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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
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気づかないで

「好きな人」。生徒会でお題作成時に誰が入れたのか分からないが、貴族の子息である私たちにとってはかなり残酷なお題であると言えるだろう。特に今回引いたカペラちゃんがいい例だ。

 大前提として、貴族というのは惚れた相手と恋をする資格がない。それは領地や領民を守るために致し方ないことであるし、普段税金で暮らしている身としては、恋情などという一時の感情を優先させるわけにもいかない。

 もちろん身売り同然の婚姻は外聞も悪いし、あんまり条件が悪い婚姻は逆にその家の価値を下げることになるから行われない。しかし個々人の相性まで見て婚姻を結ぶ、もしくは婚約を取り下げるというのはかなり稀だ。

 そんな中、私の友達の中で、「親同士で決めた結婚」というのに翻弄されているのはカペラちゃんだし、その恩恵を受けているのはその婚約者のカノープスだ。

 だって、カペラちゃんはこれっぽっちもカノープスのことが好きではない。でも彼女はそれを誰かに察せることをよしとしない。それこそ知っているのは私やベガ、アルとかリゲルとか、そのくらいだ。それはもちろん、カノープスとその実家との関係性が悪いと吹聴されるのを警戒してである。

 彼女は将来、カノープスの妻になる。バージンロードを優雅に歩いて、その先にいるカノープスに人生で一番綺麗な姿で微笑みかける。子供も作るし、その子供を愛し慈しむ。そして半世紀近く一緒に過ごし、同じ墓に入るだろう。

 愛していなくても。他に好きな人ができたとしても。彼女は得意な笑顔を浮かべ、その心情を誰にも悟られることなくカノープスに寄り添う。

 時々考える。私は、彼女の結婚式で笑って「おめでとう」と言えるのだろうか、と。


 お題に顔を俯かせ、そして顔を上げたカペラちゃんは、とても綺麗な笑みを浮かべていた。

 その姿に、私は静かな悲しみと、泣きたいほどの悔しさと、目を背けてしまいたい気持ちがごちゃ混ぜになる。

 彼女が、こちらを向いた。こちら、審査員席だ。その席には、私、サイドさん、そしてカノープス。彼女は笑って走り出した。その幸福そうな姿とは対照的に、彼女の手に持つお題の書かれた紙が拳の中でくしゅりとなった。

 その足が、走ることはなくても早足気味にこちらに近づく。急かすような声がハトダンの応援席から聞こえる。そのまま少し小走りになる。

 彼女は走る、走る、走る。着かないことを祈って走っていた。くじ引きのところから審査員席まで百メートルくらいだったのが、その半分、そしてその半分と確実に減っていった。

 二十メートル、十五メートル、十メートル、もう、目と鼻の先。しかし彼女の足がこちらに届く直前、その声が響いた。


『あ、ちなみに審査員席にいる人間を借りものとするのはルール違反ですのでお気をつけ下さい。そして「好きな人」というのは恋人だけでなく友達、家族などでいいですからね』

 発したのはカノープス。しかし、そんなルールはなかったはずだ。驚いて彼を見ると、彼はいつもの真面目な表情でカペラちゃんを見ていた。

(…………)

 私はその真意を掴めずその横顔を見つめる。すると彼は私に気づいてこちらを見た。そして人差し指を唇に当てる。

(あ…………)

 私は彼のことをサイコクレージーストーカーだと常々思っていたが、もしかしたらそれだけではないのかもしれない。

 少なくとも、カペラちゃんの思いに気づかない鈍感野郎でもないし、思いを無視する鬼畜野郎でもないのかもしれない。まあ、日頃のストーカー行為はもちろん帳消しにはならないが。

(つまり、幸せに、なれるかもしれない……)

 私は言って仕舞えば庶民生まれ庶民育ちだ。未だに細かい貴族の価値観の違いに戸惑うことはある。言って仕舞えば婚姻も契約と言えば契約なので、それに恋愛感情を絡めるのは、結局は庶民感情であるだろう。

 でも、私は、私たちだけはカペラちゃんの幸せな結婚を祈りたい。

 彼女に、幸せな恋をしてほしい。


『さーて!三年生第一レース結果を発表します!一位!スペード「前々代の初等部長の肖像画」。初等部長室からこっそり持って来たんですね。あとで返しておいてくださいね!二位、ダイダン「相棒」!少し恥ずかしそうにしながら連れて来てくれました。三位、ハトダン「好きな人」。お父様を連れて来てくれました。お父様とても嬉しそうでしたね。そして最下位、クロダン「髪の綺麗な人の髪を一房」。あのね、カイくんねぇ、女性の髪を切るのは忍びないからという言ってもハダル先生の髪をむしり取って来ちゃダメだと思うよ。泣いてたよ、彼。え?何?責任は取る?具体的に何するのよ。え?育毛剤とヘアケア?責任とって綺麗な髪を育てるってこと?ふーん、ハダル先生が満足そうにしてるから、それならいいです」


 その後の三年生のレースも、無事に終わった。ダイダンのダリムが「カツラ」を引いて教頭の元に一目散に走った時や、アルが「嘘吐き」のお題を引いてゼータ・キャスを連れて来た時もめちゃくちゃ焦ったけど(誰だよそんなお題入れたやつ)、結局無事に終了した。教頭先生めっちゃ怒ってたけど。

 最終レースでバーナードが全然やる気がなくて、くじ引くのも遅いし借りものの「自分じゃどうにもできない問題」を持ってくるのも遅かったので、お前は何をしに来たんだと思ったけど。無事最下位だった。

 そして一年生のレースも始まり、持ち時間から見てもかなり順調であると感じていたため、私たちは少し油断してレースを見ていた。ちまちまと少し緊張しながらグラウンドで待機する一年生に癒されていたとも言える。しかもその中に私の知り合いの子がいるものだから余計に。

 知っている子。この二週間でかなり話した子。ただしブラザーではない。そんなに平和的な関わりはしていない。具体的に言うと求婚されていた。

 そう。その子の名前はアケルナイ。未だ解決のしていない問題の渦中にいる、神の子。

 それでも私の油断した脳みそは判断した。後輩は、可愛い。

 しかし、彼は問題児で学園中の注目の的だ。そんな彼がこの大舞台に立っているのである。とびきりドラマティックな事件が起きないわけがないのである。

『さーて、一年生の第一レースがスタートしました。非常に初々しい走りです。どの生徒も必死に走る、走る……!ほぼ同時に四人クジの前に揃いました。各々くじを引きます。……結果が出揃いました。クロダン「好きな人」です!』



ーーーーー


『クロダン「好きな人」です!ハトダン「苦手な食べ物」、ダイダン「世界で一番可愛い子(主観でオッケー)」、スペード「薄汚れた心」です。ちなみにハトダンは審査のために持ち込んだ食べ物を実食していただきますので、調理済みのものをお願いします』

 サイドさんの実況に、今回のレースはなかなかクレイジーなものが集まったなと頭を抱える。二年の部のかわいらしい感じはどこにいったのやら、である。

 多分、この中で一番難易度が低いのはうちのクロダンのお題だろう。それこそ「好きな人」という思春期には難しいお題だが、カペラちゃんという前例があるため、観客にいる宗教関係者や友人、バーナードやアンカーに頼めばいいだけである。まあバーナードはともかくアンカーはニコニコ笑って断りそうだけど。あいつはそう言うやつなので。

 だから私はすっかり安心して、遠くに聞こえる「な!なぜオレを借りものにしようとするんだ!お前のお題は「薄汚れた心」だろ⁉︎先生が持ってると思ってるのか⁈」と言う叫びに気を取られていた。叫び声の持ち主であるアルドラ先生は、私は授業などの関わりがないからよく知らないが、先生が日頃、生徒から慕われイジられていることがよく分かる叫びであった。

 今回のお題は輪をかけてカオスだったせいか、観客のボルテージも上がっている。ダイダンの男子生徒がヘゼちゃんに土下座しているのとか、ハトダンの子がすごく嫌そうにアスパラガスを齧っていたりとか。だから、彼の行動は特に多くの目線を集めるものではなかった。

 だから私が彼の向かった先を認識したのは、彼がグラウンド上に響くほどの大きな声をあげてからだった。


「好きです。結婚を前提に、恋人関係になってください」

 まるで純粋な、市井で広まるロマンス小説のようなセルフ。貴族社会には到底似つかない響き。

 その声に、グラウンドが静まり返る。アケルナイくんの、空にも届くような大声。それは会場中を黙らせるには十分で、食レポ中のハトダンの子の喉が痛そうにごくりとするくらいしか、物音がしなくなった。静まり返る。だからこそ、その言葉を贈られた彼女の様子がよく見えた。

 彼女、カンバリアは驚いていた。その次に気まずそうな顔をして、不思議そうな顔をした。


 そしてその一瞬の後、理科の実験ぐらいでしか見ないほど急速に、爆発的にその顔面が紅に染まった。


「あ、え、えっと……」

 彼女は可哀想なくらい顔に血を巡らせて、そういうおもちゃみたいにぎこちなく、その言葉を咀嚼していた。その表情に、誰の目から見ても、この告白が成功か失敗かが分かった。

「突然、すまない。どうしても抑えられなくて。嫌ならばいいんだ。でも、この気持ちを知って欲しくて」

「あ……。べ、別に嫌ってわけじゃ……」

「じゃあ、恋人になってくれるか?」

 しかしアケルナイくんは攻撃の手を緩めない。

「そんなに、簡単には決められないのよ。私も貴族位を持つ家の娘だし」

「じゃあ、家の方には俺から許可を取る。取れるかは分からないけど、とにかく家の方はどうにかする。でもそれには貴女の気持ちを確かめたい」

「…………」

「生涯、私とともに苦楽を共にしてくれないか?俺の人生をあげるから、君の人生をくれないだろうか」

 その時の彼女の顔は、傍目で見ても分かりやすいほど完敗を喫していたのだった。


ーーーーー


 まるで、ロマンス小説。貴族には一生縁のないような、泣きたくなるほどの綺麗な世界。それに会場の、特に女子生徒や貴婦人が盛り上がるのとは対照的に、クロダンの三年生の席は冷え切っていた。例によって女子生徒を中心的に。

 ベガは自分の息が怒りによって乱れないように、少しずつ少しずつ肺に呼吸を溜める。そうしないとこの気持ちを叫んで全てを台無しにしてしまうと思ったから。それは本意ではない。多分気づいているのもクロダン内でも三年生くらいなようだから。

 まあ、例外もいるようだけど。ベガは遠くの審査員席に座っている友人を眺める。純粋に嬉しそうな顔。私は彼女のそう言うところがかわいらしいと思うが、今だけはその夢見がちで少し世間知らずな面を捨てて、真実に気がついてほしいと思った。

 だってこの真実は、後になればなるほど人を苦しめるものになる。


「…………仕込んだのは、バーナード?立案は参謀様だろうけど」

 ぶっきらぼうに、ザニアが言った。

「……正解」

 バーナードはあっさりと告白した。正直否定して欲しかった。

「最低…………!」

 ヘゼが泣きそうな声で言った。しかしそれにバーナードもアンカーも表情を崩さなかった。つまりはそれを言われる予定もあったわけだ。

 仕込みは多分アケルナイくんのレースの一個前にレースをしたバーナードが行ったのだろう。仕込みというか、「好きな人」のお題を入れるだけだけど。

 そして計画はアンカー。アケルナイくんとも打ち合わせをして、この大舞台で彼が告白できるシチュエーションを作った。

 まあ、でもそれはいい。私たちはクロダンに所属してから、運命とは作るものであると学んだし、そこには抵抗がない。しかし一つやるせないのは、目的だ。

 アケルナイくんがカンバリアちゃんに愛の告白をする。その行為にそれ以外の目的があるということ自体が問題なのだ。

 例えばアプロディテ教の信者を家族にもつカンバリアちゃんの、家の中での地位回復とか、家を追い出されるように、学園を辞めさせられて誰かの家に嫁入りさせるだとかを防ぐとか。例えば学園内の信者たちからの暴行などを防ぐとか。アプロディテ教からの嫌がらせを防ぐとか。そういう、全てのためにロマンチックでドラマティックな舞台を用意した。

 つまり、アケルナイくんの告白は、愛の告白を模したカンバリアちゃんを守るための言葉だったのだ。それもそれで愛ではあったのだろうけど。

 アケルナイくんがいいのならいいのかもしれないが、いつかの人生の先で、カンバリアちゃんがその事実に気づいたらどうなるか、考えたくもない。


 クロダンの席の空気は冷え切っていく。多分この空気は、この確執は一生私たちの間に残るのだろう。そんな気配がする。

 遠くで、アケルナイくんがカンバリアちゃんを審査員席までエスコートをしているのが見えた。アジメクは感激したように破顔する。実況の女の子が嬉しそうに場を盛り上げる放送をするのが聞こえた。

 私はそれが永久に続けばいいと思った。気づかなかった人は永久に気づかないで。隠れた陰謀や事情を知らずに、墓に入るまで幸せに騙されてほしいと。

 その思惑が崩れる予感を胸に、私たち三年生は、嬉しそうに微笑むカンバリアちゃんを見守るのだった。

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