みんなの帰省事情
【アダーラ家の場合】
「ただいま帰りました!」
久しぶりの我が家。カペラ・アダーラはばあやに出迎えられ、久しぶりの実家を噛み締めていた。
「ばあや、お母様、お父様。カペラがただいま帰りましたよ!」
体育祭も終わり、夏の近付きとともに暑くなっていくのに合わせて王立学園では夏季休暇が設けられている。というか学園のある王都はレンガで敷き詰められた街で、四方を山で囲まれた盆地であるため灼熱なのだ。そのためこの時期は学園に限らず領地に帰る貴族が多い。
いわゆる避暑である。カペラも例外ではなく、比較的涼しい我が家へと帰ってきたのだ。
しかも今回の休みに合わせて文官として忙しいお父様も帰宅してきたというのだから、カペラはもう浮かれて仕方がなかった。
なんて言ったってカペラは正真正銘九歳、サバもよんでいないし二度目の人生を歩んでいないので。多少特別な家で生まれ育ってはいるが普通に家族を愛し愛される少女、普通に家族は恋しい。
カペラは少し行儀が悪いと思いつつも家の中に入るや否や大好きなお母様のもとへと一目散に走って抱きついた。今日に限ってはばあやもお母様も少し眉を下げるばかりで特に咎めず、お母様はカペラのことをギュッと抱き返してくれた。
「お母様!ただいま帰りました!」
「お帰りなさい、カペラ。学園は楽しかった?」
「はい!授業もまだゆっくりですのでついて行けていますし、学園生活も新鮮です!」
「そうなの、よかったわね」
体育祭を見に行った時も楽しそうにしていたので心配はしていなかったが、本人が嬉しそうに話すのでそれに任せる。
そうして頭を撫でていると、カペラは少し照れくさげに母親の裾を引いた。合わせて屈んでやると、内緒話をするようにその耳に囁いた。
「それでカペラ、お友達ができたんです」
「お友達?」
随分嬉しそうな言葉に、そのお友達がこれまで言う「お友達」とはかなり違う気がして聞き返す。そうするとカペラは更に顔を赤くした。
「アジメクちゃんと、その友達のアルくんとベガちゃん。あと別に友達じゃないけどリゲルくん」
「そっか」
アジメク・ガクルックスはお父様が指定したお友達だったが、他の子はそうじゃない。この子が自分で決めた友達の存在に心が熱くなった。
昔は気が付かなかった。厳しいが優しい父親、少し反抗的だけど父親の言うことをよく聞く長男、控えめだが心優しい長女。長男が家出同然に寮へと飛び出し、お父様がより一層カペラの行動を指示するようになった。カペラは気がついたら私たちの言うことを聞くばかりのお人形さんになっていた。自分で考えるようにと言い含めても不安げに首を振るばかり。両親で心配していたが、素敵な出会いがあったのだろう。こんなに晴れやかだ。
「どんな子なの?お母様に教えて?」
「アジメクちゃんは最初の友達で魔法もすごく使えるすごい子。カペラにも勉強教えてくれたり一緒に話したりしてるの。アルくんは面白いよ。よくアジメクちゃんと漫才?してるの」
「へぇ……。ん?」
「ベガちゃんはカッコいい!アジメクちゃんが転びそうになったらかっこよく支えてるの。リゲルくんはね……リゲルくんだよ。あ、えーと、力が強い」
リゲルくんとはそこまで仲良くないことはわかった。なんというか楽しそうな学園生活のようだ。
「ハトダン、あ、体育祭のチーム分けもね、チームの同級生と仲良くなれて。楽しかったんだ」
「そっか。また休みが終わったら音楽祭もあるし、これからも楽しいこと盛りだくさんだね」
「うん!」
その小さな頭をもう一度撫でる。抱き合って話していると、後ろから声をかけられた。
「カペラ、もう大きくなったんだからずっと抱き上げるのも辛いだろう。お母様の上から降りなさい」
「……はーい。お母様ごめんなさい」
「あら、大丈夫よ。お母様力持ちだもの」
私の言葉には苦笑いで答え、少ししょぼんとして近くの椅子に座る。その隣で立ったままお父様もしょぼんとしている。
私は笑いを噛み殺した。お父様は自分のところに来て欲しかったのだ。
「カペラ、お父様にただいまは?」
「あ、お父様ただいま帰りました……」
「あ、あぁ……」
沈黙は重く。耐えきれずにお父様は止める間も無く部屋を出て行ってしまった。
別にお互いに嫌い合っているわけではないのにこうもうまくいかないのか。多分今晩はあの人は私に泣きつくだろう。一晩で回復するといいけど。
実はこの家で一番強い母親は、娘の頭を撫でながら考える。
この休暇中にこの父娘の関係がどうにかなればいいのだけど。
【ヘリオス家(というか王家)の場合】
本当は帰りたくなかった。
楽しいことなど何もない。むしろ煩わしいことばかりだ。流石に灼熱の学園に滞在し続けることはできないがどうせ帰宅しても王都の中心に位置する王宮なのであまり変わらないと思う。
どうせ部屋に篭るだけだ。迂闊に部屋の外に出ると母上やお兄様に見つかってしまう。そうすると面倒なので。まあ今のように小腹が空いた時は仕方がないのだが。
夕暮れ、まあ夏だからまだ明るいがその時間にアルは小腹が空いてしまって部屋の外に出た。誰か人を呼べば済む話なのだが「自立だから」と言っていた少女を思い出したので。
まあこの時間なら母上は父上にくっついているだろうから生活区域にはいないだろうし、どうせあのお兄様も夜まで外で遊んでいるだろうから……。
「お、クー坊久しぶりだなー。おかえり!お兄ちゃまだぞ」
「……なんでいんの」
「ナマイキー!」
「うるせえ」
僕の頭へ伸ばす兄の手を払いのける。対してダメージのなさそうな笑顔が憎たらしい。
こいつは、第一王子であるアルデバラン。第一王子といえばこの国では「幻の第一王子」の名で有名だろう。わずか十一歳で先代王、つまり祖父に王宮を追われ、隣国で身分を隠し生きる。そしてどんな手を使ったのかは定かではないが、半年前ガクルックスに発見された。
そんな彼も現在十六歳。造形の整った顔とその出自から、発見前までは「幻の第一王子」、発見後は「発見された第一王子」ではなく「悲劇の第一王子」と広く知られている。
まあそれは国民からの評判である。僕から見た彼は、そう。
「女癖の悪いクソ兄貴……」
これである。
「随分な挨拶じゃん。よしよし、お兄ちゃんばっかり女の子にモテてて羨ましいんか?」
「そのモテた女と片っ端から遊んでるクズをどう羨ましがればいいんだよ⁈この前刺されかけたの知ってるからな!」
「あー、あの可愛い子ね。ちょっと怒りっぽいだけでいい子だよー。女の子相手にそんなこと言うからモテねえんだよな」
「は⁈モテてるし!」
「あー?それって会ったこともないような釣り書きの美少女軍団のこと言ってる?はー、あんなのお前のパパの身分を見て送ってるに決まってんじゃん。ばかだなー」
「普通に学校でだよ!」
「そんなん相手おっぱいの生えてないようなチビじゃん。ロリコンか?」
「僕も同い年なんだよ!」
「あ、そーだった、そうだった」
「大体、昼間っから酒飲むなよ未成年!酒くせえんだよ!」
「美味しいんだよなー昼間から飲む酒。クーも飲むか?」
「飲まねえよ!」
「あー今いくつだっけ?」
「九歳」
「マジでチビじゃん。じゃあ酒はもう四、五年経ってからだな」
「成人は十八からだよ!」
ちなみにこのクソ兄貴のいた隣国も二十からである。彼は十六歳。
「それにしても九歳かー。デカくなったな」
「……」
にい様が家を追われた時、僕は二歳。もちろんその時の記憶はない。しかも先代が生きていた頃は彼の話題はタブーだった。ただしなんとなく頭を撫でる小さな手があったような気がして、母上に初めて尋ねた時に泣き崩れるようにして元々はお兄さんがいたのだと言う事実を教えてもらった。
ただしなぜお兄様が家にいないのかは教えてもらえなかった。先代が死んでも、お兄様が帰ってきても。でもそれは僕が子供だからだ。高等部に入る頃には教えると約束してくれた。
「あ、お前もしかしてガクルックス妹と同級生か?」
「は?そうだけど。なんで?」
「俺にいちゃんの方と同級生なんだよ。こんなに歳の差離れたのって珍しいからさ、覚えてたの」
「ふーん」
アジメクの兄。正確には養子にはまだ入っていないらしいが。社交の場にはほとんど出ないので会ったことがない。
「あ、アジメクちゃんだっけ?可愛い?」
「ロリコンめ」
先ほどの言葉を返してやると足を軽く蹴られた。流石に本気ではない。いい気味だ。
「その反応は可愛いなー?あ、でも好きになるなよ」
「は?」
恋愛には自由な兄の珍しい発言に顔を挙げると、至近距離に珍しく真剣な顔を近づけられた。
「絶対、あっちのお兄ちゃんが許してくれないよ。多分魔法でボコボコにされる。覚悟して仲良くなった方がいい」
「そんなに可愛がられているのかあいつは」
「あー、そう言うんじゃないよ。ただあいつが王族の親戚には腐ってもなりたくないだろうなって話」
【ガクルックス家の場合】
「シリウス様。本日はお越しいただきありがとうございます」
「あー、いいってことよ」
むしろ一方的に約束を取り付け乗り込んだので。執事長は恭しく頭を下げるが、マジでそんなことを言われる権利はない。
実はまだ、世間には弟子をとっていたと言う事実ごと公表していない。まあ特に秘密でもなんでもないが、レグルスが言ってないので俺もそれに倣っている。だから俺的には二番弟子の家に遊びにきているつもりだけどあっちとしてはただの高等部魔法クラスの教師の家庭訪問、緊張もされる。
ちなみにそれをレグルスが嫌がったため明日から他の生徒全員の家を回ることが決定した。そんなことないのにいつの間にか熱心な教師である。そんなことないのに。
「まだ夕食まで時間はありますが、いかがなさいますか?」
「あー、レグルスと話すわ。今どこ?てか夕飯ごちそうしてくれんだ。楽しみにしとくわ」
「楽しみにしていてくださって間違いありません。最近は厨房で革命が起きまして、マヨネーズなど聞き慣れないものもございますがお楽しみいただけるかと。そしてレグルス様はこの時間ですと図書室かと思われます。わざわざご足労されなくても呼び出すことも可能ですが」
「いいよいいよ。ガクルックス家の蔵書ってのも見たいし」
そう言うと執事長は素直にそこまで案内してくれた。結構大きな図書室である。
「本は自由に見ていただいて結構です。終わりましたら適当な使用人を捕まえていただければ私まで話が来ますので」
その言葉を背にドアを開ける。するとすぐ近くに愛弟子がいた。
《なんで来たの?》
燃やしていい紙がちょうどなかったのか、俺の正面で見えるように空中に火文字を浮かばせる。
「遊びに?」
そう答えると鼻で笑われた。まあその理由もなくはないが、本当はアジメク改めスピカのことが気になっただけである。休みということはこいつとエンカウントすることであるので。
「そういえば、会ったぞお前の妹」
そう声をかければ面倒そうに顔がぐしゅって歪んだ。
「今もいないのか?」
多少不自然だがそう聞くと、より一層投げやりにノートを燃やした。
《多分どっかにいるでしょ。でも見つかりたくなくて隠れてるから知らない》
「知らない……」
やはり、彼は何も知らないのだ。まあ生まれ変わりなんてそもそも考えられることでもない。
(ああ……、こいつは知らないから……)
俺が「目」を使っても確証を得られない事実。兄弟的な絆があっても不可能だろう。
(でももし)
でももし、一ミリでもそういう可能性があると俺が言ったら。
(いや、ダメだ)
彼は全てを放り出して、スピカ、いやアジメク嬢さえ置き去りにして彼女を攫って行ってしまうのだろう。
次回、アジメクの里帰り編(全四話)をお送りします




