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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部2年
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32/89

ブラザーず

「はい、というわけでクロダンの練習が今日から始まる。団長の三年シータだ。こっちは副団長の二年カイ。端から自己紹介、としたいところだが全団員百二〇人すると日が暮れそうだから省くな」


 入学式も無事終わり、幸運なことに留年者も退学者もゼロで全員で初等部二年にあがることができた。

 そして本日は団長の言った通り。クロダンの初練習、兼顔合わせだ。

「とりあえず今年のクロダンとしての目標を考えていこうと思う」

 この言葉に私たち二年は顔を見合わせる。顔には同じことを書いてある。この前決めた「オリダンに新しいルールを作る」をここで発表するか否かだ。集まれるだけ集まってコソコソ話す私たちに多学年からの視線を感じる。


「え、どうする?ここで他の学年に言っとく?」

「ちょっと恥ずくない?」

「そもそも止められそう!団長とかも怒られるかもだし」

「それはないだろ。むしろ応援されそう」

「確かに……」

 じゃあいいかと発表する流れになった時、ザニアが声を上げた。

「私は反対。早々一年に引かれたくない」

「採用」


 即決だった。元の席に戻った私を隣の席の一年生が不審そうに見た。

「どうしたんですか?」

「いえ、なんでもないです。全くもって案なんて出てません一ミリも」

「……絶対嘘じゃん」

 ボソリとつぶやかれた声に思わずその方向を見るとその一年生もこちらを見ていた。輝く様な黒髪ストレートから切長の目が覗くように配置された、後輩であると言う贔屓目を除いても綺麗な顔をした少年だ。

「えっと、こんにちは」

「あ、はい……」

 私はその彼の頷く様な会釈に何とも生意気そうな気配を感じながら釣られて頷く。

「シルマ・ミンタカです。ガクルックス公爵令嬢ですよね」

「あ、はい……」

 プライドの高そうな作られた笑みに頷く。何この子めっちゃ怖い。


 ちなみにその間にも黒板には「怪我しない」「楽しく!」「いっぱい寝る」「喧嘩しない」「腕相撲の勝負はしない」などが書いてあった。多分最後のはアイスをかけた腕相撲が白熱しすぎて腕を痛めたアンタレス先輩に起因していると思われるが。

 まあ内容はいい。どうせどこかに提出するもんでもないし、多分。声が止んできたところで団長は一番下に「写真を撮る」と付け加えた。

「顧問の先生からのお達しでな。去年も写真を撮って提出したのだが割とお気に召したらしい。今年は顧問からカメラをプレゼントされたので手の空いたもので撮ってくれ」

 そして団長がパシャリ。去年鍛えられた二、三年を中心に「自分超絶可愛い」顔をする。団長が満足そうに頷いた。一年は置いてかれていた。

 去年は家にあるものを各々持ってきたので現像に手がかかったが。その予防も兼ねているのだろうが素直にありがたい。ただ肝心のカメラがうちのガクルックス領が最近出した魔石で動くバカ高価なカメラであることは微妙な気持ちになるが。壊したら怖いから触んないどこう。


「…………」

「……どうしたの?」

 視線を感じて右を見ると再びシルマ君がこちらを見ていた。彼は「いや……」と鼻で笑って一言。

「いや、公爵令嬢サマもそう言うのノるんですね」

「え?」

「あ、下々のものに合わせてるんですか?」

「……え、いやーー」



「それにしても団長、顧問に会ったんですね」

 ガタン!

 椅子の倒れる音が響いて、私とシルマくんの意識が逸れた。言わずもがな、団長であるシータ先輩の椅子である。

「ま、まあそうだな」

 ガタガタ。

 椅子の床にぶつかる音が聞こえる。言わずもがなシータ先輩が倒した椅子を蹴ってたてた音である。

「あ、そうじゃん。シータ、どうだった?」

 ガタガタガタ。

 椅子をほうほうにぶつけながら後退するシータ先輩は至って平然と答えた。

「ああ、団長だからな。会えたぞ。お前たちも卒業する時には会うだろ」

「えー、でも気になるよな?てか誰なの?」

 ガタガタガタガタ。ガシャン。

 椅子を後ろのホワイトボードまで激突させ、倒れた椅子に足を取られて自身もホワイトボードに倒れ込んだ先輩は平然とした顔で答えた。

「まあ、そうのは言わないことになってるから」

「……なんかあった?」

「何もない!」

 絶対嘘じゃん。

「そ、それで他の案はあるか?ないなら次に行こう」

 なんかあったんだろうな。団長以外の心が一つになった後、団長は無理やり目標発表を終わらした。まあ爆弾を抱えた二年は胸を撫で下ろしたのだけれど。



「さて、本日の予定としては団としての目標を決めることともう一つ、重要な発表がある。カイ、見せてやれ」

 シータ先輩が指を鳴らすとカイが大きな箱を三つ持ってきた。

「さて。今年のクロダンのテーマは『繋ぐ』。これは例年ふざけた……いや大変フランクなテーマを出してくる私たちに対して教頭先生が出してきたテーマだ」

 確か去年は「楽しむこと!」だったな。つい吹き出した私にベガが「一昨年は『面白ければそれでよし』その前は『怪我をしないようにしよう』だったらしいよ」と囁いてきた。……やめてくれ、顔を上げられなくなる。

「まあテーマを出されるとそれっぽいことを一つはしなくてはならないんだ。それが面倒で毎年ふわふわしたテーマを掲げてきたのだがそれを禁じられてしまったので仕方がない。そこでこれだ、まあ各学年箱で分かれているから一つずつ引いていってくれ」

 自分の学年の箱に手を突っ込むとくじのように紙片がいくつも入っていてその中身は数字だった。謎に渋りながら三年が、素直に二年が、戸惑いながら一年が引き終わったところでシータ先輩が言った。

「今年のテーマは『繋ぐ』。俺たちクロダンは今年ブラザー・シスター制度を導入する!」

 堂々と宣言する団長。その少し空回りした宣言を前に、事前に聞いていたらしい三年を除いた面々は頭上にはてなマークを浮かべた。


 ブラザー・シスター制度。

 多分新入社員の教育を目的とした制度のことを指しているのだろう。先輩と新入社員をペアとして教育やフォローをすること。まあ私もそんなふわっとした認識なのだが団長からの説明もそんな感じだった。

 それの学生版というか団版なので名前だけ借りた似ても似つかないものであるのだろう。団長は詳しく説明を足した。


「さて、みんなくじを引いたな。今からその紙に書かれた数字の同じ人とまとまって座って欲しい。人数の関係でチームによっては四人いるが基本三人のチームで全チーム三十五チームある。これは一番人数の少ない三年生の人数に合わせたチーム数だ」

 ふーん、三年は三十五人なんだ。二年生は王子殿下の生まれた年であるということもあり殿下と同級生になることを狙って子作りしたのか出生届をいじったのか学年の人数が多い。そのためクロダン内でも計四十一人。一年生も三年生ほどではないが少なく三十八人。

「完全にくじ、つまり運で決めたものだ。だからその上級生と無理やり仲良くして欲しいというわけでも上級生も下級生の世話を焼いて欲しいわけでもない。そこまでの指示をする権利もないしな」

 団長はそこで恥ずかしげに頭を掻いた。

「元々構想はあったんだ。毎年体育祭は学年別の競技がほとんどだから、練習も基礎練以外は学年別が多い。だから去年も『ご飯なんかも学年で固まっちゃって後輩と話せなかった』なんて声多数、『先輩に話しかけにくかった』なんて声も少数あった。だからこそ、俺からできるのは提案だ。兄弟親戚なんていう事情で元々仲の良い生徒もいるかもしれないが、多くの生徒はまっさらな人間関係でここにいると思う。だからこそふと先輩に相談したいことができた時、ふと何か下級生に用事ができた時、勉強を教えて欲しい時。そんな些細なことで声をかけられる人が他の学年にもいたら多分すごく便利だと思うんだ。チーム内での関係性はチームに任せる。勝手に決めてすまない。でもよければ、ブラザー・シスターという制度をちょっと便利に使ってみてくれないか」


(…………)

 団長の演説が終わり、みんながなんとなく理解し支援するような空気が流れる。特に二、三年生は去年お互いの人柄を見ているのだしなんとなくうまく行くのだろうと考えていることがわかる。一年生も貴族として他の貴族と交流の場を得られたことの価値を慎重に見極めている。

 その中で私は完全に戸惑っていた。

 そんなうまく行くかなー?っと。

 いや、したいこともその理由もわかったけど。ブラザー、シスターってもっと丁寧に決めたほうがいいんじゃないのか?

 ほら、相性とか。それをこんなくじでさぁ……。


 そんなことを思うのは肝心のメンバーがメンバーだったから。

 チラリと右を見れば厚い前髪で目元を隠したエニフ先輩と腹の見えない笑顔を浮かべる一年のシルマくん。

 前途多難だ……。





「えっと、とりあえず、自己紹介ですか?」

 自己紹介。自己紹介って大事だと思う。

 お互いのことを知れるし。今後関係を築いていく上で有効な情報を得られる。しかも初対面で盛り上がりに欠ける相手であっても場を持たせてくれる。多少なんだかうまくやれそうにない予感がしても、自己紹介でいきなり険悪になることはないだろう。

「そうですね。えっと僕からの方がいいですかね。一年生のシルマ・ミンタカです。えっと、後何言えばいいんでしょうね」

「…………」

「え、えっと趣味とか?」

 同性の気安さからか明らかにシルマくんはエニフ先輩に話を振るが先輩は微動だにしない。慌てて私がフォローに入ると彼は不思議そうにしながらも「音楽を、少々……」とこれまた戸惑ったような返答をした。

「…………」

「…………えっと、そしたら次私ですかね?」

「えっ?」

「え?」

 思わずと言ったふうに声を漏らすシルマくんに私も聞き返す。えっと、自己紹介はさっきしたからだろうか。まあでもここでエニフ先輩が口を開くとは思えなかったため気にせず自己紹介を続ける。

「アジメク・ガクルックスです。趣味は……読書、かな?」

 私はとりあえず当たり障りのない自己紹介をして先輩に目を向けた。まじで微動だにしない。まあ予想はできていたので彼の紹介も担う。

「シルマくん、えっと先輩はエニフ先輩。エニフ・イプシロン・ペガスス先輩」

「えっと、こんにちはペガスス先輩」

「……」

 エニフ先輩は小さく会釈で返す。ただこの会釈は見える人には見えると言ったところの、つまり彼を去年分見てきた私だからわかるもので。その微かな会釈を見逃したシルマくんは困惑し、そのまま顔が怒りで染まった。

 しかし彼は大人だ。そのまま笑顔で顔を覆うと「ご趣味は?」と続けて聞いた。

「…………」

「…………」

「…………」

「……えっと、その、エニフ先輩は……」

 これまた返事をしないエニフ先輩に思わずと言ったふうに口を挟む。しかし今度はシルマくんは怒りを隠さずはっきりと私を拒絶した。

「もういいです。ガクルックス先輩は寛容なお方のようですが普通はこうですよね」

「え?」


「下級貧乏貴族、没落寸前な貴族の恥の家!それを視界に入れることすら億劫ですか。まあ当然ですね」

「い、いやいやいやいや」


 カキュウ、ビンボウ、キゾク。ボツラク寸前。キゾクのハジ。

 情報が多い!とにかく彼がとんでもない劣等感を抱えていることはわかった。いやそれしかわかんなかったんだけど!

 今にも席を立ちそうな、というか今が団で指定された交流の時間でなかったらさっさと席を立っているであろうシルマくんに咄嗟に縋り付く。これは間違いなく行かせちゃダメだ。

「そんなつもりない、そんなつもりないから!」

「ああ、箱入りの大貴族様の娘は下々の些細なことなど気にしないということですか。なんと慈悲深い!」

 めっちゃ拗れてる!めっちゃ拗れてるし拗ねてるし!子供か?子供か!まだ九歳とかだもんね。

 実年齢で言うと一歳下の自分を棚に上げてそんなことを考えている間にシルマくんは私を振り切るように身を捩る。私と同じくらい小柄なのでまだ押さえ込めているが正直時間の問題だ。

 私はチラリとエニフ先輩を見る。先輩の顔は分厚い前髪に隠れて上半分が丸々見えない。その分表情も伺えない。

「……は!この後に及んで無視ですかペガスス様!侯爵家のあなたに私のような下賤なものの言葉は耳に入れる価値すらありませんってか!学園は身分差を強要されないと聞いていたのに!やっぱり嘘っぱちじゃねえか!」

 いや、どうすればいいんだ。まじで。勘弁してくれ。

 当たり障りのない自己紹介のはずが、なんでここまでこじれるんだ。おかしいだろ。険悪にならないための会話のはずなんだが?




 ああ、こんなことになるのなら、私ももっとあの時もっと真剣に取り組むべきだった。

 正直、他の子も手を抜いていたし私も必要性がいまいちよくわかっていなかった。……いや、これは言い訳だな。何事にも全力で取り組むべきだったのだ。

 しかし、いくら後悔しても時間は戻せない。

 そんなことわかっていたはずなのに、それでも胸をよぎるのはそんな夢物語ばかりだ。

 でももし、もし万が一時を戻せたら、私は必ず全力で取り組もう。そうしたらこの悲劇も防げたかもしれないのに。


 私はイキリたつシルマくんを必死に宥めながらエニフ先輩を見た。

 その何を考えているのかが読めない、見る人が見れば呼吸をしているのかも怪しい固まったままの先輩を見て心の中で叫んだ。

(もっとちゃんと受ければよかった!エニフ・ペガスス検定!)

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