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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部2年
33/88

エニフ先輩というおもしれー男

「エニフ・ペガスス検定(通称エニ検)」というものがある。

 エニフ・ペガススと円滑にコミュニケーションを取ることを目的とした、簡単に言ってしまえば外国語の実力検定のエニフ先輩版というものだ。

 学園どころかエニフ先輩でさえ詳しい実態を把握していない、完全に身内ノリで作られた検定であるが、その実割としっかり作られた検定である。エニフ先輩が一年生だった時の三月を第一回として六月、九月、十二月、三月とこれまでに計五回の開催がある。

 初めは四級から始まり、飛び級なしで一級まで。その後は飛び級ありで初段、二段、三段と上がっていく。ちなみに主催者はその年の三年生なのでこの検定を受けられるのは二年生までという決まりがある。

 試験内容としてはエニフ先輩との親密度、筆記試験、実技試験と三つに分かれている。特に実技試験では判定が厳しく、エニフ先輩と面談をし、いかにコミュニケーションを取れるかが焦点となる。時には運で突破する猛者もいなくはないが、段を取るレベルになれば普段から彼の心情が手を取るようにわかるようになるらしい。

 まあここまで言ってわかるだろう。エニフ先輩とはその無口・無反応さ、扱いづらさは検定が組まれるほどであるということを。


「……っはー!疲れた!」

「お疲れアジメク。アンタのところ相変わらず大変そうだね」

「もうほんっと!本当に大変!聞いてくれよベガー」

「よしよし。いい子いい子。頑張ってるよー」

 優しく撫でられて涙腺が緩みそう。泣く。これは泣く。泣いてやろうか。

 ……こういう時に自分の体が周りの子供よりも更に子供であると感じる。まあ精神年齢を加味して意地でも泣かないけどね。


 団内練習が始まって今日で三日目。練習が終わった私たちはクロダン二年女子の更衣室でしばしのおしゃべりタイムに突入していた。まあこれはサボりではなくて、シャワー待ちだったりシャワーが終わって髪を拭きながらだったり、髪も乾いてダラダラ駄弁っていたりするなど一部を除いて無駄に時間を過ごしているわけではない。

 まあちなみに私は最後の全て終わったけどダラダラ駄弁っている人に当たる。

 私は体を清潔に整えると更衣室中央のキングサイズのベッドに飛び込む。(クロダン女子の更衣室にはこのサイズのベッドがある。理由や導入の経緯は察してくれ。クロダンだからだし昔からあった)。その私の振動で先客の体がベッドから少し浮いたがあちらも文句は言わない。よく見られる光景だ。

 そしてそのまま先客ベガの胸に飛び込むと普段は言われる小言の前に憐れみとともに頭を撫でられた。泣いてなんかない。


「まじでエニ先班(エニフ先輩の所属するうちの班)大変そうだよね。しっちゃかめっちゃかって言うか」

「本当に……そうなの……。……けて…………たすけて……」

「ごめんうちも忙しい」

「薄情者!」

 心の底から気持ちを込めて詰ると彼女は「ごめんごめん」と軽い返事。気持ちを表現すべくベッド上で手足をバタバタさせる。

「何してるの?虫の真似?」

 効果は今ひとつのようだ。

「……そうだね。虫の真似してたの」

「いやなんでよ……」

 意地を張る私と困惑でいっぱいのベガ。とりあえず顔を見合わせてみる。


「…………」

「……」

「あれ、どうしたの二人して見つめあっちゃって」

 そんな中、奥のシャワー室から二人の女子生徒が現れた。しっかり者のザニアとちょっぴり泣き虫なヘゼだ。双子コーデの部屋着を纏った二人にベガが安心させるように言う。

「なんでもない、いつものアジメクの奇行」

「ああ、いつものね」

 ふーん、泣いていいってこと?こちらを気遣わしげにみるヘゼは許すが即答したザニア、許さんぞ。

「まあ、毎日お疲れ様。毎日のようにイケメンくんの怒鳴り声が響いて大変そうだねって感じ」

「すごい他人事だね。そしてもしかしてイケメンくんってシルマくんのこと?」

「もちろん。一年生でイケメンといえば彼だしね。まあ年下は好みじゃないけど」

「年下って一個下じゃん」

「九歳なんてまだまだお子ちゃまでしょ?」

「あなた何歳?」

 あくまで本当にそう思っている様子のザニアに頬を引き攣らせる。女の子は早熟だな……。

「それにしても苦戦してるわよね。アジメク、あなたエニ検何級だったっけ?」

「……三級」

「低いわね」

「低いね」

「低すぎじゃない?四回もテストあってどうしてそうなるのよ」

「私だって好きでこの級なわけじゃないわよ!」

 思いっきりベッドに突っ伏すとヘゼの細い手が頭に乗る。ありがとう。ただしあなたもどさくさに紛れて「低いね」って言ったの私聞こえてたよ。

「だって三級って。最初の六月のテストで皆で取ったやつじゃない。あなたも。そこから一個も上がってないの?」

「うー、だって、その後のテスト必ず魔法クラスの定期試験と時期が重なるんだもん。どっちか選んでってなると魔法クラス優先になっちゃうし……」

 魔法クラスのテストは普通の必須科目(国語とか算数とか)のテストと時期をずらして行われるので、同じく必須科目と時期をずらして行われるエニ検に被りまくるのだ。愚痴るようにその話をすると「あー……」と一応同意を得られた。

「ふーん、じゃあエニフ班は三級と無免許の班なんだ」

「まあ間違ってないけどさ……シルマくんが違法してるみたいな言い方やめて」

「違法レベルのトラブル数じゃない?」

「…………否定できない」




「ねえ、もー!聞いてます⁉︎」

「……」

「次は三年生はあっち!もうこっちの練習はいいですから。……他の先輩に聞くし」

 次の日の午前、チーム別練習。シルマくんの視線がエニフ先輩から逸らされ私に写り、そのまま流れるように他へと逸らされる。

(それだけ、じゃないんだよ……)


 私たちのチームは、一見シルマくんとエニフ先輩の不仲、と言うかシルマくんが一方的に突っかかっている様子が目立つが、それだけではない。

 私はとりあえず二人に近づいた。

「先輩、この後三年生の組体操練習ありますけど大丈夫ですか?」

「…………」

 エニフ先輩は私の方を見て(多分)否定でも、肯定でもないような仕草をした(ように見えた)。これは……迷っている?

 そうすると、今の会話からすると……。

「し、シルマくん」

「は、はい。ガクルックス先輩」

(よ、よし。一言目は正解だったかな?)

 少し戸惑いはあるが怯えはなう。密かに胸を撫で下ろす。私は続けた。

「エニフ先輩にどんなこと聞きたいの?」

「……伝統ダンスのこの先の振り付けが覚えられなくて」

 シルマくんが軽く手足を動かす。あ、その部分はまだ男女共通の振り付けだった。私でも教えられそう。私は胸を撫で下ろしてエニフ先輩を振り返った。

「あ……」

 エニフ先輩は振り返る頃には私たちから背を向けて三年生の集まりに行ってしまった。

「行っちゃいましたね」

「そうだね……。あの、よかったらそれ私が教えるよ?」

「あー、いえいえ。そんな、お手を煩わせるわけにもいきませんし。他の人に聞きますね。お声がけしていただいてありがとうございます」

「い、いや……その……」

「じゃあ行きますね。あ、すみませんバーナード先輩いいですか?」

「おう!シルマまた来たのか。先輩様になんでも聞けよ!」

「…………」

 うちのチームがしっちゃかめっちゃかになる原因、というか目立ってないだけで結構大きな問題はこれである。

 シルマくんの過剰な遠慮。多分これは彼の性格だとかまだ人見知りをしているとか、そんな問題ではない。

(これは私が「アジメク・ガクルックス」だからか)

 私の眼下で、仕立てのいい運動着や小物が輝いていた。


「ま、そりゃあそうだろうね。怖いもん、普通に」

 そんな日々が続いた頃。私はある人を捕まえて話を聞いた。

 と、言うのはシルマくんに頼られる率ダントツのバーナードの野郎である。彼はシルマくんと同じく男爵家の子息である。同級生である気軽さもあったし、あっちもこちらのことを気遣ってくれているのか、相談を持ちかけるとすぐに時間を作ってくれた。

「……怖いって?」

 その率直な意見に少し傷ついて、顔面をこねくり回すとバーナードは「そうじゃなくて、」と笑って否定する。

「身分差ってのが怖いの。俺たちって一括りにするのも申し訳ないけどさ、俺たちって大なり小なり上の貴族の人に迂闊に話しかけれないっているかさ。そう言うのでいじめられたりって言うこともあるから」

「…………聞かないほうが良かった?」

「なんで?そんなことないよ」

 笑い上戸な彼は私を安心させるように笑ってくれた。

「俺たちが勝手に警戒してるだけってこともあるし。学園内ならクロダンの集まり以外は地位とか同じくらいのクラスメイトとしか関わりないしさ。外ではめっちゃ気ぃ使ってる。そういうのアジメクはないだろうからピンとこないっしょ」

「……ごめん」

「違う違う。謝って欲しいとかじゃなくて。つか謝んなよアジメクは悪くないのに。ま、だからクロダンに入った時もめっちゃビビったよ。先輩とか苗字名乗らなかったりするからさ。こっちは相手がどのぐらいの立場なのかを全神経使って見定めてるし。いくらそういうのいいって言われても中々信じられないし」

「…………」

「だから俺、シルマの考えてることなんとなく分かるよ」

「…………」

 私は完全に沈黙してしまった。私は元々は庶民で、孤児で。貴族様と関わることなんかなかったから、上下関係というと年齢や先生といった役職などと比較的簡単なものであった。「アジメク」になった今も数少ない公爵家の家柄、敬意を示すのは王族のみ。しかもその唯一普段接するアルはあんな感じだし。

 私がまだ「アジメク」じゃない時は、貴族というのはみんながみんな威張れる人ばかりなのだと思っていた。私は多分、シルマくんやバーナードの気持ちは一生わからないだろう。

「特にシルマはなー。あいつも難しいトコあっし。まあ、面倒見てやんなよ」

「…………もしもバーナードがシルマくんだったら、どう?」

「え?」

「…………シスター変えて欲しいなって、思う?」

 私がそう言うと、彼は呆気に取られたような顔をして、一拍置いてから「あー……」と複雑そうな表情をした。

 彼はその後あれこれ言っていたけど、否定も肯定もしなかった。

 その顔に、いや多分彼と話す前からなんとなく決まっていたけど。


 私はその日のうちに団長を訪ねた。彼は「早かったな」と笑って。

 私のお願いに却下を寄越した。

 それどころか団長は私の悩みを聞くや否やこう言った。

「エニフならなんとかなるだろ」と。

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