加害者
ドン、ドドン。決して軽くはない破裂音。控えめな花火は太陽の輝く青空には到底映えない。しかしこれは別に観賞用ではない。
この花火で中等部体育祭は幕を上げる。だからこれは、生徒たちの気持ちを引き締め、鼓舞するためのものというだけだ。そういう用途としては大成功なので何も問題はない。
「どうしたんだ、アジメク。早く行くぞ」
「姉さん?何かありましたか?」
会場に足を踏み入れる直前、どこか緊張して立ち止まった私を振り返る二つの頭。アルとシルマくんだ。なぜか今日はこの三人で体育祭を見に来ている。私はその奇妙な組み合わせに改めて面白いなと思いつつも、何もなかったように彼たちに追いつき追い越した。
「なんでもない!」
ーーーーー
私、アル、シルマくん。男二人は普段何も関わりのなさそうな人選だが、その通り、彼らが集まったのはそう大した理由はない。シルマくんは私が誘ったけど、アルは別でスペードの先輩に招待されていたらしい。
そう言うわけだから別に一緒に来る必要はないのだろうけど、私が世間話として中等部の体育祭に行くのだとアルに言ったところ、「一緒に行く」と言って聞かなかったのでその圧に押し負けた形だ。確かにクロダンは中等部の体育祭に誘われることが少ないから、シルマくん共々観客席で居場所がなくなる覚悟はしていたが、あの時の彼の勢いは尋常じゃなかった。なんだ、体育祭ってそんなに危険なのか?
「あ、屋台出てますね。いくつか買いませんか?」
「いいな!僕は甘いものを片っ端から買ってくるからしょっぱいのは君に任せた」
「全部は食べきれないのでやめましょう!厳選してきてください!あ、姉さんはここで場所取って待っててください」
そんな事情であるから、アルとシルマくんが仲良くなれるのか非常に不安ではあったのだけど、杞憂であった。さすが大家族の長男シルマくんが、実は弟アルの面倒を見れている。シルマくんの兄力にはうちの団内でも多くの敗北者を出しているので、正真正銘誰かの弟、しかも末っ子のアルがその兄力に負けるのも必然だった。まあこれに関しては私も兄がいて末っ子なので人のことを言えないが。
それにしても仲良くなるのが早いな。二人の共通の知人である私が置いてけぼりである。今現在観客席の三席をカバンを置いて陣取っているが、会場はプロスポーツ選手も使うような、国で一番のグラウンドだ。席どりの必要性は皆無である。ただ単に私が女の子扱いされただけだ。
「…………つまんないの……」
むしろ体力ならシルマくんよりもあるのに。まあこういう扱いはされるのが常識で正解だ。私が貴族であるならば。「アジメク」であるならば。
「アジメク」であるならば、目の前の現実も容易く受け入れられた、はずだ。
(…………何これ)
でも私は違うから、そうじゃないから。ただの庶民で甘ったれていた。
「……見ないでいい。帰るか?」
アルが気遣うように言った。多分彼はこれを言うためだけについてきたんだなと分かった。
「……大丈夫だよ」
私は言った。もちろん強がりだ。
でも多分、私に見られている先輩たちの方がよっぽど大丈夫じゃないだろうから、私は強がれる。
私の眼下、グラウンドでは、まるで恥ずかしそうに三年生の先輩がセンターで踊っていた。
違和感を感じたのは、結構最初の方からだ。
「あれ?踊ってる」
「そりゃあ踊るでしょう。ダンスなんですから」
午前の部でも最初の方に置かれた中等部一年のダンス。ついこの前まで同じ学舎にいた先輩たちの姿は早くも懐かしく感じ、少し前まで先輩だった彼らが「初々しい一年生」扱いされるのは違和感があったけど、すぐにそんなことを忘れてダンスに見入っていた。そしてふと気づく。
あれ、スカト先輩が踊ってる、と。
スカト先輩。私たちの一個上の先輩にしてサッカーが得意な先輩である。それと同時に目立つこととリズムに乗ることが大の不得意。彼の伝統ダンスの指導は参考にならないことで有名で、彼自身が一年生の時に伝統ダンスをどう乗り切ったのか、真相は闇に包まれている。そして彼自身も頑なにダンスというダンスを避けている。
そういう先輩なのだ。なので彼がダンスを踊り、あまつさえ私が一眼で気づくように目立つ場所でダンスを踊っていることこそ驚きに値することであった。
「どうしたんだろう、スカト先輩が踊るなんて」
「え?スカト先輩って踊らないんですか?学校行事でも?」
「そんな、明日世界が終わってしまうなんて……」
「先輩が踊るから世界が終わるんですか?」
戸惑うシルマくんを置いておいて、改めてスカト先輩を見る。
(…………いや、急激にダンスが上手になったとかじゃないんだよな)
若干失礼な思考だが事実だ。彼のダンスを見るに、彼のダンス技術が向上したから目立つ配置で踊っているわけでもない。正直彼の真後ろで目立ちにくくなっているカラ先輩の方がよっぽどダンスが上手だ。
誰もが目立てるようにと平等に配置を振り分けているのだろうか。それとも配置はくじ引きとかだったのだろうか。考えられる可能性はいくつもあれど、スカト先輩自身が踊っている時に目立つことを嫌うので、どれもしっくりこない。
しかし、私のそんな些細な疑問は一時間もしないうちに解消することになる。数十分後、各団の団長・副団長が紹介された時に。
『クロダン団長、ーーーー。副団長、マタル・サダルスウド』
「えっ……!」
思いもしない名前に私は弾かれるように顔を上げた。そして思わず学生の席でナオス先輩を探す。彼女を、私たちの団長を探す。
彼女は見つからなかった。単純に人が多すぎて私が見つけられなかったのか、彼女が席にいなかったのかは分からないけど。そのままマタル先輩が壇上で一言話す。彼は貴族らしく堂々と話していたけど、それは私の知る優しくてお茶目な先輩の姿とは似て非なるものに感じた。
…………「さよなら、私の楽園」。ナオス先輩が初等部卒業の時に言った言葉だ。
私は、その時唐突に理解した。いや、貴族の令嬢として理解は遅すぎるほどに遅かったけど。理解した。
クロダンも、他の団と同じように、家柄で目立つ場所についたり団長を選んだりしているんだって。
もちろん、知ってはいたけど。初等部で家柄の差を感じずに入れるのは、団の顧問の先生を団運営に関わらせないようにしているからだということ。そしてそれが異常なことで、初等部までの処置であることも。
知っていたけど、分かってなかった。いつまでも子供でいられると思ってた。
そのまま私はぼんやりとナオス先輩を探して、見つけた。
彼女はつまらなそうに壇上のマタル先輩を見ていた。彼女は別に権力に固執するタイプではないから、多分現状自体がつまらないのだろう。
(……私は、マタル先輩側だろう)
まず間違いなく。
指先が冷え、体が震えそうになる。足元からゾワゾワしたのが這い上がってきそうだ。
そんな私の手を、アルは掴んだ。
「帰ろう、アジメク。お前体調が悪そうだ」
「……!」
「え?あ、本当だ。姉さん顔が青いですよ。人が多いですから、酔ったんでしょうか」
「そうかもな。悪いが招待してくれた人に悪いしシルマくんはまだ見ていってくれ。先に帰る」
「えーっと……。そうですか?わかりました」
私を置いて話がポンポン進む。しかし口を挟む元気もない。そんな私にアルはより一層焦った顔をして私の手を引いた。荷物もスムーズに引き取られて何も言えない。
「じゃあ、悪いが買ってきたものの処分も頼む」
「任されました。最悪弟妹のお土産にするのでお気になさらず」
彼らはスムーズに別れた。私は最後まで口を挟めなかった。
ーーーーー
帰り道は、少し遠かった。
行きはアルの家の馬車に乗ってきたけど、帰りは歩きになった。別にそう遠いわけでもない。防犯上はよろしくないだろうけど、きっとそういう使用人が影で見守っているのだろう。
私たちは、そういう立場にいる。
「大丈夫、じゃないな」
彼の手は暖かかった。
会場を出て、すっかり人がいなくなる。喧騒に背を向ける。私は後ろの残酷な現実がいつ襲ってくるのかと怖かった。
早くその場を離れたくて、ズンズンと足を早めた。アルは私に歩幅を合わせた。
怖い、怖い、怖い。そう思って、歩いて歩いて、段々と速度が上がって、やがて走り出した。
そして汗と涙が分からなくなるくらい、走った。
「止めればよかったな、体育祭に行くの」
その一言で、アルが今日私がこうなることを知っていたのだと分った。私が世間知らずで、中等部での家柄の扱いを全く知らず、勝手にショックを受けることを知っていたのだと。
私は答えた。
「どうせ、入学したら知ることだから。多分ナオス先輩、招待してくれた先輩も一足先に知って置くことで衝撃を少なくしてくれたんだと思う」
「…………どっちにしろ、今日はお前の隣に僕がいてよかった」
彼は微妙な顔をして言った。私もそれは同感だ。
私は繋いだ手を意識するように強く握ってみた。彼は競うように握り返す。少し痛い。
「……怖い」
端的に言った。それで彼には伝わった。
私は、マタル先輩側だ。大した実力もなくても、主役になれる側。理不尽を与える側。
嫌われ役であり、憎まれる存在だ。そしてクロダンのみんなが私を嫌わないし、憎まないということは分かっている。
だから私が私自身を嫌って、憎むことになるのだろう。
今日、アルがいてくれて良かった。シルマくんは「あちら側」だから。もしもこんな私のぐちゃぐちゃした思いがバレてしまったら、彼は必死になって否定してそんなことを言う私を怒ってくれるだろうから。
ただただ手を繋いでくれるアルが、いてくれて良かった。




