少女の帰省(?)・前編
ガクルックス領のすぐ隣、自然豊かな土地にある小さな町の、その中で二番目くらいに大きな館。ガクルックス家の大小二十以上ある内の別荘内の一つ。少女が生まれて(生まれ変わって)この方縁もゆかりもないそこに、彼女は帰省していた。
一般的なものとはかなり違っても、それが彼女の里帰りだった。
【苗字のないただの彼女の場合】
私が他の生徒と一緒に学園を追い出されて、まあ他の生徒と同じようにまず帰宅したのはまあ普通に入学前住んでいたガクルックス家の別宅であった。そこで一つ大問題、私の部屋が影も形もなかったのである。
私の部屋、ガクルックス家の別宅の一室に住まわせてもらっていたのだが、その別宅自体大改造されていた。「アジメクお嬢様」の実験のためとのこと。家中をよく分からない機器で埋め尽くされ、二つ、三つの部屋の壁がなくなり大部屋に、私の部屋は上の階との吹き抜けになっていた。笑うしかない。
なんと、現在彼女は「カデン」というものを生み出そうとしているとのこと。
科学や電気による便利な道具はいくつも生み出されているが、「カデン」というのは純魔法による超便利通りらしい。
火魔法と風魔法を埋め込んだ「ドライヤー」や上級水魔法を非常に細かく操って作動させる「センタクキ」というのだとか。なんか色々。
彼女、本物の「アジメク」は私がアジメクのふりをして学校に行く代わりに主人が突然見つけてきた孤児(つまり私のこと)という設定で顔を変え生活していると聞いたが、思ったよりも派手に動いているらしかった。
見せてもらったが、まあよく分からないものばかり。しかし紹介した執事長は、これが黄金にもそれ以上にも見えているらしく私に触れさせもしなかった。別にいいけど。
そういうわけだから私には使用人塔の一室が与えられ、そのように部屋も整えられていたが、私は話を聞いた後つい「おねだり」してしまった。
それがこの形式の里帰り。魔法で顔を変えられて、見知らぬ土地への里帰りだ。
里帰りの定義と著しく反する気がするが。
この町に来てもう数日。見知らぬ町にお店、そしてついでに魔法で顔を全く変えて過ごす生活はとても快適だ。思い切ってお願いをしてよかった。
その邸宅はガクルックス家の分家の別宅である。もうほとんど使わないため家の維持のみを隣の家のお婆さんに任せているらしい。そのためほとんどの家事は自分で行わなければならないがそれこそ慣れっこなので問題ない。
婆さんもあまり目が良くなく、普通に善良そうな人間だろうがこちらの年齢を偽れば特に問題なしと基本放置されていた。時節夕飯のお裾分けがあるが、つかず離れずと言ったところか。
そんな奇妙な里帰り。そんなある日、私はふと思い立って森へと出かけていた。
目的は一つ。
「よいっしょ」
バサッ
肩甲骨のあたりに力を込める。両手をいっぱい広げたより一回り大きいくらいの白い羽が広がるのが視界の端に見えた。そのままそれを煽って森の木々よりも少し背が高いところで低空飛行をする。うん、成功だ。
そう、目的とは特別魔法の訓練だ。
魔法学クラスのテストで発現した後一度も使っていないため忘れている人もいるかもしれないが、私は現在二つの特別魔法を保有している。
まず特別魔法とは。基本である五大魔法では説明のつかない魔法の使い方、そしてそれによる現象を言う。
通常一人一つ。もしくは家系内で引き継いでいるものもあるので集団で一つ。その能力は実に多様。魔法学の授業でやったのだが、長い歴史を紐解くと非常に使い道の限られたものから世界すら変えられる能力まである。
ただし特別魔法を持つ魔法使いは全魔法使いで四割ほど。まあ多くはないし少なくもないと言ったところだが、そもそも魔法使い自体が現代では一握りなため全体で統計を出すと希少なものとなるだろう。ちなみにそんな一握りと他との差とは家柄とも魔力量とも言われているが、まあこれ以上は長くなるためやめておこう。
とにかく今重要なのは、私がそんな一握りで、且つ特別魔法を二つ有していると言うことだろう。
秒で前の説明と矛盾しだしたが今は置いておかせてくれ。私も原因は分からないんだ。
一つは今広げたこの羽。白い鳥、フクロウやワシと言った大きめな鳥を想像させるとにかく大きな羽だ。多分鳥よりもはるかに重い人間を運ぶための進化だろう。元々魔法使いは箒でもカーペットでも風魔法で物を浮かす、それに乗ると言う手順を踏むことで飛び上がることは容易にでき、少しバランスをとるのが難しいものの道具なしでも浮かび上がることはできる。だからこの羽は自分が飛ぶのを容易にするのに非常によく使える魔法となっている。
二つ目は、まあ、その、一応時間を止められるやつ、です。ちょっと世界変えちゃう系の魔法すぎてぶっちゃけ怖くて使えない。副作用とかあったらどうしよう。
ま、とりあえずそう言うわけなので自分の羽を自由自在に操れたらカッコよくないかと寮の自室で練習を始めたのが発現してすぐ。そして後悔したのが練習を始めて三十分後。
問題はこれまた二つ。一つ目、部屋の中だと狭い。まあ寮の一部屋とは言っても公爵令嬢に当てられた部屋として十分な広さを誇る部屋のはずなのだが。しかしながら想像してみてほしい。自分の両手いっぱいに広げたより大きな翼を背負ってゴタゴタとモノの溢れた室内を動き回るところを。ぶつかりまくるし引っかかる。ひっかける、ものを倒す。
そして二つ目はこの羽、とかく抜けやすいのだ。部屋をひっちゃかめっちゃかにしてしょんぼりとベット上で羽をバタバタするのにとどめていたと言うのに、気がついたらベット上に羽の枕をぶちまけたのかと言うほどの羽がこんもりと乗っていて、ついつい自分の毛髪も確認してしまった。ちなみに羽は無尽蔵に生えてきていたし、羽が抜けることと私の髪が抜けることに関連性はなかった。そしたらこの羽はどこから?と疑問だったが、訓練を続けると倦怠感がすごくなり、すごくお腹空いたり眠くなったりしたので単純に体力やカロリーなんかを消費したのかもしれない。
まあそんなわけで部屋を片付けてから羽を出したり、魔法訓練という名目で体育館を借りたりなど色々工夫はすれど二つ目の舞い散りすぎる大量の羽は結局片付けなければいけない。特に体育館を借りた時は広々羽を動かせられるだけありはしゃいでしまい、本当に片付けが大変だった。どうしてそこにいるんだと言うようなところに羽があり鍵の返却が言われた時間よりも遅れてしまったほどだ。
まあそんなこんなで訓練に対するやる気はあれど思うようにいかないまま体育祭も終わり、里帰りに突入。お邪魔している家の大きな窓から見える山にふと思ったのだ。
「これ、掃除しなくていいところで訓練すればいいのでは?」と。ものぐさと言うこと勿れ。体育館の掃除、めっちゃ面倒だったのだ。
という訳で来ました、森です!
まあ森とは言えど地元の人の狩や採集の場になっているという。最低限整備はされていたし箒で飛んできたのでそこまで危険はなかった。熊や魔物にでも遭遇しない限り安全だろう。まあ熊は分布的に考えなくてもいいだろうし、魔物もこんなに人里は近くて魔力の薄れた山に出ないだろう。私は安心して切り株の一つに腰を下ろした。
手始めに肩に掛けていた薄手のカーディガンを取り払ってオフショルダーのシャツ一枚にする。令嬢としてかなりはしたない格好であるが仕方がない。この手間を惜しむといつの間にか服の後ろに二つほど穴が空いているのだ。
これで制服と部屋着、運動着をダメにした。毎度今回こそはいけるかなって三枚。学ばなすぎである。それらは実家に報告し、今現在簡単なボタンを外すことで羽がそこから出るように改良済みである。
まあ私くらいの年齢ならば許容範囲の、お転婆な村娘と言われればそう気にならない格好である。
そうして私は、気の向くままに飛行を楽しんだのである。
そしてその少年と出会ったのは、その次の日、つまり飛行練習を始めて二日目のことである。
その日も私は同じように森へと出かけていた。
昨日も十分楽しんだのだが、昼食の準備がなくて泣く泣く午前中のうちの帰宅を余儀なくされた。無念。でもお腹が空いて仕方がなかった。そこらへんに生えている果物とか農作物とかうさぎとか食べたくなるほどだった。うさぎには逃げられた。
と言うわけで今日は昨日と同じ装備にプラスして山ほどのサンドイッチや簡単な料理を持ってきた。多分一食分では足りないので。すっかり燃費の悪い体になってしまった。お金持ちになってよかった。
いそいそと上着を脱いで昨日目星をつけておいた木の枝にカバンや上着をかける。箒も手放して一緒にまとめて置いておくと、私はそのまま飛び出した。
私の特別魔法について、色々な人に色々なことを言われた。
あ、いやガクルックス家当主からは別に何も言われていない。彼の頭の中には私と「アジメク」とを入れ替えた時にどうするのかしか考えていないようだ。私は基本彼のことは嫌いというか私を死亡させる予測を抱いている人に対して好意的な感情を抱いていないのだけど、プライドも地位も高いはずの彼が汗をかいて頭を抱えて小さくなっている姿を見ると、なんとなく応援してしまいたくなる。
魔法学教師のスバル先生は何も言わない。ただ私の魔法についてぺちゃくちゃ喋るのは他の生徒や教師。
とりあえず持ち上げる生徒や教師には翼の美しさを褒められるが、その実陰で五大魔法に毛の生えた程度の魔法であると言っている。
特別魔法について話す際も、他の派手な魔法を使う生徒と比較され、「魔法のガクルックス」なんて大袈裟な名前を背負う家の一人娘をどう思っているのかは正直腹の中に収めきれていない。
でも、私は一番自分の魔法が好きだ。
横を通り過ぎる風が私の耳を撫でるようにも切り裂くようにも通り過ぎ、叫び声のようにも聞こえる。翼を一度動かせばまるで自分自身が風にでもなったようになれる。身一つであるからこその身軽さがあって、地上になんて降り立つ気になかなかなれない。
よく褒められる翼の美しさは、私自身鏡で見ないとよく分からない。私の羽の価値はそんなところにはない。
翼を使って浮かび上がると、体の中の臓器の数々がふわっとして、胸が苦しいほどにドキドキして、涙が出そうなほどに嬉しくなる。
私は自分の特別魔法が好きだ。この世界中の誰よりも。
「帰りたくないな……」
世界中に私だけしかいないみたいな綺麗な青空のもとで、意図せず呟いた言葉は、この世の何よりも私の心を的確に表していた。
午前中は荷物の周囲を力一杯飛んで、昼食を食べて少し遠出。ふと力が抜けて、気がついたら体力がほとんど残っていにことに気がついた。
「それ、いいね。便利そう」
声をかけられたのは突然。疲れに疲れて木の根っこに座り込んでいた時だった。
閉じていた瞼を開くと思ったよりも近くに少年の顔があった。
「でも、大丈夫?なんかげっそりしてるけど」
その言葉に、彼が心配して寄ってきてくれたことも、私が自覚するよりもずっと疲れていることも、疲れすぎて指先一つ動かすのもかなり億劫になっていることに気づいた。
やばい、気がする。荷物や食料をかけた木の枝の所在を思い出そうとしても頭も動きにくい。
眠い。
「……でしょ」
とりあえず寝ればなんとかなるか。私は彼に一言返すと、諦めて瞼の重みに従った。




