、どうですか?」

 ふいに、声をかけられて、肩を跳ね上げる。声の方向を向くと、私の過剰な反応に少し戸惑いながらも、笑ってコップを差し出す。紅茶のいい香りがして、しかしひんやりとした中身はこの暑さにピッタリだった。

「ありがとうございます」

 シルマくんに敬語を使うなんて変な感じがする。私が笑ってそう返すと、シルマくんも満足そうに笑って、私の隣に腰掛けた。

「……二人、仲良さそうですね」

 シルマくんはなんてことないようにそういった。彼は今回、アジメクという婚約者候補を横からアルに取られた形であるが、彼自身は特に何も感じていなさそうだった。まあ、シルマくんの父親はともかく彼自身は、ルルの正体がアジメクであることに気づいていなさそうだったし、そもそも彼がこの婚姻の申し出を知っていたのかも怪しい。流石に本人も知らないうちに婚姻の話が進んでいるのもおかしな話ではあるが、言っちゃなんだが彼の父親はそういうことをしそうではある。

 つまりはこの状況に戸惑っているのは私一人。逃げ出したいのも私一人。他は平和に二人の恋路を見守っているのだ。

「顔色、悪くないですか?」

 不意にシルマくんが私を見てそう言った。

「え?そんなことないですけど」

 私は戸惑って返す。確かに寝不足だけど、別にそれを顔に出るほどではないと思ったけど。ポーチに入れた鏡で自分を映す。まあ、確かにいつもよりも色が白い気がする。

「ちょっと、寝不足で。お恥ずかしい」

「…………」

 照れたように言う私に、シルマくんは綺麗な瞳を私に向けた。ガラス玉みたいに澄んだ瞳が私を映す。

「……どうしましたか?」

 沈黙が耐えきれず私がそう話をふると、彼は悩みながら問いかけた。

「…………嫌でしたか?姉さん」

 姉さん。その言葉にハッとした。多分、ここで呼ばれたのが「アジメク」だったら、少し驚いても隠しきれただろう。だって私は真実「アジメク」ではないから。

 でも、シルマくんの「姉さん」は……。

「何の話ですか?お嬢様も喜んでおりますし、家からは特に止める理由もございません」

 しかし、その澄んだ瞳に映る別人な自分の姿に、感情を押し殺す。さすがに「私はあなたの姉ではない」なんて言えなかったけど、牽制する言葉としては十分なはずだ。シルマくんは納得したのかどうなのか、「そうですか……」と微笑んで返した。私はそれに、なんてことないかのように笑って返した。


 波打ち際、二人の男女、と思っているのは当人たちばかり。例えば別荘の使用人などからしてみれば、可愛い可愛い少年少女の戯れである。二人の内心はともかくとして、そこに色っぽい何かなどなかった。

 それを少なくとも少年の方、アルは正しく分析できていたし、おままごとのようなこの戯れに辟易もしていた。しかし、彼には確かめなくてはいけないことが一つあった。

 彼女の白魚のような手を両手で掬い上げる。労働を知らない手だ。あの子とは違う。ケアの行き届いた指先に、自分の指を絡ませる。あの子はそう言うことに疎いのか割と適当で、ささくれを定期的に生やしている。日焼けなど知らない手の甲に唇を近づける。あの子は日焼け止めを塗り直すと言うことをしないから、体育祭練習の時期から夏が終わるまでどことなくこんがりしている。

 恥ずかしいのか、僅かに潤んだ瞳を見つめる。あの子にはなかった熱を帯びた瞳。アルは、こっそりと手の中で魔道具を回すと彼女に囁いた。

『汝の真の姿を表せ』

 僅かに光が漏れる。蛍のように浮遊して、彼女の周囲を回る。しかしその光はアルにしか見えない。それは少し残念な気がする。

 この魔道具。割と王家や学院などで使用されるもので、主に変身魔法・幻覚魔法を破るのに使用される。

 彼女が、彼女たちが姿形を偽っていることは、何となく分かっていた。これでもアルは大魔法シリウスに魔法を教わっている身であるし、そうでなくても幼少の頃より一流の王宮魔法士に指導を受けることも多かったのだ。彼女たちにかかる術がいかに自然で完璧であろうと、元の体との差異により、変身後の体に不自然な仕草や発声がある。そういった綻びが続けばアルにもその姿が偽りであると分かった。特にスパイカと名乗った彼女は知り合い以上の人間でああったから特に。

『名前は?』

 アルは次いでそう問いかけた。多分ガクルックスの家のものであろうとあたりをつけ、彼女の親類で同じ年頃の令嬢をリストアップする。どの家の人間であろうと、本家の家格が高すぎる。犯罪でも起こしていなければ問題なく王家にも迎え入れられるだろう。

 そう冷静に答えを待つアルは、その想定外の答えに目を見開いた。

 これは予想していなかった。予想できるはずがなかった。


「アジメク……。アジメク・ガクルックス」

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